金にならなかった錬金術
かつて、大陸の端に奇妙な人物がいた。
人々の体力を小さな錠剤にして売買する商売を営んでいた。
野良仕事で疲れ果てた農夫から余った眠気を買い取り、徹夜続きの学徒に活力として売りつける。
そんな人物だった。
町の人は彼を「医」と呼んでいた。
実際、彼は「金を作る事」「不老不死の探求」をあきらめた風変わりな錬金術師であり、坩堝をよくかき混ぜ、古い錬金術書を抱えて眠る、そんな人物だった。
ある日、彼の元へ一人の男が駆け込んできた。
「頼む、私の体力をすべて持っていってくれ。代わりに娘に、できる限りの命を与えてほしい」
男の顔は土色で、自らの命を削って娘の治療にあたってきたことは明白だった。
しかし、医は首を振る。
「あんたの体力はもう空っぽだ。差し出すものが何もない」
男は絶望に打ちひしがれたが、ふと、机に置かれた真っ白な錬成陣を見つめ、傍らにあったメスを手に取った。
「……ならば、これを代価にする」
男が自らの腕を切り裂くと、鮮やかな血が錬成陣に滴り落ちる。
「私の命そのものを、娘の力に変えてくれ」
医は溜息をつき、眼鏡を拭き直した。
「……やれやれ。なんと乱暴な…。これは命の譲渡ですか…。上手く行くとも限らないというのに」
医がパチンと指を鳴らすと、真っ赤な血はまばゆい光に溶け、透明な一滴の雫へと姿を変える。
それを少女の唇に落とすと、彼女の頬には瞬く間に赤みが差し、力強い鼓動が戻ったっていったのだった。
結局、男も一命を取り留めた。
それが医の技の賜物だったのか、それともたまたま運が良かっただけなのかはわからない。
だが、数日間は指一本動かせないほどの深い眠りについていたのは確かだった。
目が覚めた男の枕元には、医からの手紙と、一瓶の琥珀色の液体。
「だんな、あんたの血から少しばかり『お釣り』が出ました。
これはあんたが人助けに使い果たした分の、特製の体力薬です。
次に倒れる時は、もう少し計画的に。
――追伸、代金は出世払いで結構ですよ」
男は恐る恐るその薬を飲んでみる。
動くのがやっとだった体は見る見るうちに活力を取り戻した。
後に、男は語る。
どんな黄金よりも価値のある輝きのある液体だったと。
そして、金にはならなかったが、命だけは確かにあった錬金術だった、と…。
医の行方はそれきり誰も知らない。




