プロローグ
暗く、湿った部屋――。 机が規則正しく並ぶ、学校の教室に一人、誰かがポツンと立っている。
その"誰か"は口の端を吊り上げ、目に狂喜を浮かばせながら笑っていた。
「くくく、よし、これでいい。ふふ、やっと、やっと復讐が果たされる。神の化身の手によって……」
――西暦2025年、コンピュータの発達は著しく、進化に進化を重ね、コンピュータで世の中の殆どが進められるまでになっていた。
その流れに沿って、最新の科学を詰め込んだ、世界初の[all automatic school]――通称、AASが誕生した。
――6月12日、午前8時22分。
「……ふう」
AASの高等部二年二組の最後方、窓際の席。
居眠りをするには絶好の位置に陣取る、間宮 泰斗が一冊の本を読み終え、憂鬱そうにため息を漏らした。
そのため息の直後、手を顎に添え、落胆の声色でぼそぼそと独り言を始めた。
「やはり、あのトリックを使ったか。この作者には期待していたんだが、もう読む必要も無さそうだな」
どうやら、先程読み終えたのは、ミステリー小説だったようだ。
しかも作者は今、売り出し中の人気作家だ。
泰斗は声色を変えずに続ける。
「まったく、最近の作家はオリジナリティがないな。ありきたりなトリックをわざとらしく使うばっかりじゃないか。先人を見習って新しいトリック考えればいいのに」
段々と声のボルテージを上げながら、独り言はエスカレートしていく。
「そもそもミステリーとは――」
そして、いよいよ大題に入ろうかというとき、泰斗にとっては驚きの声が聞こえてきた。
泰斗の正面の席にいたショートヘアの女の子が突然振り向き、
「そこのアンタ、うるさいわよ! 何、一人でぶつぶつ言ってんのよ!」
泰斗に向かってあらんばかりの声量で怒声を浴びせかけた。
怒髪天を衝く、といったところだろうか。
「えっと、俺?」
泰斗は限りなく不思議そうにしているが、他のクラスメイトからすれば、
「やっと言ってくれたか」
ぐらいのことである。
まあ、読み終える度に一人でごちゃごちゃ言っているのだから当然といえば当然なのだが。
「あんたよ、あんた! いい加減にしなさいよ!」
女の子は溜まった怒りを吐き出すように、物凄い剣幕でまくしたてた。
「…………ああ、ごめん。次から気を付けるよ。ところで君、名前は?」
数秒の間を開けて女の子を見据えるようにし、優しい声でそう言った。
「え? 姫島 瑠美だけど」
今度は瑠美が驚いた顔をし、驚いた声で返した。まさか、いきなり名前を聞かれるとは思っていなかったようだ。
「……ふぅん」
泰斗は目を細め、薄く笑みを浮かべた。
「何よ」
「いや、何でもない。君は本とか読まないの?」
「読むけど」
瑠美は、つっけんどんに質問に答えていく。
「ミステリーは?」
「たまに読むわよ、それが何!」
「そ、ありがと。参考になったよ」
瑠美の怒りにびくともせず、泰斗はニッコリと笑って、一方的な質問を一方的に終わらせた。
「あ、気にしなくていいよ、大したことじゃないから。それより、もうチャイムが鳴っちゃうよ?」
未だ優しい声で喋る泰斗のその言葉に瑠美が時計を見ようと振り返った瞬間、聞き慣れたチャイムが学校中に響き渡った。
「ま、お話なら昼休みにでもしようよ」
そう言って、泰斗は濁りのない笑顔を見せた。
「……ふん、もういいわよ!」
瑠美はプイッとそっぽを向き、荒々しく席に着いた。