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かみかみ  作者: 明日駆
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第74話 “二つの戦場”

「……おばあちゃん、ゆいこさん!後ろっ!」


 七瀬が警告すると同時、繭から神さびが飛翔する。

 その姿は、昨日のものとは大きく異なっていた―――刺々しい鱗の生え揃うダンゴムシのような胴体に、今は八枚の羽が生えている。腹部にあったゼリー状の物体は、固体化して球体となり、それを抱えるようにして無数の足が並んでいる。相変わらず目はないが、同時に口もなくなっており以前口のあった場所は鱗で埋め尽くされていた。


「くっ……!あと少しというところで目覚めるとは!」


 歯噛みしつつ、トヨは雷撃を新たに現れた繭の神さびへと向ける。大量の雷撃が繭の神さびを襲うが、繭の神さびは素早い動きで雷撃を回避した。同時に烈風を巻き起こし、グラウンドに砂嵐を発生させる。


「九十八代目、なんとかせんか!風はお主の十八番じゃろう!」

「言われなくてもわかってるわよっ!私に指図しないで!」


 槍の魔刃剣―――嵐穿を構え、優衣子は目をつむる。優衣子の風がグラウンドを駆け回り、砂嵐を発生させていた風を支配下に置く。

 しかし、同時に獣の神さびに向けていた烈風は止んでしまった。攻撃が止んだ事に気づいた獣の神さびは、夕焼け空に向かって大きく吼えた。


 ガオォォォォォォォォォッン!!!!!!


「……っ!螺旋護法!」


 咆哮に驚いた七瀬は、瞬時に新たな壁を発生させて獣の神さびの動きを止めようとする。しかし、既に遅い。先ほどの咆哮は、唾液を周囲に飛び散らせるためのものだった。

 そして、獣の神さびの唾液には、物質を溶かす性質があった。


「!七瀬ちゃん、離れて!出てくるわよ!」


 周囲の壁を破壊し、獣の神さびが開放される。獣の神さびは、七瀬の姿を見るや憎悪のこもった視線を向けた。その視線に、その迫力に―――七瀬の動きが大きく鈍る。

 獣の神さびが突進する。咄嗟に七瀬の前に躍り出た優衣子は、魔刃剣を力一杯振りかぶり―――投擲した。

 優衣子の手から離れた魔刃剣だが、それは形を崩す事なく獣の神さびの口内へと突き刺さる。

 それは、優衣子必殺の縛名。


「―――風塵口刺殺(ふうじんこうしさつ)!!」


 周囲の風を取り込んで、魔刃剣はその姿を無形の風へと変化させる。口の中で突如出現した烈風は、獣の神さびを破裂させんとその勢いを増していく。

 だが、獣の神さびの突進は止まらない。間に合わない―――そう判断した優衣子は、身体強化の言魂を重複させて突進を真正面から受け止めた。


「ぐっ……!この……犬畜生っ!」


 地面を数mも滑りながら、優衣子の身体は七瀬の目の前で止まった。そこで我に返った七瀬は、瞬時にその場を飛び退いて獣の神さびに向かって紙風船を投げつける。


「……爆惨風(ばくざんふう)!」


 声と共に紙風船が破裂する。同時に爆風が発生し、獣の神さびは大きく身体を仰け反らせた。その隙にバックステップで距離を取った優衣子は、再び魔刃剣を抜刀し、振り回す。


「……危ないっ!」


 優衣子が烈風を放とうとした瞬間、七瀬がその身体を抱きかかえて飛んだ。大人一人を抱きかかえて5mほども水平に跳躍した七瀬は、そのままグラウンドを転がった。

 一瞬遅れて緑色の球体が飛来する―――先ほどまで優衣子がいた場所に。地面に着弾したその球体は、破裂すると周囲にゼリー状の物体を撒き散らした。地面を転がる七瀬と優衣子にも降り注ぐが、当たる寸前に雷撃が二人の周囲を囲い、ゼリー状の物体を弾き飛ばす。

 礼を言い合う暇もない。二人はすぐに立ち上がると、その場を離れた。一人離れて戦っていたトヨと合流し、背中を合わせる。


「予想以上に厄介ね……。どっちから倒す?」

「飛んでおるヤツは予想以上に厄介じゃ。動きが素早すぎてまるで攻撃が当たらん」

「……飛んでる高度も昨日より高くなってる。もの凄く戦いにくいよ」

「ならば、こちらも飛ぶしかないのう」

「なら、繭から出てきた方と七美ちゃんは任せていいのかしら?」

「ふん、任されるまでもないわい。今日来たヤツはお主らで倒せよ。言っておくが、早く終わったところでわしは加勢せんからの」

「相変わらずいい性格してるわね。ま、元々ババアとの連携なんて想定してないけど!」


 三人同時にその場を飛び退く。獣の神さびの突進が烈風を引き連れてその場を通過していった。


「来たれィ、青龍!」


 トヨが精霊術―――青龍を召喚する。瞬時に龍へと形を成した光は、トヨをまたがらせて空へと飛んだ。


「おいトヨ、まだ七美ちゃんは捕まったままなんだろう!?一体どうする気だ!」

「……小娘一人いなくなったところで、何も支障はないわい」

「お前、まさか……!」

「最低限努力はするつもりじゃ!恨めしい目を向ける暇があったらとっとと攻撃せんか!」


 トヨに叱咤され、悔しげに歯噛みしながら青龍は飛翔する。

 繭の神さびは、依然として空中を飛び回りながら時折グラウンドの優衣子と七瀬に向かって緑色の球体を放出している。青龍が接近してきてもその動きに乱れはない―――まるで、余裕があるかのようだ。


「馬鹿にしおって……!青龍、龍岩砲じゃ!」

「また羽を狙えばいいのか!?」

「いや―――今度は、ヤツの頭を狙う!腹部に当てるでないぞ!」

「合点承知!」


 青龍の身体が発光し始める。だが、チャージを待つ暇も惜しい―――青龍は、自らの爪で繭の神さびを引き裂かんと襲い掛かる。機敏な動きでそれを避ける繭の神さび。

 反撃は―――してこない?


「どういう事だ!?あいつ、何がしたいんだ!」

「奴らの知能など高が知れておる!攻撃を止めるな、青龍!」


 再度突進する青龍。空中で幾度も二つの巨体が交差し、その度に烈風が引き起こる。しかしそれは、トヨ達の邪魔は一切しない。今、日諸木学園周辺の全ての風は優衣子の支配下にあるからだ。グラウンドで獣の神さびと戦いながらも、優衣子はトヨの支援もしっかりとしているのである。

 チャージが終わり、青龍の身体が強く光り輝く。間髪をいれずにトヨは叫んだ。


「龍岩砲、撃てぇぇぃっ!!!」


 至近距離まで繭の神さびに接近していた青龍は、その距離を保ちつつ龍岩砲を放った。

 轟音と共に巨大な岩石が繭の神さびへ襲い掛かる。距離が近すぎて避ける暇もない―――岩石は頭部に直撃した。


「やったか……!?」


 土煙が晴れていく。一度距離を取った青龍は、攻撃の結果を見て驚愕した。


 龍岩砲が直撃したはずの繭の神さびの頭部には、傷一つついていなかったのだ。


「嘘だろ……!?龍岩砲が……大呪法が……!!」

「ぐぬぅうぅぅっ……!も、もう一度じゃ!」

「ダメだ、トヨ!神力が足りない!一度後退して、七瀬ちゃん達と一緒に―――」

「馬鹿者、そんなみっともない真似ができるか!とにかく、もう一度やるんじゃ!これは命令じゃぞ!」

「状況が見えていないのか!このままじゃジリ貧どころじゃすまないぞ!」

「口答えするな、たかが術の分際で!さっさとやるん……じゃ……?」


 トヨの様子がおかしい。青龍は長い首を動かしてトヨの方を見ようとするが、できない。

 いや、違う。何か―――何か、異質な感情が流れ込んでいる。心が、頭が―――乱される!


「こ……れ、は……?」


 気づけば、自分達の周囲に小さな粉が降り注いでいる。見ると、繭の神さびの腹部にある球体が光り輝き、羽からは小さな粉―――蝶のりんぷんに似たようなものが放出されていた。

 止めなければ―――トヨと青龍はそう強く思うが、身体が動かない。いや、身体の鈍りは収まりつつある。しかし、今度は違う変化がトヨ達の身体に起こっていた。


(身体が……熱い……。か、身体が……疼く……!)


 動悸が激しくなる。気分が高揚し、身体のあちこちがむず痒い―――というか。


 もの凄く―――性的に、興奮している。


「まさか……強制的に、発情させられているのか……!?」


 本来、精霊術である青龍には性的興奮状態になる事はない。しかし、今のこれは違う。誰かの性的興奮を、無理やり流し込まれているのだ。

 最早、戦闘どころではない。もどかしい。もどかしすぎる。何故―――自分には、生殖器がないのだ!


「はぁ、はぁ、はぁ……あ?待てよ……という事は……」


 トヨも?


 ぞく、と青龍の全身を悪寒が奔った。押し付けられている性的興奮が一時的に吹き飛び、もの凄く嫌な考えが頭をよぎる。

 だらだらと。だらだらと脂汗を垂らしながら、青龍はぎこちない動きで自らの背中を覗いた。


「ひっ―――!」


 そこには。


 世にも恐ろしい、光景が―――



  ☆ ☆ ☆



 真っ白な世界―――高天原から、守哉の意識は現実へと戻った。


「ん……」


 ゆっくりと、目を開ける。ここは、バスの中だ。相変わらず、両手が手錠で前の座席に繋げられている。

 手錠を壊すイメージを乗せ、適当に呟く。言魂が発動し、手錠は音を立てて崩れた。

 自由になった手を伸ばし、右足を触る。そこには確かに、右足がある。

 そっ、と顔の右半分に手を伸ばす。いつの間にか、包帯はなくなっていた。人差し指と中指を使い、ゆっくりと右のまぶたを開き―――前を、見る。


「……治ってる」


 夢ではなかった事に安堵しつつ、守哉は唇を噛み締めた。


 藤丸。鯨田。俺なんかのために、どうして―――


 いや、本当はわかっている。藤丸の決意も、鯨田の気持ちも。だから、最後の最後で笑ったのだ。

 笑って、見送ってあげたかったのだ。


「……もう、甘えてなんかいられねぇな。俺にできる事を、やらないと」


 ゆっくりと立ち上がる。失われていた期間が短かったためか、右足が戻っても特に違和感はなかった。

 座席の間を通り、前へ行こうとする。まずは、このバスから降りなければならない。いや、バスの運転士を脅して神奈備島へ帰らせるのも悪くない―――

 そう思った直後、数m先にあった階段から誰かが上がってきた。


「どこへ行く気だね?」


 垂れ目で眼鏡。ぼさぼさの赤毛に、白衣を身にまとっている男―――赤砂御空貴だ。唯一つ、白いスーツを着ている点以外は、全て普段どおりだ。


「僕の言う事を忘れたのかね?黙ってついて来いと、そう言ったはずだよね」

「そんな事は忘れちまったよ。俺は神奈裸備島には行かない。神奈備島に帰らせてもらう」


 空貴は、不敵な笑みを浮かべた。


「おやおや、君はもう忘れてしまったのかね?君は栄一郎さんを殺した。そして、栄一郎さんの亡骸の前で君は懺悔しなければならないはずだよね?」

「それはもういいよ。鯨田が教えてくれた……その必要はないと」

「頭がおかしくなったのかね?まったく君は……いや、待て……何故、右足がある?それに、右目も……!?」

「頭がおかしいのはてめぇの方だ。何が磐座機関だ……諜報員だ。中二病じゃねぇか」


 イメージ―――そして発声。身体強化の言魂が、守哉の身体能力を極限まで高めてくれる。


「それとな、前から思っていた事なんだけどよ」


 すっ、と、右拳を突きつける。その動作に、空貴は思わず身構えた。拳を構えて姿勢を低くし、ファイティングポーズをとる。

 守哉のまとう空気が変わった。バスの中に不気味な静寂が訪れ、空貴の額を冷や汗が伝う。

 その静寂を破るように、守哉は言った。


「ねーねーねー、うぜぇんだよ。その口癖直せタコ」


 そして。


 突きつけた拳を握り締め、守哉は空貴に向かって突進する―――。

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