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かみかみ  作者: 明日駆
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第52話 “縛名”

「魔刃剣……!?」


 守哉は、栄一郎が持つうちわを見て驚愕した。

 薄々気づいてはいたが、やはり栄一郎は神和ぎだ。言魂について詳しい事といい、魔刃剣といい、まず間違いない。

 しかし、栄一郎の持つうちわは、どうみても剣ではない。扇の部分が緑色に光っているところを見ると、恐らく優衣子と同じ風牙の魔刃剣なのだろうが……

 守哉が呆然としているのを見て、栄一郎は楽しそうに言った。


「おいおい、いい加減気づいてはいたんだろぉ?ああそうさ、俺も神和ぎだぁ。ただし、てめぇとはちぃとばかり異質ではあるがなぁ」

「異質……?どういう事だ」

「俺はな、代替実験を受けて、輪廻を乱されたんだよぉ。神和ぎもどきでもなく、拠り代でもない……いわば、拠り代もどきってところだなぁ。お前もさっき受けただろぉ?代替実験……大呪法・絶対輪廻をなぁ」


 そうだ、すっかり忘れていたが―――自分と忠幸は、得体の知れない呪法を受けたのだ。しかし、自分の身体を見回しても、以前と比べてまったく変化は見られない。一体何が変わったというのか。


「別に、外見は変化しねぇよ。呪法の影響を受けるのは、輪廻の方だからなぁ」

「輪廻……って、神さびが現世に下る際に縛られるとかいう、あれか?」

「神さびだけじゃねぇよ。現世に存在する全ての魂は、心と器、二つの輪廻によって縛られ、その存在を保っているのさぁ。絶対輪廻は、呪法を受ける人間の器の輪廻に影響を及ぼす呪法でなぁ、神和ぎの力を何の力もない人間に複写するっちゅうもんさぁ。いつもなら失敗してたんだが……まぁ、今回は何故か成功しちまったみてぇだなぁ」

「成功した……?って、事は……」


 守哉は忠幸の方を見た。忠幸は慌てて自分の身体を見回すが、やはり変化はない―――いや、忠幸が後ろを向いた際に、守哉は気づいた。


 首の後ろに、歪な星型の火傷がある事に。


 忠幸もそれに気づいたのか、首の裏に手を伸ばして驚愕した。神和ぎがどういう存在なのか……それは、忠幸もよく知っている。


「さぁ、解説の時間は終わりだぁ。―――覚悟しやがれ」


 栄一郎が魔刃剣を振るう。言魂で起こす風とは比べ物にならないほどの烈風が廊下中に吹き荒れる。


「くっ……!」


 守哉は、魔刃剣を逆手に持ち、床に突き刺した。刀身から冷気が噴出し、凍てつく力が床を伝って栄一郎へと伸びる。


「そんなあまっちょろい攻撃が通用するかぁっ!!!」


 栄一郎の魔刃剣が光を増す。烈風が床を砕き、凍てつく力が霧散する。

 しかし、守哉が魔刃剣を突き刺している限り、凍てつく力は収まる事はない。氷鮫の刀身から冷気が噴出し、再び凍てつく力が床を侵食する。


「おっと、そういえばお前の魔刃剣はそういう代物だったなぁ。なら、これでどうだぁ!?」


 烈風。しかし、今度は守哉を狙っている。守哉は、舌打ちしてその場を飛び退いた。

 経験の差が強く出ていると守哉は実感した。栄一郎の方が言魂も、魔刃剣の使い方も優れている。


(でも―――接近戦なら!)


 魔刃剣を握りしめ、守哉は走った。栄一郎の動きは、攻防一体の言魂・毒鎧に頼っているためか、大ぶりで隙が大きい。確かに毒鎧の防御力は高いが、魔刃剣を防げるほどではないはずだ。

 守哉の意図を悟ったのか、栄一郎は守哉を接近させまいと魔刃剣を振るった。烈風が守哉の身体を吹き飛ばさんと襲いかかる。


「破邪の……刃っ!!」


 守哉の魔刃剣が宙を斬る。冷気が栄一郎の風を侵食し、さながらモーセが海を割るように道を開いていく。


「おぉっ……?」


 栄一郎のうろたえる声が聞こえた。魔刃剣を構えなおし、大きく踏み出して振りかぶる。


「うぉらぁっ!!!」


 守哉の叫びに呼応して、氷鮫の刀身が青く光り輝く。冷気を纏った斬撃は栄一郎の身体を斜めに斬り裂いた―――はずだった。


「なっ……」


 今度は自分がうろたえる番だった。刃は栄一郎を斬り裂いた―――しかし、結果は僅かにスーツを凍らせただけで、栄一郎自身にはまったくダメージを与えられていない。

 驚愕する守哉を見て、栄一郎は冷ややかに言った。


「何にも知らねぇ素人がよぉ……。魔刃剣はオモチャじゃねぇんだぞ」


 烈風が巻き起こり、吹き飛ばされた守哉は、されるがままに床に叩きつけられた。受け身をとる暇もなく身体を強く打ちつけ、激しく咳き込む。


「お前に、魔刃剣の本当の使い方ってのを教えてやるよ。―――いくぜ、風鯨(かぜくじら)


 栄一郎の声に呼応して、栄一郎の魔刃剣―――風鯨の刀身が、緑色に光り輝く。同時に風鯨を正眼に構え、目を閉じて意識を集中する。

 途端に風が止んだ。よろよろと立ちあがった守哉は、いぶかしんで周囲を見回す。それは、嵐の前の静けさのよう―――


「斬り裂け―――凶刃風鯨(きょうじんかぜくじら)!!」


 瞬間、そよ風が吹いた。風が僅かに守哉の髪をなびかせて流れていく。

 これだけか、と思い油断した瞬間、突如悪寒を感じて横に転がった。その一瞬後に、耳をつんざくような音と共に烈風が過ぎ去っていく。


「これ、は……」


 烈風が残した跡を見て、守哉は驚愕した。

 自分が先ほどまでいた場所に、巨大な傷跡ができている。鋭利な刃物で切り裂かれた跡のように、美しい傷跡が。

 驚く守哉を尻目に、栄一郎は言った。


「すげぇだろぉ?縛名は魔刃剣にも応用できるのさぁ。……いや、もしかしたら、魔刃剣も言魂の一種なのかもしれねぇなぁ」

「なんだって……?」

「じゃねぇと、依り代ごときの風牙でこれだけの威力はだせねぇよ。ま、縛名をまともに使えない、お前には関係ねぇかもしれねぇがなぁ」


 再び烈風を巻き起こす栄一郎。もう縛名を使う必要もない、とでもいうのか。


(縛名……)


 栄一郎の振るう魔刃剣の軌跡を目で追いながら、守哉は考えた。

 縛名。言魂化したイメージを縛り、発動時に必要な集中力を大きく減らすという、言魂の一種。

 しかし、栄一郎を見る限り、縛名の効果はそれだけではないようだ。栄一郎は先ほど、風牙でこれだけの威力はだせない、と言った。それはつまり、縛名には具現化したイメージを強化する力がある、という事ではないだろうか。


(でも爆弾パンチは全然通用しなかった……。いや、やり方が違うのか?)


 そもそも爆弾パンチは思いつきで編み出した言魂だ。思いのほか強力だったから使っていたが、それも縛名で縛ったからかもしれない。

 栄一郎は縛名を言魂の奥義だと言ったが、それを自分は思いつきで編み出しているのだ。今やってできない事はないはず―――


(やってみるか)


 栄一郎の放つ、刃を孕んだ風を避けながら、守哉は手に持つ魔刃剣に集中した。

 先ほど栄一郎がしたように、魔刃剣を正眼に構えて目を閉じる。

 そうだ、前にもやった。初めて魔刃剣を握った時と、優衣子と神代家の庭で対峙した時に。


(思い出せ……)


 手から伝わる、魔刃剣の鼓動。守哉の意識が少しずつ、内側へと傾いていく。


「ボケーッとしてんじゃねぇぞぉ!」


 守哉の様子から何かを悟ったのか、栄一郎は風の勢いを強めた。刃を孕む烈風が守哉の身体を切り裂いていく。しかしそれは致命傷には至らない。

 恐らく、栄一郎はうかつに縛名を使えないのだ。そうでなければ、自分など当の昔にやられている。

 既に身体は血だらけで、パーカーはボロボロだった。それでも守哉は、魔刃剣に集中する。魔刃剣の鼓動に全身全霊をささげる。

 再び風の刃が迫る。瞬間、守哉は目を開いた。


「斬り裂け―――凶刃氷鮫(きょうじんひさめ)!!!」


 叫び、氷鮫を床に突き刺す。瞬間、先ほどとは違う凄まじい力―――絶対零度の冷気が、床を伝って廊下中を侵食していく。


「チッ……!破邪扇風(はじゃせんぷう)!!」


 叫ぶと同時に風鯨を振るう栄一郎。破邪の力を纏う烈風が、守哉の放つ冷気を打ち消さんと荒れ狂う。

 烈風と冷気がぶつかり合い、拮抗する。凄まじい力が廊下中に荒れ狂い、視界さえ白く侵食して、守哉、忠幸、栄一郎の身体を吹き飛ばした。


(まだだ……!)


 吹き飛ばされる瞬間、守哉は魔刃剣で壁を切り裂いた。それがスイッチとなり、先ほど氷鮫を突き刺した床から、鮫の背びれに似た氷の刃が出現し、栄一郎へと襲い掛かる。

 冷気と風が起こす、荒れ狂う力の波を切り裂いて、氷の刃は栄一郎を目指して突進する。視界は互いに塞がっている。栄一郎は自身に近づく氷の刃に気づいていない。確実に当たる!


(え……)


 不意に、守哉は気づいた。


 当たる―――それは、つまり。


 殺す、という事に。


「鯨田、よけろぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


 気づけば、守哉は叫んでいた。魔刃剣を手放し、剣が音を立てて砕け散ってもなお、氷の刃は止まらない。

 視界が晴れる。栄一郎はそこでようやく気づいた。自身に氷の刃が迫っている事に。それが、守哉が放ったものだという事に。そして―――それを、防ぐ事などできない事に。だが、避けれない事はないはずだ。

 しかし栄一郎は、氷の刃を避けなかった。


 どこか、諦めたような顔で―――栄一郎は、刃を受け入れた。


「……っ!」


 廊下中を荒れ狂っていた力が霧散し、守哉は床に叩きつけられた。咳き込みながらも、言魂で無理やり身体を動かして栄一郎へと駆け寄る。


「鯨田っ!!!」


 酷い有様だった。


 氷の刃で切り裂かれた栄一郎は、腹を真横に切り裂かれて倒れていた。断面は完全に凍りつき、血は一滴も流れていない。逢う魔ヶ時だからか、魔刃剣が消えてもなお、魔刃剣の力は残っている。

 そんな状態であるにも関わらず、栄一郎は生きていた。


「よぉ……やるじゃねぇか、やればよぉ……」

「な、何で、何で避けなかったんだ!?言魂を使えば、あんなもの……!」

「んな事できるのは、お前だけだぁ……。大体、いい加減神力も限界だったしなぁ……。俺の、完敗だぁ……」


 栄一郎は虫の息だった。目は虚ろで、傍にいる守哉が見えているかも怪しい。

 手が震えた。栄一郎は間もなく、死ぬ。死んでしまう。自分が、殺してしまった―――


「お、俺、俺……こんな、こんなつもりじゃ……!」

「気にすんなよぉ……。これ以上、白馬の野郎にいいように使われるのは……うんざりだったからなぁ……」


 栄一郎の手が、守哉の顔に伸びる。身構えて身体を震わせる守哉だが、栄一郎の手は、優しく守哉の頬を撫でただけだった。


「ああ……お前には、謝らなきゃいけねぇ……。いろいろ、背負わせちまう事になるからなぁ……」

「謝るのは俺の方だ……!そ、そうだ、治癒の言魂を使えば、まだ!」


 治癒の言魂を使おうと手を伸ばした守哉を、栄一郎は手を掴んで止めた。


「無駄だぁ……。こんな状態じゃぁ、もう間に合わねぇよぉ……」

「そ、そんな……」

「それよりさぁ……一つ、頼まれてくんねぇかぁ……」

「ああ!なんでも、何でも言う事聞くよ!だから、だから……」

「そっかぁ……。んじゃさぁ……俺の……孫達の面倒を、見てくんねぇか……。んで、俺の代わりに……愛してやってくれよ……。頼む……」


 声が出ない。代わりに、守哉は大きく頷いた。

 それを見て、栄一郎は安らかな笑顔を浮かべ、静かに目を閉じた。


「ああ……迷惑かけちまって、すまねぇなぁ……」


 その言葉を最後に。


「……鯨田?」


 栄一郎は、返事をしなくなった。


「おい、鯨田……」


 栄一郎の身体を揺さぶる。何度も、何度も揺さぶる。無駄だと知っていながらも、何度も繰り返し揺さぶった。


「あ……ああ……」


 決して、仲がいいわけではなかった。大して世話になったわけでもなかった。


「……死ん……だ……の、か……」


 それでも。


 ただ、守哉は―――自分が殺した一人の男のために、涙を流した。


「俺は……俺は……俺はぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 悲痛な叫びが、争いの爪痕が残る廊下に響き渡る。


 栄一郎の亡骸を前に涙する守哉を、忠幸は呆然と見つめていた。

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