表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の防人達  作者: 月夜野出雲
第5章 年の瀬から年明け
22/35

仕事始め・後編

「本年もよろしくお願いいたします!なお本日、前編も投稿されておりますので、まだお読みになられていない方はそちらを先に読んで頂きますよう、お願いいたします。」


2016年1月3日 鳴潮1佐

○横須賀地方総監部・『はしだて』甲板 1730


 大晦日から元日にかけての夜に満艦電飾を披露して、年明けの賑わいを彩った各艦艇も、仕事始めを控える今夜は静かな雰囲気である。

 必要最低限の人員以外離艦しているためもあるのだが、そんな中、『はしだて』の甲板からはザワザワした雰囲気が漂ってくる。


 「皆さん、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたしますわね。明日からは、任務や訓練で忙しい日常が戻って参りますわ。お互いに怪我や事故が無いよう、それぞれ頑張りましょう!それでは、乾杯!」


 「「「乾杯!」」」


 橋立のかけ声で、艦魂達の新年会が始まった。それぞれに日本酒やジュースにお茶等が注がれたコップを当てている。

 いくつかテーブルが用意され、軽食やおつまみが用意されていて立食パーティーの形式をとっているようだ。

 あちらこちらにグループの塊が出来ていて、間を縫うように曳舟の数人が給仕している。テーブルに置ききらない分を配って回っているようだ。

 ちなみに横須賀の曳舟達の給仕は、時間で3交代にわけているそうだ。誰もが楽しめる様にと、主催者である橋立の配慮とのことである。

 そして、当の橋立は近くにいた遠州に話しかける。


 「今年もよろしくお願いいたしますわね、遠州2曹。あら、今夜は無礼講ですし、敬礼は無しですわよ?」


 敬礼をしかけた遠州に、橋立は右手で制する。


 「あっ、申し訳ありません、橋立1尉!こちらこそ、今年も1年よろしくお願いします!」


 そんな2人に給仕している曳舟の1人が近付いて、声をかけてくる。


 「橋立1尉、遠州2曹、お雑煮です!熱いうちにどうぞ!」


 トレイの上にはお椀が3つのっている。橋立と遠州はそれぞれ手にとり、橋立はテーブルの上の空いているスペースにお雑煮を置くと、曳舟の頭をなで始めた。


 「ふえっ!?あ、あの橋立1尉?」


 「感謝の気持ちですの。受け取っていただけますか?」


 「は、はい!あ、ありがとうございます、橋立1尉!」


 トレイに残った最後のお椀を、落とさないように注意しながら10度の敬礼をする曳舟。頭を上げると、頬を桜色に染めながら近くの別グループに向かった。

 橋立はそれを見やると、蓋を取ってからお椀を手にとり、箸で赤い蒲鉾(カマボコ)をつかみ、口に入れる。


 「やはり、お雑煮に紅白の蒲鉾が入っていると、それだけで気分が華やぎますわね、遠州2曹?」


 ちょうど四角い焼き餅を一口分、歯で切り終わった遠州は、慌てて口を動かし、飲み込もうとする。


 「あら、駄目ですわよ!慌ててお餅が喉に詰まったら大変ですわ!?ゆっくりで構いませんから、ねっ?」


 言われて、噛むペースを落とし、ゆっくり飲み込む遠州。


 「すいませんでした、橋立1尉。えっと、紅白のカマボコでしたね?確かに華やぎますよね。それに、小松菜と鶏肉と焼いたお餅。私、焼いたお餅の香ばしい匂いと、パリッとした食感が大好きなんですよ!焼いたお餅だけってありますか?これにお代わりで入れたいんですが?」


 そう、橋立に問いかける遠州だが、橋立は首を横に振る。


 「お餅自体はありますの。でも、ごめんなさい。焼くのが間に合わないので、お代わりは無しでお願いしますわね。もしよければ後で言っていただければ、お昼か夕ご飯にでもまた準備いたしますわよ?」


 「本当ですか?!それなら、後でまた食べにきますよ。」


 「橋立1尉、遠州2曹、明けましておめでとうございます。」


 声をかけながら、鳴潮が近付いてくる。


 「鳴潮1佐、明けましておめでとうございます。昨年は色々大変でしたが、今年もよろしくお願いしますわね。」


 「明けましておめでとうございます。今年も訓練の支援、させていただきます!」


 橋立、遠州、それぞれが鳴潮に挨拶する。


 「それにしても、これだけの料理、大変でしたでしょう?言っていただければ、私も参加させて頂こうかと思っていたんですよ?」


 「いえ、曳舟の方々が全員と、摩周さんが舞鶴に帰るギリギリまで手伝ってくれたので、人員は間に合ってしまいましたの。申し訳ございませんでした。」


 曳舟の全員は毎年手伝っているので驚かなかったが、料理上手な橋立と双璧をなす、あの摩周も手伝っていたとあって、鳴潮も驚いていたが、それが聞こえた周りも驚いている。


 「もしかして、そのお雑煮も?あのカナッペもですか?」


 「日持ちのするものは、摩周さんが取り仕切って作っておられましたわ。(わたくし)達が作ったのは、サンドイッチとか、カナッペにのせる具材などですわ。それにしてもあの手際、素晴らしかったですわ。まるで、オーケストラの指揮者のように指示して下さいましたの。今年の年末にも来ていただけると、嬉しいのですけれども。」


 まだ今年が始まったばかりだというのに、もう年末の話をする橋立。ギリギリ鬼は笑わないが、不思議な事に、鳴潮は吹き出しそうになるのを押さえるのに必死のようだ。

 ちなみに普段であればこのような事はないが、鳴潮は日本酒を飲んでいるため、笑い上戸になっているのだろう。

 それを見て曳舟の1人が橋立に耳打ちする。彼女は最近横須賀に来たばかりで、事情がわからないのだろう。


 「あの、橋立1尉?鳴潮1佐、どうされたんでしょうか?ちょっと何時もと様子が違うんですが・・・」


 「大丈夫ですわよ?鳴潮1佐、普段から潜水艦という事もあってか、誰にも言えない事が多く『強いストレスを受ける』と言っておられましたの。恐らくお酒を飲んで解放されてしまわれたのですわ、きっと。それにお酒が弱い方ですから、もう少し飲まれたら寝てしまいますから、心配はありませんわよ?」


 そう言った橋立は、ニッコリと笑って曳舟を見る。

 すると、下を向いて笑うのを我慢していた鳴潮が、手を口に当てたまま、正面の遠州と橋立、それに曳舟を見る。


 「す、すいませんでした。急に・・・笑いが・・・ククッ・・・あの、こみ上げて・・・クククッ・・・ごめんなさい、席外します!」


 言い切るか否かのうちに、右舷側に走っていく鳴潮。姿が見えなくなった直後、少し離れているにも関わらず、はっきり聞こえる鳴潮の笑い声。

 事情を知っている古参の面々は「また、鳴潮1佐か」と言った顔で、事情を知らない面々は何事かと古参の面々に聞いている。

 そして黒龍らしき姿が鳴潮のいる方へ向かうのが見えたので、橋立と遠州は任せることにした。


 「少しホッとしますわね、遠州2曹。こんなに楽しく新年会ができるのですもの。」


 少ししんみりとした表情で、両手でコップをもち、日本酒を口にする橋立。

 遠州は翌日に響かないよう、オレンジジュースを口にする。


 「そうですね、何回か自粛でやりませんでしたから。みんなでこうやって騒げる年はホッとします。我々が新年会で騒げるのも、平和でなければできませんから・・・。」


 「本当にそうですわね。今年も何事もなく、ここ横須賀の・・・だけではありませんわね?大湊、舞鶴、呉、佐世保、そして新しく出来た浜田基地・・・それぞれの皆が・・・誰一人欠けることなく、すごしたいものですわね?・・・」


 そう言うと、橋立は右舷側の海に、自分のコップに入った日本酒を捧げるように持ち上げると、横の遠州にも乾杯し、噛みしめるかのようにゆっくりと飲んでいく。

 遠州も、橋立と同じ様に海に向かってコップを捧げると、飲み干していく。



 この平和が続きますように



 橋立と遠州は示し合わせたかのように、同じ思いを胸に、横須賀の静かで穏やかな海を見つめている

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ