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かみかみ  作者: 明日駆
56/102

第53話 “脱出”

 人を、殺してしまった。


 その事実が、重く身体にのしかかる。頭を上げられなくなるほどに。


「………」


 泣き疲れて、守哉は栄一郎の遺体の前で座り込んでいた。力なく手をぶら下げて。


「守哉……大丈夫か?」


 忠幸が心配そうに話しかけてきた。そっ、と守哉の肩に手を置いて、忠幸は優しく告げる。


「なぁ……守哉。これは、正当防衛なんだ。この人はお前を捕まえて、また怪しい実験を受けさせようとしたんだぞ?死んで当然なんだよ」


 死んで当然。


 当然、だと?


「……ふざけんな」

「え?」

「ふざけんなって言ってんだよ!」


 忠幸の手を振り払う。怒りの形相で守哉は言った。


「死んで当たり前の人間なんているもんか!それにな、こいつは、鯨田は……少しでも事情を話してくれたやつなんだぞ!?他のやつらは、説明さえしてくれなかったのに!」


 そうだ。鯨田は優しかった。確かに戦いはしたけれど、最初に自分を殺すと言っておいて結局殺しはしなかったし、何より事情を少しでも説明してくれた唯一の大人なのだ。

 それに、たとえ正当防衛だったとしても、人殺しに変わりはない。


「それを、俺は、殺したんだ!殺したんだぞ、人を!鯨田を!少しでも……俺に、優しくしてくれた人を……!それを、お前は、お前は……!」

「わ、わかった、俺が悪かったよ。軽率すぎたよな、俺……」


 忠幸が頭を下げる。それを見て、守哉は虚しくなった。忠幸を責めたところで、何も変わりはしない。それに、今のはほとんど八つ当たりだ。


「いや……俺こそ、ごめん。興奮しちまって……」

「お前まで謝る事はないよ、俺が悪いんだから。それより、早く逃げよう。また捕まったら元も子もないぜ」

「逃げる必要なんてないわ」


 ぎょっとして振り返ると、背後に宇美の姿があった。それに、無骨な戦闘服とアサルトライフルで武装した兵士が八人。

 いつの間に後ろに―――と、二人が驚いているのを見て、宇美は楽しげに告げた。


「戦闘が終わるまで、そこの部屋に隠れてたのよ。ずいぶんド派手にやらかしたみたいだけど……あらあら、殺しちゃったのね」

「わ、わざとじゃない……」

「そんなに怯えなくてもいいじゃない。私からすれば、お礼を言いたいくらいなのよ?私ね、鯨田に脅迫されてたの。神代に手を出したら殺すってね。理由は知らないけど、いい迷惑よ。あんたが殺してくれたおかげで、いい加減グズの神代をモルモットにできるわ。あ・り・が・と・う」


 つかつかと、宇美が近づいてくる。忠幸は守哉を逃がそうとするが、すぐに兵士達に捕まってしまった。


「でもね……確かにあんたにはお礼を言いたいくらいだとは言ったけど、どうしても我慢ならない事が一つだけあるのよね」


 口の端をつり上げ、宇美が笑う。


「私の右目をえぐった事。……ね、あんたの右目、私にくれないかしら?」


 宇美の手が顔に伸びる。後ずさって逃げようとするが、途中で栄一郎の遺体に阻まれてしまう。


「やめろ……」


 宇美はただ、怯える守哉を見て笑っている。楽しそうに。どこまでも、楽しそうに。


「やめろ……!」


 左手で頭を掴まれた。そのままゆっくりと持ち上げられ―――


「やめてくれ……!!」


 右手が、右目の視界を覆った瞬間―――


「……止まれっ!動くな!そこになおれーっ!」


 鋭い、七美の声が廊下中に響いた。


 廊下にいた全員の視線が、声のした方へ向けられる。七美はエレベーターホールに立ち、こちらにアサルトライフルを向けていた。後ろのエレベーターの扉が開けっ放しになっているため、恐らくエレベーターのシャフトを昇ってきたのだろう。

 しかし、よく見ればアサルトライフルを握る手が震えている。それを見て、宇美だけでなく兵士達さえも失笑を漏らした。


「あんなのが増援?死にに来たとしか思えないわね―――殺しなさい」


 宇美の命令で、兵士達が一斉に七美にアサルトライフルの銃口を向けた―――瞬間、八人の兵士達のうち、四人が天井に叩きつけられた。


「な、なんだ!?何が―――」


 ざわめく兵士達。更に、七美の後ろから巨大な鉛筆が飛び出し、残りの四人が持つアサルトライフルを破壊した。対応しきれず慌てる兵士達に、七美の後ろから飛び出してきた七瀬が一気に接近し、一瞬で行動不能にさせる。


「動くなっ!動けば、未鏡守哉の命はないわよ!」


 その声に、宇美に突撃しようとした七瀬の動きが止まった。


「そうそう、それでいいの。……それにしても、報告には聞いていたけど本当に強いのねぇ、神代七瀬ちゃん。ホント、うちに欲しいくらいよ」

「……わたしのこと、なんで知ってるの」

「私はなんでも知ってるのよ。それより、私と取引しない?」

「……とりひき?」

「そう。取引。このままじゃ、私はあなたに一瞬で殺される。けど、私もその一瞬の間に未鏡守哉を殺せる。だから、取引をしようってわけ」


 宇美は守哉の後ろに回って首を締め上げ、喉元にメスを押し当てながら言った。


「未鏡守哉を私にくれるなら、あなた達とそこの……ええっと、誰だっけ?まあいいや、被験者二号は見逃してあげる。無傷でね」

「……ふざけないで。かみやは渡さない」

「あら、いいのかしら?そんな事言って。言っとくけど、あなたの返事次第で未鏡守哉の運命が決まるのよ?」

「……わたしもかみやも、あなたなんかに屈しない」

「そう言うけど、未鏡守哉はさっきの戦闘で疲れ果ててるの。おまけに、人を殺したせいで精神が不安定なの。とてもじゃないけど、言魂は使えないわ」

「……そんな……」

「さぁ、どうするの?もうすぐビルの警備システムが復旧する。そうすれば、あなた達の逃げ場はなくなるわ」


 七瀬の額に汗が浮かぶ。宇美がにやりと笑い、守哉の喉にメスを食い込ませる。忠幸は呆然と事態を見守り、七美はあたふたと慌てふためいている。


「さぁ、どうするの!早く選びなさい!」


 宇美の怒声が響き渡る。動くなら、今しかない―――


「七瀬、やれっ!!」


 瞬間、守哉は叫んだ。叫びが小さな言魂となり、宇美の拘束を緩ませる。

 守哉の意図を察し、七瀬が動いた。呪法で強化された脚力が、一気に七瀬の身体を押し出していく。

 そして、宇美も動いた。自分の拘束から逃れた守哉のパーカーのフードを掴んで引き寄せ、守哉の顔を僅かにこちらへ向けさせて―――


 その右目を、左手で抉り取った。


「うぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああっっっ!!!!!」


 守哉の悲鳴が廊下に響き渡る。同時に、七瀬は宇美を突き飛ばした。凄まじい勢いで突き飛ばされた宇美は、受身を取る暇もなく床に叩きつけられる。


「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅあああぁ……!!!」


 右目を両手で押さえ、床をのた打ち回る守哉。その右目からは、大量の血が溢れ出ている。


「……かみやっ!かみや、かみやぁっ!!」


 七瀬は悲痛な声を上げて守哉に駆け寄った。しかし、どうすればいいのかわからず、目に涙を溢れさせて戸惑うばかりだ。

 七美も急いで駆け寄ってきた。焦りをあらわにしながらも、先ほどとは打って変わって冷静に守哉の状態を見て告げる。


「守哉、しっかりしなさいよ!あんたには治癒の言魂があるでしょ!?」

「……おねえちゃん、そんなんじゃ、そんなんじゃ治らないよぉっ……!」

「七瀬は黙ってて!守哉、早く!止血ぐらいはできるはずだから!」


 七美の声で、守哉は僅かに冷静さを取り戻した。右目を両手で押さえたまま、痛みで飛びそうな意識を少しでも集中させる。すると、逢う魔ヶ時の助けもあってか、右目が少しずつ癒え始めた。

 それを見て、七瀬は涙ぐみながら胸を撫で下ろした。


「……かみや……。えぐっ……かみやぁ……」

「あんたが泣いてどうするのよ。それより、早く逃げましょう。あの女は気絶してるみたいだし、今のうちよ。ほら、守哉背負って。忠幸も、いつまでぼけっとしてんのよ!立ちなさい!逃げるわよ!」


 七美に促され、七瀬は未だに痛みでもがき苦しんでいる守哉を優しく背負った。情けない気持ちに駆られる守哉だが、今はどうしようもない。呆然としていた忠幸も、我に返って立ち上がり、エレベーターに向かって走り出した七瀬達に従った。

 開け放たれたエレベーターの扉の前までくると、七美は床に小さな鳥居を幾つも置き、呪詛を唱えた。


「―――螺旋護法っ!」


 シャフトの遥か下から巨大な壁が出現し、シャフトを埋め尽くした。


「早く乗って!急いで!」


 七美に急かされて全員が壁の上に乗ると、急激に壁が急降下し始めた。逢う魔ヶ時ならば七瀬以外の一般人でも呪法が使えるようになる。つまり、シャフトを断ち切ってエレベーターのかごを一番下まで落下させ、そこから螺旋護法で壁を生やして67階まで昇ってきたのである。強引だが、確実な方法だった。

 壁はすぐに1階までたどり着いた。このビルは地下1階まであるようなので、壁を僅かに残したまま一階で降りる。降りる際に忠幸が少し手間取ったが、問題なく全員1階にたどり着く事ができた。


「七子姉が車を用意して待ってるから、早く行くわよ!」


 見ると、ビルの外に一台の車が停まっていた。運転席には僅かに顔を青くした七子の姿がある。


「……かみや、だいじょうぶ?」


 心配そうに七瀬が言った。その目は、未だに血を流す守哉の右目に向けられている。


「だい……じょうぶ……。だから、早く……」

「……う、うん……」


 七瀬は尚も心配そうにしていたが、守哉のためにもビルの外へと急ぐ。

 全員が車に乗り込むと、七美は七子の肩を叩いて発進を急かした。


「七子姉、早く!早く、早く出して!」

「わ、わかったわ……!」


 アクセルを踏みつけ、車を発進させる七子。


 不安定に揺れながらも、守哉達を乗せた車はバスの駐車場を目指して走っていった。


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