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かみかみ  作者: 明日駆
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第61話 “初めての指導”

 結局、神さびは来なかった。


 なので、守哉は優衣子に言われていた通り、逢う魔ヶ時のうちに磐境寮へ帰る事にした。七瀬が少し寂しそうにしていたが、仕方が無い。どちらにせよ、神代家に用も無いのに長居するとトヨがうるさいのである。以前からそうだったが、今は尚更だ。

 逢う魔ヶ時は1時間しかない。優衣子が逢う魔ヶ時のうちに帰れと言ったのは、恐らく逢う魔ヶ時でしかできない事をするためだろう。守哉は身体強化の言魂を発動すると、急いで寮へ向かった。

 さすがに走ると早い。すぐに寮に到着した。


「あら。ずいぶん早かったじゃない、守哉」


 玄関の前に立つ優衣子は、ぞうきんで寮の自動ドアを拭きながら言った。守哉が帰ってくるまで、寮の掃除をしていたのだろう。面倒くさがりな優衣子にしては珍しい。


「掃除中だったのか。俺も手伝うよ」

「その必要はないわ。あなたが帰ってくるまでの暇つぶしにしてただけよ」


 ぞうきんを足元のバケツに放り込み、優衣子は自動ドアの電源を入れた。優衣子の存在を感知し、自動ドアが左右に開く。


「それで、話って何なんだよ。優衣子さん」


 言ってから気づいた。しまった、と思った時にはもう遅い。優衣子は一瞬で守哉の眼前まで跳躍し、素早く守哉の頭を抱き寄せて自分の胸に押し付けた。


「もっ、もが……!」

「言ったわよね?次にさんづけで呼んだら……」

「ふぉ、ふぉめん!ふぁるはっはぁ……!」

「わかればよし」


 開放され、守哉は激しく咳き込んだ。


「げほっげほっ……!あ、危うく死ぬところだったぞ……!」

「大げさね。むしろ、男性なら喜んでしかるべきじゃない?」

「そ、そりゃそうだけど……って、喜ぶか!こんなんで!」

「あらそう?ま、次からは気をつける事ね。次さんづけで呼んだら……そうね、どうしてやろうかしら?」


 手をあごにそえ、艶かしく微笑む優衣子。普段は温厚(?)な優衣子だが、こういうところがあるから怒らせたら恐ろしい。

 次はどんな目に遭わされるのか、若干気になりはしたものの、守哉は本題に戻る事にした。


「それはともかく、話って何だ?」

「そうだったわね。今日あなたに早く帰ってこいと言ったのは、あなたを指導するためよ、守哉」

「指導……って、何の?」

「言魂の、かしら。まぁ、あなたが神代家で受けている訓練と大差ないわね」

「何で優衣子さ……じゃない、優衣子が俺の指導を?」

「頼まれたからよ。おせっかいの幽霊さんにね」


 幽霊。というと、もしや幸穂の事だろうか。そういえば、確かに幸穂は他の人に指導を頼んだと言っていた。


「でも、言魂の訓練は散々神代家でやらされてるぜ?それに、自主的にもやってるし」

「そうね。でも、それだけじゃ足りないわ。というか、あのババアに教わってたらいつまでたっても進歩しないわよ。ババアは基礎しか教えない……いえ、教えられないからね」


 確かに、トヨの訓練はワンパターンだ。これといって新しい事は教えてくれず、毎回毎回実戦訓練だと言って模擬戦闘を繰り返すばかりだ。正直、いい加減うんざりしていた。


「まぁ、確かにあのババアに教えてもらっててもしょうがない気はするけど……」

「でしょう?だったら、私が教えた方がマシよ。というわけで、今から訓練を開始するわ。……いえ、それじゃ神代家でやってるのと一緒だから、これは指導と呼びましょう。決定ね」


 呼び方はどうでもいいような気はするが、何はともあれ、優衣子いわく指導が始まった。



  ☆ ☆ ☆



 指導のため、守哉と優衣子は食堂の屋根の上へと移動した。


 コンクリート製の屋根の上に立ち、10mほど離れて向かい合う守哉と優衣子。ちなみに、食堂の屋根に移動した理由は、他に適当な広い場所がなかったためらしい。確かに、神奈備島はそこそこ広いとはいえ、その半分以上が鎮守の森で構成されている以上、まともに身体を動かせる広い場所は少ない。逢う魔ヶ時の間は日諸木学園の校庭も神さびの迎撃以外には使えないらしいので、結局戦闘訓練……もとい、戦闘指導ができるのはここか神代家の庭園ぐらいのものである。


「まずは基本から。身体強化の言魂……は、もう発動してるみたいね。じゃあ、軽く戦闘機動(コンバット)といこうかしら。何してもいいから、私の攻撃を防いでみなさい。いくわよ」


 そう言うと、優衣子は右手を頭上に掲げ、守哉に向かって振り下ろした。


「―――風よ」


 優衣子の声に呼応して、風の刃が守哉を襲う。守哉は襲い掛かる風の刃に向かって右手を掲げ、一瞬でイメージして叫んだ。


「―――散れっ!」


 瞬間、優衣子の放った風の刃は霧散した。それを見て、優衣子は満足げに微笑んだ。


「やるわね。それは、相手の放った言魂をイメージで上書きする事により無効化する高等技術よ。強いて言うなら、言魂キャンセルといったところかしら」

「高等技術ってわりには、意外と簡単にできるんだな」


 守哉があなどるように言うと、優衣子は驚いて答えた。


「とんでもない。言魂キャンセルは、本来そうそうできるもんじゃないのよ。他人のイメージをそっくりそのまま自分の頭の中で構成し、更にそれを霧散させるイメージを上書きするんだから、並大抵の事じゃないわ」

「ふ~ん……でも、それは俺のやり方と違うな。俺は、相手の放った言魂と周囲の状況をイメージして、言魂を消滅させるイメージを作るから」

「尚更凄いわよ、一瞬でそんなイメージを完成させるなんて。やっぱり、あなたは言魂の天才って言われるだけあるわね」

「それは言いすぎだろ?いいから次いってくれよ」


 そもそも言魂自体、そう簡単に扱える能力ではないのだが、一番最初に何度か失敗しただけでそれ以降は自在に扱っている守哉には到底わからないのだった。


「まぁいいわ。じゃあ、次ね。次は……といっても、もしかしたらあなたはもう知ってるかもしれないわね。縛名よ」

「ああ、それは知ってるよ。これだろ?―――雷刃っ!」


 上空に手を伸ばし、叫ぶ。守哉の掌から雷撃がほとばしり、空に稲妻を描いた。

 優衣子は関心したように笑うと、


「さすがね。自分で編み出したの?」

「いや、教えてくれた人がいたんだ。その人のおかげだよ」


 その教えてくれた人の事を思い出し、守哉の顔が曇る。それを見て何かを悟ったのか、優衣子は深く聞いてこようとはしなかった。


「……そう。だったら、もういいわね。一度コツを掴めば、後は簡単にできるから」

「って事は、優衣子も縛名を使えるのか?」

「まぁね。といっても、私は最近使ってないから忘れちゃったけど」

「縛名って、忘れたら使えなくなるのかよ?」

「そうよ。人間の頭は何でも忘れるようにできてるし、何より言魂を縛る縛名を忘れちゃったら、イメージがあっても使えなくなるの。ま、どっちも思い出せばまた使えるようになるけど、面倒なのよね。新しく縛っちゃった方が早いくらいよ」


 それは面倒というより、思い出そうという意思が足りないだけのような気もしたが、守哉は口には出さなかった。


「ま、基礎も応用もできてるんなら、言魂のレッスンはお終いね。じゃ、次は魔刃剣よ」

「う……」


 現在、魔刃剣を使えない守哉は、思わずうめき声を漏らした。


「な、なぁ……この前言ったけど、俺今……」

「わかってるわ。抜けないんでしょう、魔刃剣は。でも、あなたはどうして魔刃剣が抜けなくなったのか、きちんと理解しているかしら?」


 そう言われて、確かに守哉は自分が魔刃剣を抜けなくなった理由がわからない事に気づいた。

 いや、何となく想像はつく。心の中に、魔刃剣を使う事に強い抵抗があるからだ。試しに、強く魔刃剣を意識しながら無理やり抜こうとしても、まったく聖痕は反応しなかった。だとしたら、魔刃剣は使用者の意思ではなく、心に反応しているのだろう。

 守哉が押し黙ったのを見て、優衣子は言った。


「その様子だと、やっぱりわかってないみたいね。まぁ、あなたの事だから、何となく想像はついているのだろうけど……一応、答え合わせをしてあげるわね。ズバリ、それはあなたが魔刃剣に不信感を抱いているからよ」


 思った通りだ。しかし、正解したところで気分は晴れない。

 何も言わない守哉を見つめ、優衣子は続けた。


「魔刃剣は、実は言魂の一種なの。というか、本来神和ぎに与えられた魔闘術は、言魂だけだったのよ。でも、それじゃ人間が使うには強すぎたから、言魂の力の大部分を縛名で縛って三つに分けたの。それが魔闘術の始まり」

「!魔刃剣は縛名だったのか?でも、俺は氷鮫のイメージなんてした事ないぞ」

「そりゃそうよ。縛名で縛っているのは天照大神だもの。イメージは全部天照大神が持ってるから、私達神和ぎは名前か動作だけで魔刃剣を抜けるわけ。まぁ、名前を忘れたら抜けなくなるけどね」

「でも、魔刃剣って一人一人形が違うよな。能力も」

「そうね。その辺も全部天照大神が考えてるみたいよ。さすがに百人もいるとたまに魔刃剣も被るみたいだけど」


 そうだったのか、と驚きつつ、守哉は内心納得していた。優衣子の言う事が本当ならば、もしかしたら呪法も縛名の一種なのかもしれない。七瀬は人口神通力と自然神通力などと言って呪法と言魂を区別していたが、この事を知ったらさぞ驚くだろう。


「まぁ、そもそも縛名自体が強力すぎる言魂を縛り、人間が使いやすくするための技術なんだけど、最近じゃ言魂を強化する技みたいに扱われてるみたいね。それはともかく、つまり魔刃剣は言魂なのよ。ちょっと特殊な言魂。だから、使用者が使いたくないな~、って思ってたら、使えなくなっちゃうのよ。あなたが魔刃剣を使えなくなったのは、つまりそういう事」

「でも、本当に魔刃剣が言魂だとしたら、どうして俺はどんなに魔刃剣を抜くイメージをしても抜けなかったんだ?」

「言ったでしょう、魔刃剣は縛名で縛られている言魂なのよ。縛名で縛られた言魂のイメージは固定され、二度と変更できない。更に言うなら、縛名で縛られたイメージは新しい言魂に変換できないのよ。だから、魔刃剣を抜くのにイメージは関係ないの。それに、言魂の発動には高い集中力と強い意志が必要。今のあなたの中にある魔刃剣を抜きたくないっていう意志が、あなたが魔刃剣を抜けない原因なのよ」


 左手の掌にある聖痕を見つめる。

 そういえば、一度魔刃剣を抜いた時に刃がボロボロだった事があった。あれは何だったのだろうか。

 その事を話すと、優衣子は、


「ああ、それはたぶん、あなたが相当緊張していたからよ」

「緊張してたから……?緊張してたら魔刃剣は弱くなるのか?」

「まぁ、大雑把に言うとそうね。魔刃剣はね、実は神和ぎの心臓を分解して再構成したものなのよ」

「心臓!?」


 思わず守哉は自分の左胸を押さえた。心臓……つまり、魔刃剣を出している間は、自分は心臓が無い状態だというのだろうか。それって大丈夫なのか?

 不安そうになる守哉を見て、優衣子は笑った。


「別に、死にはしないわよ。魔刃剣が壊れたところで何の支障もないし、意識せずに手を放したら魔刃剣はすぐ砕け散るでしょう?それは魔刃剣を構成していた心臓が元の場所に戻ったからなのよ」

「じゃ、じゃあ、心臓がないのに、俺達はどうして生きてるんだ?」

「さぁ?そこまではわからないわ」

「おいおい……!」

「慌てなくとも大丈夫よ。現に、あなたは生きてるでしょう?だからいいじゃない」

 

 言われてみたら、確かにそうだ。よくはわからないが、これも島の不思議の一つだと思えば納得できない事もない。


「そ、それもそうだな……うん」

「まぁ、とにかく魔刃剣は心臓で出来てる。そして、使用者の心拍数の変化に比例して、強くなったり弱くなったりするわけ。これに関しては個人差があるし、心拍数が上がって強くなるか弱くなるかも人によって違うんだけど……あなたの場合、心拍数が極端に上がると魔刃剣は弱くなるのね。次から気をつけた方がいいわよ」

「わかった。肝に銘じておくよ」


 とはいえ、よほどの事がなければ弱くなる事はないだろう。戦闘時はそれなりに緊張状態にある守哉だが、あの時以外に魔刃剣が弱くなった事はない。とはいえ、今は魔刃剣を抜けないのであまり関係ないが。


「ま、そんなところよ。説明はこんなところかしら……あーしんどかった」


 優衣子は大きく身体を伸ばしながら言った。


「何か、悪いな。色々教えてもらって」

「別にいいわよ。あなたのためだし……それに、幸穂に頼まれたからね」

「親しかったのか?」


 その言葉に、優衣子は少し遠い目をしながら答えた。


「まぁ、それなりにね。あの人、凄く世話好きだったから、私もそれなりにお世話になったのよ。島の外から来た私に優しくしてくれた、数少ない島民だったしね」

「そうだったのか……」

「だからっていうのもあるけど、一番の理由は―――」


 そこで、優衣子は守哉の方を見た。頬を少し紅潮させて。

 優衣子の僅かな表情の変化に気づかなかった守哉は、きょとんとして言った。


「理由は?」

「―――いえ、やっぱりやめておくわ。面倒くさいし」

「な、何だよ。気になるじゃないか」

「だったら一生気にしてなさい。これで今日の指導は終わりよ」

「え!まだ逢う魔ヶ時じゃないか!」


 時計はないが、身体強化の言魂が集中していなくても継続しているため、今はまだ逢う魔ヶ時である事がわかる。

 しかし、優衣子の方はもうやる気がないようで、さっさと屋根から降りようとしていた。


「ったく、しょうがねぇな、この寮長は……」


 仕方なく、守哉は屋根の上に残って自主訓練をする事にした。たぶん、逢う魔ヶ時が終わるまであと30分はあるはずだ。たまにはこういうのもいいだろう。


 そして、一人で訓練を始めた守哉を、優衣子は遠くで優しく微笑みながら見つめていた。

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