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IONシリーズ外伝三  作者: EVI
INTEGRATION 亡国の離別
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INTEGRATION 亡国の離別 【ACT三】 彼は結婚を決意する

 恋に落ちる瞬間だったわ、とアナベラは何度あの時を振り返っても思うのだ。同性愛者の彼女が、異性相手に恋に落ちたのは、後にも先にもあの瞬間だけだっただろうと思うのだ。

 「えへへへへ」ちょっと恥ずかしそうに、眼鏡の少年は一本の赤いカーネーションをアナベラに差し出した。「はい、あげる! あのね、今日はお母さんの日だから」

アナベラは頭を殴られたような衝撃を受けた。そして喜びのあまりにおかしくなりそうになるのを必死にこらえて、

「……このカーネーション、誰から貰ったの?」

「お花屋さんでね、お仕事したの! そうしたらくれたの! お母さんにあげなさいって。 だから、はい!」

アナベラはそれを受け取った。同時に彼女は死んでも良いわと思った。今から一分後に斬首刑に処されたとしても、間違いなく彼女は笑顔で死ねる。『月が綺麗だね』の返答は、正答は、間違いなく、『死んでも良いわ』なのだ。いや、アナベラの場合は『いますぐに死ねますわ!』だ。

「……ありがとうね、ギー坊や」

彼女が優しく頭を撫でると、少年は照れくさそうに、逃げてしまった。

 彼女はそのカーネーションを絶対に枯れないように特殊な処理をして、自室の金庫にしまった。そして時々、金庫の扉を開けては、絶対に人前では出さないメロメロの顔をするのだった。

「アナベラ」彼女の恋人であるリサが苦笑して、言う。「そんなにやけた顔の貴方を見たら、一二勇将の方々はびっくりして不気味がるでしょうね」

「それが何? 私はあの瞬間に恋に落ちたのよ! もう死んでも良いわ! いいえ、喜んで死ぬのよ!」

「ぷっ! お、落ち着いて!」リサはついに吹き出した。彼女の恋人の浮気と来たら、実に純情で愛くるしくて、浮気されている側がどうしても吹き出さずにはいられないほどのものであった。「貴方が死んだりしたらギー坊やは泣くじゃないの。 だから駄目よ!」

「……そうだったわね」とアナベラはいつもの『カミソリ』と呼ばれる切れ者の顔に戻る。「私はまだまだ死ねないわね!」

「じゃ、お仕事行ってらっしゃい」リサはそう言って、アナベラを送り出した。


 一二勇将の一人、アナベラ。

異名を『カミソリ』。クリスタニア王国の外交官であり、あまりにも切れ者であったがためにそのあだ名が付いた。あだ名のようにカミソリのごとく、きわどく鋭い外交戦を無数に繰り広げ、クリスタニア王国を大国にのし上げた功労者の一人であった。

 「デバン公国が独立二五周年の記念祭典に国王陛下をお招きしたいと申し出てきた。 デバン公直々に、だ。 どうするべきだと思う?」

グレゴワールが、言った。アナベラは少し考えて、

「……アルバイシンが国王陛下を暗殺する可能性があります。 私が代理で行きましょう。 国王陛下よりの祝賀の品を携えて行けば、デバンの顔を汚す事にはならないかと。 デバン公の気持ちは分かりますが、まだまだアルバイシンと、デバンや我らがクリスタニアは対立関係にあります。 国王陛下にとって完全な安全地帯ではありません」

「やはり……そうだな」グレゴワールは頷いた。

 デバン公国は、元々はアルバイシン王国の属領であった。長い事独立運動が続いていたが、全てアルバイシンが力で抑圧してきた。だが、クリスタニア王国とアルバイシン王国の間で戦争が発生した時、クリスタニア王国はとんでもない手段を取った。アルバイシン王国の国力を削ぐために、デバン地方をデバン公国として支援し、ついに独立させたのである。独立に飢えていたデバンの民は歓喜した。支配していたアルバイシンの民は青ざめた。アルバイシンはデバンとクリスタニアの挟撃に遭い、戦争に敗れた。以来デバン公国はクリスタニア王国に恭順を誓い、独立国家として存続してきた。アルバイシンにしてみればクリスタニアもデバンも怨敵である。デバンにやって来たクレーマンス七世を殺害しても、何ら不思議では無い。

「賛成です」『法大家』ランディーが言った。法律の専門家で、頭の中にはクリスタニアの法律と国際法の全てが詰まっている男であった。「アルベール王太子も陛下も、あの場所へ行かせる事は危険です。 それに比べてアナベラなら暗殺しようとしても死なないでしょうし」

「こら、本当の事を言うもんじゃない!」クロードが口を滑らせて、あっと口を押さえた。「ち、違う、失礼な事を言うもんじゃないと言いたくて……」

「まあ良いです、事実ですから」アナベラはてきぱきと会議を進めた。「ところで、メルトリアの残党狩りの進捗はどうですか、オリエル」

二年前に起きたメルトリア戦役の戦後処理が、今でもクリスタニアでは続いていた。

「軍の諜報部を総動員してやっておるのだが、メルトリアの連中、どうも万魔殿に亡命したらしい!」どんと拳を円卓に叩きつけてオリエルは怒り出した。「あの裏切り者共を銃殺してやらねばワシの気は済まんぞ!」

「万魔殿に亡命か……それは厄介だ」『金融王』ユースタスが顔をしかめた。「最悪、また万魔殿との戦争になりかねんしなあ」

「それは困るな」と苦々しく言ったのは『名内相』アンデルセンだった。「あれと正面激突した場合、必ずや聖教機構が付け込んでくるだろうし……」

「ところで」無理やりに話題を変えたのは『発明狂』のアルトゥールであった。「ユースタス、金をくれ」と手を差し出す。

「断る!」ユースタスは愛用のソロバンをぶんぶん振り回して派手に拒絶した。「お前の発明は、国家財政の運営をぶっ壊しかねんほど金を使いすぎるのだ!」

「この吝嗇漢(ドケチ)め!」アルトゥールが怒った。「お前は新技術の進展を妨げたいのか!」

「そうだそうだ!」オリエルが加勢した。「もっと軍事費も寄こせ!」

「ふざけるな! 大体どいつもこいつも経済観念がどうして欠落しておるのだ! 金は何よりも恐ろしいものだと言うのに、何でそれを分かっておらんのだ!」ユースタスは怒鳴った。彼の名誉のために言うが、彼は普段はとても温和な、むしろ人情派の男である。

「うるさい寄こせ!」とアルトゥールがユースタスに掴みかかって、ユースタスはソロバンで応戦する。一二勇将円卓会議は大騒ぎになった。

「……止めろ」それを、イヴァンが引っぺがした。「……お前達はいつも最後はこう言う大喧嘩になる。 ギー坊やがまた泣きながら止めに入ったらどうするんだ。 坊やの教育に悪影響だぞ」

「「……」」途端に、水を打ったように静まり返る一二勇将の面々。

「あのう……」遠慮がちに言い出したのは、そのギー坊や張本人であった。円卓の隅できまり悪そうに、「私の役割は貴方がたの喧嘩の仲裁役なのでしょうか?」

そもそも、もう彼は成人しているのに『教育』だの『坊や』だのと言われて、恥ずかしいやら情けないやら。

「認めたくは無いが、実際はそうだ」クロードがちょっと情けなさそうに言った。「ギー坊やは何しろ可愛いからなあ!」

「……」可愛いと言われて無邪気に喜ぶ年齢では無い。ギーは立派な成人男子である。

「そうよ、本当に可愛いわぁ! 食べちゃいたいくらい!」『毒殺貴婦人』マダム・マクレーンが扇で口元を隠して言ったが、直後にアナベラに本気でビンタされた。「まあッ、何をするのぅ!? このメスブタがぁ!」

「貴方の『食べちゃいたい』は洒落にならないんですよ! ギー坊やに毒を盛ったら許しませんからね!」アナベラは目の色を変えて言った。

マダム・マクレーン。年齢不詳の諜報活動の美しき悪魔だが、趣味は愛している男を毒殺する事である。

「そうです、貴方が言うと洒落に聞こえません」Dr.シザーハンドが賛同した。ぎらりと眼鏡の奥の目が光り、「もしも盛ったら……生きたまま解剖してやりましょう!」とてもクリスタニアを代表する医者とは思えない発言であった。

「んまぁ酷いわぁ! マルバス、マルバス、出てきなさい!」

ヒステリックに叫ぶマダム・マクレーンの影から、もそもそと黄金の肌のたくましい男が出てきた。見てくれはたくましいが、性格は弱気なところが見え見えである。彼は出てくるなり、こう言った。

『嫌ですよ。 貴方なら本当に本気でギー坊やに毒を盛りかねないじゃないですか。 そんな貴方の身代りに私がなれって言われても嫌ですからね!』

「んまぁ! マルバス、貴方後でお仕置きよぅ!」毒殺貴婦人はついにヒステリーを起こした。ハンケチを噛みしめて、「キィー!」

「おおマルバス」オリエルが丁度良いと声をかけた。「あの裏切り者のメルトリアの連中の動向はどうだ?」

メルトリア戦役でクリスタニア王国はメルトリア王国に裏切られ、甚大な被害を受けた。戦争には勝った、だが、それは痛い勝利であった。メルトリアが裏切りさえしなければ無傷で帰れた兵士達が、数多く犠牲になったのだ。

『……先ほど貴方がおっしゃったように、どうも万魔殿に亡命したようです……が』諜報活動しか能の無いマルバスは、そう言いかける。

「が?」オリエルは不思議そうな顔をする。

『ああ見えて、万魔殿は裏切り者に対して非常に厳しいですから。 幸せになっていない事だけは保証します』

「そうか……」オリエルが黙った。

一二勇将の会議は何とか終わり、グレゴワールが結果を国王に報告に行った、その後ろ姿を見送ってから、

「……」ここまで一言も発言をしなかった男、『沈黙の聖人』ゲッタがギー坊やの肩を叩いた。

「ゲッタさん?」振り返ったギーに、ゲッタは紙箱を突きつける。ケーキの入った紙箱であった。「あ。 ありがとうございます」

「ゲッタ!」怒鳴ったのはDr.シザーハンドである。「またギー坊やを虫歯にしたいのですか!」

「……」ゲッタは喋らない。彼が最後に人前で喋ったのは三年前である。

彼は恐ろしいまでの演算能力の持ち主で、元々は数学者であったが、今は暗号開発・解読を主に行っていた。

そのゲッタは無言で、歯磨きブラシと歯磨き粉をギーに差し出した。

「いえ、その、あの」ギーは困っている。

「論点をずらすな!」ユースタスが参戦した。「お前はいつもギー坊やを物で買収しようとする! ふざけるな!」

ちなみにユースタスはギー坊やを金で買収しようとした事がある。

「そうだそうだ!」クロードが更に加わったため、状況は混乱の極みに入った。「逮捕だ逮捕だ! ゲッタ、貴様は一度臭い飯を食ってこい!」

「冷静に!」アナベラが過熱する男達に水をかけた。「良い年のジジイ共が、今更何の権力を濫用するような事を言っているのです! ……ギー坊や、ケーキはみんなで食べましょう、ね?」

「では私が紅茶を淹れてくるわぁ」と言ったマダム・マクレーンをイヴァンが素早く食い止めた。

「……待て。 安全のために俺が淹れてくる」


 「クリスタニア王国の最大の弱点があるとしたら、それは国王が絶対的全権力を掌握している所だ」と言われている。


 実際、そうであった。グレゴワール達一二勇将は国王クレーマンス七世の権力に依存していて、貴族達のように独自の権力基盤を持っていないのだ。一二勇将と国王を繋げているのは、ただ一つ、信頼関係のみであった。ここが最大の美点であったが、最大の弱点でもあった。

 クリスタニア王国の貴族達は悪名高かった。私利私欲のためにしか動かず、自らの財産、自らの領地を肥え太らせるためならば何でもする。中には警察権力ですら介入できないほどの大貴族がいる。そのため、一二勇将と貴族は犬猿の仲であった。貴族出身であった王妃アンリエッタが生きていた時は彼女が貴族達の不満をなだめてくれていたが、もう彼女はこの世にいない。貴族達はどんどんと一二勇将への不満を膨らませて行き、それはいつ爆発してもおかしくないほどのものであった。だがマダム・マクレーンがマルバスを使役して情報を集めていて、事前に対策を取っている所為で、今は敵対行動をあからさまに取る事が出来ないでいるだけであった。

 一二勇将の懸念は、クリスタニア王国王太子アルベールが貴族と大変に親しい事である。王位が交代した場合に、政権交代も起きるかも知れない。一二勇将は権力にしがみつくつもりも無かったが、無能な貴族に牛耳られるクリスタニア王国を黙って見ていたくも無かった。アルベール王太子ははっきり言って無能である。無能でも別に良いのだ、優れた者を側近とするならば。しかし王太子の周りにいる貴族は、誰も彼もが金の亡者で権力欲の塊で、国家の将来よりも自分のぜい沢な夕食を優先させる者ばかりであった。


 「『国家のダニ』、『クリスタニアの癌』、『金と権力の亡者』……俺達市民にしてみれば、貴族なんてぶっちゃけいない方がありがたいくらいだぜ」とチャーリーはあっさりと言った。いつものように、客が彼ら二人きりのバーで、である。「ところで、何があったんだ?」

「……その貴族の娘が俺に惚れた」ギーは全く嬉しくなさそうに、いや、嬉しくないどころでは無く、やや怯えつつ言った。「貴族も貴族、大貴族だ、ほら、ド・カロール家の令嬢ベル。 お前も知っているだろう?」

「うわあ……」チャーリーは気持ち悪そうに言った。「あの男好き、いや男狂いで貞操観念の欠片も無い『売女(ビッチ)のベル』だろう? 知っているよ、あれは大根でも満足できないってもっぱらの噂じゃないか。 俺、今、真面目にイケメンでなくて良かったと思った……あんな女に付きまとわれたら、俺は精神病院に脱兎の勢いで逃げ込むぞ」

「……俺も精神病院に逃げ込みたい」ギーはぼそりと言った。「実はな、俺には今、結婚を考えている女性がいる」

「マ・ジ・で!?」チャーリーが飛び上がった。すぐに着席したが、「一体誰だどこのどんな美女なんだお前の心を射止めるなんて! うわあこりゃクリスタニアで女の自殺が相次ぐぜ! クリスタニアの独身の女は全滅するかも! うわーうわーうわー!!!!」

「俺の恩人の妹だ」ギーはちょっと微笑んで、「俺は彼女の奴隷として一生を過ごした方が幸せだと判断した」

「おめでとう!」チャーリーは心から祝福した。

「ありがとう。 それで、だ」ギーは少し酒を飲んで、「彼女との婚姻届を出すまで、あのベルの注意を俺から逸らして欲しい。 妨害されたくないんだ。 既に今日もストーキングされてな、必死で撒いてきた……」

「いつ出すの?」

「今月末の国王誕生記念日に、だ。 二年前の丁度あの日に俺と彼女は出会ったんだ」

「期間にして約二週間か……」チャーリーは勢いよく頷いた。「分かった、ベルの注意を何が何でも逸らしてやる! 任せておけ!」


 ベル・ド・カロールは探偵を一〇人雇って、ギーの一日をストーキングさせている。朝、自宅から出勤する所から、夕方仕事を終えてバーに行き、一杯飲んでから自宅に帰るところまで、徹底的に見張らせている。

 それで得られた結果は、彼女の支配欲と権力欲、そして独占欲を満たすどころか、余計にあおるものであった。

ギーと結婚すれば、と彼女は考える。何もかもが思いのままだ。クリスタニア屈指の美男を夫にしたと言う社会的地位と名誉を得られ、ギーと付き合った女がほぼ全員彼は素晴らしかったと証言している事から夜の生活でも彼女は満たされ、そしていずれはギーが一二勇将の後を継いで絶大な権力を握った時、彼女はそれをも操れる。完璧だ。何もかもが完璧だ。今まではギーをたかが平民の癖にと忌々しく思っていたが、それでさえ逆に彼女が支配してしまえば何と言う事も無いのだ。

 欲しい。彼女は思う。ギーを愛しているから欲しいのでは無い。欲しいからギーが必要なのだ。愛よりも彼女は欲の方が大事なのであった。

「それに私も美しいし」彼女は鏡を見つめて呟いた。「あんな卑しい平民風情の男が高貴な私になびかないなんて事、ありえないわ」

潰れた鼻とねじまがった口と細すぎて糸のような目、まるで鈍器で殴打されたかのようにえらの張ったでこぼこの顔が鏡に映っている。けれど彼女は美しくないなんて他人から言われた事が無かった。皆が皆、彼女を美しいと言ってきた。ベルを不細工だと言ったが最後、ド・カロール家に抹殺されるからだった。

 それを知らずに自分を美女だと思い込んでいるベルは、にやあっと微笑んだ。汚い笑顔であった。それは顔の造形が云々と言うよりも、性格の醜さが顔に出てしまっているからであった。愛嬌が無い。華が無い。優しさも高貴さも気高さも誠実さも何も無い、本当に直視するに耐えない顔であった。まだ、ただ顔が不美人である女性の方が、圧倒的に理性と品性があって、素敵に見えるだろう。

 「ベル様」愛人の男性貴族、コーディが彼女の足元にかしずいて、彼女の手を取りキスを落とした。そうすると後で貰える小遣いが倍増するからだった。「ギーなどの事を考えるのはお止め下さい。 どうか、どうか私の事をお忘れなきよう……」

「あら、嫉妬深いのね、お前は」ベルは満足そうに言う。「でも許すわ。 お前は可愛いし、何より上手だもの」

ベルの手がコーディの顔に触れた。コーディは内心では、

(ただの肉欲狂いのメスブタが、何を調子に乗っていやがるんだか。 まあ良いさ、金はいくらあっても足りないからな)

そう思ってはいても、全く顔にも態度にもそうは出さない。

「ああ、ベル様……」

ベルはコーディの手を引いて、ベッドになだれ込んだ。

 もう誰も止める者はいないまま、二人は官能の世界に奥底まで沈んでしまう。


 「うおげええええええええええええええええ!!!!!!」

『げろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』

夜、路地裏で盛大に嘔吐している一人と一匹がいた。

「……俺もう死ぬかも。 あんな気持ち悪いものを見ていた所為で気がおかしくなりそう……」チャーリーは涙目であった。調査のためにベルの館に潜入して、例の現場をもろに見てしまったのである。

『おえっぷ。 げろおおおおおおおおおおおおおお』黒い子ヤギはまだ吐いている。『お、俺様、ぐ、グロには耐性が完璧にあると思っていたんだが、あれは無い、あれは無い!!!! エロシーンであんなにキモグロいなんてあれは無い!!!!』

「なあ魔王さんよ」チャーリーは持っていた水筒から水を飲んで、ぜえぜえと荒く呼吸し、残りの水を魔王に差し出した。「俺はともかく、野次馬根性で見に行った魔王さんは酷い目に遭ったなあ……」

『……お前優しいな』子ヤギは水を飲んで、『あれ以上見ていたら、永遠に男性不能インポになりそうだったな、あれは……』

「不能で済めばまだ良いさ。 俺は本気でトラウマになりそうだった」

『あのイケメン君の場合はのぞき見も中々良かったんだが……あの醜女しこめの場合はホラーだな、最恐のホラーだ。 この俺をゲロらせるとは……』

「あんな化物に付きまとわれたギーが本当に気の毒だ。 俺が何とかしないと」

ここで魔王が猛抗議した。

『化物に謝れ! 化物だってあそこまではキモグロくはないぜ!』

「あ、すんません」素直にチャーリーは謝り、「でも、あれは……」

『分かっている、分かっている。 だがお前、どうするんだ? どうやってあの醜女からイケメン君への注意を逸らすんだ?』

「……どうしたものかなあ……」

チャーリーは座り込んで考えたが、きっちり六〇秒後、彼は立ち上がる。

「よし、取りあえず殴ってくる。 二週間入院する程度に殴ってくる。 女の人を殴るなんて最低だけれど、あんなありえないくらい気持ち悪いのを見せられたからにはなあ……」

『やっちまえ! 水を貰った礼だ、俺も加勢してやる!』


 「うふふふ」ベルはギーの写真を見つめてにたにたと笑っている。「本当にこの男が欲しいわあ。 自慢できるもの。 誰も彼もが羨望の目で私を仰ぎ見るでしょうし……」

 要はベルにとってギーは素晴らしいアクセサリーであるだけ、有用なだけなのだ。愛してもいなければ、恋してもいないのだ。

「ベル様……ああ、どうか私を捨てないで下さい」金づるが無くなってしまうから、コーディはそう言った。「お願い申し上げます」

「もう、しつこいわね! でも良いわ、お前は上手だもの、うふふふ」


 その直後、であった。轟音と共に、ベルの館に激震が走った。


 「何事なの!?」ベルは驚いた。

「ひ、ひいいいいい!」コーディは臆病で腰抜けな性根をのぞかせた。

『襲撃でございます』二人の背後から変声器によってしわがれた声がした。二人は咄嗟に振り返ろうとし、それが出来なかった。『いっせーの、それ!』


 殴打。


 マスメディアが大騒ぎした。大貴族のベル・ド・カロールが愛人共々、強盗によって全治二週間の怪我を負い、入院したのだ。強盗は金品を奪って逃げた。その金品はほとんどゴミ処理場で見つかった。どうやら強盗は金品を売りさばけばそこで足が付くと判断したので、金品を諦めたらしい。しかも強盗はベルの館の玄関を爆破していたので、これはもしかすればテロの可能性もある、と。

「物騒だなー」とチャーリーはTVのニュース番組を見て言う。「モニカ、強盗傷害って結構重い刑罰だよな?」

「当然よ。 知らないとは言わせないわ」モニカはチャーリーの焼いたチョコチップクッキーをかじっている。「それにしてもド・カロール家の玄関を爆破したその隙に強盗に入るなんて、一体どこのイカレ野郎よ。 イカレたその顔を見たいわ。 でも、貴族相手によくやったわと少し褒めてやりたい気もするわね。 ま、警察として公言する訳には絶対に行かないけれど」

「そうだなあ」とチャーリーは従順に頷くのだった。

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