第59話 “発見”
「う……」
爆風で吹っ飛ばされた守哉は、頭を押さえながら身体を起こした。
「っく……。ちっとばかり考えなしにやりすぎたな」
後頭部が強く痛む。どうやら吹っ飛ばされた後、木に激突したらしい。後ろの木の幹に自分のものであろう血が付着している。
治癒の言魂で傷を癒しつつ、守哉は幸穂の方を見た。幸穂も自分と同じく吹っ飛ばされたようだが、言魂の直撃を受けたためか、ほぼ全身が焼け焦げて煙を上げている。
しかし、決定打にはならなかったようだ。ゆっくりと幸穂は身体を起こし、守哉を睨みつけた。
「痛た……。ずいぶん派手にやってくれるじゃない。ちょっと見直したわよ」
「そりゃどうも。……まだやる気か?」
「そうしたいところだけど、残念ながらもう無理そうね」
見ると、幸穂の身体が薄くなっている。僅かに幸穂の後ろの景色が見えるほどに。
「なんで……これがあんたの望んだ事だったのか?こんなんで、あんたは満足なのかよ!?」
「違うわ。私を構成する神力が足りなくなってしまったのよ。だから、別に成仏するわけじゃないわ」
「どういう事だ?あんたは逢う魔ヶ時の恩恵を受けられるんじゃなかったのかよ」
「私は荒霊よ?私の神力と天照大神の神力は別物で、魔闘術を使う時だけ天照大神の神力を使う事ができるのよ。私が消えようとしているのは、さっきの一撃で私を構成する神力が吹き飛んじゃっただけ。良かったわね、あなたの勝ちよ」
「納得できるか!あんたは俺より強いんじゃなかったのか!?」
「強いからって無敵というわけじゃないわ。まぁ、こんな事もあるわよ」
話している間にも、幸穂の身体は色を失っていく。
守哉は焦った。幸穂にはまだ聞かねばならない事がある。このまま消えてもらうわけにはいかない!
「だったら、消える前に答えろ!あんたは磐座機関とどういう関係がある?誰から俺の事を聞いた!」
「質問には答えられないわ。私はあなたに質問されるためにあなたをここへ呼んだわけじゃないもの」
「だったら、何で俺を呼んだんだよ!?」
幸穂は守哉を指差し、答えた。
「あなたに警告するためよ、守哉君。あなた、魔刃剣が使えなくなってしまったのでしょう?」
その言葉に、守哉の顔が僅かに引きつった。
それを見た幸穂は、ため息をついて腰に手を当て、呆れたように言った。
「図星、か。あの子の話は本当だったのね……。よほど辛い出来事でもあったのかしら?」
守哉の脳裏に、栄一郎の姿が浮かぶ。自分が殺した男の姿が。
「……それとこれと、何の関係があるんだ」
「まったく、あなたそれでも神和ぎ?本当に何も知らないのね。まぁ、外から来た人間だから、仕方のない事なのかもしれないけど……」
「悪かったな」
「ええ、悪いわよ。悪すぎ。その調子だと、あなた死ぬわよ。確実に」
見下したように幸穂は言うが、その身体はすでに半分以上が消えかけている。自分が消滅しかかっているという事がわかっているのだろうか。
「あんた、そんな事を言うためにわざわざ俺を呼んだのか?」
「そうよ。あなたが死んだら、うちの息子や藤丸が悲しむからね。だから、本当はあなたを指導するためにここへ呼んだんだけど……残念ながら、私にはできそうにないわね。その代わり、他の人にあなたの指導を頼んでおいてあげるわ」
「指導なんて、ババアの訓練だけで十分だ。だから……」
「質問に答えろって?ふふん、残念ながら時間切れよ。じゃあね」
瞬間、幸穂の身体が一気に薄れていく。
「お、おい、待て!あんたにはまだ、聞きたい事がたくさん……!」
慌てて手を伸ばすが、幸穂に手が届く前に幸穂の姿は消えてしまった。同時に、周囲に漂っていた異質な気配も消えている。どうやら、本当に消滅してしまったようだ。
守哉は呆然として呟いた。
「……くそっ、言いたい事だけ言って消えやがって……。自分勝手すぎるだろ」
立ち尽くす守哉に、木陰から藤丸が近づいた。二人の戦いを観戦していたのだろう。
「終わったようだニャ。幸穂は……消えちゃったのかニャ」
寂しそうに藤丸が呟く。そうだ、幸穂は藤丸の主人だったのだ。荒霊だったとはいえ、主人を消滅させてしまったのだ、責められても文句は言えない。
「……藤丸、すまない。俺のせいで……」
「何言ってるんだニャ。荒霊を鎮めるのは、本来もの凄く難しい事ニャのニャ。だから、これでよかったのニャ」
「でも……他にやりようがあったはずだ」
「そんな事はニャいニャ。それに、幸穂も満足してるはずニャ。忠幸にも挨拶を済ませていたようだし……案外、消滅を望んで守哉に勝負を挑んできたのかもしれニャいニャあ」
「だといいんだけどな……」
死者の魂が荒霊と化す条件は、生前に神力を一定量以上内包している他に、何らかの強い未練が必要だと、以前七瀬から聞いた事がある。だとしたら、幸穂の未練とは何だったのだろうか。その未練を晴らす事が、守哉には不可能だから戦って消滅する道を選んだのだろうか。
なんにせよ、幸穂の真意は計り知れない。幸穂の真意を知るためにも、生前の彼女を知る人間に話を聞く必要があるだろう。いや、それ以前に自分にはやる事があるはずだ。そう、魔刃剣を使えるようになるために、訓練をしなければ……
考えれば考えるほど、思考は泥沼にはまっていく。守哉は迷いを振り払うように頭を振った。
「早く、七瀬の弁当が食いたいよ」
気分を紛らわすためにそう言うと、守哉は藤丸と共に鎮守の森を後にした。
☆ ☆ ☆
寮に帰った守哉を待っていたのは、妙に不機嫌な優衣子だった。
「お帰り」
半目で守哉を見つめる優衣子。全身から吹き出る不機嫌オーラに気おされつつも、守哉は答えた。
「た、ただいま……。なぁ、何かあったのか?」
「何でそんな事聞くのよ」
「だって不機嫌そうだから」
「わかってるなら話しかけないでちょうだい」
「いや、話しかけてきたのあんたの方だろ……」
これ以上会話すると飛び火しそうなので、守哉はそそくさと自室へ向かおうとした。
「ちょっと待ちなさい」
優衣子に呼び止められて立ち止まる。自分が何かしただろうか、と守哉は思案し始めるが、これといって何も思い浮かばない。というか、自分は今帰ってきたばかりなのだが……
そんな守哉の心中を察してか、優衣子は呆れたように言った。
「別に叱ろうってわけじゃないわよ。今回の事は、あなたに非はないんだし」
「今回の事……って事は、何かあったんだな」
「まあね。それより守哉、もし今日神さびが来なかったら、訓練は早めに切り上げて帰ってきなさい。話があるから」
「今すぐじゃダメなのか?」
「戦闘で疲れてるでしょう?あと、言葉だけじゃ伝わらないものもあるしね。とにかく、逢う魔ヶ時のうちに帰ってくる事。いいわね?」
言葉だけじゃ伝わらない、という事は、話以外に何かするつもりらしい。
優衣子が何をするつもりかはわからないが、とりあえず守哉はうなずいた。
「わかったよ。早めに帰ってくればいいんだな」
そう言うと、守哉はさっさと自分の部屋へ行く事にした。
(……ん?何で優衣子さんは俺が戦ってたって知ってるんだ……?)
ふと疑問に思い、聞こうと思って優衣子の方を見てみると、既に優衣子はカウンターの上に突っ伏して眠っていた。
ため息をつきながら、別に後でもいいか、と呟いて守哉は階段を上っていった。
☆ ☆ ☆
夕方、逢う魔ヶ時前。ふらふらと、おぼつかない足取りで忠幸は帰宅した。
「ただいま~……」
靴を脱ぐ事さえしんどく感じる。
神奈裸備島から帰ってきてからというもの、身体の調子が良くない。トヨバアの訓練の帰りというのもあるのだが、それ以前に身体の調子が悪いのである。それもこれも、大呪法・絶対輪廻の影響だ。
よくわからないが、トヨバアいわく、どうも自分は拠り代という存在になってしまったらしい。拠り代は、天照大神から神力を供給する事ができない代わりに、自分自身で神力を生産しているのだという。身体の調子が悪いのは、身体が神力を生産するために体内にある全ての神力をコントロールしきれず、身体に余計な負荷がかかっているせいなんだとか。
そのため、急激に増えた神力をコントロールする訓練を受ける事になったのだが……
「やれやれ……これじゃ寝てた方がまだマシだったかな。あんな訓練を守哉は毎日受けてたのか」
とにかくトヨバアはスパルタである。何せ、戦って神力をコントロールできるようになれというのだから。
(俺は一般人なのに……まったく。ああでも、いつか守哉と肩を並べて戦えるかもなぁ。それじゃ仕方ない……ぐふふ)
などと思いつつ、にやけながらリビングに荷物を置く。
「空貴さんはまだ帰ってないのか……。最近外出してる事が多いな」
自分の家のように振舞っているが、ここは赤砂御空貴の家である。唯一の肉親である母が死んで以来、空貴の勧めで居候する事になったのだ。
別に母が生きていた頃も、特別仲が良かったわけでもないのに、何故か空貴は母の死後身寄りの無くなった自分の世話を焼いてくれる。その事には感謝する反面、戸惑っている部分もあった。
「そういえば、借りていた教科書を書斎に戻しておかなきゃな」
鞄の中から一冊の本を取り出し、空貴の書斎へ向かう。
書斎と言っても、この部屋の本棚は空きが多い。特にジャンル別に並べてあるわけでもないので、適当な場所に本を置いた。
ふと、忠幸は机の上に一冊のノートが置かれている事に気づいた。タイトルにはE78―No.3と書かれている。
「何だこれ?……もしかして、日記かな」
好奇心にかられてノートを開く。
しかし。
「これって……」
それは、空貴の日記ではなかった。
「どうして、こんな……」
驚きに目を見開き―――不意に、悪寒を感じてノートを閉じた。
「ただいま帰ったんだよね~」
玄関から空貴の声が聞こえる。まっすぐこちらへ向かっているようだ。
まずい。もしかしたら、自分は見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。
書斎のドアノブが動く。忠幸は咄嗟にノートを服の中に隠し、本棚の前に移動した。
「おや。帰っていたようだね。こんなところで何をしていたんだね?」
にこやかな笑みを浮かべ、空貴が入ってくる。冷や汗を浮かべつつ、忠幸は答えた。
「い、いや……借りていた教科書を返しにきたんだよ。俺も今、帰ってきたばかりでさ」
「そうかね。それじゃあ、早く夕飯の準備をしてくれないかね。お腹の音がうるさくて仕方が無いんだよね」
「ああ。もちろん、わかってるさ」
早足で書斎から出ようとする忠幸。不意に、空貴は机の上を見つめて言った。
「ああ、忠幸君。一ついいかね」
呼び止められて、忠幸は硬直した。緊張しつつ、後ろを振り返る。
「な、なんだよ」
「ここにあったノートを知らないかね?確か、片付けるのを忘れていたはずなのだがね……」
「知らないな。俺が入ってきた時はなかったよ」
つい、嘘をついてしまった。しかし、このノートを自分が見た事を知られてはいけない気がする。いや、ならばさっさと机の上に置いておけばよかったじゃないか。何で隠したんだ、俺ってやつは―――
「そうかね。ならばいいがね」
話は終わった。忠幸はノートを隠したお腹を押さえつつ、書斎の扉を閉めた。




