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かみかみ  作者: 明日駆
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第79話 “変質”

 翌朝。


 磐境寮の大浴場、その脱衣所にある大きな鏡の前で、守哉はぼんやりと佇んでいた。

 鏡に映る自分の顔は、実に普段どおりだ―――右目を除いては。


「……青くなってる」


 前髪をかき上げて、守哉は鏡に映った右目を見ながら呟いた。

 右目が青い。以前は濃いブラウンだった虹彩の色が、今は青く染まっている。

 よく見なければわからない上、守哉の前髪が長いので七瀬達も気づかなかったようだ。というか、守哉自身も言われるまで気づかなかった。この目に最初に気づいたのは優衣子なのだ。

 復元したとはいうが、この右目は栄一郎と藤丸が自らの命を投げ出して与えてくれたものであり、元々の自分の右目は宇美に抉り取られている。なので、復元したというのは正確ではない。抉り取られた右目が、あの後どうなったのかは……あまり考えたくなかった。普通に処理されたとは思うけれど。


「大丈夫?守哉」


 心配そうな優衣子の声。守哉は振り向かずに答えた。


「大丈夫って、何が」

「その目よ。ちゃんと見えてるの?」

「見えてるよ。むしろ、前よりも視力がよくなったような気がするくらいだ」


 そうは言ったが、元々視力は2.0だ。今更視力が上がったところで大して嬉しくもない。

 もちろん、右目が復元したという事は素直に嬉しく思っているが。


「目の色以外は特に変化もないし、心配しなくても大丈夫だ」

「じゃあ、右足は?右目に変化があったのなら、右足にも何か変化があるんじゃない?」

「右足は……」


 ズボンをめくり上げ、右足を見る。

 復元された右足は、以前と特に変化はない―――強いて言うなら、虐待の痕がなくなっている事と、埋め込まれていたアンテナがなくなっている事くらいか。


「大丈夫だ。別に変わりはないよ」

「そう……。ならいいわ」


 そう言って、部屋へ戻ろうとする優衣子の手を掴む。特に驚いた様子もなく、優衣子は振り返った。


「何かしら」

「一つ、俺の質問に答えてくれよ。大事な事なんだ」

「……いいわよ。言ってみて」

「優衣子さ……じゃない、優衣子は、俺と同じエージェントなのか?」


 自然、優衣子の表情がわずかに強張る。

 それを見て、守哉は確信した。


「そうなんだな、やっぱり」

「……いつから気づいてたの?」

「最近かな。エージェントの事を少しだけ知って……それから、何となく優衣子もそうなんじゃないかなって、そう思ったんだ」

「そう……まぁ、別に知られたところでどう変わるってわけじゃないんだけどね……」


 優衣子は辛そうに守哉から目を逸らし、


「……恨んでる?何も話さなかった私を」

「恨むわけねぇだろ。俺の周りの大人達は、皆そうだったからな」

「それ、皮肉?言っとくけど、今のそれなりに傷ついたわよ」

「なら謝るよ。でも、いい加減教えてくれてもいいだろ?未鏡家の事、磐座機関の事……それに、この島の事も」

「そうね。そろそろ、あなたも知る必要があるのかもね……。……時間は大丈夫?」

「今日は学校は休むよ。七瀬にも昨日言っておいた」

「聞く気満々だったわけね……まぁ、いいわ。どうせ、いつか話さなきゃいけない事だったわけだし……」


 手を離すと、優衣子は洗面台の上に座った。守哉もその辺にあった椅子に座り、優衣子と対面する。


「……まずは、私の正体から教えてあげようかしら。私は、磐座機関諜報部諜報員、コードネームはエージェントB64。私にもあなたと同じく、アンテナが埋め込まれてて……随時、私の身体情報を磐座機関の本社ビルに送信しているの」


 驚きはしなかった。

 ただ、ああ、やっぱりな―――としか、思えなかった。


「私がこの島に送り込まれたのは、今から12年前くらいかしら。元々私は、日諸木学園を卒業した後、教師として学園に勤務する予定だったんだけど……機関からの命令を無視してたら、いつの間にかその役割は赤砂御空貴がする事になっちゃったのよね。別になんとも思わなかったけど」

「無視って……なんで命令を無視してたんだ?」

「何でって、それは私が白馬の事が大嫌いだからよ。あの男は、私の両親を殺したあげく、私を勝手に引き取ってエージェントに仕立て上げたのよ?恨むなって言う方が無理だわ」


 両親が殺された?


 白馬に―――?


「な、なぁ……それって」

「言わずともわかってるわ……あなたも同じなんでしょう?両親の死因は違うみたいだけどね」


 果たして、そうだろうか。

 確かに、あの交通事故の原因は、車を運転していた母の信号無視だった。しかし、だからといって、そう都合よくまったく同じタイミングでトラックが信号無視して交差点に突っ込んでくるだろうか?

 あの事故が、故意に行われたものだったとしたら。父と母が、白馬に殺されたのだとしたら―――いや、それは考えすぎだ。そもそも、あの事故は母が信号無視していなければ起きなかったのだ。

 だが、それでも疑ってしまう。優衣子の両親を殺したというのが本当だとすれば、尚更だ。


「白馬が……あの男が、全部仕組んでたってのか?」

「さぁ、そこまではわからないけど……少なくとも、私とあなたをこの島に送り込んだのはあの男よ。私とあなたの違いは、私が少しの間未鏡家の施設でエージェントになるための訓練を受けさせられたのに対し、あなたはアンテナだけ埋め込まれてすぐにこの島へ送り込まれた事くらいね」

「どうして俺だけ……」

「さぁね。基本的にエージェントにされる人間は、皆未鏡家の施設で訓練を受けさせられるはずなんだけど……あなたは特別みたいね」


 こんな特別扱いは嫌だろうけどね、と優衣子は肩をすくめて言った。


「とにかく、私はこの島へ送り込まれて、色々あって英司と婚約して……結婚式の当日に、九十六代目の神和ぎが戦闘で死んで、英司が新しい神和ぎにされて……殺されて。そして、次に私が神和ぎに選ばれたの。それが、今から3年前の事よ」

「3年前、か……」


 七歌が訓練中の事故で死んだのも、七瀬の両親が殺されたのも、同じく3年前だ。そして、その全てにトヨが関わっている。

 偶然とは―――思えない。


「その後、私はノルマを達成して、次に神和ぎになったのがババアよ。ババアは以前九十四代目の神和ぎで、神和ぎもどきである以上神和ぎにはなれないはずなんだけど、天照大神と契約して神和ぎになる事ができるようになったらしいのよね。九十四代目になる時も神和ぎもどきだったらしいんだけど、ババアが元々何代目の神和ぎだったのかは私も知らないわ」

「神和ぎもどきって、神和ぎになれないんだな」

「知らなかった?まぁ、神和ぎもどき自体珍しいから、仕方ないわね。……話を戻す……とは言っても、ここで大体話は終わりかな。以上が私の正体と、今に至るまでの大体の歴史よ。何か質問ある?」

「質問か……。う~ん、質問と言われてもなぁ」


 聞きたい事が多すぎる上、優衣子にもわからない事は多いようなので、尚更質問しづらい。

 しばらく悩んだ後、守哉は言った。


「質問は、後でまとめて言う。だから、今は続けてくれ」

「そう。じゃあ、次は未鏡家について話そうかしら。……その前に、場所を移さない?さすがにここで長話はどうかと思うわよ」


 そういえば、ここは脱衣所だった。確かに、ここで長話は少々きついだろう。主に長く喋る事になる優衣子が。


「それもそうだな。んじゃ、食堂に行こうぜ。話はそれからだ」


 そう言うと、守哉は脱衣所の外へ出た。


 優衣子もその後に続き、二人は食堂へと向かった。



  ☆ ☆ ☆



 白く、四角い空間の中心で、忠幸は目を閉じていた。


 忠幸の周囲には不気味な紋様が描かれており、時折紫色の光を放っている。また、忠幸の身体には無数の電極が取り付けられ、それはコードで天井に設置された巨大な機器と繋がっていた。


『もう一度やるわよ。準備して』


 四角い空間―――実験室の中に、宇美の声が響き渡る。必要以上に大きい音量に、忠幸は顔をしかめた。

 だが、文句など言ってはいられない。自分は、一刻も早く強くならなければならないのだ。


「…………うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


 両拳を握り、腹の底から声を絞り出す。そうする事で、自身が生産する神力の量を増大させられる事を、ここ数日の実験で忠幸は知る事ができた。

 忠幸の周囲から不可視のオーラが噴出する。これは、ただ単純に全身から神力を放出しているだけだ。荒霊の神力波に似たようなもので、一応防御技としても応用できる。

 神力が放出されたと同時に、周囲の紋様もより強く光り輝く。紋様の光は、蛇のような形となって忠幸の身体に絡みつき―――その身体を、侵食する。


「ぐぅぅぅぅぅうっぅぅぅぅっ…………!!!!!」


 身体の中に、得体の知れない力が入り込んでくる。その力は、忠幸の体内で暴れ回り―――その身体を破壊し、新たに作り直そうとする。

 自らが破壊され、別の存在へと再生されていく、おぞましい感覚。人としての形は保っていながらも、その中身は今、怪物へと変貌させられているのだ。

 そう思うと―――嬉しくなってくる。


(俺は今、強くなっている)


 身体が作り直されるたびに、自分がより強い存在へと変化しているのが実感できる。

 人間というちっぽけな存在ではなく―――より強く大きい、新たな存在へと変化する事が、実感できる!


(強くなっている……強くなっているんだ!!)


 光が弱まる。紋様―――謎の呪法の効力がなくなりつつあるのだ。

 だが、忠幸の放つ神力の量は、先ほどよりも多くなっている。より強く、より大きく―――そして、より禍々しく、忠幸の身体は変化している。

 呪法の効力が完全に消えた。荒い息をはきつつ、忠幸は自らの手を見つめ、うっすらと微笑む。


「あと少しだ……あと少し強くなれば、お前の元へ戻れるんだ。だから……」


 待っていてくれ―――そう、忠幸は心の中で告げた。遠く離れた、愛する少年に。


 再び実験が始まる。更なる変化を起こし始めた忠幸を見つめ、宇美は酷薄な笑みを浮かべた。

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