レッドストリングス
僕は去年大学を卒業したが、不況の煽りを受けて未だに定職に就けていない。
どれもこれも、僕の優柔不断さが招いたのだが、単純に不況のせいだと思うことで心の平静を保っている。
そんな僕の目に映るのは、カップルばかり。幸せな奴が恨めしいと思う気持ちが招く事象だ。
そんなある日、彼らの小指に、なにか赤い筋のようなものが見えることに気がついた。
それが、糸だと気付くのには時間がかかった。
赤い糸といえば、恋人同士を結んでいるあれだが、何故そんな物が見えるようになったのだろうか。
考えても分からないが、とにかく、そういうものがあるんだと言うことだけ思った。
ある日、それらの糸に法則性が無いことに気がついた。
カップルだけに結ばれているかと思えば、遠くまで延びて結ばれている事もあったのだ。
さらに、赤い糸で結ばれていないカップルもいることに気がついた。
はて、この赤い糸とはなんなのか。全く分からないまま時間は過ぎていった。
「やあ、貴方も赤い糸が見えるそうですね」
ある日、よく分からない男が僕に声をかけてきた。
誰に話したこともないはずなのに、どうして僕のことが分かるのか不思議だった。
「そのとおりですが、どうしてそんなことを知っていらっしゃるのですか?」
「ははは。蛇の道は蛇と言いましてね。色々と有るんですよ。しかも、今の貴方は定職にも就いていないようですね」
僕はその言葉にムッと来たが、事実なので反論もできない
「いい仕事が有るんですよ。貴方の能力が必要なのです」
「ははあ、私の能力がですか。この能力を生かすとなると、恋占いですか……」
と、僕は以前小説で読んだ内容を口にしてみた。それは、以前仕事にしようかとも思っていた。
だが、全部が全部の人間に赤い糸がついていないのが分かった時に、その考えも失せた。
恋が実らないことばかりを占いで知らせるなんて、あまりいい気分ではないからだ。
それに、実る恋を教えてくれない恋占いなど、あるものか。
「ははは。全然違いますよ。そもそも、その能力はそんなことに使うべきではないのです。とにかく、貴方に渡さなければならない物がありましてね」
そうして、僕の手に渡されたのは、はさみだった。
「それで赤い糸をみんな切ってしまうのです。これは、簡単な仕事でしょう。歩合制ですが、かなりの額をだしますよ」
そこで提示された額は、相当な物だった。理由はともかく、断る意味は無かった。
「やりましょう。しかし、何故こんな事をやるのか、教えてはくれないのですか」
すると、男は笑って答えた。
「これは国家的な陰謀でしてね。こうして赤い糸を断ち切れば、ドンドンと縁と言う物が切れていくのです。そうすれば、この国の出生率が下がっていくでしょう。ただでさえボロボロのこの国から若者が減っていけば、こっちは好都合なのです。全てのカップルに赤い糸が見えないのは、実は私達がドンドン切っているからなのですよ……」
これはやばい……と思ったが、断れないことに気がついた。僕の方を見ている、何人かの黒服の男がいるのに気がついたからだ。目つきが悪いから、多分、思った通りの人間達だ。
「ドンドン切りまくって下さい。時間がかかっても、確実にやりたいのですよ……」
男、日本人だと思ったが、どうも違うようだ。東洋系としか表現できないのだが。
ともかく、すぐに行動せねばならなくなった。なんだか、とんだことになったと思った。
しかし、どうでもいいか……とも思った。
どうせ僕には赤い糸など無い。やつらが切ったのだろうが、だったら、僕だって他の人間の奴を切ってやらねば気が済まない。
国家の陰謀云々よりも、うつつを抜かしている幸せな奴らの方が何倍も憎い。
僕は、手始めに、すぐそこにいたカップルの赤い糸を切ってやった。
気のせいか、漂っていた甘い雰囲気が、ただのだるそうな二人の雰囲気になった気がした。