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かみかみ  作者: 明日駆
72/102

第68話 “捕縛”

 放課後。


 といっても、今日は土曜日である。学校は特別授業だったので午前中で終わりだ。

 HRが終わると、守哉は一度寮へ帰って荷物を置き、優衣子に出かける事を告げて神代家へ向かった。


「……かみや、いらっしゃい。用意できてるよ」


 七瀬に迎えられていつも通り客間へ行くと、そこには大量の小さな鳥居が散らばっていた。その数、およそ1000個。


「すげぇな。これ、全部大呪法に使うのか?」

「……うん。これをね、グラウンドに円状に並べるの。仕掛けはそれだけだよ」

「許可は?ババアは説得できたのか?」

「……なんとか。かなり渋ってたけど、最後は折れてくれたよ。もう学校の先生にも話はしてあるから、すぐにでも準備に取り掛かれるよ」


 しかし、これだけの鳥居を並べるのは一苦労である。綺麗な円状に並べるとなると更に辛い。

 とはいえ、他に方法も思いつかないのでやるしかない。守哉はぽりぽりと頬をかきながら、


「結構、辛い作業になりそうだな。逢う魔ヶ時に間に合うのか?」

「……だいじょうぶだと思う。逢う魔ヶ時までまだ時間はたっぷりあるし、それにわたしたちだけじゃないから」


 七瀬がそう言うと、不意に玄関の扉が開く音が聞こえた。誰かが帰ってきたらしい。

 何となく、察しはついた。


「あ~、面倒くさかった。七瀬、いる~?……って、あれ?守哉?何でいんの?」


 突然の帰宅者は七美であった。僅かに驚く七美に対し、守哉は片手を上げて答えた。


「よぉ、七美。ちょっと手伝ってほしい事があるんだけど、いいか?」

「別にいいけど……何これ?鳥居?螺旋護法に使うやつじゃない」

「……お帰り、お姉ちゃん。それじゃ、グラウンドに行こっか」

「ちょっと、今から何する気よ?内容によっては手伝わないわよ」

「別に危ない事じゃないから安心しろよ。なぁに、ちょっとした作業を手伝ってもらうだけだから」


 首をかしげる七美を連れて、守哉と七瀬は日諸木学園のグラウンドへ向かう事にした。



  ☆ ☆ ☆



 大呪法・螺旋煉獄。


 その仕掛けは、至ってシンプルなものであった。特定の場所に手作りの鳥居を円状に並べるだけ。後は、敵が並べた鳥居の真上まで来たら、縛名を叫んで発動すればいい。必要な神力は勝手に吸い取られるし、言魂のように集中力が必要なわけでもない。つまり、初心者にも手軽に使用する事ができる。


「……ただ、この大呪法にはリスクがあるの」


 小さな鳥居を手に取って地面に並べながら七瀬は説明した。


「……螺旋煉獄は、仕掛けの真上に巨大な火柱を発生させる呪法だから、敵が仕掛けの真上までこないとどうしようもないの。つまり、敵が飛んでいるか、もしくは敵を投げ入れる必要があるの」

「それはちょっと難しい話だよな。飛んでたら弱らせ辛いし、かといって投げ入れるとなると、大きさとか色々問題になってくるし……」

「……どちらにせよ、敵の能力に依存してしまう形になってしまうの。でも、そのかわり威力は折り紙つきだよ。魔刃剣に匹敵するくらいの威力があるから、ある程度弱った神さびなら倒せると思う」


 黙々と鳥居を並べる守哉達。傍から見れば、怪しげな儀式の準備をしているように見えなくもない。というか、まるっきり変質者である。

 すると、いい加減飽きたのか七美がぼやいた。


「あのさぁ……他に方法はないわけ?とてつもなく面倒くさいんだけど」

「……螺旋煉獄以外の大呪法は、もっとたくさん道具が必要だから、今日の逢う魔ヶ時にはどうしても間に合わないの」

「だからってさぁ……ねぇ、守哉。別に、無理して神さびをあんたが倒す必要ないんじゃない?トヨバアに任せればいいじゃない」


 げんなりして言う七美に、守哉は鳥居を並べながら答えた。


「ダメに決まってるだろ。そんなんじゃ、いつまでたっても開闢門が閉じないよ。俺がやらなきゃダメなんだ」

「それはそうかもしれないけど……」

「別に、無理して付き合ってくれなくてもいいんだぜ。少しでも手伝ってくれた事には感謝してるんだから」


 七美は大げさにため息をついた。


「そう言われたら手伝わないわけにはいかないでしょ。もう、さっさと終わらせちゃいましょうよ。これ終わったらお茶に決定ね!」


 気合を入れて再び鳥居を並べ始めた七美に、守哉と七瀬は互いに顔を見合わせて笑った。


 時刻は4時30分。逢う魔ヶ時まで、あと1時間30分―――。



  ☆ ☆ ☆


 逢う魔ヶ時前、神代家庭園。守哉達は静かに七瀬の呪法の結果を待っていた。


 しばらくして、七瀬はつむっていた目を開いた。


「……開いたよ。来る」

「じゃろうな。戦闘準備じゃ」


 直後、逢う魔ヶ時が訪れた。守哉とトヨの中に、得体の知れない力が宿る。逢う魔ヶ時の恩恵で、天照大神の神力が常に補充される状態になったのだ。

 守哉とトヨは身体強化の言魂を発動すると、すぐに神代家を出た。異質な気配を神奈備島沖から感じる。神さびがこちらに向かってきているのだ。


「ふむ……では、手はず通りにやるぞい。足手まとい、しっかり準備をしておけよ。お前のために合わせてやっておるのだからのう」

「わかってるよ。いちいちうるさいな」


 守哉は右足の具合を確かめながら答えた。身体強化の言魂により右足の痛覚が遮断されたのか、もう痛みは感じない。今は問題ないが、確実に負担はかかっている。戦闘時には多少気をつけておかなければならないだろう。

 七瀬の準備が終わり、守哉達が港へ向かおうとすると、


「待って、私も行く」

「七美?でもお前、戦えるのか?」

「そのために呪法の勉強をしてたんじゃないの。そろそろ私も実戦に出てみるべきだと思わない?」

「……お姉ちゃんはちょっと早いと思うけど……」

「何言ってんの、むしろ遅いくらいよ。それに、どうせ戦う事になるんなら早い方がいいわよ」


 七瀬と同じくハンドバッグを抱えて七美は言った。そのハンドバッグの中には、恐らく呪法の道具が入っているのだろう。


「でもなぁ」

「構わん。戦えるのならばついてくるがいい」

「ババア、いいのか?」

「今更一人足手まといが増えたところで何も変わらん。それに、魔刃剣の抜けない神和ぎよりはよほど信用できるわい」


 あざけりながらトヨは一足先に港へ向かった。いい加減トヨの憎まれ口には慣れてしまったのか、守哉は失笑した。


「なんだかな。まぁ、ババアがいいって言ってんだからいいか。行こうぜ、七美」

「そうこなくっちゃ!よぉ~し、日頃の成果を見せてやるわよ!」


 やる気満々で走り出す七美。守哉もその後に続く。


「……ホントにだいじょうぶなのかな」


 ただ一人不安そうにしていた七瀬だが、結局これ以上七美を止めようとはせず、守哉達の後を追いかけていった。



  ☆ ☆ ☆



 それは、巨大な蝶のようだった。


 ダンゴムシのような胴体に、長い触角と四枚の羽が生えている。その腹部にはゼリーのような緑色の物質が満たされており、それを抱えるように無数の足が生え揃っている。目はなく、その巨体に見合う大きさの口には鋭い牙が光っていた。

 ゆっくりとこちらに向かって飛んでくる神さびを見て、七美は戦慄した。


「あれが、神さび……。は、初めて見た」

「今回は飛んでるのか。しかも、前回より低飛行みたいだ。好都合だな」

「こ、好都合って……大丈夫なの?あれ、本当に倒せるの?」


 初めて神さびを見て怯えているのか、七美は先ほどまでとは打って変わって不安そうな顔をしていた。


「倒せるかどうかじゃない、倒さなきゃいけないんだろ。怖いなら逃げてもいいんだぜ?」

「だ、誰が逃げるもんですか。私だって戦えるんだから!」


 そう言うと、七美はハンドバッグから紙風船を取り出した。一見ふざけているように見えるが、これはれっきとした呪法の道具なのである。


「準備はいいようじゃな。では、わしが合図したら一斉に攻撃するぞい」


 トヨの言葉に全員がうなずく。トヨは魔刃剣を抜いて、七瀬は巨大化した安全ピンと爪楊枝を弓のように構えて。

 そして守哉は、いつでも言魂を発動できるよう、敵の姿を見据えて。

 神さびが来る。穏やかな海に、神さびの羽が大きな波を起こす。真っ直ぐ守哉達に向かって来ているように見えるが、実際はその先にある日諸木学園を目指しているのだろう。

 神さびが近づく。そのまま、守哉達を無視して真上を通り過ぎようとして―――


「今じゃ、やれぃ!」


 トヨの号令に、全員が一斉に攻撃を仕掛けた。トヨの雷撃が、七瀬の爪楊枝が、七美の紙風船が、守哉の風烈弾が上空の神さびに向かって襲い掛かる。

 攻撃は全て直撃した。唸り声を上げて神さびの身体が揺れる。しかし、この程度で倒れる相手ではない。


「畳み掛けるぞい!」


 トヨが自身の魔刃剣―――紫電を振るう。無数の雷撃が神さびに直撃し、周囲に肉が焦げたような異臭が辺りに漂い、守哉の鼻をついた。

 その攻撃に腹を立てたのか、神さびは守哉達の方を向いた。瞬間、お腹のゼリー状の物体が守哉達に向かって飛び散っていく。

 退避する守哉達。一瞬前まで自分達がいた場所にゼリー状の物体が付着する。しかし、それだけだ。何も起こる気配はない。


「ふん、今回の神さびは大した事のないヤツじゃの。気にせずに攻撃するのじゃ!」


 トヨは不敵に笑うと、紫電を精一杯振り回した。刃が輝きを増していき、雷撃が生まれ神さびを襲う。

 守哉も負けてはいられない。風烈弾を何度も投げつけ、攻撃する。七瀬の爪楊枝も飛んできて、神さびの身体に突き刺さっていく。


(おかしい……何故、何もしてこないんだ?)


 これだけされていながら、神さびはゼリー状の物体を飛ばすだけだ。そのゼリー状の物体も、避けるのは容易い上にとてもではないが威力があるようには思えない。

 敵の意図が読めない。本当にこちらを攻撃するつもりがあるのだろうか?


「守哉、どうしたのよ!?手が緩んでるわよ!」


 七美が呪法を発動し、紙風船を神さびに向かって飛ばす。紙風船は神さびに命中すると爆発し、炎を辺りに撒き散らした。

 攻撃し続けながら振り向くと、七瀬がいぶかしげな視線を神さびに向けているのが見えた。七瀬も神さびの動きを怪しんでいるのか、時折飛んでくるゼリー状の物体を大げさなまでに後ろへ飛んで回避する。

 嫌な予感がした。先ほどからたまに飛んでくるゼリー状の物体は未だに誰にも命中してはいないが、ずっと地面に残ったままだ。そして、相当な数を飛ばしているにも関わらず神さびの腹部にあるゼリー状の物体はまったく減る気配を見せない。

 攻撃は確実に通っている。神さびの動きは確実に鈍っているし、攻撃の頻度も下がってきた。もしかしたら、もうグラウンドへおびき寄せてもいいかもしれない―――

 守哉がそう思った直後、飛来したゼリー状の物体が七美に当たった。正確には、攻撃を避けようとした七美のスカートの端に。

 瞬間、周囲に散らばっていたゼリー状の物体が七美に向かって集結した。


「―――え?」


 驚いて七美の動きが止まる。一瞬のうちに七美の身体はゼリー状の物体に包まれ、神さびへと引き寄せられた。


「七美っ!!」

「……お姉ちゃんっ!!」


 思わず駆け寄ろうする守哉と七瀬。しかしそれよりも早く、七美の姿は神さびの中へと消えた。

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