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かみかみ  作者: 明日駆
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第46話 “抱えていた異物”

 汚れた白衣を翻し、宇美は自分に与えられた部屋へ入る。


 相変わらず薄暗いその部屋は、無数のコンピュータが部屋を埋め尽くすほど置かれている。部屋の真ん中に置かれた椅子に座った宇美は、古めかしいキーボードを引っ張り出した。幾つかのキーを叩くと、目の前のモニターに様々なデータが表示される。


F60(フロアシックス・ゼロ)墓場(グレイブヤード)に覚醒反応……?どういう事?」


 モニターを操作し、データの詳細に目を通す。映し出されたデータを見て、宇美は驚いて目を見開いた。


「覚醒したのは777番の試験管(テストチューブ)……まさか、拠り代777号が目を覚ましたっていうの?あれだけ肉体の崩壊が激しい拠り代が……」


 更にモニターを操作する。モニターの一つに、巨大な水槽とその水槽の中に浮かぶ少女の姿が映し出された。


「この拠り代が最後に目を覚ましたのは代替実験が失敗した後、試験管(テストチューブ)に入れられて約600秒経過した後の420秒間……。おかしいわ、何故今になって……」


 不意に、宇美は顔の右半分を覆う眼帯を押さえた。自分の右目を失わせた少年の姿を思い出し、憎悪で顔が醜く歪む。


「そういえば、鯨田がエージェントE78を拘束したのもF60だったわね……。まさか、あのクソガキが何かしたっていうの?」


 ぎりぎりと歯ぎしりする。心の奥底から溢れ出る憎悪が止まらない。憎悪は怒りへと変化し、宇美から知性と理性を失わせていく。


「あのクソガキ……どうしようもないほどのクズね!神代以上の役立たずだわ!私の右目を壊したばかりか、私の研究の邪魔をするなんて!」


 苛立って足元に置かれたサーバーを蹴る。何度も何度も蹴る。壊れるのではないかというほど蹴ってもサーバーはビクともしなかった。

 宇美は頭をかきむしると、突然顔をうつむかせた。


「そうだわ……。あのガキも同じ目に遭わせてやる……。右足と一緒に、右目も引き裂いてやる……!そして、それを私が頂くの。そうよ、そうしないと割に合わないわ……。……ふ……ふふ……!」


 暗い笑みを浮かべ、呟く。


 口元からよだれが垂れ、残された左目からは涙が溢れ出てきたが、宇美はひたすら呟き続けた。



  ☆ ☆ ☆



 周囲の光が眩しくて、守哉の意識は覚醒した。


 ゆっくりと目を開けると、最初に見えたのは白い天井だった。身体を起こそうとするが、手足を縛られているのか身動きがとれない。仕方なく首だけ動かして周囲を見回すと、壁際で丸椅子に座る栄一郎と目が合った。にやりと笑った栄一郎は、身を乗り出して顔を近づけてくる。


「目が覚めたみてぇだな、未鏡守哉ぁ」

「……ここは……?」

磐座機関(いわくらきかん)本社ビルの62階だぁ。この部屋は一時的にお前を拘束しておくために用意された部屋さぁ。ま、窮屈だろうが、しばらく我慢してくれやぁ」


 そうはいかない。このままここに居ては何をされるかわかったものではない。守哉は言魂を発動しようとイメージを練り上げようとして―――失敗した。

 イメージが定まらない。頭がくらくらして、気分が悪い。


「……お、俺に、何を、した……」

「アルコールを静脈注射しただけだぁ。酔っ払ってるだけだよ、お前はぁ。さすがのお前でも酔っ払ってちゃ言魂は使えねぇだろぉ?」


 何度もイメージしようとしたが、うまくいかない。守哉は仕方なく酔いが醒めるまで待つ事にした。


「そうそう、人間諦めが肝心だぜぇ。ま、悪いようにはしねぇからよぉ、気楽に構えときなぁ」


 満足げにうなずき、栄一郎は顔を離した。……と、思ったらまた顔を近づけてきた。


「そういやよぉ、何でおめぇ逃げ出したんだぁ?おかげで俺の仕事が増えちまったじゃねぇかよぉ」


 栄一郎の顔が必要以上に近づき、守哉は顔をそむけた。


「あの女が……俺に、何か……しようとしたからだ……」

「あの女ぁ……?ああ、拓羅の事かぁ。いや、そいつはすまねぇなぁ。あのクソ女はよ、人を実験動物みてぇに扱いやがるからなぁ。どうりで右足に不自然な裂傷があるわけだぁ」

「あいつ……俺に何をしようと……」

「アンテナの情報回収作業だろぉなぁ。ったく、あれだけ注意したってのに、まだあの乱暴なやり方してやがんのかぁ。今度、注意してやらんとなぁ」


 憤慨そうに顔をしかめる栄一郎。鼻息が耳に当たり、守哉は不快感をあらわにした。


「おい……顔、近いぞ……」

「そう言うなよぉ。こうしなきゃ会話が外の連中にバレちまうんだからよぉ」


 外の連中。どういう事だ……?


「まぁ、お前はあんまり気にしなくていいぜぇ。それより、何か聞きたい事はあるかぁ?俺に答えられる事は何でも話してやるよぉ」


 聞きたい事と言われても、アルコールのせいで頭がうまく回らない。聞きたい事が思いつかなかった。

 しかし、先ほどの栄一郎の言葉の中に気になる単語が幾つかあった。


「……アンテナって……なんだ」


 守哉の言葉に、栄一郎は驚いたように目を見開いた。


「ありゃ、そんな事も知らされてねぇのかぁ。……まぁいいや。アンテナってのはなぁ、神奈備島に送り込まれるエージェントの肉体に埋め込まれた特殊なバイオインプラントの事だぁ。エージェントの身体情報を常に磐座機関本社ビルのコンピュータに送信してんだよぉ。ちなみに、エージェントってのはよぉ、俺達みてぇな島の外から島へ送り込まれた人間の事を言うんだぜぇ、未鏡守哉ぁ」


 バイオインプラント。確か、つい最近実用化された医療器具で、障害者の身体に埋め込んだり、義手や義足として装着する事で身体機能を補うとかいう、画期的な生体コンピュータの事だ。


 ―――ん?埋め込まれてる―――?


「エージェントのコードネームはよぉ、アンテナの埋め込まれた箇所と製造番号で決まるんだぁ。俺の場合は頭だからBナンバー、お前の場合は右足だからEナンバーだぜぇ。んでもって、俺はBナンバーの48個目のアンテナを埋め込まれてるからエージェントB48だぁ。お前はEナンバーの78個目だから―――コードネームはエージェントE78ってわけだなぁ」

「ちょ……ちょっと待てよ……。じゃあ、俺の……右足が痛むのは……」

「右足に埋め込まれたアンテナがお前の身体機能を阻害してるんだよぉ。お前、その右足の痛みはなんて伝えられてたんだぁ?」

「医者が……手術中の……ミスって……」

「そりゃ嘘だなぁ。今の時代、手術ミスなんてまずありえねぇ」


 守哉はがく然とした。だから治癒の言魂が効かなかったのか。


「じゃあ……治癒の言魂が効かなかったのは……」

「治癒の言魂は恐ろしく強力な力だがなぁ、それにしたって限界があるんだよぉ。俺達の身体に埋め込まれたアンテナは直径3cmもあるんだぁ。あらゆる不純物を浄化する治癒の言魂でもよぉ、アンテナはちと大きすぎたんだなぁ」

「でも……身体強化の……言魂の時は……」

「身体強化の言魂で痛みがなくなるのはなぁ、言魂が神和ぎの戦闘機動(コンバット)を妨げる要素を遮断してるからなんだよぉ。痛くて戦えない、なんて事ないようになぁ。いくら痛みが消えててもよぉ、身体の負担だけはきちんと溜まってるんだなぁ、これがよぉ」


 そんな。そんな、バカな。あの医者は嘘をついていたのか。いや、誰に嘘をつかされていたのか。


「一体……誰が……!俺に、そんな……ものを……!」

「決まってるだろぉ、未鏡家さぁ。神奈備島を研究するための組織である磐座機関を管理してるのもやつらだぁ。まぁ、今となっちゃぁ、磐座機関を管理してるのは未鏡家じゃなくて白馬の野郎だがなぁ」


 白馬。あの男が黒幕なのか。

 いや、それ以前に、これから自分はどうなるのだろう。また、右足を切開されるのか。


「俺は……これから……どうなる……」

「今、お前のアンテナはちと壊れてるからなぁ……たぶん、アンテナの情報回収作業をする事になるだろぉなぁ。アンテナの情報回収はなぁ、エージェントに麻酔ぶち込んだら正確な情報が取れないらしいからよぉ、全身麻酔どころか局所麻酔さえ使えねぇからさぁ、相当痛い思いをする事になるぜぇ」


 また宇美に右足を裂かれる事を考えるとぞっとする。いや、さっきの宇美の状態からすると、それだけでは済まないかもしれない―――


「くそ……!こんな、ところで……俺は……!」

「おいおい、やめとけってのぉ。今のお前に言魂は使えねぇんだからよぉ」


 集中する。ばらばらになった思考を必死でかき集め、何とか形を整えようとする。

 しかし、どうやってもうまくいかない。頭がぐらつく。吐き気まで襲ってきた。


「何度やっても無駄だってのぉ。まともにイメージできねぇんじゃあ、言魂は使えねぇよぉ」


 栄一郎の声が聞こえる。しかし、諦める気はない。ここで諦めたら、また嫌な思いをする事になる。

 イメージだ。イメージするんだ。手足を縛る何かを破壊するイメージを。その何かはわからないが、それでもやるんだ。なんとかして、この縛めを壊すんだ―――!

 集中。集中。集中―――そして、守哉の頭の中に一つのイメージが形を成した。


「―――解け、ろ……」


 呟きが口から漏れる。イメージを孕ませたその呟きは言魂となり、守哉の手足を縛っていたベルトに亀裂を奔らせていく。


「おいおい、嘘だろぉ……!?」


 栄一郎の驚いた声が聞こえる。開放された後の事など何も考えず、ひたすら集中する。


 もう少しだ、もう少しで―――


「何をしている」


 不意に。


 不意に、部屋の中に響いたその声に、守哉の集中は途切れた。

 声のした方へ目を向けると、そこにいたのは全身白ずくめの男。無表情に、絶対零度の視線をこちらへ向ける、異質な人間―――


「……未鏡……白馬……!」

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