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かみかみ  作者: 明日駆
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第63話 “神様の気遣い”

 木曜日、今日も忠幸は学校に来なかった。


 守哉は一人、とぼとぼと帰り道を歩いていた。今にも取れそうなパーカーの袖を肩まで引き上げつつ、ため息をつく。

 今日は最初から最後まで居たが、昨日のような事にはならなかった。というか、昨日守哉が半殺しにしてやった連中は、一人も学校に来ていなかったのだ。無理もないとは思うが、傷自体はトヨが治したはずなので、単に精神的な問題だろう。

 そういえば、トヨは昨日の事には一切触れてこなかった。本来なら自分が起こした問題なのだ、決して何も言わないわけがない。単に言う事を忘れていたのか、もしくはそんな事は当たり前だと思っていたのか。トヨの考えはわからないが、今となってはどうでもいい事だ。それに、怒られないに越したことはない。

 気づけば、寮の前まで来ていた。自動ドアに迎えられ、中へと入る。

 いつも通り、優衣子はロビーのカウンターに突っ伏して寝ていた。最近はこういう姿をあまり見せなくなった優衣子だが、昼寝だけはよくしている。本人いわく、眠らないと身体が持たないらしい。お前は子供か。

 とはいえ、起こすのも面倒なので、優衣子は無視して真っ直ぐ自室へ向かう。

 今更ながら最上階の部屋を選んだのは失敗だったと思わせる長い階段を上り、自室へ到着。ドアを開け、部屋の中へ無造作にバッグを投げ入れた。


「痛っ」


 何故か声が聞こえた。本来なら無人の部屋から、誰かの声が。

 怪奇現象かと思いつつ中へ入ると、そこにいるのは自分と瓜二つの幼い少女。


「……なんでここにいる、神様」

「久しぶりにお前の顔が見たくてね。いや、別に毎日見てはいるんだけど、今日はどうしてもお喋りがしたかったんだ」


 笑顔で答える神様とは対照的に、守哉は冷ややかな目で神様を見つめた。


「あっそ。んじゃ帰れよ」

「おいおい、冷たいなぁ。まだぜんぜんお話してないじゃないか。一体どうしたっていうんだい?」


 ピク、と顔の筋肉が引きつるのが自分でもわかる。一言で言うと、キレている。


「どうしたもこうしたもねぇよ!お前の言われた通りに神奈裸備島に行ったら、酷い目に遭ったぞ!?見ろ、この右目を!」


 包帯で隠している右目を指差し、守哉は言った。八つ当たりだと自覚はしていたが、言わずにはいられなかった。元々好きな相手ではないし、遠慮は無用だ。

 神様はすまなさそうに目を伏せると、


「……それは本当にすまないと思っている。というか、あんな事になるとは思っていなかったんだ。あんな目に遭わせるためにお前を神奈裸備島へ送ったわけではなかった」

「じゃあ、どういうわけで俺に神奈裸備島行きを勧めたんだ」

「前に頼んだだろう、真実を知ってきてほしいと。そのためだよ」


 真実。それは、磐座機関とかいう奴らの事だろうか。それとも、自分の足に埋め込まれているというアンテナの事だろうか。


「俺はその真実とやらを知るために、右目を抉られたのか」

「だからそれは謝ってるじゃないか。というか、それは私のせいじゃないぞ」

「それはわかってるけど、あんたの顔見てるとむかつくんだよ。だから帰れ」


 神様の姿形は、守哉のそれを真似ている。そのためか、自分にないものがある神様の顔を見ていると、どうにも憎たらしく思えてくるのである。

 すると、神様はじたばたと手足を振り回しながら泣きわめいた。


「ひどい、ひどずぎるよぉ!今日の百代目は辛らつすぎて涙が出ちゃう!神様を泣かせるなんて、お前は酷いヤツだ!」

「うるせぇ、黙れ。そして帰れ」

「冷たっ!絶対零度だね、百代目!皮肉にもお前の魔刃剣だな。とにかく、私に構っておくれよ。最近お前と会ってなかったから、私は寂しいんだよぅ」

「別に毎日見てたんならいいだろ。つか、もう毎日見るのはやめろ。ストーカーか、お前は」

「赤いスーツきてオールバックになってやろうか?あと意味もなく眼帯もつけたりして」

「やめれ、どこぞのナレーションじゃあるまいし」

「神和ぎファイト、レディー・ゴー!」

「だからうるさいっつの!黙れ帰れいなくなれっ!」

「やだっ!喋る帰らないここにいるっ!」


 神様は頬を膨らませながらそっぽを向いた。子供か。というか、こんなヤツじゃなかったはずなのだが。今まで会っていなかった反動か、すさまじく愉快なヤツになってしまっている。

 守哉はパーカーを脱いでハンガーにかけると、神様とは反対の方向を向いて寝転がった。


「じゃあもういいよ、俺は寝る。ここにいたきゃいてもいいけど、逢う魔ヶ時になったら帰れよな」

「だから構ってと言っているだろう。何かお話をしようじゃないか」

「別に話したい事なんかねぇよ。聞きたい事はいくらでもあるけどな」

「答えられる範囲内なら……」

「同じ事を前にも言ってたけど、その時はまともに答えてくれなかったじゃねぇか」

「それはお前が答えられない範囲の質問をするからじゃないか」

「だったら逆に聞くけど、答えられる範囲の質問って何なんだよ」


 腕を組み、しばらく考えこんだ神様は、


「私のスリーサイズとか」

「俺は寝る。お前帰れ」

「ああ、待て待て!だったら……そうだ、島民のスリーサイズを教えてやろうじゃないか。どうだ?」


 何……っ!?七瀬のスリーサイズでもいいのか!?聞いちゃっていいというのかっ!!


 一瞬飛びかける理性。しかしすぐに我に返る。


(……いやいや、惑わされるな俺。神様とはいえ、封印されてるんだ。そんな事わかるわけないんだ……っ!)


 心の中で欲望と戦いを繰り広げ始めた守哉に対し、神様は寝転がる守哉の耳に顔を寄せると、追い討ちをかけるように呟いた。


「九十九代目の四人目の孫のスリーサイズは~、上から82、54……」

「何で知ってんだ!?」

「日諸木学園の保健室には、在校生の身体データがあるのだ。以前それを勝手に見た事があってな」


 何で神様がそんなものを見るんだ、と疑問に思う守哉であったが、それも島の不思議の一つと思えば理解できる……のか?

 とにかく、今は神様と話したい気分ではない。すでに結構話し込んでしまった気もするが、それはこの際気にしない事にする。


「もういい、いい加減俺は寝る。一緒にいてもいいから寝かせてくれよ」

「ほう、それならば仕方ない。では、今日は添い寝で我慢してやるとしよう」


 そう言うと、神様は守哉の背中にぴったりと張り付くように寝転んだ。


「ふふふ、たまにはこういうのも悪くはないな。本来ならば向き合って眠りたいが、それは嫌なのだろう?」

「わかってるじゃねぇか」

「お前の事だからな。そして、お前が今眠りたい理由も知っているぞ。現実逃避するためだな?」


 それには答えなかった。その通りだからだ。

 昼間の学校で、守哉は今まで以上に肩身が狭い思いをした。昨日自分が起こした問題が、すでに学校中に知れ渡っていたためだ。

 元々狭い島の中だ、当然あのような事件はすぐに島全体に伝わってしまう。今日の朝は事件の事を知らなかった七瀬も、さすがにもう知っているだろう。いや、もしかしたら昨日の時点で知っていたのかもしれない。知っていて、何も言わずにいてくれたのかもしれない。

 そう思うと、トヨが自分に何も言わなかった理由が何となく理解できた。七瀬に言われたのだ、守哉がクラスメイトを半殺しにした事については何も言わないでほしいと。七瀬に弱いトヨの事だ、きっとそれには従うだろう。従った上で、説教くらいはしていてもおかしくはないが。

 とにかく、自分が起こした問題はわりと深刻に受け止められているらしく、クラスメイトだけでなく教師達の自分を見る目も変わってしまった。元々悪かった自分への印象が、更に悪くなってしまったのだ。

 ただの冷たい視線が、今となっては犯罪者に向けるそれへと変化した。こいつと一緒にいたら、いつか殺されるかもしれない。どうしてこんなヤツがここにいるのだろう。死ねばいいのに―――とか、そういった感情が、守哉を見る人間の心の中に渦巻いている。そう感じてしまう。


「自分を見る他人の目に臆したか。その現実から逃げるために―――昔のように、死んだように眠りたい。そう思っているのだろう」

「……逃げて何が悪いんだよ」

「そうだな。だが、逃げてばかりでは何も変わらない。それもまた、事実ではある」


 神様は守哉の頭を優しく撫でながら、続けた。


「辛い事から逃げるのは正しい。だが今のお前は、何もかも諦めて、全て放り出してしまおうとしているのではないか?」

「何が言いたいんだ」

「別に、言葉の通りさ。ただ、あの男を殺してしまったのは、お前にとって本当に辛い事だったのだなと……私は今更ながら思っているだけだ」


 栄一郎の事を思い出し、守哉は歯をきつく噛み締めた。

 自分が殺してしまった男。そんなつもりはなかったとしても、その罪はぬぐえない。

 そして、そのぬぐえない罪が、魔刃剣を抜けない理由でもあった。


「再び魔刃剣を抜いた時、自分の目の前にいるのが神さびではなく人だったとしたら……。人を殺すという事が、お前にとっては本当に重い事なのだな」

「……皮肉ってんのか?神さびは倒せたくせにって」

「まさか。私は心配なのだよ、お前が。特に今はな。なんだか……お前が、生きる事を諦めそうで、死んでしまいそうで……」


 そこから先、神様は何も言わなかった。頭に置かれた神様の手をどけて振り向くと、神様は小さく寝息をたてて眠っていた。


「……俺より先に寝てんじゃねぇよ」


 もしかして、神様にまで気を遣わせてしまったのだろうか。守哉をずっと見ていたからこそ、守哉の辛い想いがわかるから。だから、今日はあんなにはしゃいでいたのだろうか。

 神様がどうしてそこまでしてくれる理由はよくわからない。守哉の過去を知っていて、同情しているからというわけではなさそうだ。よくはわからないが、何となくそう思う。


(俺に似て、不器用なんだな。あんたも)


 押入れから毛布を引っ張り出し、すやすやと眠る神様に優しくかけてやる。


 神様も眠るんだなと思いつつ、守哉は神様の方を見て寝転がり、目をつむった。

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