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かみかみ  作者: 明日駆
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第44話 “水槽の少女”

「守哉~まだ寝てんの~?……って、あれ?」


 七美が客室の扉を開けると、そこにはベッドで熟睡する忠幸しかいなかった。

 室内を探し回っても守哉の姿はない。七美は容赦なく忠幸を叩き起こすと、首を掴んで持ち上げた。


「ねぇ、忠幸君。守哉はどこよ?」


 突然首を締め上げられてもがく忠幸。さすがにこれじゃ喋れないか、と思い七美は手を放した。


「げほっ!ごほっ……!と、突然何するんだよ、七美さん!」


 首をさすりながら恨めしそうに七美を見上げる忠幸。その首には若干指が食い込んだ跡が残っている。


「守哉の姿が見えないから、どこに行ったのか聞こうと思って。悪い?」

「悪いよ!つか、力強すぎだろ!?なんだよこれ、指の跡が残ってるじゃないか!」


 備えつけの鏡で確認しながら自分の首を指差す忠幸。七美はばつの悪そうな顔で自分の手首を指差した。その手首にはうっすらと文字が書かれている。


「ごめんごめん。ちょーっと呪法で握力上がってたから」

「ごめんで済むか!あやうく死ぬところだったぞ!?」

「いやホント、悪いとは思うわよ。でもさ、これを試すちょうどいい機会だったし……まぁいいかなって」

「俺で試すな!自分で試せよ、そんなの!」

「他人で試した方が効果がわかりやすいのよ。それより、守哉は?」

「守哉なら、今日は朝から出かけるって昨日言ってただろ。聞いてなかったのか?」

「そういえばそんな事言ってた気がするわ。どこ行ったのかしらね?」

「知らないよ。でも、七子さんと一緒だったな。なんか、車でどっか行ったみたいだけど」


 ちなみに、車は神奈裸備島と行き来するためのバス以外、神奈備島にはない。また、神奈裸備島でも個人で車を所有する事はできないため、神奈裸備島で一般に使われている乗り物は自転車か原動機付自転車に限られている。


「車って事は、仕事関係かな?でも、何で守哉だけなのかしら」

「知らないよ。それより、今日はどうするんだ?」

「そうだった。やっぱり、今日は男女別々に行動しましょ。じゃないと入りづらい店もあるしね」

「わかった。それじゃあ、俺は守哉が帰ってくるまでここで待っとくよ」

「オッケー。じゃ、また後でね」


 ひらひらと手を振りながら七美が部屋を出ると、ハンドバッグを肩に下げた七瀬が待っていた。


「待たせたわね。じゃ、行くわよ」

「……かみやは?」

「七子姉の用事が終わり次第ホテルに戻ってくるみたい。それから忠幸君と島を回るんじゃない?」

「……そっか」


 複雑な表情でうなずく七瀬。それを見て、七美は七瀬の肩をぽんぽんと叩いた。


「何よ、心配そうな顔して。大丈夫な人よ、忠幸君は。あんたが思ってるような事は絶対ないって」

「……ううん、そうじゃなくて」

「ん?なら何が心配なの?」

「……七子おねえちゃん、なんでかみやだけ連れて行ったのかなって」


 不安そうにワンピースのすそを握り締めながら呟く七瀬。

 七美は快活に笑うと、七瀬の手を握りながら言った。


「それこそ大丈夫じゃない。ほら、いつまでも暗い顔してないで、行くよ七瀬」

「……うん」


 七美に手を引かれ、歩き出す七瀬。

 

 しかし、七瀬の心の中に芽生えた不安は現実のものとなりつつあった。



  ☆ ☆ ☆



「あああああっ!!!目がぁぁぁっ!!!」


 部屋中に宇美の絶叫が響く。守哉は呆然と右目を押さえてもがき苦しむ宇美を見つめた。

 宇美がメスで守哉の右足のふくらはぎを裂いた瞬間、咄嗟に言魂を発動させてベルトを外したのである。その時に跳ね上がった右足がメスを蹴り飛ばし―――運悪く宇美の右目に刺さってしまったのだ。


「痛いっ!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!」


 ごろごろと部屋の床を転がる宇美。それを見て我に返った守哉は、言魂で手足を縛っていたベルトを外した。

 恐る恐る、手術台から降りて宇美に近づく。


「だ……大丈夫か?」


 宇美を助け起こそうとして右手を差し出した瞬間、宇美は差し出された右手を掴んだ。


「っ!」

「お前……!よくも……よくも私の目に……!」


 右目を押さえながら守哉を睨みつける宇美。ぎらぎらと光る左目には憎悪が渦巻いている。

 守哉は咄嗟に掴まれた右手を振り解こうとするが、宇美は女性とは思えないほど握力が強かった。


「は、放せ……!」

「放さないわ……。あんたも、同じ目に遭わせてやる……!」


 宇美は手術台の横にあった器具の中から血まみれの右手でメスを掴み取り、立ち上がった。メスを大きく振りかぶり、守哉の右目目掛けて振り下ろした瞬間―――


「―――砕けろっ!」


 守哉の言魂が宇美の持つメスを粉々に砕いた。一瞬宇美が怯んだ隙に手を振り解き、出口へ走る。


「逃がさないわよっ!」


 宇美は咄嗟に部屋の扉を閉めようとするが、守哉の方が速い。閉じようとする扉の隙間に身体を滑り込ませて部屋から脱出すると、振り返って扉を言魂で固定する。これで、守哉の集中力が持つ限りこの扉は開かない。

 薄暗い部屋の扉を蹴破り、外へ出た。身体強化の言魂を発動し、先ほど来た道を逆走する。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 思わず逃げてしまった。まだ扉を固定する言魂は維持している。宇美は助かるだろうか―――

 ぼんやりとそう思いつつ、エレベーターへ向かう。ボタンを押してエレベーターを待つが、しばらく待ってもエレベーターは来る気配がない。仕方なく辺りを見回すと、この階の見取り図を発見した。現在位置を確かめて、見取り図を指でなぞる。

 エレベーターのある場所の反対側に階段があった。急いで来た道を引き返す。身体強化の言魂を発動しているにも関わらず右足が痛んだが、守哉はそれを無視した。

 しばらくして廊下の突き当たりについた。よく見れば壁の一部が開くようになっているが、取っ手は見当たらない。舌打ちして言魂を発動する。


「―――砕けろっ!」


 守哉の言魂が壁を破壊した。その先には階段がある。急いで駆け下りていくが、ここは67階。そう簡単にこのビルから脱出する事はできないだろう。

 しばらく階段を下りていると、途中で階段が途切れていた。壁には60階と書かれている。


「くそっ、これって非常階段じゃないのかよ!」


 辺りを見回すと、扉があった。今度はドアノブがある。扉を開くと、白い空間にパイプのようなものがところ狭しと張り巡らされていた。中からは蒸気が噴出すような音が聞こえてくる。

 迷っている暇はない。扉をくぐり、白い空間を横切っていく。パイプが邪魔で思うように先へ進めなかったが、一応道自体はあるようだった。先へ進んでいくとまた扉を発見し、ドアノブを捻って扉を開けると―――そこには、不気味な空間が広がっていた。


「なんだこれ……」


 思わず呟きが漏れた。

 守哉が開けた扉の先には、巨大な円筒形の水槽が無数に並べられていた。辺りには薬品の臭いが漂っている。

 恐る恐る先へと進む。水槽の中を見ると、中にはチューブで繋がれた裸の人間が浮かんでいた。性別はまちまちで、守哉から見て右側に男性が、左側に女性が入った水槽が置かれているようだった。

 あまりにも異様な光景。真っ青な顔で先へ進んでいると―――部屋の奥に、他の水槽よりも巨大な水槽が置かれていた。


「なんだこれ……。人体実験でもしてるっていうのか?」


 目の前の巨大な水槽に手を触れる。水槽の中には小さな女の子が浮かんでいた。

 女の子の姿は他の人間よりも異様だった。髪の毛がない。左手がない。身体のあちこちに穴が開けられ、そこに大きなチューブが何本も通されている。左肩の断面からは血管のようなものが何本も飛び出し、水槽の中で揺らめいていた。

 しばらく呆然と水槽の女の子に目を奪われていると、突然、守哉の身体が跳ねた。


「なんだ……!?」


 驚いて辺りを見回す。気づいたら、水槽の群れは姿を消していた。ただ一つ、巨大な水槽だけが守哉の目の前に鎮座している。

 何が起こったのかわからない。ただ、広大で真っ白な空間に自分と巨大な水槽だけが取り残されていた。


(―――あなたは―――)


 不意に、守哉の頭の中に声が響いた。若い―――小さな、女の子の声。

 守哉は直感的に水槽の女の子の声だと思った。


(―――あなたは、誰?―――)


 その声には若干、怯えのようなものが含まれている。守哉はなるべく優しい声で答えた。


「俺は、未鏡守哉。色々あってここに来たんだ」

(―――色々って?―――)

「……なんか、その……手術みたいなものを受けさせられそうになったから、咄嗟に逃げてきたんだ」


 守哉の答えを吟味しているのか、女の子はすぐには答えなかった。


(―――もしかして、あなたも、なの?―――)

「あなたも、ってどういう事だ?もしかして、君は……」

(―――私はちょっと違う。あなたがされた事よりも、もっと酷い事をされたの―――)


 それは見ればわかる。守哉は拳を強く握り締めた。


「……わけわかんねぇよ。いきなり連れて来られて手術されそうになるし、変な部屋は見つけるし……。なぁ、この部屋は何なんだよ?何で君はそんな姿でここにいるんだ?」


 守哉の問いに、女の子は微笑んだ―――ような気がした。


(―-―ここは、代替実験(だいたいじっけん)に失敗した拠り代達の墓場。私達は、彼らに輪廻(りんね)を破壊されたの―――)


 代替実験。拠り代。彼ら。輪廻。わけのわからない事ばかりだ。

 守哉が渋い顔をしていると、


(―――あなたも、拠り代なの?―――)

「拠り代……?なんだよ、それ」

(―――知らないの?じゃあ、何故あなたはここにいるの……?―――)

「それは俺が知りたいくらいだよ。それより、君は誰なんだ?」


 水槽の中で気泡が弾け、女の子を繋ぐチューブが揺れた。


(―――私は、七乃(ななの)神代七乃(くましろななの)―――)

「神代……!?」


 その言葉に、守哉は驚愕した。

 神代。という事は―――七瀬の、妹?


「お前、七瀬の妹なのか!?」

(―――!お姉ちゃんを知ってるの……!?―――)

「ああ。それより、どうしてこんなところに七瀬の妹が―――」


 不意に、守哉の頭の中に悲鳴のような女の子の声が響いた。


(-――いけない……!逃げて!―――)

「え?」


 突然、守哉の視界が真っ白になった。気づいたら、守哉は先ほどと同じ場所にいた。周囲には無数の水槽が並べられ、薬品の臭いが辺りに満ちている。


「よぉ。こんなところで何してんだぁ、未鏡守哉ぁ」


 その声に振り向くと、そこにはいつの間にか鯨田栄一郎がいた。いつものシャツとブリーフではなく、白いスーツに身を包み、白衣を身に纏っている。

 栄一郎は酷薄な笑みを浮かべ、言った。


「見られちまったもんはしょうがない。大人しく―――死ねや」


 瞬間、栄一郎は動いた。

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