風景・その1
月夜野(以下、月)「土佐さん、今回もお願いします。」
土佐「本日は休暇ですので、別の方にお願いして下さい。失礼します。」
月「えっ?いや、そこをなんと・・・」
10度の敬礼をし部屋から出る土佐。
1人、部屋に残されてしまった月夜野。
月「こ、今回もフィクションですのでご了承下さい。・・・はぁ」
○横須加地方総監部『DDH186 とさ』艦内通路・0900
「今日も変わらず異常無し・・・ですね。もっとも異常があると、それはそれで困るんですが。」
『とさ』は現在補給をかねて休暇に当てられ、隊員達は必要な人員を除き上陸中である。
そんながらんとした艦内を、幹部用の作業服に部隊識別帽を着用した土佐は日課の見まわりをしている。
ちなみに土佐は課業中、部隊識別帽ではなく作業服と同色の作業帽、もしくは制服の場合には制帽でいることが多い。入室中や課業外は無帽でいる。
彼女が部隊識別帽を着用する時は、艦が入港中の時だけと決めている。彼女なりの「休暇中」のサインのように思える。しかし端から見ていると、仕事中にしか見えていないのに本人は気付いていない。
また、他の艦艇達はまちまちで、部隊識別帽を好んでいる者もいれば、制帽以外は無帽でいる事が多い者もいる。
もちろん訓練だったり任務中は、それぞれの服に合った帽子を着用している。
話を戻すが、航海中だったり入港中でも隊員達が多い場合、少し早足で手早く済ませる土佐なのだが、今は隊員達がほとんどいない為、いつもより時間をかけて見回っている。
そんな土佐の見回りも最後となり、後部艦橋の出入り口から飛行甲板に出て、後部の自衛艦旗が掲げられた旗竿に近付き敬礼した。
0800の掲揚時にも集まった自衛官たちに混じって敬礼はしていたのだが、ヘリの発着で忙しい等が無い限り、土佐は飛行甲板に出たら敬礼をする事にしている。
敬礼を終えた土佐は、飛行甲板に視線を落とすとゴミ等の異物が落ちていないか、甲板自体に異常が無いかを確認し始めた。
そして土佐が後部の舷外エレベータに近付いた時、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
最初は気のせいかと思ったのだが、段々と大きくハッキリした声になっていく。
声のする艦首側の下を見ると、つなぎの作業服を着た女性・・・と言うよりは女の子の方がしっくりとくるような二人の人影が見えた。
「土佐さ~ん!聞こえますか~!?聞こえたら顔見せてくれませんかぁ~!?」
彼女達からは土佐が見えていないようで、前部艦橋に向かって大声で叫んでいる。
「茅ヶ崎丸さんじゃないですか!?昨日ぶりです!何かありましたか!?」
「あっ土佐さん!昨日伝え忘れたことがあって来たんです!それと隣は大磯丸で、今日の相方です!」
「どうも大磯丸です!」
茅ヶ崎丸と大磯丸は自衛艦ではなく(株)帝都海運汽船所属の船舶・タグボートである。
入港した日の夜、入港を手伝ってくれた曳舟(自衛隊内のタグボート)達に挨拶に訪れた際、茅ヶ崎丸が曳舟達に混じって参加していて知り合ったのである
○『とさ』ヘリ格納庫内・0950
二人を招き入れた土佐は、急いで格納庫まで降りてきた。
「うっわ~!茅ヶ崎丸先輩!土佐さんって中も広いんですね~!?でも・・・ここ、普段は何が入ってるんでしょう?空っぽですよ?」
「大磯、あんまりじろじろ見てると、土佐さんに怒られちゃうよ?あんたも同じ様に見られたら気分悪くなるでしょ?」
キョロキョロ辺りをせわしなく見回す大磯丸と、それを茅ヶ崎丸がたしなめている場面に出くわした。
「大磯丸さん、ここはヘリコプターの格納庫です。場合によって救援物資などを置く場合もありますけど。それから遅れましたがお二方、『ヘリコプター搭載護衛艦・とさ』へようこそおいで下さいました。」
そう、声をかけながら挙手敬礼している土佐。茅ヶ崎丸は「乗船の許可をしていただきありがとうございます。」とお辞儀をし、一拍遅れて慌ててお辞儀する大磯丸。
○『とさ』飛行甲板後部艦橋そば
「茅ヶ崎丸先輩!!ここ運動場みたいですよ!あっ下から見えたヘリもある!」
「うん、わかったから、落ち着こうか?すみません土佐さん。重ね重ねご迷惑おかけしてしまって。」
甲板に出た途端にはしゃぐ大磯丸と、困り顔で頭を下げる茅ヶ崎丸。
そもそも土佐は食堂に案内しようとした。しかし大磯丸から「ブリッジから景色を見てみたい!」と言われ、だからと言って部外者である彼女らに艦橋内部を見せられず、代わりに飛行甲板に案内したのである。
「いえ、興味を持っていただけているわけですから、私の方は問題ないです。それより、艦橋にご案内出来なくて申し訳ありません。色々とお見せ出来ない部分もあるもので・・・」
「茅ヶ崎丸先輩、私良いこと思い付きました!土佐さん、ここでおやつ食べても良いですか?大丈夫だったらシートとかクッション持ってきますよ?」
無言になった茅ヶ崎丸は困惑している土佐に一礼すると、大磯丸にツカツカと近づき、頭頂部に拳骨をくれた。
「・・・い~った~!・・・痛いですぅ~!何するんですか~!」
「さっきから落ち着けって言ってるでしょ!!土佐さん、忙しいのにわざわざ私達を案内してくれてるんだよ!?その辺考えなよ!」
涙目の大磯丸だったが、茅ヶ崎丸に言われて土佐の方を向き「ごめんなさい」と頭を下げた。
「茅ヶ崎丸さん、私は明日の出航まで休みですので、ご心配なく。それから大磯丸さん、飛行甲板でのピクニックは残念ながら許可出来ません。万が一発艦作業が入った際にシート等を巻き込んだら危険です。ですが、おやつの提案は悪くありません。食堂に案内しますので、そちらで食べながらお話しましょう。お二方、どうぞこちらへ」
○『とさ』艦内食堂
お茶を出した土佐は、さらに自分で作ったようかんを二人に出すと着席した。
「ところで茅ヶ崎丸さん、お話があると伺いましたが、どのようなことでしょうか?」
「このようかんおいし・・・って、すいません!土佐さんは知ってると思うんですが今日、白瀬さんが入港するんです。で、我々2人がお手伝いする事になりまして、そのご挨拶を忘れてまして。で、午後1時位から騒がしくなると思いますのでお許し下さい。」
「白瀬・・・さん?」
実は土佐はまだ会ったことがなかったのである。
と言うのも、『とさ』が配備される数ヶ月前に『しらせ』が南極観測隊を交代させるべく出発、その後もすれ違ったり予定変更があったり、海外への災害派遣などで会う機会が2年近く無かったのである。
「あれ?土佐さん、ご存知では無かったんですか?」
土佐の知らないような反応に、大磯丸が不思議そうに聞いた。
「すみません、白瀬さんと面識がありませんで、話も聞いておりませんでした。」
「まぁ、そう言うこともありますよね。気にしないでも大丈夫ですよ。他の方達も似たような反応でしたから。」
そう言うと茅ヶ崎丸はお茶を少し飲んだ。土佐は白瀬が到着するまでの間に資料を確認しようと、頭の中のメモ帳に記録した。
「あ、あのぉ~・・・土佐さん、ちょっと良いですか?」
おずおずといった感じで手を挙げる大磯丸。何か言いづらそうにしている。
「どうされましたか?」
「ようかんのお代わりが欲しいなぁ~・・・って茅ヶ崎丸先輩!目が恐いです!」
茅ヶ崎丸が血走った目で、大磯丸を気絶させるような鋭さで睨みつける。
「あ~ったり前でしょ!そろそろおいとましないと準備と確認が間に合わなくなっちゃう!あんたは自衛隊さんのお相手初めてだから知らないと思うけど、いつもの定刻開始じゃダメなんだからね!」
「えっ?」
「自衛隊さんは5分前行動が基本なの!私たちも定刻の5分前には仕事出来るようにしなきゃいけないの!ようかん食べてて遅れたなんて事があったら、次から仕事来なくなるからね!!」
「えぇー!!」
土佐はそんな2人のやりとりに苦笑いしつつ、大磯丸に提案をした。
「でしたら沢山作ったので、ようかん2棹をお土産に差し上げます。是非、皆様で食べて下さい。今直ぐ用意しますので、少しだけお待ち下さい。それと大磯丸さん、私の出航は明日1400なので、1130までに来ていただけたら追加をお渡し出来ます。」
「土佐さん、本当ですか!?だったら明日も10時頃来ます!あ、でも5分前だったら9時55分・・・?でもその5分前なら9時50分?」
「大磯、そこは普通に10時に約束して、その5分前行動で良いんじゃないの?・・・まったく、もう・・・土佐さん、すみません。お気遣いいただいて。」
もう一度苦笑いした土佐は、「大丈夫ですから」と言うと冷蔵庫にようかんを取りに行った。
砕氷艦『AGB5003 しらせ』
元々、予算を文部科学省が支出、国立極地研究所・南極地域観測隊の輸送と極地研究を任務として建造された。そしてその運用は海上自衛隊に任されている。
そのため文部科学省側の呼び名『南極観測船』と、海上自衛隊側の呼称『砕氷艦』の2つの種別がつけられている。
タグボートの茅ヶ崎丸と大磯丸が帰ってすぐ、これから帰ってくるという白瀬について調べた土佐であったが、当然だが、人がまとめた資料しかなく、『しらせ』についてしか分からなかった。
そこで土佐は、艦魂の白瀬について知っていそうな艦魂に会いに行くことにした。
『とさ』『茅ヶ崎丸』『大磯丸』は架空の艦艇・船舶です。
『(株)帝都海運汽船』は架空の企業です。
その他に、地名、艦艇・船舶もフィクションとしておいて下さい。




