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かみかみ  作者: 明日駆
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第7話 “古事語り”

「あんた、なんでこんなところで寝てんの?」


 眠そうな優衣子の声で、守哉は目を覚ました。ここは守哉の部屋ではなく、ロビーである。

 昨日の夜、疲れ果てた守哉は自室に戻ろうとしたが、エレベーターが動かなかったので諦めてロビーの長椅子で寝る事にしたのである。寝心地は悪かったが、精神的にも肉体的にも疲れ果てていた守哉はすぐに寝ついてしまった。

 優衣子の問いには答えず、身体を起こす守哉。ロビーの時計を見ると、長針は7時を指していた。

 ボロボロになった守哉の寝巻きを見て、優衣子はぼそりと告げた。


「……ださ」

「好きでこんな格好してるわけじゃねぇよ!」

「じゃあ、なんでそんな格好してるわけ?」


 そう問われると、守哉はう、と口ごもった。どう説明すればいいのかわからない。

 優衣子は守哉が答えるのを待っている。面倒くさがりな優衣子にしては珍しく、心配してくれているようだ。とてつもなくやる気のなさげな表情にはそんな様子は微塵も伺えないが、何となくそう感じる。

 仕方なく、守哉は正直に話す事にした。


「実は、昨日の夜に知らない女の子が部屋に入ってきて」

「うん」

「いきなり襲ってきて」

「へえ」

「ベランダから突き落とされて」

「ふむ」

「森で石投げてボコボコにしたら、いなくなった」

「あんた最低ね」


 呆れた顔で守哉を見下ろす優衣子。その表情と声には、言葉の内容に反して蔑むような響きは感じられなかった。

 それでも守哉は反論した。


「しょうがないだろ!襲ってきたんだから!」

「だからって石投げることないでしょ。ていうか、あんたベランダから突き落とされて、よくその程度の怪我で済んだわね」


 守哉の身体を見ながら言う優衣子。守哉の身体は、女の子に吹っ飛ばされて身体のあちこちを打ちつけたせいで痣だらけであった。しかし、それだけだ。普通、建物の六階から突き落とされたなら、この程度では済まない。死んでいてもおかしくはないはずだ。

 それを聞かれてまたもや口ごもる守哉。そういえば、優衣子には自分が神和ぎになった事を告げていなかった。それを聞いたら優衣子も自分を嫌うようになるかもしれない、と思い、守哉は黙りこくってしまった。

 そんな守哉の様子を見て、優衣子は顔をしかめた。


「無理に話せとは言えないけど、私は一応あなたの保護者なのよ。いざとなった時に私が事情を知ってないと困る事になるかもしれないんだから、重要な事ならちゃんと話しておいてよね」


 そう言って、優衣子は守哉に手を差し出した。


「いいよ、一人で立てる」


 よろよろと立ち上がろうとする守哉。しかし、立とうとしたところで身体がよろける。優衣子は素早く守哉を抱きとめた。


「今日の学校は休みなさい。よくわからないけど、疲れてるんでしょう?」


 優しい声で守哉に語りかける優衣子。その声を聞いて、守哉は思わず涙ぐんだ。


「ど、どうしたのよ、急に。どこか痛むの?」

「べ、別に。……大人に優しくされたの、初めてだから」


 そう言って、目をごしごしとこする。優衣子の手を優しくほどくと、今度はしっかりと立ち上がった。


「学校、行くよ」


 そのまま優衣子の横を通り過ぎようとする。しかし、横を通った際に優衣子に肩をがっしりと掴まれた。強引に正面から向き合わされる。

 優衣子は、守哉の顔をしばらく険しい表情で見つめていた。その迫力に、思わず守哉はたじろいでしまう。


「な、なんだよ。まだ何か用でもあるのか」

「未鏡君。学校に行きたければ、私の質問に答えなさい。いいわね?」

「あ、ああ」

「昨日、本当は何があったの?」


 強い口調で守哉を問い詰める優衣子。


「さ、さっき言った通りだよ。嘘はついてない」

「でしょうね。目を見ればわかるわ。でも、あなたは肝心な部分を話していない。違う?」


 図星だった。思わず目を逸らしてしまう。

 そんな守哉の表情から何かを読み取ったのか、優衣子は顔をぐいっと守哉に近づけた。優衣子の端正な顔立ちが目の前に迫り、守哉の頬が軽く朱に染まる。


「言いなさい」

「は、話してない事なんかねぇよ。本当だ」

「嘘ね。次嘘ついたらヘッドバットかますわよ」

「今更そんなもん怖くもなんともな―――」


 守哉の台詞は途中で途切れた。大きく優衣子の頭がのけぞり、喋る途中ですさまじい勢いで守哉の額に叩きつけられたからだ。思わず額を押さえようとするが、肩をがっちりと掴まれているので手を額まで伸ばせない。


「……ってぇな!何しやがる!」

「ヘッドバットの恐怖を教えてあげただけよ。さあ、言いなさい。昨日、何があったの?」

「な、何もなかったよ」


 再び優衣子の頭が守哉の額に直撃した。激痛で守哉は涙目になった。


「何すんだ!」

「嘘ついたらヘッドバットかますって言ったでしょ。早く言わないと額に大きな日の丸が刻まれる事になるわよ?」

「の……望むところだ」


 そう言うと、優衣子は大きく頭をのけぞらせた。思わず目を瞑って顔を逸らす守哉。しかし、いつまでたっても優衣子の頭は襲ってこない。

 恐る恐る優衣子の方を見た瞬間、タイミングを見計らって優衣子の頭が襲い掛かってきた。


「あだぁっ!!」

「あなたもわからない人ね~。言っとくけど、私って石頭なの。昔、転んでコンクリートの壁に頭ぶつけた事があったけど、その時は壁の方が砕け散ったぐらいよ」


 それを聞いてぞっとする守哉。そんな守哉の様子を見て、優衣子はにやりと口の端をひん曲げると、再び守哉の額に頭をぶつけてきた。今度は一度では済まず、何度も叩きつける。


「いだっ!いだぁっ!!ちょ、ホントやめっ……いだっ!!!」

「話せば、楽に、なるのよっ!さあ、言いな、さいっ!!」


 そのうち、意識が朦朧としてきた守哉。ふらふらと頭を揺らすようになった守哉を見て、ようやく優衣子はヘッドバットをやめた。


「話す気になった?」

「う、うん……」


 守哉の返事に満足したのか、優衣子はようやく守哉の肩から手を離した。観念した守哉は、長椅子に座るとぽつぽつと語りだした。昨日の出来事、そして自分が神和ぎになった事を。

 守哉が全てを語り終えると、優衣子は厳しい表情で守哉を見つめて言った。


「つまり、私があなたを嫌うと思って、神和ぎになった事を隠したのね?」


 優衣子の問いに黙り込む守哉。守哉の沈黙を肯定と受け取ったのか、優衣子は大きくため息をつくと、強い口調で語りかけた。


「私はね、島の連中のように心の狭い人間じゃないわ。確かにあなたが神和ぎだって知った島の人の態度を見れば私に隠そうとするのはわかるけど、さっきも言ったとおり私はあなたの保護者なのよ?信じてくれたっていいじゃない」

「いや……んなこと言われても」


 普段の態度を見ると、とてもじゃないが信じる気にはなれない。

 それに―――昔から自分は、何故か大人に嫌われる傾向にある。


「とにかく、私は他の人とは違うの。ていうか、同じに見られちゃたまったものじゃないわ。今度から、私に隠し事はしないと誓いなさい。いいわね?」

「……わかったよ」

「返事ははい!」

「はいはい……」

「はいは一回!!」

「はい」


 守哉の返事に、よし、と満足げにうなずくと、優衣子は神妙な顔つきになって言った。


「それよりも……問題は、あなたを襲ったっていう、女の子の事ね。それはたぶん、荒霊(あらみたま)よ」

「荒霊?トヨが言ってたやつか」


 戦う事は稀だと言っていたくせに……と守哉はぼやいた。


「ああ、神代のクソババアに聞いてたのね。でも実際、荒霊と戦う事は稀よ。悪さをする荒霊はよくいるけど、その女の子ほど明確に殺意を持った荒霊は珍しいわ。あなた、何かした?」

「いや、何も覚えがない」

「そう。じゃあ、その女の子に聞いてみるしかないわね。その子、聞いた感じあなたが一人の時にしか現れないんでしょ?その時に話しかけてみなさいな」

「いや……話そうにも、石投げたら消えちゃったんだ」


 ちなみに、顔面に石をぶつけた事も話した。それを聞いても、優衣子は特に何も言わなかった。曰く、殺しに来るやつが悪い、との事。


「ただ消えただけなら鎮めたわけにはならないわ。荒霊は鎮めるものなの。荒霊はね、神力を持った生命体が、この世に未練を残したまま命を落とすと生まれるものなのよ。その未練を断ち切らなければ、荒霊を鎮めることはできないわ」

「まるっきり幽霊じゃねぇか」

「そうね。でも、幽霊と違う事が一つだけある。荒霊は、生前に内包していた神力の量に応じて特殊能力を持つ事があるの。その子の場合は……見えざる力、といったところかしら」


 守哉の脳裏に、手をかざす女の子の姿が浮かび上がる。守哉は、一つ気になっていた事があったのを思い出して聞いてみた。


「そういえば、あの衝撃波をくらった時、吹っ飛ばされただけで物理的な外傷はなかったな。あの衝撃波、コンクリートの屋根が砕けるくらいの威力があったのに」

「ふ~ん……。それはまた、気になるところね」

「知らないのか?」


 ちょっと拍子抜けした守哉だった。というか、優衣子がこれだけ説明してくれる事がとても不思議だった。いつもなら面倒くさいとか言って投げやりな態度をとるのに、何故今日はこんなに教えてくれるのだろうか。

 試しに聞いてみると、優衣子は目を半開きにすると、守哉を小突いた。


「いてっ!なんだよ、急に」

「話の腰を折るんじゃないの。今回は気まぐれよ、気まぐれ。そういう気分なの。……とにかく、その女の子と話してみる事。万が一戦う事になっても、神力を伴った物理攻撃なら通用するから大丈夫よ。戦う事を考えたら逢う魔ヶ時で話し合うのが一番だけど、きっと女の子は待ってくれないわね。とにかく、次がチャンスと思って行動しなさい」


 それだけ言うと、優衣子は朝ごはんの準備をする、と言って食堂へ向かった。その背に向かって守哉は最後の質問を投げかけた。


「もし、こっちの話を女の子が聞いてくれなかったらどうするんだ?」

「そしたら、何度でも話しかければいいわ。ようは根気よ、根気。……そうそう、風呂はいつでも準備してあるから、学校行く前に入っておきなさいよ~」


 投げやりにそう答えると、優衣子は食堂の扉を閉めてしまった。


「ようはむこう次第、か」


 そう呟くと、とりあえず風呂に入る事にした守哉は、地下の大浴場へ向かった。



 ☆ ☆ ☆



 風呂を上がった守哉は、また動いていなかったエレベーターの扉を蹴ってから階段で自室へ戻り、素早く学校へ行く準備を整えると、食堂へ向かった。ちなみに、今回は入浴後に女の子が現れる事はなかった。人前に出られる顔じゃなくなったのだろうか、と思うと、ちょっぴり申し訳ない気持ちになる守哉だった。

 食堂の扉を開くと、そこではやる気のなさげな顔の優衣子とカップラーメンが待っていた。特に会話もなく食事は終了し、8時を過ぎてから学校へ向かう。


 教室に入ると、何人かのクラスメイトが既に登校していた。守哉の隣席に座る星町という少年も登校していた。机に突っ伏して眠っていたが。

 守哉が来た事にクラスメイトが気づくと、皆、嫌悪感を表情に出して顔をそむけた。友人と談笑していた生徒もいたが、そいつは守哉への悪口に内容を切り替えたようだった。

 皆の反応を意に介さず、席に座る。しばらくぼーっと窓の外を眺めていると、教室に空貴がやってきた。いつの間にかクラスメイト達は登校し終えており、空貴が来た事に気づくと、皆一目散に自分の席に座った。


 この学校の授業はかなり遅れているようだった。高等部一年生の数学の時間では、文字式について教えていた。これは普通、中学校で習うものだ。しかも、何時間にも渡って基礎を教えるらしく、応用には入らない。ほとんどの場合就職したら使わないから、というのが理由らしい。

 そんなわけだから、守哉にとって授業は大変つまらなかった。いや、楽しく感じる授業の方が珍しいのだろうが、それにしたって以前習ったところを何度も教えられれば誰だって嫌になる。学ぶ事がないのに学ぼうとしなければならない事ほど苦痛な事はないだろう。さらに言うなら、島の人間は学問に対する意欲が薄いせいか、教えられても理解するのに時間がかかった。ようするに、守哉以外の生徒は物分りが悪いのだ。何度も同じ事を教えるのはそのためなのだろう。それは数学だけに限らず、他の教科も同じだった。唯一違うのはせいぜい体育くらいのものだ。その体育も守哉は見学しなければならないのだが。

 守哉が授業を聞き流しているうちに、昼休みの時間になった。皆、友人達と机をひっつけあって弁当を広げ始める。守哉は優衣子に弁当の事を言うのを忘れていたので―――どうせ言っても作ってはくれないだろうが―――また昼ごはんは抜きになった。昨日の男子生徒がまた同じ事をやっていたが、今回は無視した。いや、何となくむかついたので、言魂でその男子生徒の弁当を床に落としてやった。また騒ぎ出した男子生徒は、隣のヤツに原因があると主張して、いちゃもんをつけられたその男子生徒と喧嘩になった。いい気味だ、と守哉はほくそ笑んだ。


 放課後。掃除の時間を終えると、守哉は下校する人の群れに混じって寮に帰った。周囲の刺すような冷たい視線が痛かったが、今一人きりになるのは避けたかった。一人になれば、あの女の子が襲撃してくる可能性が高まる。女の子と会う前に、どうしても七瀬に聞きたい事があった。優衣子に聞き忘れていた事だ。帰って優衣子に聞いてみてもよかったが、優衣子は外出していていなかったのだ。神代家に向かうべく、守哉は自室にショルダーバッグを放り投げてエレベーターへ向かおうとした。

 そこで、エレベーターの前に佇む少女と目が合った。


 一瞬身構えた守哉だったが、よく見るとその少女は自分によく似ていた。神様だ。


「なんだよ、脅かすなよ……」


 ほっと胸をなでおろす守哉。そんな守哉を見て、神様はにこ~っと笑うと、エレベーターに乗り込んだ。

 慌てて守哉が止めようとしても、遅かった。守哉を置いて、エレベーターは一階目指して下りていった。寮に着いた時、エレベーターが最上階で止まっていたので、下りる時にエレベーターを使おうとしていたのだが……先を越されてしまった。

 置いていかれた守哉は、仕方なく階段を使って下りた。一階に着くと、エレベーターは最上階目指して上昇していた。嫌がらせか、と守哉は呟いた。というか、神様のくせにやる事がしょぼい。

 一応、書置きを残して、早歩きで寮を出て神代家へ向かう。とにかく、逢う魔ヶ時になる前に七瀬と会わなければならないと思っていた。



 ☆ ☆ ☆



「聞きたい事があって来たんだ」


 出迎えに出てきた七瀬に、守哉は開口一番そう言った。守哉が続きを話し始める前に、七瀬は家に入るよう守哉を促した。トヨは仕事で留守だから、と七瀬は言った。

 客間に来ると、七瀬が用意してくれたお茶を飲んで一息つく。湯のみの中を何となく覗き込んでみると、茶柱が立っていた。


「……それで、聞きたい事って?」


 七瀬の声で、茶柱に気を取られていた守哉は顔を上げた。七瀬はどこかぼんやりとした顔で守哉を見つめている。


「神和ぎの……っていうか、魔刃剣の事なんだけど」

「……うん」


 こくりとうなずいて七瀬が相槌をうつ。


「昨日の夜、魔刃剣を使おうとしたら、何度やっても出てこなかったんだ。なんでだ?」

「……魔刃剣は逢う魔ヶ時でしか使えないの。魔刃剣は、単体で凄まじい力を持つ反面、精神力と神力の消耗が激しいの。だから、天照大神の神力が最も強まる逢う魔ヶ時でしか顕現できないの」

「マジかよ……。それで出てこなかったのか。そういえば、天照大神って?」

「……天照大神は、この島に眠る神様の名前。本当は神様に名前はないんだけど、島に眠る神様だけは特別に名前を与えられてるの。一応、外面的には神様を祀っているから名前がないと色々不便だっていうのがその表向きの理由なの」

「じゃあ、裏の理由は?」

「……名前を与える事で、神様の力を押さえ込むため。この島の神様は、眠るといっても、実際は封印されているの。この事について詳しく話すと長くなるけど……いい?」


 逢う魔ヶ時までまだ時間はある。守哉は力強く頷いた。


「ああ。話してくれ」

「……わかった。理解しなくてもいいから、聞いててね。……昔、ある神様が現世に降り立ったの。その神様は、醜い争いを続ける人々の姿を見て、大変心苦しく思われたの。人間の力だけでは現世に平穏をもたらせないと考えた神様は、人間に代わって現世に平和をもたらそうとしたの。でも、偶然その神様が顕現するところを見ていたある男の人が、それを危険視して神様を騙そうとしたの。自分は人々の醜い部分を見てきた。確かに人間は現世に平穏をもたらす事ができないだろう。だからといってあなたにもその力はないように見える。私は、あなたの力を増幅させる術を心得ている。私に、現世を平和にするためのお手伝いをさせてはもらえまいかって」

「ちょっと待てよ、なんで現世を平和にする事が危険なんだ?いい事じゃねぇか」


 七瀬はふるふると首を振り、続けた。


「……輪廻転生の輪が存在せず、永久に不変の続く世界である常世で過ごしてきた神様にとって、平和という概念はすなわち、あらゆる因果律の崩壊にあるの。この世を縛る最大の因果律……輪廻転生の輪が無くなれば、現世は完全に崩壊する。常世と現世を遮る壁も無くなり、全ての生きとし生けるものは命を落とすの。つまり、神様はあらゆる生命を滅ぼそうとしていたの」

「でもそんな事したら、神様も死んじまうよな。それでも神様はよかったのか?」

「……神様にとっては、自分の死は現世に平和をもたらす事に比べれば些細な事だったんだと思うし、それ以前に、本来神様には生と死の概念が存在しないの。神様のいた常世は、自己の存在は確立できても、消滅する事はない。常世から開闢門を通って現世に下る時、輪廻転生の輪に縛られても、神様は自分の死……つまり存在の消滅を認めなかった。もしかしたら認めていたのかもしれないけど、どちらにせよ、神様は現世に平和をもたらす事を優先した」

「ふ~ん……はた迷惑な話だな」

「……そうだね。それで、男の人の言葉に気をよくした神様は、男の人の言う事に従ったの。騙されてるとも知らずにね。神様は、男の人に自分の力を分け与える事にしたの。男の人はその力を使って、その場から最も近い海に、巨大な島を作ったの。そして、島の中心に神様の力を貯蓄するための神域を作った。高天原(たかまがはら)という名前の神域を。同時に、外の世界と高天原を遮り、尚且つ出入りするための門……天岩戸(あまのいわと)を作ったの」

「日諸木学園の中等部校舎にある、あれか」

「……うん。そして最後に、島を中心とした周囲の海域を外界から隔離するために、開闢門を海の上に作ったの。これが、後の神奈備島」

「へえ。でも、何でそんなもん作ったんだ?」

「……それは、神様の力を増幅するため。神様は、輪廻転生の輪に縛られた事によって全知全能の力を失っていたから、力を蓄える必要があったの。男の人は、力を蓄えるために見せかけて、神様の力を利用して神様を封印するシステムを提案したの。神様はまんまと騙されて、それを作らせてしまった」

「それが神奈備島か……、どんなシステムなんだ?」

「……神様に残されていた力をエサに、他の神様をおびき寄せて、その力を奪うっていうシステム。外界から島を隔離する開闢門は、同時に他の神様を現世に下らせるためのものでもあったの。神様は、他の神様の存在を喰らう事で、自身の力を増幅できる。だから、開闢門から下った神様は神奈備島にやってくるの。この島に眠る、天照大神の力を喰らうために」

「へえ……って、あれ?開闢門から神様がやってくるのなら、神さびってどこから来たんだ?」

「……開闢門から下った神様が、魂の階級が下がった事によって変化した存在の事を神さびっていうの。神さびも元々は神様なんだよ」

「ふーん。つまり、神さびから島を守るのは、天照大神を封印するためなのか?」

「……そう。神和ぎが神さびを倒す事によって、神さびに残されていた力は全て高天原へと集約されるの。そして、天岩戸を永久に閉じる事により、天照大神を封印しようってこと」

「でも、それって天照大神に気づかれないのか?それに、たくさん力が溜まった時がきたら、天照大神は出ようとしたりするんじゃないか?」

「……その点は大丈夫。天照大神は気づいているかもしれないけど、天岩戸はもう天照大神の力では開ける事ができないの。それに、神さびから奪った力は高天原に集約されるだけで、天照大神に集まるわけじゃない。つまり、天照大神の力はまったく増えていないの」

「頭良かったんだな、その男の人」

「……ちなみに、その男の人が、初代神和ぎ。後に、男の人は奥さんや子供達を島に連れてきて、一緒に暮らし始めたんだって。……これが、神奈備島の歴史。神奈備島故事録っていうのを読めばもっと詳しく書いてあるよ」


 読む?と七瀬の目が問いかけてくる。守哉は左右に首を振った。七瀬に聞いた方が早いし、何よりとてもじゃないが読む気がしなかったからだ。

 七瀬はちょっぴり残念そうだった。


「なあ、最後に一つだけ教えてくれ。なんで、天照大神は神さびにならなかったんだ?」

「……ならなかったわけじゃないよ。最初、天照大神は人の輪廻に縛られたの。それによって、天照大神は限りなく人に近い神さびになったんだよ。でも、限りなく常世に近い環境である高天原に封印された事で、長い時間をかけて魂の階級を昇格させ、神様に戻る事ができたの」

「そっか。ありがとう」


 そう言うと、守哉は立ち上がった。ずいぶんと時間をかせぐ事ができた。いい加減、むこうは守哉が一人になるのを待ちくたびれているかもしれない。


「……もう、帰っちゃうの?」

「ああ。逢う魔ヶ時が近いからな、逢う魔ヶ時になる前に、やらなくちゃならない事があるんだ」

「……じゃあ、今日の特訓はしないの?」


 そういえば忘れていた。


「う~ん……やっぱり、やめとくよ。すまないけど、ババアに言っておいてくれ」

「……うん。わかった」


 七瀬は、ちょっぴり寂しそうな顔で言った。

 二人で玄関に向かい、守哉だけ靴を履く。扉を開けると、守哉は七瀬の方へ振り向いた。


「じゃあな」

「あ……待って」

「ん?何?」


 守哉が聞き返すと、七瀬はうつむいて顔を赤らめ、もじもじとし始めた。少しして、うつむいたままか細い声で言った。


「……お話、聞いてくれてありがとう。こんな風に私の話、ちゃんと聞いてくれた人は守哉が初めてなの」

「頼んだのは俺の方だぜ?別に、お礼を言われるほどじゃないよ」

「……それでも、ありがとう。よかったら、また聞きに来てね」

「ああ、約束するよ。その時は、夕飯もご馳走してくれよな」


 にひっと笑って守哉はそう言った。ますます顔を赤くした七瀬は、小さくこくりと頷いた。


 別れの挨拶を告げ、顔を赤くした七瀬に見送られながら守哉は扉を閉めた。敷地を出た後、振り返って神代家の家を眺める。


「さて、行くか」


 そう呟くと、守哉はまっすぐに学校を目指した。そこが、最も戦場に相応しいと思ったからだ。

 

 時刻は午後5時40分。逢う魔ヶ時が、近づいていた。

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