第38話 対の指輪
「お願い、ですか?」
「はい、数時間だけ子供たちの面倒を見てもらえないでしょうか?」
イリアさんからの突然のお願いに俺たちは顔を見合す。
「実は冒険者ギルドの方から緊急の用件があると、連絡が来まして。それで数時間ほど孤児院を留守にしないといけないのですが心配で……」
ああ、なるほど。
ルイ君が襲われたばかりだし、また狙われないとも限らない。
確かに心配にもなるわけだ。
俺の中では別に問題が無いのだが、ミーニャはどう思ってるのだろう。
仮にもデート?の途中なのだし、このお願いを受けていいのか……
俺はそう考えミーニャにどうするか尋ねようとして……
「大丈夫です、イリアさん。私たちがちゃんと面倒を見ますね」
目をキラキラと輝かせたミーニャが俺を無視してお願いを受けていた。
(ああ、ミーニャ子供好きだもんなぁ……)
完全に視線が子供たちへとロックオンしている。
「本当ですか!!ありがとうございます。では、詳しいことはルイとシエラに聞いてください」
そう言ってイリアさんは素早く孤児院から立ち去ってしまう。
一方ミーニャと言えば、さっそく子供たちの方へと駆けより一人ひとり撫でながら言葉を交わしていた。
俺は一人この状況に置いて行かれているが、周りはそんなの関係ないとばかりに話はどんどん進んでいく。
こうして、俺たちは孤児院の子供たちの面倒を見ることになった―――――
「ごめんなさい」
「いや、いいって。困っている人を助けるんだしさ」
孤児院に入って一段落したころ、ミーニャが俺に謝ってきた。
おそらく、勝手にお願いを了承してしまったことだろうが、別にこれといって予定はなかったので問題はない。
まあ、デートが亡くなってしまったのは少々残念だが。
「でも、ミーニャって子供好きだったんだな」
「……やっぱりバレてた?」
「あんだけ目を輝かせて子供たちを見ていたらな」
俺は苦笑しつつミーニャを見るが、彼女はぷいっと頬を朱色に染めながら俺から視線をそらす。
なんともまあ分かりやすい、照れ方だ。
そんな様子に俺は微笑ましく思いながら、これからの予定を尋ねる。
この孤児院にいる子供たちは全員で12名ほど。
ルイ君とシエラと呼ばれる少女が年長者らしく、二人はうまく年下の子たちをまとめ遊んでいた。
というか、このままだと俺たちの出番はないのではないだろうか。
「私は絵本を読んであげたりしようかしら、って考えていたのだけれど」
「まあ、妥当なところだな」
子供好きなミーニャからしたら、彼らと少しでも触れ合っていたいのだろう。
その気持ちは出来るだけ尊重してあげたいし、俺は俺でやることを考えていたので二人で別行動することを提案する。
「シャオ君は何するの?」
「まあ、見張りだな」
「………危険じゃないわよね?」
「何とも言えないところだな、ルイ君を襲ったのが偶然なのか、それともわざとなのか……」
「そうね……」
二人して少し重い空気になるが、俺はすぐさまその空気を打ち払うべく教会の外へと向かう。
「何かあったらすぐ知らせるから」
「分かったわ」
何事もなければそれでいいんだけどな。
そう心の奥底で願いながら、教会の外へと意識を向けるのだった――――――
「美味しい!!」
「あっ、それ僕の!!」
「俺が先に取ったんだから俺のだろ!」
「お姉ちゃん、あとで絵本読んで~」
「あ、私も!!」
ワイワイガヤガヤ。
そう表現するのが正しいと言えるほど孤児院の子供たちは元気だった。
結局あれから日没まで粘ってみたが、怪しい気配はどこにも感じず拍子抜けしたといった感じだ。
一体何の目的で襲ったのか……
疑問は尽きないが、教会へと戻った俺に待っていたのはお腹が空いたと喚く子供たち。
ウルウルとした目でご飯を作ってとお願いしてくる子供たちに、俺はその愛らしい瞳に負け料理を作る羽目になっていた。
ああ……、なんか俺の思い描いていた一日と違う!
そう思いつつも、教会の厨房を借りて10人以上の大量の料理を作る俺は完成した料理を並べると一人厨房へと戻り一息ついた。
俺は1人厨房でくつろぎながら、小さな子供たちの元気な食事の風景を楽しむ。
テーブルに並んだ俺が作った料理をみんな美味しそうに食べる姿は、頑張って作った甲斐があったと心から思えるほどだ。
ルイ君は一品ずつ大切そうに、シエラちゃんは時々のどに詰まらせながらもパクパクとすごいスピードで料理を食べていく。
他の子たちも、それぞれ食べ方に特徴があって面白い。
そうして見ていると子供たちの方からミーニャがやって来た。
「随分と喜んでくれているわね」
「ああ、あっという間になくなりそうだ」
先ほどまでテーブルに座って一緒に食べていたミーニャは、俺の隣に来ると頬を緩めながら子供たちを温かい視線で見ていた。
「結局、怪しい人は来なかったの?」
「気配察知のスキルを使ってみたけど、誰かがここを監視してるってのはないと思うよ」
「そう」
「まあ、たまたま運が悪かったと思うしかないな」
俺の報告を聞いて少しほっとしたような顔をするミーニャ。
よっぽどここの子たちが気に入ったんだろう。
そうして子供たちが大量の料理を平らげた頃、ようやくイリアさんが帰宅し、目を丸くする。
「あのこの料理は………」
「ああ、俺が作ったものです」
俺のセリフにさらに驚いたようだが、すぐに何度も何度も頭を下げてくるイリアさん。
俺としては普通に料理を作ったつもりだったんだが、何をそこまで頭を下げるのだろうか……
イリアさんに頭を上げるように言い、そのわけを聞く。
すると、帰ってきた答えはかなり現実的なものだった。
この孤児院は、基本的に教会への寄付とイリアさんの稼ぎで運営されている。
決して多くはない寄付金と収入では10人以上もの子供たちを養うには日々節約していかなければならない。そのため、なかなか子供たちはお腹いっぱいに食べることが出来ないそうだ。
なんともシビアな理由だろう。
ゲームの世界とは思えない、現実味のある答えだ。
「だから、こんなにいっぱいご飯を食べられたのはあなたたちのおかげです。本当にありがとうございます」
そう言って、また深く頭を下げるイリアさん。
その姿に俺とミーニャは困惑してしまう。
現実では何不自由なく過ごしている俺たちからしてみれば、この子たちの状況はまるで信じられないものだ。
だからこそ、考えさせられてしまうのだ。
ここはゲームの世界なのか、と。
街中での通り魔、孤児院の現状、モンスターとの戦闘、街の人々との交流。
ゲームの世界と思えば当たり前の行動でも、この世界では感じの悪い行動であったり、思わぬ受け止められ方をしてしまう。
俺は再び思考の世界へと意識を落とす中、くいくいっと服の袖を引っ張られる。
はっ、と顔を上げればイリアさんが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
どうやら、また思考の渦へと意識を落としていたようだ。
ミーニャに目で礼を言いつつ、再びイリアさんに向き合う。
「シャオさん、ミーニャさんお礼と言ってはなんですがこれをお二人に」
そう言ってイリアさんが取り出してきたのは一つの小さな箱。
パカッと小気味いい音を立てて開けられた箱の中には二つの指輪が治められていた。
「あの、それは………」
ミーニャが不思議そうに呟いてイリアさんに尋ねる。
「これは対の指輪と呼ばれるものです、お二人は鑑定をお持ちですか?」
イリアさんの問いに頷く形で答えた俺たちは鑑定を使いその指輪を視た。
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【対の指輪(右)】
アクセサリー【指輪】
ミスリルによって造られた対となる指輪の内のひとつ。
対となる指輪を装備した者同士の運を高め、運命神ミルニアの加護を与える。
ただし、これを装備できる者には条件がある。
LUK:+30
特殊能力:【称号】運命神の加護の付与
品質 EX
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「こ、これは………」
「貰っちゃいけないやつだろ………」
ミーニャと俺はその指輪の性能を見て、驚愕を露わにする。
いろいろと突っ込みたいが、品質EXってなんだよ!?
あと称号とか……、とにかく破格の性能ってのはよく分かった。
「この装備する条件とは?」
「申し訳ないのですが、それは分からないのです。ですが、お二人ならきっと装備できると思いますので」
そうして差し出される指輪に、俺たちは困惑しているとイリアさんはさらに続ける。
「それにこのような物をここに置いておけば、誰かがこれを狙ってくるかもしれません。そうなったらこの孤児院も危ないのです。ですから、どうか持って行ってください」
確かにこんなレア装備があると知れば誰かが狙っていてもおかしくない。
もしかして、ルイ君が狙われたのもこれが原因なのか?
それから、俺たちとイリアさんの押し問答が続き、結局俺たちがこの指輪をもらうことになった。
もし、装備できなくても売っても構わないとのことだ。
まあ売ることはないだろうけど。
俺は右手の人差し指に、ミーニャは左手の人差し指にそれぞれ指輪を嵌める。
サイズは自動調節なのか、ぴったりと指のサイズにフィットしていた。
「やはり、お二人は装備できたようですね」
俺たちが装備出来て、満足そうにうなずくイリアさん。
この人なんだかんだ言いながら押しが強いよな……
指輪をもらったお礼に、幾ばくかの寄付をして俺たちはそろそろ宿に戻ることにする。
教会を出るころには日も落ち、だいぶ街は夜空で覆われ月明かりが降り注いでいた。
「お姉ちゃん、またね~」
「兄ちゃん、また遊びに来てくれよ!!」
「またね~」
「またいらしてくださいね」
子供たちの別れの言葉を受けながら俺たちは、教会を後にした。
なんというか、とんでもなく濃厚な一日だった気がするなぁ……
デートがいつの間にか孤児院で子供の世話になってるし。
神殿区を抜けいつもの広場にたどり着いた俺とミーニャはここで別れることになった。
お互い違う宿を取っているから、当然と言えば当然だ。
「今日はありがとう」
「こちらこそ、面白い一日だったよ」
「それは褒め言葉かしら?」
「褒め言葉だよ」
お互い視線を合わし、ほぼ同時に二人で笑い出す。
おそらく今日一日のデートを思い出しているのだろう。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
多少、名残惜しさは感じるものの俺はやどりぎの宿を目指して足を踏み出す。
今日一日で多くの情報を手に入れたし、整理したいことも大量に出てきた。
明日からまた忙しくなる予感を胸に秘めつつ、俺は夜の街へと姿を消すのだった―――――
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