第93話 “三度目は定の目となるか?”
守哉と七瀬が校舎から出ると、七美と優衣子がこちらへ走ってくるのが見えた。
向こうもこちらに気づいたのか、互いに駆け寄って合流する。荒い息を整える事なく、息せき切って七美は尋ねた。
「はぁ、はぁ……か、守哉!な、七乃は、見つかった、の!?」
「一応な。それより、少し休めよ。お前体力ないんだから」
「うっさい、七乃が生きてるっていうのに、休んでる、暇、なんて……」
口では強がっているが、ずいぶん走り回っていたのか七美はその場にしゃがんでしまった。
対照的に、優衣子はまったく息切れしていない。多少汗はかいていたが、そこはさすが元神和ぎといったところか。
しゃがんで息を整えている七美に代わり、優衣子は口を開いた。
「ところで、さっき凄い爆発音が聞こえたのだけれど。何かあったの?」
「ああ。その事で話がある」
守哉はこれまでの経緯を簡単に説明した。
優衣子は、何かを考える素振りを見せると、
「……なるほどね。手分けして探すわけか」
「頼めるか?二人とも」
「もちろん構わないけれど、七緒ちゃんはともかく七乃ちゃんの器を追うのはちょっと難しいわね」
「なんでだよ」
「話を聞いた限りでは、七乃ちゃんの器は何らかの呪法を用いて空間転移をしているみたいだからよ。単純に走って追っかけても、すぐに見失っちゃうわ。せめて、七乃ちゃんの器が移動に使ってる呪法がわかれば追跡のしようもあると思うけど」
「そうか……そうだよな。なぁ、七瀬。なんか心当たりはないか?」
「……う~ん……空間転移の呪法?色々あるけど……」
腕を組み、考え込む七瀬。
「……空間転移の呪法は仕掛けがどれも大がかりだから個人で使えるものは限りが……あ、そういえば、爆発音がしたよね……となると……」
ぶつぶつ呟きながら思案する七瀬は、しばらくして顔を上げると、
「……そうだ。かみや、たしか七乃の器と遭遇したとき、遭遇前に爆発音がしたって言ってたよね?」
「ああ。そういや今回もそうだったな」
「……もしかしたら、それが手掛かりになるかも。かみや、さっき爆発音がしたところへ行ってみよ?」
「わかった。じゃあ……」
行こう、と守哉が言う前に七美が立ち上がった。
「ちょっと待って。七緒の行方がまだわかんないんでしょ?私、七緒を探すわ」
「お前、大丈夫なのか?もう体力が限界なんじゃ……」
「いつまでもへばってられないわよ。それに、七緒はさっきまでここにいたんでしょ?だったら遠くには行ってないだろうし、すぐに見つかるわよ」
笑いながらそう言う七美は、明らかに無理をしているように見える。しかし、七美の言うとおりでもある。七緒はそう遠くへは行っていないはずだし、この件に七緒は深くは関わっていない。
守哉は頷くと、
「わかった。じゃあ、七緒を見つけたらすぐに休むんだぞ」
「言われなくてもわかってるわよ。あんたに心配かけたくないしね」
笑ってそう言うと、七美は学校の外へと駆けだした。
七緒が校舎の中にいる可能性もあるが、逢う魔ヶ時が近いのだ。天津罪の掟がある以上、校舎の中にいる可能性は低い。
「それじゃ、行こう。確か、さっき爆発が起こったのは上の階のどこかのはずだ」
守哉の言葉に七瀬と優衣子が頷く。三人は校舎の中へと急いだ。
☆ ☆ ☆
日諸木学園の二階、爆音のした場所に守哉、七瀬、優衣子の三人はいた。
「ひでぇな、これ……」
目の前には、半壊した教室と巨大な穴が開いている。穴は少女が呪法で開けたものだが……
「何で教室壊れてんだ?」
「……これ、呪法の痕跡だよ。この移動痕……間違いないかも」
「わかったのか?」
七瀬は小さく頷いた。優衣子も合点がいったのか、
「壊流移法ね。そうでしょう?」
「……うん。きっとそうだと思う」
「それが器の使ってる呪法の正体か?」
「……そう。手軽に空間転移できる代わりに、移動先に凄い爆発を発生させる呪法だよ」
なんともはた迷惑な呪法である。
「何でよりによってそんな呪法で移動してんだかなぁ」
「……壊流移法は事前の準備がほんの少しで済むし、神力の消費量も少ないから移動用の呪法の中でも比較的使いやすい呪法なの。ただ、着地点にずれが出やすいのと被害が出るのが欠点だけど……」
「移動するだけで被害が出るって……誰が考えたんだよその呪法……」
しかし、少女が壊流移法で移動しているとなると、その移動先には必ず爆発が発生する。となれば、少女の居場所を知るのは難しくないはずである。
「でも、あの子ってよく見たら荒霊っぽいよな?何でわざわざ呪法なんか……」
「……あれ、たぶん荒霊じゃないよ。わたし、普通に蹴っ飛ばしたから」
「………。ちなみに、あの子が七乃にそっくりだって事、気づいてたか?」
「……うん。でも、かみやを襲ってたから……つい」
つい、顔面に足をめり込ませるほどの蹴りを放ったのか。しかも妹と同じ顔の相手に……ていうか一応本人だけど。
「七瀬って、時々容赦ないよな……」
「……かみやは、そういう子、キライ?」
涙目で見上げてくる七瀬。まさか頷けるはずもなく。
「いや、全然嫌いじゃないぜ。人生時には非情に行動しなきゃいけない事もあるさ」
「……よかった。でもわたし、かみやにはひどいことなんてぜったいしないからね」
「ぜひそうしてくれ……」
七瀬を怒らせるような事はなるべくしないようにしよう、と密かに誓う守哉だった。
一方、破壊痕を調べていた優衣子は、
「守哉。これ見て」
「なんだよ……って、それは……」
優衣子が瓦礫の中から取り出したそれは、二つ折りの携帯電話だった。
「学園の生徒が使ってたヤツ……って事はないよな」
「そうね。これは神奈裸備島で販売されてたものよ。入手は簡単だけれど、神奈備島への電子機器の持ち込みは一部を除いて禁止されているはず。だとすれば……」
「器の持ち物か。これでどこかと連絡をとってたんだな」
「……???わたしはよくわかんない……」
よくわかっていなさそうな七瀬を放置して、優衣子は携帯電話を開く。通話履歴を調べると、今日の朝にどこかと連絡を取っていたようだった。
アドレス帳に登録されている連絡先は一件のみ。登録されている名前は―――
「拓羅宇美……あの女の仕業ね」
「そういえば、優衣子はあいつと知り合いなのか?」
優衣子が宇美の事を知っている事は知っている。以前、神奈裸備島から帰ってきた時に向こうで起こった事を話したが、その時に優衣子が宇美の名前を聞いてしかめっ面になっていたからだ。その表情からどうも知り合いらしい事は察したが、その時は深くは追及しなかった。
優衣子は今回もしかめっ面をすると、
「知り合いたくはなかった女よ。私にアンテナを埋め込んだ張本人。ついでに私の身体を弄んだ変態よ」
「弄んだって……」
守哉の脳裏を過去が掠める。
目の前で複数の男に犯される、母の姿が―――
守哉が顔色を悪くするのを見て、優衣子は何かを察したのか、
「心配しないで、あなたが考えているような事じゃないわ。ただ、アンテナを埋め込まれた時に少し頭の中を弄られただけよ」
「大事じゃないか!それって大丈夫なのか?」
「今のところ、異常はないわ。ただ、弄られた場所が場所だからね……」
そうだ、優衣子のコードネームはB64。Bはアンテナの埋め込まれた場所を指し―――Bは頭を指す。
今更ながらに思い出す栄一郎の言葉。右足に埋め込まれたアンテナが身体機能を阻害している―――あの時、栄一郎は守哉にそう言った。アンテナが埋め込んだ部位の機能を阻害するならば、頭に埋め込まれた優衣子は……
深刻な顔でうつむく守哉に、優衣子はデコピンをかました。
「いてっ……何すんだよ」
「そんな暗い顔しないの。私は大丈夫だから、今は七乃ちゃんの心配をしてあげなさい。ね、七瀬ちゃん?」
「……うん。でも、ゆいこさんも体には気を付けてね。わたし、できる限り力になるから」
「ありがと。そう言ってくれると―――」
嬉しいわ、と優衣子が続けようとしたその瞬間。
突如、どこか遠くで爆発音が聞こえた。
「!この音は……!」
「間違いなく壊流移法でしょうね。音がした方向から考えて……場所は鎮守の森かしら」
「鎮守の森か……よし!」
言葉は言魂となり、守哉の身体に力を与える。そうね、と答えた優衣子の身体にも力が宿る。身体強化の言魂だ。七瀬も体を身構える。
優衣子は素早く教室の出入り口へと走ると、
「急ぎましょう。音のした場所はそんなに遠くはないはずよ」
「だったら、悠長に階段使ってられねぇよ!」
僅かに助走をつけて、窓へとダッシュ。窓ガラスは壊流移法の影響で既にない。微塵も恐れる事なく、守哉は窓の外へと身を躍らせた。
「その発想はなかったわ……」
「……かみや……!」
呆れる優衣子を後目に、七瀬も窓へとダッシュ。守哉同様その身を窓の外へと躍らせる。
思い切りの良い子供たちね―――と優衣子は内心思いつつ、
「……こりゃ、年長者の私がビビッてたら恰好付かないわね。まったく、怪我しても知らないんだから……!」
優衣子も勢いをつけて窓へと走る。窓のレールを蹴り、その身を空中へと投げ出した。
眼下に鎮守の森へと走る守哉と七瀬を確認しつつ、言魂で風を生み出し微調整。ふわりと守哉の隣に着地した。
「優衣子、音のした場所が正確にわかるか!?」
「正確にはわからないけど、ある程度方向がわかれば辿れるわ。こっちよ」
知覚を身体強化の言魂で更に強化し、器の位置を探る。こういう探知が必要な場面では、才能と発想で言魂を使う守哉よりも実戦経験が豊富な優衣子の方が勝る。
優衣子に先導され、三人は爆発音のした場所―――七乃の器がいるであろう場所へと急いだ。