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かみかみ  作者: 明日駆
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第80話 “成り立ち”

 そもそもの始まりは、1945年の7月の事だった。


 日本軍がポツダム宣言を受諾し、全日本軍の無条件降伏が決定した頃、それに異議を唱える一人の将校がいた。

 その男の名は未鏡守人(みかがみもりひと)といい、江戸時代から続く退魔師の家系の生まれで、神様やら妖怪やらに関して造詣の深い人物だった。そして同時に生粋の日本帝国軍人でもあり、軍内部でも過激派で知られる人物でもあった。

 しかし、いくらたった一人の軍人が異議を唱えたところで、日本が連合国に負けた事実は覆らないし、今更第二次世界大戦を続けたところで、日本に勝ち目などありはしない。それは、当の守人もわかっていた事である。

 そんなある日、守人の実家、未鏡家の庭に生える御神木に、一つの異形な存在が現れた。

 その存在の容姿に関する詳しい資料は残っていないらしいが―――曰く、見目麗しい幼少の乙女だったらしい。そして、ロリコンの気でもあったのか、守人はその存在に一目見て心を奪われた。

 その少女がいかに異質であり、人間とはかけ離れた存在であるかは、守人も直感で見抜いていた。しかし、それ以上に少女に対する好意は強く……守人は、あろう事かその少女に襲い掛かろうとしてしまった。

 しかし、守人の手は少女に触れる事はなかった。何故なら、少女は神力の塊であり、荒霊に近い存在だったからだ。荒霊に触れるには、神力が必要である。守人はやむを得ず、少女に話を聞く事にした。

 だが、少女は口を利く事ができなかった。何も知らない―――何もわかっていないその少女を、守人はとりあえず自らの家に迎え入れた。そして、言葉を教え、知識を教え込んだ。

 少女の呑み込みは異常に早く、すぐに少女は言葉を話せるようになった。そしてある時、守人にこう言った。


「私は、何もない世界―――お前達の言う、常世からこの世界にやってきた。しかし、この世界はあまりにも醜い。全世界を巻き込み、愚かな生存競争を続ける人間どもに支配されたこの世界は、常世のように平和になるべきだ。よって、私はこの世界に平和をもたらそうと思う」


 自信げにそう語る少女の瞳には、一片の曇りもない。例え、彼女の言う平和が、現世の崩壊によってもたらされるのだとしても、彼女は自分が間違っているとは微塵も思ってはいなかったのだ。

 最初はそう言った少女を笑っていた守人だったが、少女が手始めに家の庭園を一瞬にして消し飛ばしてしまったのを見て、考えを改めた。そして気づいた。この少女は、本当に世界を滅ぼすだけの力を持っていると。

 守人は少女を止めるため、一計を案じた。まだ顕現したばかりで力の使い方を完全に理解していない少女を騙し、自らの力で少女を封印させようとしたのだ。

 少女は知識を与えてくれた守人に感謝していたため、その言葉を微塵も疑いはしなかった。守人は、少女を利用してある島を作った。少女を封印する、巨大な島を。

 少女は、守人に言われるがままに島の内部に自らが眠る事になる神域を作り、そこから出入りするための扉を作った。扉には、そこに触れる人間に自らの力を分け与える能力が付加された。

 そして最後に、島の沖合いに常世へと繋がる穴を開け、巨大な扉で封印した。その扉には、穴を通る存在を強制的に物質化させる能力が与えられ、同時に島と外界を繋ぐ役割も与えられた。

 こうして、何も知らない少女を封印する事に成功した守人は、完成した島を神奈備島と名づけ、そこに家族と友人達を招きいれ、共に移り住んだ。

 同時に、少女が持っていた力を手に入れた守人は、その力で独自の軍事力を作ろうと画策した。


 それが、全ての始まりとなった。



  ☆ ☆ ☆



「……以上が、神奈備島の始まりよ」


 語り終えた優衣子は、すっかり冷めてしまったお茶をすすり、顔をしかめた。


 磐境寮の食堂、そのテーブルの一つに、守哉と優衣子は座っている。神奈備島の歴史―――その一部を知るために、守哉が優衣子に頼んだのだ。

 そして、優衣子が語った島の歴史は、かつて七瀬に教えてもらった昔話と似通ったものだった。


「神奈備島古事録に書かれてた昔話と似てるんだな」

「あら、知ってたの。じゃあ、大体わかるわよね」

「少しは。その封印された少女ってのが、神様なんだろ?」

「そうよ。正確には、少女は島に封印されるまで別の名前で呼ばれてたらしいけど」

「別の名前?」

「実は、天照大神って縛名なのよ。少女が封印された後、何代目かの神和ぎが縛名でその存在を縛ったんだって」


 そういえば、七瀬も言っていた。本来、この島では神様に名前をつけていなかったが、天照大神だけはその力を押さえ込むために特別にその名前をつけられた、と。


「そういや、何で縛名で縛ったんだ?あいつ、特に何もしないじゃん。無害じゃん」

「それは縛名で縛られてるからよ。ていうか、縛名で縛らなきゃ、私達神和ぎは今頃精神的に病んでるかもしれないのよ?」

「どういう事だよ」

「本来、私達の使う魔闘術は神通力といって、元々は神様の使う能力―――言魂を、人間でも扱えるように縛名で縛って切り分けたものなの。そこまでは以前に教えたわよね?」

「ああ」


 そういえば、最初の指導の時に教えてくれた。具体的には第61話あたりで。


「でも、初代神和ぎである未鏡守人は、直接言魂を手に入れてしまった。その結果、守人は強すぎる言魂の影響で精神が擦り切れ、廃人同然となったそうよ」

「いや、あの……具体的にどう強いんだ?縛られてない言魂は」

「ちょっと説明が適当すぎたかしら……ま、いいわ。言魂って、神和ぎのイメージを具現化する力でしょう?」

「うん」


 あらゆる物理現象を無視し、神和ぎの想像を現象化させる事から、言魂は想像具象術とも呼ばれるらしい。これは、最近の指導で優衣子から教えてもらった事である。


「言魂を発動するには集中力と強いイメージが必要……でも、守人の言魂は、そういった条件に関係なく、守人の思考を勝手に読み取り、守人が声を発する度に発動した。それがどういう事かわかる?」

「いや……」

「自分が考えた事が、自分が声を出す度に具現化する……しかも、それらは天照大神によって混沌たる形で具現化される。詳しい事まではわからないけど……相当ヤバかったそうよ。目から緑色の血が流れたり、爪の隙間から小さな指が無数に生えてきたり。声を出さなきゃいいと思うかもしれないけど、声に出さなければ今度は音を媒介にして言魂が発動したのよ。歩く時や食事の時、ペンで文字を書く時の音さえも言魂となる。私だったら気が狂いそうになるわね」

「うげ……やだなぁ、それ……」


 爪の隙間から指が生えるって……一体どんな想像をすればそんな風になるのだろうか。


「でしょう?だから、初代神和ぎは死ぬ直前に、言魂を使える人間は島に一人だけになるようにしたそうよ。具体的なシステムが出来上がったのは何代か神和ぎが変わった後らしいんだけど、そのシステムを言魂で形成しようとする度に、その神和ぎは寿命を縮めていたらしいわ」

「よくわからないけど、相当苦労して作り出されたんだな……。ていうか、守人って人は神和ぎだったんだろ?死んだ時に神さび化しなかったのか?」

「しなかったらしいわ。というか、神和ぎが死んだ時に神さび化するようになったのは、言魂を縛名で縛って魔闘術にした頃かららしいのよね。ちなみに、同じ頃に呪法が作られたらしいわ」

「呪法か……。七瀬がよく使ってるけど、結局あれって普通の人は逢う魔ヶ時でしか使えないのか?七瀬や七美は使ってたけど」


 個人で逢う魔ヶ時以外でも使えたり使えなかったりする呪法。どうも、内包している神力の量によって決まるようだが……


「それはね、呪法が一種の縛名だからよ。以上」

「以上じゃねーよ、ちゃんと説明しろよ!気になるんだよ!」

「しょうがないわね~。……私は使わないから詳しくは知らないんだけど、呪法が逢う魔ヶ時でしか使えないのは、個人で持ってる神力の量が、普通の人はもの凄く少ないからなのよ」

「でも、呪法で消費される神力は微々たるものなんじゃないのか?」

「その微々たる量でさえ、普通の人は持っていないのよ。神力の最大内包量には個人差があって……例えば、呪法に使う神力の量が100だとして、普通の人は最大200まで内包できるとしても、普段は1しか内包してないの。それが逢う魔ヶ時になると、神力が供給されて200に増える。それで結果的に呪法を使えるようになるってわけ。要するに、逢う魔ヶ時では神力をたくさん内包できる人ほど多くの神力が供給されるのよ」

「なるほど……って事は、逢う魔ヶ時で神和ぎが魔刃剣を使えるようになるほど神力を供給されるのは、神和ぎが神力をたくさん内包できるからなのか?」

「そういう事になるわね。ちなみに、神代家では代々大量の神力を内包した子供が生まれる事があるそうよ。理由は知らないけどね」

「それが七瀬なのか……」


 七瀬が守哉の聖痕から魔刃剣を抜けるのも、そのおかげなのかもしれない。そして、神力と聖痕さえあれば、神和ぎじゃなくとも魔刃剣を抜ける……というわけだ。まぁ、他にも条件はあるようだが。

 しかし、神和ぎがいる以上その必要性はかなり低い気もする。実際、トヨもあれ以来七瀬に魔刃剣を抜かせようとはしないし。


「ま、私が教えられるのはこれくらいかしら。後は自分で調べてみなさい」

「いや、優衣子が教えてくれた方が早いだろ」

「言ったでしょ、私が教えられるのはこれくらいって。……私もね、大分記憶を喰われてるのよ。これだけの知識を今まで覚えていられたのは、私の頭にアンテナが埋め込まれてるおかげなの。だけど、これからも覚えていられるとは限らない……だから、今日あなたに話す事ができて嬉しかったわ」

「……そっか。ありがとな、教えてくれて」

「お礼なんていいわ。元々、今まであなたに黙ってた私が悪いんだしね」


 そう言って優衣子は急須に口をつけ、一気に飲み干した。

 ……いくら冷めているからとはいえ、その飲み方は……。


「ぷはっ……あ~潤った。喋りすぎて疲れたわ」

「………。まぁいいけどさ……ところで、自分で調べろって言われても、これ以上どこで調べればいいんだ?」

「いい人を知ってるわ。商店街で豆腐屋をやってる二橋文江(ふたばしふみえ)っておばあさんを尋ねてみなさい。あの人なら、この島に関する詳しい情報を知ってるはずよ」

「え……でも」


 この島の島民は、島の外からやってきて神和ぎになった自分を快く思っていない。優衣子もそれはわかっているはずである。

 そんな守哉の心情を察したのか、優衣子は優しく微笑んだ。


「安心なさい。文江さんは優しい人だから、きっと力になってくれるわよ。まぁ、話が長いのが欠点だから、長くなりそうだったら泊まってきてもいいわよ」

「まぁ……優衣子が信用してるなら、俺もそうするよ。今から行っても大丈夫なのかな?」

「多分ね。あの人、いつも暇そうだから。ていうか、いつもまともに営業してないから。あの豆腐屋」


 あんたと一緒だな、とは言わなかった。というか、言っちゃいけないような気がした。


「んじゃあ、行ってくるよ」

「いってらっしゃい。泊まる事になったら一応連絡してね」

「ああ。つっても、さすがにそこまで長くはならないと思うけどな」

「だといいんだけどね……」


 苦笑しながら手を振る優衣子。守哉は一度自室に戻り、念のため着替えの入ったショルダーバッグを持ってくると、磐境寮を出て商店街へ向かった。

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