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かみかみ  作者: 明日駆
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第54話 “介入者の影”

 大の字で寝そべる宇美を、白馬は冷やかな目で見つめていた。


「……なによ。何か用?」


 のっそりと起き上がり、白馬を上目づかいで睨みつける宇美。その手には、歪な形をした肉塊が握られている。


「それは何だ」

「目玉よ。未鏡守哉のね」

「そんなもの、何に使うつもりだ」

「決まってるでしょう。修復して私の右目にするのよ」

「気味の悪い事をする」

「あんたが言う?知ってるのよ、私。あんたが弟の嫁の死体を屍姦した事。何があったか知らないけど、あんたの方がよっぽど気味が悪いわ」

「かもしれんな」


 白馬は宇美に手を差し出した。その手を見つめ、宇美は嫌そうな顔でしばらく悩んだが、結局はその手を掴み、立ち上がる。


「奴らの動向を知りたいか?」

「一応、聞いておこうかしら」

「磐座機関の車でかささぎ橋へ向かった後、バスの一つを強奪し、神奈備島へ向かったようだ。その後はわからん」

「ずいぶん手際がいいわね」

「うちの職員が手助けしたようだ。お前の部下だぞ」

「わかってるわよ。神代でしょう?役立たずのくせに、足を引っ張るのだけは得意なのね」


 手の中の肉塊をもてあそびながら、宇美は言った。


「でも、もうあれはいらないわ。そうでしょう?」

「ああ。計画の第一段階は終了した。例え未鏡守哉を失ったとしても、まだ鯨田の身体がある。魂がなくとも、器さえあれば絶対輪廻は発動可能だ」


 その言葉に、宇美は楽しそうに笑みを浮かべた。


「死んでも利用されるなんて。鯨田のやつ、本当に可哀想よね。いつか、未鏡守哉もそうなるのかしら?」

「さあな」

「あんたの息子でしょ?少しは可哀想とか思わないわけ?」


 白馬の凍てつくような視線が向けられる。しかし、宇美はそれに動じない。

 しばらくして、白馬は言った。


「思わんな。私にとって、あれはただの肉塊だ」



  ☆ ☆ ☆



 気づけば。


 バスの中にいた。


「……目、覚めた?」


 七瀬が心配そうに覗き込んでくる。涙の跡が残る頬を見て、守哉は苦笑した。


「心配、かけちまったみてぇだな」

「……うん。でも、かみやが無事ならいい……」


 七瀬の頭がふらっと倒れこんでくる。安心したかのように、安らかな顔で七瀬は寝息を立て始めた。

 その頭を優しく撫でる。ふと、自分の顔に違和感を覚えた。手を伸ばすと、ざらついた感触が顔の右半分を覆っている。

 守哉が不思議そうにしていると、七美が近づいてきた。


「あ、目が覚めたのね。大丈夫?どこか痛いところはない?」

「強いて言うなら、右目が痛いな……。これ、七瀬がしてくれたのか?」

「そうよ。一応、治癒の言魂で血は止まってたみたいなんだけど、あまりにも酷い状態だったから、七瀬が持ってきてた救急セットで応急処置だけしといたのよ。まったく、感謝しなさいよ?七瀬に」

「わかってるよ」


 胸の上で眠る七瀬に目をやる。七瀬の手が、ずっと守哉の左手を握り締めているので、どうにも動き辛い。

 しかし、嫌な感じはしない。むしろ、心地よいくらいだった。


「本当、感謝しなくちゃな……。ところで、どうして助けにきたんだ?」

「何よ、助けにきちゃいけなかったわけ?」

「違うよ。どうやって俺達の危機がわかったんだって事を聞いてるんだ」

「ああ……それならそうと早く言いなさいよね。私もよくわかんないんだけど、七瀬がどうしてもあんたに会いたいっていうから、七子姉に頼んであのビルに行ったのよ。んで、エレベーターに乗ってたら、いきなり止まっちゃってさ。変なやつらに襲われたのよ」

「襲われた?どうして七瀬達が……」

「知らないわよ。結局、そいつらは七瀬が倒したんだけど正直混乱してたわけ、私達。それで、事情知ってそうな七子姉を問い詰めたら、なんかよくわかんないけどあんたが危ないっていうじゃない。だから、荷物を七子姉に頼んで、逃走用の車を用意してもらったのよ。逃げる準備が整ってから、いざあんたのいる67階へ行ってみたら、変な女があんたに近づいてて……それで、七瀬がぶち切れて、突っ込もうとしちゃったのよ。もう、冷静にさせるのが大変だったわ」

「七瀬も、怒る時は怒るんだな……」

「そりゃそうよ。この子にとって、それだけあんたは重要な存在なんだから、その辺自覚しときなさいよ?」

「……女心ってのはよくわかんねぇけど、わかったよ」

「ホントにわかってんの?またあの変な女が近寄ってきたら、すぐに逃げなきゃダメなんだからね。一応、その……わ、私も心配したんだから」


 頬を赤くして、七美はそっぽを向いた。七美も、七瀬と同じくらい心配してくれていたのだろう。

 苦笑しつつ、守哉は言った。


「まぁ、なんにせよ……助かったよ。ありがとな」

「お礼は七瀬に言いなさいよ。あんたの事、ずっと心配してたんだからね、この子」

「そうだな……そうするよ」


 そう言い、守哉は目を閉じた。

 それを見て、七美は守哉から離れていく。気を遣ってくれたのだろう。

 

(それにしても、酷い旅行になっちまったな)


 右目を覆う包帯を撫でながら、守哉は思った。ただ、服を買いに来ただけなのに、気づいたらこんな状態になっている。おまけに、2泊3日のはずだったのに、2日目で帰る羽目になってしまった。帰ったらどう優衣子に説明すればよいのだろうか。


(さすがに、この右目は治らないよな……。やれやれ、走れないだけじゃなくて、失明までしちまったのか。俺の身体もボロボロだな……)


 ため息をつきつつ、苦笑する。右足のアンテナ、失われた右目。それに加えて、虐待の痕が残る身体。これでは、これから先が思いやられる。あと6体も神さびを倒さなければならないというのに。いや、七瀬の事を考えるなら、あと8体か。


(島についたら、優衣子さんに相談しよう―――)


 意識がだんだん薄れていく。


 寝足りなかったのか、守哉は再び眠りについた。



  ☆ ☆ ☆



 磐座機関本社ビル。そのとある部屋で、宇美は鬼のような形相を浮かべてモニターを睨んでいた。


「……なんで成功しないのよっ!!成功した時のデータはあるのに!!」


 苛立ち紛れに机を叩く。凄まじい音が響き、部屋にいた研究員の何人かが怯えた表情を見せた。


「どうやら、未鏡守哉を使わなければ成功しないようだな」


 白馬の淡々とした声が響く。宇美は、白馬に掴みかからんばかりの勢いで言った。


「ふざけんじゃないわよ!またあのクソガキを持ってこなきゃいけないわけ!?さっき逃げられたばかりなのに!」

「逃げられたと言うより、逃がされた、と言う方が正しいな。いくらうちの研究員の手助けがあったとはいえ、奴らだけではこんなにスムーズに逃げられるわけがない」

「そんな事どうでもいいわ!それより、あんたこれからどうする気よ!?やっと絶対輪廻が成功したと思ったら、いきなりこれよ!これじゃ代替実験の意味がないじゃないの!」

「落ち着け。何も、絶対に未鏡守哉を使わなければならないというわけではあるまい。成功する事がわかっただけいいではないか」

「そんなんじゃ納得できないわよっ!」


 今度はモニターに拳を叩きつける宇美。軽自動車の衝突にさえ耐えうる硬質液晶画面にヒビが入った。


「あれもダメ、これもダメ……!それでようやく成功したのに、またダメ!邪魔者が死んで、安心したと思ったらこのざまだわ!だいたい、成功した時のデータさえあればあとは容易じゃなかったわけ!?」

「本来はな。だが、どうも今回の実験には第三者の介入があったと考えられる。可能性の域を出ないが、今回絶対輪廻が成功したのはその第三者の影響が大きいのかもしれん」

「誰よ、その第三者って!?」


 ヒステリックに叫ぶ宇美を冷ややかに見つめ、白馬は言った。


「無論、天照大神だ」



  ☆ ☆ ☆



 神奈備島に立ち並ぶ、古めかしい家屋の屋根の上。そこに、天照大神の姿があった。


 その目は、遥か遠く、かささぎ橋を走る一台のバスへと向けられている。正確に言えば、そのバスの車内で眠る一人の少年に。


「なんとか、生きて帰ったか。私の愛しい百代目」


 そっ、と右手を前方に差し出す。その指が、誰かの顔を優しく撫でるように動いた。


「可哀想に……。右目を抉り取られてしまったのだな。これでは、治癒の言魂でも癒す事はできまい。日常生活にも支障が出るだろうな……」


 心から哀れむように、天照大神は囁いた。


「本当に、お前は哀れな子供だ。両親に、周囲の人間全てに見放され、今なお一人の男に操られている。多少は抗う術を得ても、お前がこの島にいる限り、その手のひらの上からは抜け出せない……」


 天照大神は知っている。数多くの人間の心を覗き見たが故に。


「おお、あの男を殺してしまったのを悔やんでいるのか。あの男は、死ぬ事で操り人形の糸を切ろうともがいていた。お前は悔やむどころか、むしろ礼を言われてもいいくらいなのだぞ?」


 その声は、今の守哉には届かない事も、天照大神にはわかっている。

 しかし、言わずにはいられない。


「私はお前に選ぶ選択肢を与えるつもりで神奈裸備島に送ったというのに、お前には辛い思いをさせてしまったな……。だが、真実を知ったお前は、しっかりと選択肢を手に入れたよ。島の未来を左右する、重要な選択肢をな」


 不意に、神奈備島のある家に目を向ける。

 恐らく、今後守哉を害する可能性のある、その人物に。


「お前がどう動こうと、私はどうもしようがないが……きっと、この島が良い方向に導かれるであろうと、信じておくとしよう。心からな―――」


 夕日が沈み、夜のとばりが下りていく。


 天照大神の姿は、夜の闇に紛れるように、掻き消えた。

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