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かみかみ  作者: 明日駆
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第45話 “突貫、鯨田栄一郎”

 白衣をはためかせ、栄一郎が突進してくる。


 守哉は咄嗟に身体強化の言魂を発動し、両手を交差させた。更に平行して発動した言魂が、守哉の周囲に風の壁を張り巡らせる。

 次の瞬間、交差させた両手の真ん中に栄一郎の拳が当たった。衝撃で身体が揺れるが、守哉は後ずさりさえしない。


「へっ、やるじゃねぇかぁ、未鏡守哉ぁ!」


 楽しそうに笑う栄一郎は、一旦後ろに下がると左足を後ろに滑らせ、何かを呟くと身体を大きく捻らせた。

 栄一郎が何かしようとする前に守哉は動いた。右手を力強く握り、イメージ。後は放つだけ―――


「―――うおらぁっ!爆弾パァンチ!」


 守哉の拳が栄一郎の腹にめり込んだ。瞬間、言魂が発動し爆風が巻き起こる。大きく吹き飛ばされた栄一郎は、空中で身体を捻って華麗に着地した。


(くそ……全然効いてねぇ)


 言魂が直撃したにも関わらず、栄一郎の身体にはまったく外傷がなかった。但し、言魂が直撃したスーツのお腹には焼け焦げた大きな穴が開いている。

 栄一郎は自分のお腹を見つめ、呆れ顔で言った。


「おいおい、俺の一張羅になんて事してくれんだよぉ。お前、このスーツいくらしたと思ってんだぁ?」

「知るか。そんな悪趣味なスーツ着てる方が悪い」

「言うねぇ。でもまぁ、つい油断しちまった俺も悪いわなぁ。まさか、俺の拳を受けてびくともしないとは思わなかったんでねぇ」


 にやにやと笑いながら栄一郎はファイティングポーズをとった。その左手が僅かに光を発している。


「だがなぁ―――次は、受けきれねぇぞ?」


 再び栄一郎が突進してきた。先ほどよりも速い―――気づいたら、懐に入り込まれている。守哉は咄嗟に身を捻るが、間に合わない。栄一郎の左手が守哉のみぞおちを突いた。


「………!」


 うめき声さえ出ない。既に迎撃するイメージは完成しているのに、声が出せなければ言魂が発動できない。守哉は大きく後ろに吹き飛び、水槽の一つに激突した。水槽にヒビが入り、中の液体が守哉を濡らす。

 栄一郎が追撃してくる。守哉は咄嗟に立ち上がると、水槽のヒビに右手を当てた。言魂を発動し、ヒビから漏れる液体が一瞬で固体に変化する。同時に平行して言魂を発動し、目の前に分厚い風の壁を作り出した。

 栄一郎の拳が迫る。守哉は右手を振りぬくと、栄一郎の拳を受け止める。それを見て、栄一郎は驚いたように僅かに目を見開いた。


「ほぉ……やるじゃねぇかぁ」


 守哉の手には、いつの間にか透明なナイフが握られていた。水槽の液体を固体化させたのである。

 しかし、栄一郎はそのナイフの刃を拳で受け止めている。その手には傷一つついていない。


(どうなってんだ、一体!?)


 守哉の額に冷や汗が垂れる。爆風でも、ナイフでもダメージを与えられない。


 言魂が―――通用しない!?


「だがな、未鏡守哉ぁ……お前は言魂の基本的な事しかできちゃいねぇんだよぉ」


 栄一郎は左手を突き出したまま右足を後ろに滑らせ、何かを呟いて身体を大きく捻らせた。今度は右手の拳が光だし―――そのまま、右手でナイフを殴った。

 守哉のナイフが砕け散る。守哉は咄嗟にナイフを手放すと、その場を飛び退いた。床を転がり、素早く体勢を立て直す。栄一郎の拳はナイフを壊すだけに止まらず、目前の水槽さえも叩き割った。

 拳を戻し、栄一郎はゆっくりと守哉の方へ振り返る。その目は赤く充血していた。


「さっきのパンチはよかったぜぇ。爆弾パンチ、だったか?いい縛名(ばくめい)だぁ。物質具現化まで織り交ぜてるところ、お前には言魂のセンスがあるみたいだなぁ」

「縛名……?」

「何だ、知らずに使ってたのかぁ?お前、マジで言魂の天才かもしれねぇなぁ」


 栄一郎が構える。守哉は言魂を発動しようとして―――不意に、視界がぐらついた。


「な―――」

毒鎧(どくがい)……結構効くだろぉ?もうしばらくしたら毒が体中に回って死ぬ事になるぜぇ。降参するなら命だけは助けてやるが、どうするよぉ?」

「誰が降参なんざするか!」


 身体強化の言魂を上乗せする。爆発的に身体能力が上昇し、一足で栄一郎に接近する。両手の拳を力強く握り、右手で下から突き上げるように顎を狙う。命中。しかし栄一郎はビクともしない。続く左手の拳は受け止められた。栄一郎の空いた左手が動く。狙いは頭だ―――咄嗟に首を反らしてかわす。同時に身体を捻らせて相手の懐に潜り込み、栄一郎の腹の穴目掛けて肘鉄をかました。栄一郎の巨体が僅かに浮き、その目が驚きで見開かれる。


「―――うぉらあっ!!!」


 更に身体を捻らせ、捻った勢いで拳を放つ。放った拳は栄一郎の腹の中心で爆発し、爆風が栄一郎を襲う。たまらず吹っ飛ばされた栄一郎は水槽の一つに激突するように見えた―――が、激突する寸前で体勢を立て直し、両足から水槽に着地した。そのまま両足で水槽を踏み抜き、守哉の方へ突進する。


「くっ……!」

「あめぇんだよぉっ!!」


 咄嗟に言魂を発動しようとして―――突然、頭痛に襲われた。痛みで集中力が乱れ、言魂の効力が消える。途端に守哉の右足に激痛が奔り、体勢を崩して膝をついた。


 しまった、と思った時にはもう遅い。栄一郎の拳がみぞおちに直撃し、守哉の視界は暗転した。



  ☆ ☆ ☆



「鯨田がエージェントE78を拘束しました。現在、回収班を向かわせています」


 淡々とした七子の声が部屋に響く。宇美はそれを無表情で聞いていた。

 宇美は右目に巻かれた包帯に手を伸ばした。応急処置にすぎないため、包帯には大量の血が染み込んでいる。包帯に触れると、滲み出た血で指が濡れた。


「……すぐにこっちへ連れて来て」

「すぐにはできません。拘束時にエージェントE78が抵抗したため、鯨田が毒鎧を使ったようです。まずは、エージェントE78の身体に感染した毒を抜く必要があります」

「その必要はないわ。代わりはいるんでしょう?ねぇ、白馬」


 宇美の左目が後ろへ向けられる。壁に背を預けて目を閉じていた白馬は、ゆっくりと目を開けて答えた。


「いや、事情が変わった。エージェントE78は今後最重要サンプルとして扱う」

「どうして!?あんた、代えはきくって言ってたじゃない!」

「事情が変わったと言った」

「どういう事情よ」

「あれは百代目だ。タイムリミットまで後一代しかない」


 宇美の目が驚きに見開かれる。モニターに映る気絶した守哉を睨みつけ、拳を握り締めた。


「……あれは、私の右目を壊したのよ。許せないわ」

「お前の不手際だろう。自業自得だ」

「不手際も何も、アンテナから情報を回収したいって言ったのはあんたじゃない!そのために全身麻酔も局所麻酔も使えなかったのよ!?」

「そうせざるをえないようアンテナを作ったのはお前だろう」

「そうするしかなかったのよ!命令するだけのあんたなんかに科学者の努力なんてわからないかもしれないけどね!」


 ヒステリックに叫ぶ宇美。その右目の包帯は血で真っ赤に染まり、吸収しきれなかった血が首まで伝っていた。

 七子は恐る恐る宇美に目を向けた。


「あの……やっぱり、先に治療した方がいいのでは……」

「あんたは黙ってなさい、この役立たず!大体、あんたがうまくアイツを騙さないからこういう事になったんでしょうが!」

「そ、そんな……。私は、ただ言われた通りにしただけで―――」


 宇美の左目がつりあがる。怯えて身をすくめた七子の髪を掴み上げた宇美は、恐怖に顔を歪めた七子に顔を近づけた。


「あんた、私専属の研究員になれたからって、調子に乗ってんじゃないわよ」

「い、痛い……!痛いです主任……!」

「あんたの代わりなんていくらでもいるんだから。なんなら、今すぐあんたを代替実験に使ってもいいのよ?ま、失敗するでしょうけど」


 宇美は女性とは思えないほど力が強かった。そのまま七子を持ち上げると、壁に向かって投げ飛ばす。


「あぐっ……!」

「ふん……無様な女。まぁいいわ。今後は口答えはしない事ね。じゃないと、あんたもあんたの妹も死ぬ事になるんだから」


 宇美は七子を一瞥すると、部屋を出て行こうとした。出て行く直前に白馬の目が向けられ、宇美は心底嫌そうな顔を白馬に向ける。


「目の治療をしに行くのよ。なんか文句ある?」

「終わり次第、アンテナの情報回収作業を行え。いいな」

「……わかってるわよっ!!!」


 苛立ちをあらわにして答えた宇美は、さっさと部屋を出て行った。白馬はしばらく無言で床に横たわる七子を見つめ、その後何も言わずに退出した。

 一人になった七子は、ゆっくりと身体を起こして乱れた髪を整えた。椅子に手をかけて立ち上がり、モニターの一つに目を向ける。


「……無様よね、あなたも、私も」


 そこには、担架で運ばれていく守哉が映っていた。



  ☆ ☆ ☆



 自分に与えられた部屋の中、栄一郎はベッドに寝転んで目をつむっていた。


 眠っているわけではない―――ただ、目をつむって休んでいるだけだ。先ほどの戦闘で目にかかった負担は思いのほか大きく、今は目を開く事さえ難しい。

 毒鎧の効力が切れた途端にこれだ―――と、栄一郎は自分を情けなく思った。

 不意に、部屋の扉が開いた。誰かが入ってくる……この気配は、恐らく白馬だ。


「エージェントE78の身体に感染した毒の進行は止まった。後はお前が毒を取り除くだけだ」


 相変わらず淡々と話す白馬に、栄一郎はため息をつきたくなった。この男と話していると、心が滅入るのである。

 動こうとしない栄一郎に焦れたのか、白馬は催促するように言ってきた。


「どうした、早く行け」

「うるせぇな、見てわかんねぇのかよぉ。俺は休んでるんだ、後にしやがれぇ」

「命令に逆らう気か」

「ちげぇよ、タコォ。こちとら、あんたらがやらかした実験で身体の調子が悪いんでね、魔闘術を使った後はしばらく休まにゃならんのよぉ」


 ひらひらと手を振りながら言う。しかし、白馬は納得していない様子だった。


「信じられんな、お前ほどの男が言魂一つでダウンするとは」

「信じるも何も、見りゃわかるだろぉ。少しは察してほしいもんだねぇ」

「それほどまでにエージェントE78は強敵だったか?」

「否定はしねぇよぉ。俺自身、ずいぶん身体が鈍ってた事も疲労の要因だが……それ以上に、未鏡守哉の一撃には重みがあったのさぁ。あいつはさぁ、鍛えりゃ強くなるぜぇ」


 その言葉に嘘はない。実際、本来なら毒鎧は一撃当たった時点で並大抵の人間は身動きができなくなるほど強力なのだ。しかし、守哉は毒に感染しているにも関わらず戦闘を続行する事ができた。最後に体勢を崩したのは―――恐らく、精神力に限界がきたのだろう。無理もない、あれだけ言魂を平行して発動していたのだから。

 それを言うと、白馬は珍しく―――実に珍しく、僅かに顔をしかめた。


「……あの愚か者の息子が、それほどまでに強いとは……信じられんな」

「なんか言ったかぁ?」

「いや。とにかく、休養をとったらすぐに行け。場所はいつものところだ」


 そう言うと、返事を待たずに白馬は部屋を出て行った。

 白馬の去った後、僅かに目を開いた栄一郎は、不意にスーツの腹部に開いた穴を見つめた。


「……これ、直してもらえんのかなぁ。まったく、経費出なかったら弁償してもらうぞ、未鏡守哉ぁ」


 憎たらしげに呟くその顔には、心底楽しそうな笑みが浮かんでいた。

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