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かみかみ  作者: 明日駆
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第43話 “狂気の片鱗”

 翌朝。


 約束通り、七子は9時に迎えに来た。未だに寝ている忠幸は放っておく事にした守哉は、手早く準備を整えて客室を後にした。


「それじゃ、行くわよ」


 ホテルの前に停められていた軽自動車に守哉が乗り込んだところを見て、運転席に座る七子は言った。

 ゆっくりと車が動き出す。車内の中を見回し、守哉は不思議と懐かしさを覚えた。約一ヶ月ぶりだろうか、車に乗るのは。


「昨日はあの後どうしたの?」


 運転しながら七子は言った。時折車が不安定に揺れる。どうも七子はあまり運転が得意ではないらしい。冷や汗を垂らしながら守哉は答えた。


「別に、普通に観光しましたよ。結局、何も買わなかったのは俺だけだったけど」


 その他にも色々あったが、そこは伏せる事にした。


「どうして何も買わなかったの?」

「買いたい物がなかったからですよ。お金もあんまりないですし……」


 くすっ、と七子は笑った。自分は何か笑われるような事を言ったのだろうか、と思い、守哉はバックミラーに映った七子を見つめた。

 それに気づいたのか、七子は口元を押さえながら言った。


「ごめんなさい。あなたが妙に礼儀正しいものだから、ちょっと可笑しかっただけよ」

「いけませんか?」

「別に、いけないってわけじゃないわ。ただ、聞いていたイメージと全然違うものだから、ちょっと驚いてるだけ」

「聞いていたイメージ……」


 不意に、守哉は昨日の七瀬が不思議そうにしていたのを思い出した。七子宛てに書いた手紙には守哉の名前を書いていなかったにも関わらず、七子は守哉の名前を知っていた。七瀬はその事をずいぶん気にしていたが……

 守哉が不審がっているのを感じたのか、七子は慌ててつけ加えた。


「七瀬から聞いたのよ。あなた、あんまり目上の人に敬語を使ったりしない人だって聞いたから。優衣子ちゃんやトヨバアには普通にタメ口だって」

「……別に、敬意を払う相手を選んでるだけです。それより、優衣子さんと知り合いなんですか?」

「そうよ。優衣子ちゃんはね、私の同級生なの。お互い、今年で21になるのかしら。懐かしいわね~」


 意外と若かったんだな、と思いながら優衣子の事を思い出した。守哉は優衣子を20代後半だと思っていたのである。


「優衣子ちゃん、元気にしてる?」

「ええ……まぁ。今は磐境寮の寮長をやってます」

「それは知ってるわ。でも、そう……。元気にしているのね。それは良かったわ」


 車は順調に走っている。どうやら島の中心部にそびえ立つ巨大なビルへ向かっているようだった。


「あの……もしかして、あのビルへ向かってるんですか?」

「そうよ~。私の職場なの。大きいでしょう?島の外でもあそこまで大きいビルはほとんどないと思うわ」

「島の外に出た事があるんですか?」

「いいえ、なんとなくそう思うだけ。いけないかしら?」

「いえ……」


 曖昧に守哉は答えた。七子は自分の職場だと言った。何故、七子は自分を職場へ連れて行こうとしているのだろか。

 嫌な予感がした。この予感は、昨日からずっと感じているものだ。

 バスの中で見た夢を反すうする。神様の言葉が繰り返し頭の中でリピートされ、思考が混濁していく。


 ―――ただ、この島について知ってほしいのだ―――


 何故だ。何故、今この言葉を思い出す。


 ―――神奈裸備島には真実がある―――


 真実。真実とは何だ?何の真実なんだ?

 教えてくれよ、神様。俺には何の事だかわからないよ―――


「さぁ、着いたわよ。降りて、守哉君」


 気づけば、いつの間にか車はビルの前で停まっていた。その言葉に我に返った守哉は、頭を振って思考を振り払いながら車を降りた。

 目の前には巨大なビルがある。七子の職場だというビル。神奈備島の沖合いにある開闢門と同じくらいの大きさだ。


「さぁ、こっちよ。私についてきて。ビルの中は広くて入り組んでるから、ちゃんとついてこないと迷子になるわよ?」


 七子の後に続いてビルの中へと入る。

 美しく、広大なロビーが最初に守哉達を出迎えた。大理石の床には不思議な紋様が刻まれており、それ自体が一種のアートのように思える。壁には巨大なステンドグラスがはめ込まれ、天井にはシャンデリアが吊るされている。まるで宮殿のようだ、と守哉は思った。

 七子と共に真っ直ぐロビーを横切り、エレベーターの前に立った。一瞬、寮のエレベーターを思い出して身構える守哉だったが、エレベーターは当たり前のように二人の前で止まり、扉を開いた。頭をかきながら守哉がエレベーターに乗りこんだのを見て七子も乗り、67階のボタンを押した。

 軽いGが身体にかかり、二人を乗せたエレベーターは上へ上へと昇っていく。特に会話はない。ふと守哉が七子を見ると、その横顔は険しく、額には冷や汗が垂れていた。


「自分の職場に行くのって、そんなに緊張するものなんですか?」


 守哉は七子を気遣ってそう言ったつもりだったが、七子は何も言わなかった。

 沈黙が続いた。エレベーターは守哉と七子以外の人間を乗せる事なく、ひたすらに67階を目指して昇っていく。

 そして、頭上の階層を示すランプが67階を示し、エレベーターが止まった。


「……さぁ、着いたわよ。降りて」


 そう言う七子の声はかすれていた。顔は蒼白で、足が小刻みに震えている。

 守哉は恐る恐る聞いた。


「大丈夫……なんですか?」

「何が」

「何がって……その」

「いいから降りて。何も言わずに……」


 顔をうつむかせ、七子は言った。どうやら七子は降りないつもりらしい。仕方なく先にエレベーターから降り、辺りを見回した。

 エレベーターの前には一直線に廊下が広がっていた。その左右に幾つも扉があり、その光景が廊下の端が見えないほど続いている。

 そして何より、全てが白で統一されていた。壁も、床も、天井も、扉も、全てが白い。蛍光灯の明かりがあちらこちらに反射し、かなりまぶしかった。

 この光景を見て、守哉はある男を思い出した。何もかもが白。髪も、服も、肌さえも蒼白な男。

 どうすればいいのかわからずに振り返ると、エレベーターの扉が閉まりきる直前だった。

 完全に閉まる直前に、七子が何かを呟いたように見えた。

 

「―――え?」


 その唇が、ごめんなさいと言っているように動いたのは、気のせいだろうか。

 守哉が呆然と閉まったエレベーターの扉を見つめていると、突然、廊下の真ん中ほどの扉の一つが開いた。

 こっちに来い、という意味なのだろうか。守哉は拳を握り締め、開いた扉へ向かった。

 開いた扉の前、部屋の入り口に立つ。開かれた部屋の中は薄暗い。無数の長方形の光が明滅し、部屋の真ん中に座る一人の女を照らしていた。

 守哉が来た事に気づいたのか、女は座っている椅子ごと振り返って微笑んだ。


「よく来てくれたわね、未鏡守哉君」


 細い目に不釣合いな大きい眼鏡にぼさぼさの髪。汚れた白衣を身に纏うその女は、ちょいちょい、と守哉を手で招いた。

 守哉が部屋の中へ足を踏み入れると、突然後ろの扉が閉まった。驚いて振り返る守哉に、女は可笑しそうに笑いながら言った。


「自動ドアよ。今時、こんなの珍しくもないでしょ。それより、ほら。こっちに来なさいよ」


 恐る恐る女に近づく。見れば見るほど汚らしい女だった。

 女の前に立つと、守哉は警戒心をあらわにしながら言った。


「……あんたは誰だ」

「ありゃ、七子ちゃんには敬語なのに私にはタメ口?キミ、敬意を払う相手を選んでるって言ってたけど、私は敬意を払うに値しないってわけ?」


 何でこの女が自分と七子の会話を知っている―――?

 守哉の目つきが鋭くなる。女は何かを察したのか、不敵な笑みを浮かべて答えた。


「あの車には盗聴器がついてるの。情報の漏洩を防ぐためにね」

「それを七子さんは知ってるのか」

「知ってるわ。じゃないと防止策にならないからね。それよりもさ、こっち来てよ、こっち」


 女は椅子から立ち上がると、壁の一角に手を当てる。すると、手を当てた壁の近くが横に開いた。

 女が開いた壁の中へ入っていく。守哉もその後に続いた。

 壁の中には様々な器具が置いてあった。真ん中には手術台のようなものが置いてある。先ほどの部屋と違いとても明るかったが、逆にそれが不気味だった。


「さぁ、ここに仰向けになってくれるかしら?」


 女は部屋の真ん中に置かれた手術台を指差して言った。しかし守哉は動かない。女はため息をつくと、眼鏡の位置をなおしながら言った。


「そんなに私の事が嫌い?」

「そうじゃない。今から何をするんだ?」

「ああ、そういえば説明していなかったわねぇ。そうね……そう、ちょっとした手術をするのよ。ちょっと痛いけど、大丈夫、すぐに終わるから」


 女はにっこりと微笑んだ。しかし、その目はまったく笑っていない。


「俺の身体はどこも悪くないぜ」

「嘘ついちゃダメよ。右足、痛むんでしょ?痛むよねぇ?」

「………」


 沈黙を肯定と受け取ったのか、女は満足げにうなずいた。


「ほら、手術しなきゃ。早く仰向けになって。今治さないと永遠に治らないわよ?」


 嫌な予感がする。頭の中に警鐘が鳴り響き、今ならまだ間に合う、引き返せと自らの心がわめいている。

 しかし、このチャンスを逃せば右足の後遺症は治らないかもしれない。守哉は拳を強く握り締め、一度大きく深呼吸をすると、覚悟を決めて手術台に仰向けに寝そべった。


「そうそう。いい子ね。それじゃ、ちょっと準備するからね―――」


 言いながら、女は守哉の手足を素早くベルトで縛り始めた。瞬く間に手術台に縛りつけられた守哉は、慌てて女に質問する。


「お、おい……なんで縛る必要があるんだ」

「暴れられると面倒なのよ。ほら、あんまり動かないで」


 右足のふくらはぎに冷たい感触。何かが塗られている。薬だろうか。


「本当に大丈夫なのか?あんた、医者なのか?何者なんだよ、一体」

「そういえば、名乗り忘れてたわね。私は拓羅宇美(たくらうみ)、科学者よ」


 科学者。医者ではなく、科学者―――?


「い、医師免許は?」

「そんなものないわよ。でも大丈夫だから。ほら、じっとしてて―――」


 拓羅宇美と名乗った女は手術着さえ着ていない。それどころか、自分の手を消毒する事さえしていない。素手であるにも関わらずだ。

 おかしい。どう考えてもこの女がまともな手術をするとは思えない。


「おい、何で俺の右足が痛むのかわかってるのか?」

「戦闘で負傷したんでしょ?大丈夫よ、私、君の事はぜぇ~んぶ知ってるから」


 違う。違う違う違う!右足の痛みは手術ミスで残った後遺症だ。戦闘時の負傷はとっくの昔に治っている!

 この女は、嘘をついている―――!


「やめろ!今すぐ俺を放せ!」


 宇美は答えない。カチャ、という音がした。首を限界まで動かして後ろを見ると、宇美の手にはメスが握られていた。

 宇美が近づいてくる。にこやかに、不気味な笑みを浮かべて。なんとかして拘束を解こうともがくが、ベルトは守哉が動けば動くほどきつく締められていく。


「放せ、放せよ!放してくれ!」


 ひんやりとした感触が右足のふくらはぎに当たる。冷たい刃物が押し当てられる感触。


 ―――裂かれる―――


「やめろ!やめろ!やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」


 そして、部屋中に絶叫が響いた。

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