INTEGRATION 亡国の離別 【ACT〇】 クリスタニアンで出会った、二人
亡国の運命に引き裂かれた二人の若者の、離別と再会を誓う物語。
世界屈指の大国、クリスタニア王国が首都クリスタニアン。
今、この王都を震撼させて大騒ぎになっている、むごたらしい殺人事件が連続で起きていた。
被害者は誰もが若く美しい女性であった。彼女達は、散々に暴行されて、挙句の果てに分解された死体となって発見されたのだ。
第一発見者がぱっと見て、それが人間だったものの死体だとは即座に分からなかったほどであった。
その殺人並びに死体損壊事件が、もう五件も起きているのである。
「狂ってやがる」クリスタニア王国国家捜査官の一人が忌々しそうに言った。彼の視線の先には、まるで装飾のように被害者の部屋中に飾られた『部品』の数々があった。警察の中でもエリートである彼らが総動員されて捜査しているのだが、容疑者の目星すら付いていない。「クソ、犯人は一体どいつなんだ!?」
「……」モニカはぎりりと歯を食いしばって、それから言った。彼女は優秀な国家捜査官であった。「必ず逮捕してやるわ!」
だが、その日も仕事は成果が出ず、モニカは不機嫌と苛立ちを抱えて帰宅する事となった。駅まで煙草をくわえて歩いていく。夜のクリスタニアンに銃声が響いた。モニカは血相を変えてその音源を探す。近くの路地からだった。モニカは拳銃を抜いて、構えつつそこに飛び込んだ。漂うのは凄まじい血臭。
拳銃を持った男が、女の死体の側でしゃがみこんでいた。
「国家捜査官だ!」モニカは怒鳴った。「銃を捨てて両手を頭の後ろで組め! さもなくば撃つ!」
「うわ!」男は拳銃を捨てて両手を上げて立ち上がる。街灯の光がわずかに差し染める暗さの中でもはっきりと分かる、青い目と青い髪をしていた。手を振り回して弁明しようとしたので、モニカは狙い定めて撃鉄を上げた。男は慌てて両手を頭の後ろで組んだ。「俺じゃない、俺じゃないんだ! 食ってたヤツがいたんでビビって撃ったんだ!」
「動くな。 言い訳は署で聞かせてもらう」モニカは冷徹に言った。
名前は、チャーリー・レインズ。軍人だったがメルトリア戦役で退役、それ以降は軍人の恩給と便利屋のような事をやって暮らしているらしい。所持していた拳銃は、軍人だった時に購入したものだと言う。
怪しい。モニカは直感でそう思った。何かが、常人とは違う。
「バーで気分よくやって、帰ろうって歩いていたら、何かくちゃくちゃと食っている音がしてさ、何やってんだろうって路地をのぞき込んだら、男がマジで食っていたんだ、女の体を! それに仰天して撃ったんだ! あれは俺じゃない、俺じゃないんだ! え、顔? すんません、仰天していてそこまでは……でもとにかく、あれは男だった!」
取調室の隣の部屋で、彼の供述を聞いていた捜査官達がつぶやいた。
「シロだな、コイツは。 引っ張ろうと思えば銃刀法規定違反で引っ張れるが、服に血痕が全く付いていない上に、歯型も違うからな……」
「そうだな。 コイツの胃の内容物を調べれば完全にそれが証明されるが、そこまでしなくても良いな、これは」
「……そうかしら」だがモニカだけは、鋭い視線でチャーリー・レインズを見ていた。
モニカは夜明け前に釈放されたチャーリー・レインズを尾行した。チャーリー・レインズはとことこと歩いていく。途中で早起きな酒屋に寄ってビール瓶を一つ買う。自宅に帰ってそのビールを飲むのだろうか、と彼女は煙草の煙を吸いつつ思った。
その彼が、モニカの目の前で、運河にかかる高い橋の上から飛び降りて姿を消す。
「!?」
水音が聞こえて、モニカは思わず煙草を捨てて駆け寄り、下を覗き込んだ。
「こんばんはー、あ、もうおはようか」
チャーリー・レインズが橋の欄干の端に捕まっていた。彼は彼女を見上げて、にこっと笑った。不思議な笑みだった。それを目にした誰もが毒気を抜かれて素直になってしまうような、独特の。
「誰かと思えば、さっきの美人なお姉さんじゃん。 俺に何の用?」
「ッ!」モニカはしてやられたと思った。落としたのはビール瓶だったのか!「貴様は――!」
「よっこらせ」とチャーリーは橋の上に戻る。「うん、そう。 まあお姉さんが疑うのも無理は無いけれどさ、俺は健全な小市民だから、女の人を暴行した挙句にバラバラにして殺すなんて酷い事はしないぜ」
「……」
モニカが黙っていると、チャーリーは、
「んじゃ、さようなら」とまたとことこと歩いて去っていくのだった。
ただチャーリーが行ってしまうのを見ていたモニカの所に、緊急通信が入った。
『モニカ! また誘拐されたぞ!』
捜査官達は誘拐現場に急行したが、言葉を失う。地上一〇階のマンションのドアが、力任せで壊されていたのだ。マンションの住民がその破壊音と女の悲鳴を聞きつけて通報したのだ。この連続殺人事件でただでさえ過敏になっている警察は即座に駆けつけたのが、間に合わなかった。このわずかな時の間に、犯人は女を連れて逃げた事になる。
「複数犯なのか……? いくら何でもこんなにドアを壊して、しかも被害者を連れて一人で逃げられるとは思えん」
「でも、どの死体も、残っていた歯型は一つだけだったぞ……一体何者なんだ、犯人は」
「これは……まるで警察組織を恐れていない、そんなヤツの仕業に見える」
誰もが言葉を失った。非力な女を狙い、散々に暴行して、挙句の果てに分解する。正気の沙汰では無かった。
彼女は誘拐されて二日後の朝、公園を囲む鉄柵に、串刺しにされて発見された。臓器は分解されてその辺り一帯にばら撒かれていた。それをマスメディアの報道で知ったクリスタニアンの民は震え上がった。ここまで恐ろしい思いをしたのは、列強諸国の一つ、アルビオン王国にクリスタニアンが陥落させられかけた時以来だ、と老人達は言い合い、年ごろの美しい女性を家族に持つ者の中には、事件が解決するまで警察でどうか保護してほしいと泣きながら頼みに来る者さえ出た。
もはや警察の威信のためのみではなく市民の恐慌状態をどうにかするために、モニカ達は必死に事件を追ったが、死体や状況を調べ直した結果、犯人は間違いなく男で、単独犯だと言う事しか分からなかった。
駄目だ。モニカは最初から事件を調べ直そうとした。
一件目。被害者は仕事の帰路、夜中に誘拐された。そして朝には分解された状態で、貴族の庭園で見つかった。二件目。三件目。調べ直していく内に、モニカはある共通点に気付く。それは彼女の経験と勘が気づかせたものだった。
犯人は全く人目をも警察をも恐れていない。なのに、犯行は必ず夜に行われている。つまり犯人は夜にしか犯行のために動けない何らかの理由があるのだ。モニカは誘拐・死体遺棄の現場を全て見て回った結果、それを確信した。
そうやって見て回った最後の現場で、モニカはあのチャーリー・レインズと再会した。チャーリー・レインズは現場に花を供えていた。
「あ」とチャーリーは振り返って言った。「この前の警察のお姉さんじゃん。 どうしたの?」
「どうもこうも、現場検証よ」と煙草を消しつつモニカは言う。
「そっか、お疲れ様です。 俺も仕事なんだ」
「何の?」
「俺の友達がさ、警察だと多分解決できないから、俺にやれって」
「……ああ、そう。 そうなの」
モニカの顔に浮かんだ、明らかに怒っている表情に、チャーリーはひえっとすくみ上って、
「怒らないでくれよ、友達もこれ以上被害者が増えるのが嫌で俺に頼んだんだ。 それに友達は頭が良いから、犯人の正体ってか、犯人の目星をもう付けたんだ」
「何よ? 警察が総出で探しているのに、それすら分からないのよ?」
「夜にしか動けない、言い換えれば昼間は絶対に犯行が出来ない。 となるともう簡単に俺でも特定できるぜ」モニカは顔をこわばらせた。何故それを知っているのだ!?「あ、でも、お姉さん達だと逆に分かりにくいかな。 ヒントは、『人間じゃない』だからさ」
「……は?」
「まあ、犯人捕まえたらちゃんとお姉さん達に引き渡すからさ。 じゃーねー」
とチャーリーは、あっと言う間に去って行った。
『お前と俺の考えは的中した。 今しがた、やっと万魔殿が白状した』
「そっか、名前は? 顔写真とかある?」
『写真はもう処分してしまったからと断られたが、名前は分かった。 パウエル・ジョンストーン』
「あれ、多分だけれど俺、ソイツ知ってるかも知れない。 万魔殿じゃ割と有名な芸術家だったぞ、確か? 女のマネキンをバラバラに解体して、それに色々工夫を凝らして展示して、結構評価されていたはずじゃなかったかな。 なかなかの前衛芸術だなって、意味分からんけれど悪くはないじゃんって、俺も思っていたんだけれど。 ……おい、別人だよな?」
『いいや、その前衛芸術家だったパウエル張本人だ』
「マジかよ!? 何であれがこうなっちゃったわけ!? 確かヤツには元売れっ子モデルの超美人な婚約者がいて、仕事も順調で、前途洋々の人生だったと俺は思うんだけれど、芸術家魂がついにマネキン破壊じゃ満足できなくなっちゃったの!? 物騒だなー、怖いなー、芸術家魂ってのは……」
『いや、こうなった理由はそれじゃないんだ。 同情は出来ないが、本当に哀れな理由だ。 この前も、聖教機構の十八番、無差別爆撃があった。 今回、一番被害を受けたのはヤツらが暮らしていたドルキアナ地方だ。 たまたまヤツは婚約者に何かプレゼントでも買うために宝石店に行っていて、爆撃の際には地下金庫に他の客や店員と共に隠れたので無事だったそうだ。 爆撃が終わったので慌てて婚約者の無事を確かめようとしたら、婚約者が避難していた先の地下シェルターが、酷い話だが欠陥工事だったせいで、その時の爆撃に耐えられず、そこに避難していた民間人の全員が、空爆のほぼ直撃を受けていたらしい……。 ……それから段々とヤツはおかしくなって、ついに先日、万魔殿は支配圏からパウエルの身柄を永久追放したんだそうだ』
「……あー、そう言う事か」
『とにかく、頼む』
「OK、任せとけ」
「なるほど、そう言う事だったか……」官憲の頂点に立つ男、『大判官』クロードは頷いた。クリスタニア王国を実質的に支配している『一二勇将』の円卓会議の一席に彼は座っている。彼はちょっと不自然な、違和感のある髪形をしていた。「道理で警察では犯人が捕まらなかった訳だ、何せ人間では無いのだからな」
「ではどうします? 政治の素人の私が言うのも変ですが、この事態の解決を聖教機構もしくは万魔殿に頼んで、と言うのは極力避けたい……」同じ円卓の一人である『殺人博士』Dr.シザーハンドが言った。穏やかな物腰の、お手本のような紳士である。「この事態のそもそもの原因が聖教機構と万魔殿の終わらぬ戦争の所為でもありますし……」
「……俺が出るか?」『殺し屋』イヴァンが口を開けたが、「いや……俺では無いな。 俺の仕事は逮捕で無くて殺害だからな」
「では軍隊を出すか!?」いつも大声なのは『常勝将軍』オリエル元帥である。「相手が人間であろうと無かろうと、遠距離から一方的に砲撃しちまえば関係無いぞ!」
「……冗談ですよね?」Dr.シザーハンドがやや引いた様子で言った。「いくら素人の私だって、自国のそれも自国民の住む首都を砲撃するなんて事をしたら、その結果は容易に想像できます……」
「だったら代替案を出せ!」オリエルは大声で言う。
「ギーに何か考えがあるようだ」とこの円卓会議を統括する『鉄血宰相』グレゴワールが言った。とても知性的で冷酷な印象を与える、老いていても毅然としている男だった。事実、この男は政治と言う修羅場を常に最前線で戦い抜いてきた歴戦練磨の強者であった。「だが、ギーが失敗した時にも備えておかねばなるまい。 この非常事態なのだ、逮捕だろうと殺害だろうともはや構わない。 イヴァン、頼む」
「分かった」イヴァンは頷く。彼は地味すぎてどこにいても目立たない、そんな風貌をしていたが、職業は殺し屋であった。「ギー坊やが失敗したら、俺が出よう」
……遠くから、声が聞こえる……。
「ねえミリー、どうして返事をしてくれないんだい?」
「私の事を嫌いになったのかい?」
「ごめんね、私は完璧な人じゃないから、君をよく怒らせてしまうんだ」
「でもどうか捨てないで、私は君がいないと生きていけないんだ」
「ねえ、お願いだから返事を……」
「……どうして一言も返事をしてくれないんだい?」
「私の方を見ようともしてくれない」
「私がいくら謝っても、詫びても、まだ怒っているのかい?」
「あの日私が君だけ一人にして、出かけた事を恨んでいるのかい?」
「ごめんね、ごめんね、でも、あの日私は君にプレゼントをあげたくて」
「それで君の誕生日だったのに、君を一人にしてしまった」
「そんな私がどうしても許せないのなら、私は殴られても良いよ」
「どうして、どうして?」
「なのに、どうして無視するのかい?」
「せめて嫌いだと言ってくれたら、私は……」
「君の服を買って、アクセサリーを買って、花束を買って、ケーキを買って」
「君の荷物持ちをして、買い物に付き合って、食事に行って」
「でも君はいつも言ってくれるんだ、『ありがとう』って」
「だから私は、ちっとも辛くなんか無かって、君といると幸せで」
「頼むよ、せめて私を嫌いになったのなら、そう言ってくれれば、私は、身を引くから」
「あれ?」
「ミリー?」
「何で君、私の製作途中の作品みたいに壊れてしまっているんだい?」
「ああ、そうか」
「そうだった……」
「あの日、君はバラバラにされてしまったから」
「元通り組み立てなきゃ、涙を流す事すら出来ないんだ」
「壊して、直さなきゃ……」
――覚醒した。
モニカは咄嗟に拳銃に手を伸ばそうとして、出来なかった。彼女は全裸で、しかも縄で縛られていた。彼女は即座に状況を把握する。どこかの古い倉庫の中に彼女はいた。消えかけた電灯が点滅している。
そのおぼろな光の中で、まるで獣のような男が見えた。彼女が目覚めたと気付いた途端に、もはや正気では無い有様で、酷く血で錆びついたナイフを手に近寄ってくる。
「直さなきゃ」
男はつぶやいた。男の体臭と血臭とが混じって、吐き気がするような臭いが近付いてきたので、モニカはえずきたくなった。
「貴様は誰だ!」恐怖をこらえて、彼女は威圧的に言った。
「あれ」男ははっとした顔をして、モニカをまじまじと見つめた。「……ミリーじゃない? じゃあミリーはどこにいるんだ!? あの爆撃されたドルキアナにたった一人でいるのか!?」
「質問に答えろ! 貴様は誰だ!」モニカは何とか拘束を解こうとしたが、無駄な足掻きであった。
「それはこっちの質問だ!」男は怒鳴った。「ミリーはどこだ、どこにいるんだ!?」
モニカはようやく思い出した。
夜更けに、自分一人で暮らすマンションに帰ったら、ドアを開けた瞬間に彼女は背後から襲われたのだ。悲鳴を上げるいとまも無かった。記憶が、背後の気配に対応しようとしたそこで飛んでいるからだ。
ならば、とにかく、今は時間を稼がねば。彼女が行方不明になったと国家捜査官達が知って、ここにやって来るまでの、時間を。だがそれはあまりにも希薄な望みであった。恐らくまだ夜は明けてすらいないし、ここがどこなのかも分からない。それでも、絶望だけはしたくない!
「ミリーなら」彼女は必死に優しい声を出して言った。「きっと病院にいるんじゃないかしら」
「病院……」男はうつろな目で繰り返す。「病院……か」
「そうよ、そこで貴方を待っているんじゃないかしら」
「……」男は彼女に背を向けた。何かをじっと考えているようだった。
今の内にと、モニカは必死に、せめて縄だけでもほどこうと努力する。
「あのね」と男がゆっくりと振り返った。その目が充血していたので、モニカは血の気が引いた。「あのね、あの日、私とミリーの暮らしていたドルキアナの街は、聖教機構軍により徹底的に空爆されて、何にも、病院ですら原型を留めていなかったんだよ。 ミリーも、ぐちゃぐちゃにされた残骸しか見つからなかったんだよ。 だから、私は――」男はナイフを振り上げた。「ミリーを作り直すんだ!」
銃声がした。振り下ろされたナイフが砕け散る。
「パウエル・ジョンストーン」何とチャーリーが、倉庫の割れた窓から身軽に入ってきた。「俺、アンタの事も、アンタの作る芸術作品も、嫌いじゃなかったんだぜ。 破壊は一種の創造である、その信念が所々に現れていてさ。 マネキンはバラバラにしても、人は絶対に殺さなかったしさ。 でも、もう、今のアンタは駄目だな。 もうアンタは、この国で死刑になって殺されるしか、救いようが無い」
「貴様、貴様ァ!」パウエルが凄まじい形相で言う。「私の邪魔をするのか! ミリーを作り直させないつもりだな!」
「うん、そうだよ。 そうしなきゃならん。 だってさ、今のアンタは本当に気の毒だからな……」チャーリーは、痛ましげに言った。
パウエルが牙を向いた。鋭い犬歯がのぞく。モニカははっとした。それは、『魔族』と呼ばれる、特殊能力を持った人間では無い種族の一種、吸血鬼の特徴だったからだ。日光に極端に弱いので、大体の吸血鬼は夜行性である。その爪が長く伸びて、まるでナイフのようになる。それでパウエルはチャーリーに恐ろしい速さで襲いかかった。
けれどチャーリーは、どこか悲しそうな顔をして、拳銃の引き金を引いただけだった。
銃弾が命中した。パウエルの体が倒れながら滑った。
「……う、ご、が……」まだ生きている。だが動けない。「何を……した!?」
「拘束制御術式の詰まった弾だよ」チャーリーは淡々と言った。「古い手段だけれど、動けないだろう?」
それから彼はモニカを解放して、自分のジャケットを貸した。
「災難だったなあ、警察のお姉さん」
「ど、どうしてここが分かったの!?」
「鼻」とチャーリーは己の鼻を指差して言った。「俺ね、ちょっと人より嗅覚が良いんだ。 ほら、あの路地では女の人が食われていたじゃん? でもってコイツは凄く臭いじゃん。 この独特の臭いを俺覚えていてさ、後を付けてみたんだ。 そうしたらここに着いた」
「警察犬よりも感度が良いの……?」
少なくとも、人間離れしている事だけは確かだ。
「まあな」とチャーリーはあの毒のない、無邪気とも言いうる笑みを浮かべる。「んじゃ、警察呼ぼうぜ」
吸血鬼は逮捕された。いずれは処刑されるだろう。クリスタニアンにはやっと平和が戻った。その功労者であるチャーリーは、だが、褒賞を受けようともしなかったし、名前を表に出そうともしなかった。
「俺ね」とチャーリーは安いアパートの一室で、言う。男の一人住まいだと言うのに、とても部屋は綺麗で清潔で、窓にはレースの白いカーテン、キルトのタペストリーが壁にはかかり、ベッドの上にはちょこんと手編みのウサギのぬいぐるみまで置いてあった。「友達の依頼を引き受けただけだから、ご褒美とかそう言うの要らないんだ」
TVは今、正に警察が吸血鬼をやっとの事で逮捕したと言うニュースを報道している。
それを見つつ、チャーリーはもしゃもしゃと大盛りの野菜サラダと自分で焼いたピザを食べていた。見ていて爽快なくらいによく食べる。
「そう言えば友達って誰なの?」
モニカが訊ねると、チャーリーは少し考えて、TVの画面を指差した。次のニュースは、クリスタニア王国の政治問題についてのもので、そこには『クリスタニア王国の女で彼に恋い焦がれない女は真正のレズだ』とまで言われるうら若き政治家、ギー・ド・クロワズノワが映っていた。と言っても本人が何かスピーチをしているのを、隠し撮りしたと思われる映像だった。ギー当人はマスメディアに騒がれるのを非常に嫌がっており、だからこそ余計にその人気は白熱するのだった。
まず、男に生まれたのが勿体ないくらいの天使のような美貌。身長と学歴と収入には文句の付けどころが無く、片眼がやや不自由で眼鏡をかけているが、陸軍にいた事もある、そして何よりも政治家として非常に優秀であった。この国を実質的に動かしている『一二勇将』からは溺愛されていて、実際それに応えるだけの才覚と実力を持っていた。
「……え?」モニカは思わずチャーリーを見た。くわえていた煙草を落しかける。
「うん、コイツ。 ひっでえ女ったらしでありえん車キチガイなのを除けば良いヤツ」
そう言ってチャーリーは食後のハーブティーを飲むのだった。




