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かみかみ  作者: 明日駆
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第37話 “痛み”

 律儀というか一途というか。


 守哉が寮を出ると、そこには七瀬がいた。両手は塞がっている―――右手にお弁当、左手に手提げ鞄を持っているためだ。

 守哉が出てきたのを見ると、七瀬はにっこりと微笑んだ。


「……おはよう、かみや。元気?」

「おはよう。まぁ、普通に元気だ」


 二人並んで歩く。こうやって歩く事に多少は慣れたものの、やはり気恥ずかしさというものはある。守哉はちょっと居心地悪そうにしていたが、だからといって距離を置くわけでもなく、二人は極めて近しい距離で並んでいた。


「……はい、かみや。お弁当」


 そっ、と七瀬が右手に持った弁当を差し出してくる。


「さんきゅ。いつもありがとな」


 礼を言いつつ受け取り、ショルダーバックになるべく丁寧にしまう。この前無造作に放り込んだら中身がぐちゃぐちゃになってしまったからであった。七瀬はあまり弁当に詰め込まないのである。


「……ねぇ、かみや。かみやは嫌いな食べ物ってあるの?」

「あー……まぁ、あるけど」


 七瀬はちょっと驚いて目を丸くした。


「……ちょっと意外かも」

「なんでだよ?」

「……かみや、嫌いな食べ物なさそうに見えたから……」

「どう見たらそういう風に見えるのか知らねぇけど、俺だって嫌いな食べ物くらいあるからな?」

「……たとえば?」

「卵豆腐。あれ大嫌いなんだよな。昔あれ食って鼻から米粒が出た事があるんだ。あまりにも口に合わなくて」

「……そ、そうなんだ……。あれ?でも、豆腐は普通に食べてたよね……?」

「ああ、豆腐はいいんだよ。むしろ好きなくらいだ。卵豆腐だけはダメなんだよな」

「……そっか。それじゃ、他に嫌いな食べ物ってあるの?」


 今更のような気もするが、七瀬は守哉の好き嫌いを把握しておきたいようだった。なんとも弁当を断りづらい雰囲気であったが、守哉は言ってみる事にした。


「あのさ、七瀬」

「……なぁに?」

「いつも弁当何人分作ってるんだ?」

「……三人分。わたしと、おばあちゃんと、かみやの分だよ」

「それってさ、きつくないか?」

「……別に、きつくないよ?」

「でもさ、ほら……食費も馬鹿にならないだろ?負担になったりしてないのか?」

「……どうしてそんな事を聞くの?」

「いや……無理して弁当作ってくれなくてもいいかなって思って……」


 ガーン、という音が聞こえたような気がした。


 振り返ると、七瀬が顔をうつむかせてどんよりとしたオーラを放っている。


「どうした?」

「……うぅ……」


 守哉は驚いた。よく見れば、七瀬はしくしくと泣いているではないか。

 慌てて七瀬に駆け寄る。右足が痛んだが、すぐに立ち止まったので痛みは引いた。


「ど、どうしたんだよ。どこか痛いのか?」

「……ぐすっ……かみやは、わたしのこと、嫌いになったの……?」

「い、いや、別にそういうわけじゃ……」

「……えっぐ……じゃあ、なんでお弁当……作らないでいいって……」


 ぽりぽりと頬をかく。どうも、優衣子の言ったとおりになってしまったようだ。


「それは、その……七瀬に迷惑かけてると思ったから……」

「……迷惑じゃないもん……。ぐすっ……好きだからやってるんだもん……」


 それは、弁当を作る事がだろうか。それとも、自分を好いてくれているからだろうか。

 どちらもなのだろう。女心は複雑なんだなぁと守哉は思った。


「……かみやぁ……」


 ぽろぽろ涙をこぼしながら七瀬は守哉を見上げた。ぎゅっ、と青いパーカーの端を掴み、くいくいと引っ張ってくる。


「わ、わかったよ。俺が悪かった。もう作らないでいいなんて言わないよ」

「……ほんと?」

「ああ。七瀬が迷惑じゃないっていうんなら、ありがたく作ってもらう事にするよ。今後も頼む」


 ぱぁ、と七瀬は嬉しそうに顔を輝かせた。


「……ありがとう、かみや」

「礼を言うのはこっちだっつーの。ほら、学校行こうぜ」

「……うん」


 守哉が促すと、七瀬はごしごしと目元を手でぬぐって守哉の横に並んだ。



  ☆ ☆ ☆



 食堂のテーブルに突っ伏して、優衣子はぼんやりと宙を見つめていた。


 先日の一件以来、心がすっきりした感じがする。今までのような怠惰な様子は消え去り、今はとりあえず何かしようという気が心の奥底から湧いてくる。やる気に満ち溢れているというのはこういう状態をいうのだろうと、優衣子は思った。

 不意に、何かの気配を感じた。突然そこに現れたようで、ずっと前からそこにいたような異質な感じ。


 この気配は―――


「……天照大神」


 優衣子の呟きに答えるように、気配の主が笑った―――ような気がした。


「何の用?私、忙しいのだけれど」

「そうは見えないな、九十八代目。テーブルに突っ伏して一体何ができるというんだい?」

「惰眠が貪れるわ。そういうわけだから、さっさとどこかへ―――って」


 振り返って神様の姿を見た優衣子は驚愕した。神様の姿が守哉そっくりだったからだ。肉体年齢と性別は違うようだが、その端整な顔立ちはまさしく守哉のそれだ。

 優衣子が絶句しているのを見て、神様は面白そうに言った。


「ああ、そういえば私のこの姿をお前が見るのは初めてだったな。実は、あまりにも百代目が美しい容姿をしていたのでな、百代目の姿を借り受ける事にしたのだ。どうだ、可憐だろう?」


 その場でくるりとターンを決める。確かに今の神様はとても可愛らしい顔立ちをしている。ただ、性別が変わったと言っても元々守哉は女の子っぽい顔立ちをしているので見た感じ分かり辛い。


「……悪趣味ね、相変わらず。さぞかし守哉も嫌がっている事でしょうに」

「ふむ。お前もこの姿は気に入らないか。不思議なものだな、こんなにもこの姿は美しいというのに、何故誰も理解してくれないのだろう?」


 不思議そうに自分の身体のあちこちを眺め回す神様。そういえば、声も若干守哉に似ている。守哉の声を少し高くした感じだ。


「確かに守哉は美形だけど、だからといってあなたが真似してると不気味にしか見えないのよ」

「そんなもの、私が百代目の妹だと思えばよいではないか。そのために子供の姿をしているというのに」

「無理ね。子供はそんな異質な気配を振りまいたりはしないわ」


 神様は答えず、代わりに一瞬だけくすっ、と微笑んだ。


「まぁいいさ。それより、今日はお前に用があったきたのだ。お前に役目を与えようと思ってな」

「……どんな役目よ」

「そう警戒するなよ、大した事じゃない。百代目に魔刃剣の使い方を教えてやってほしいのさ」

「魔刃剣の?」

「そう。今この島にいる神和ぎもどきの中では、お前が最も巧く魔刃剣を使える。だからお前に頼む事にしたのさ」


 優衣子はあからさまに嫌そうな顔をした。


「イヤよ」

「おや、何故だい?君の愛する守哉に関わる事だというのに」

「いちいち人の心を見るのはやめてくれる?」


 優衣子に鋭く睨まれて、神様は笑いながら両手を挙げた。


「おおっと、これは失言だったようだね。すまない、九十八代目。どうも私は人間になりきるのが苦手のようだ」

「神様のくせに、人間になりきろうとするなんて。滑稽ね」

「そう言うなよ。私だっておかしな事だとは思っている。だが、今の私は二つの輪廻に縛られた哀れな神だ。それも仕方のない事だと思わないか?」

「思わないわ。それより、早く消えてくれる?あなたと話していると落ち着かないのよ」

「ふふふ……それは私に惚れているという事かい?」

「笑える冗談ね。虫唾が走るわ」


 優衣子はつまらなそうな顔で立ち上がった。空になった食器を手に持ってキッチンへ持って行こうとする。神様もその後に続いた。


「ついてこないでくれる?」

「冷たいなぁ。昔と変わらないな、君は。……まぁいいさ。とりあえず、今回の頼みは保留という事でいいのかな?」

「保留になんてしなくていいわ。受けるつもりはないから」


 流し台に食器を置く。蛇口を捻って水を出し、スポンジと洗剤を探す。


「そう言わず、考えておいてくれないか?君しかあの子を育てられる人間はいないのだよ」

「トヨバアがいるでしょう。私よりも神和ぎの育成はあのババアの方が優れてるわ」

「そうとも限らぬよ。九十九代目は百代目の育成に乗り気じゃなくてね、いつまでたっても魔刃剣の使い方について教えようとしない。今までどおり、適当に振り回させているだけだ」


 スポンジと洗剤を探し当て、食器を水洗いする。大したものは作っていないので、洗うのも簡単だ。手早く済ませてスポンジに洗剤をつけた。


「あれでは、百代目は育たぬ。それでは困るのだ。私はあの子を最後の神和ぎにしたいと思っているからね」

「トヨバアが聞いたら怒りそうな話ね」

「そうだな。九十九代目は自分の孫を最後の神和ぎにしようと考えているようだが……ヤツの孫は不安定すぎる。あれを神和ぎにしても百代目ほど言魂を使いこなせまい。ならば、百代目で全てを終わらせるべきだ」

「終わらせるも何も、どうせ終わりなんてこないでしょう。何体神さびを倒したのかもわからないのに」


 ごしごしと食器を力強く洗いながら優衣子は言った。その言葉には若干の苛立ちが混じっている。


「どうせ、私達の戦いに終わりなんて―――」

「799体だ」


 突然、何を言われたのかわからなかった。だから、優衣子はその言葉を無視しようとした。しかし、どうにもその言葉の意味が気になったので、結局聞き返す事にする。


「何がよ」

「今まで神和ぎが倒した、神さびの数だよ」


 その言葉に。

 

 思わず、食器を取り落としてしまった。


「おいおい、危ないな。皿はしっかりと持って洗えよ」


 幸い、流し台に落としたので食器は割れずにすんだ。優衣子は落とした皿を拾い上げ、再びスポンジで洗い始める。


「……何故、そんな重要な事を私に教えたの?」

「私にとってはそんなに重要な事ではないからさ。それに、今夜百代目が神さびを倒す事ができれば、その褒美として教えるつもりでいた。だから、できれば君には黙っていてほしいのだがね」

「……そうね。そうさせてもらうわ」


 なんともいえない複雑な気分に、優衣子は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 799体。という事は、あと9体守哉が神さびを倒せば、神奈備島沖の開闢門が閉じる―――


「……ちょっと待って。もし、808体の神さびを倒す事ができたら、本当に開闢門は閉じるの?」

「おや。そんな事、誰から聞いたんだい?」

「昔、トヨバアから聞いたのよ。それで、どうなの?」

「そういえば、そういう契約をしたなぁ。うん、閉じるよ。開闢門」


 神様の態度に不審なものを感じた優衣子は、横目で神様を睨みつけた。


「……ずいぶん引っかかる言い方ね」

「それは失礼。しかし、契約した私が言うのだから嘘はないよ。信じてほしいな」

「それは無理というものよ。敵の言葉を信じられるほど私は落ちぶれちゃいないわ」

「敵とはまた、物騒な物言いだね。別に私は君と敵対した覚えはないよ?」

「いいえ。あなたは私の敵よ」


 優衣子は食器を洗い終え、布巾で拭いて食器棚に戻しながら言った。


「あなたさえいなければ、未鏡家なんて当の昔に滅びてたんだから」


 そう言うと、優衣子はキッチンから出て行った。

 一人残された神様は、やれやれと首を振りながら呟いた。


「これだから人間というのは感情的で困るね。まぁ、それが魅力でもあるのだろうけど」


 瞬間、神様はキッチンから姿を消した。



  ☆ ☆ ☆



 黒板を叩くチョークの音が教室に響く。


「つまり、この公式をここに当てはめると―――」


 教師が淡々と自分が黒板に書いた問題について解説している。守哉はそれをぼんやりと聞き流した。

 教科書をぱらぱらとめくる。ずいぶん前に習ったものばかりだ。正直、自分がこの授業で習う事など何一つとしてない気がする。


「……はぁ」


 誰にも聞こえないように守哉は小さくため息をついた。とにかく授業がつまらないのである。

 授業を面白いと感じている人間などそういないだろうが、以前習ったところを何度も説明されるのはつまらないどころか苦痛でさえある。この島の人間は理解力が低いため、教師が何度も何度も同じところを説明するので尚更であった。

 しかも、守哉は右足の事故による後遺症のため体育の授業は全て見学している。もはや何を楽しみに学校に来ればいいのかわからない。

 寝てしまおうかとも思ったが、どうにも眠気がこない。ラクガキはとうに飽きてしまった。


「……暇だ」


 ぼそっ、と呟く。すると、教室が比較的静かだったためか教師に聞こえてしまった。


「おい、未鏡。俺の授業はそんなに退屈か?」


 教師の冷たい眼光が守哉を射抜く。その目には、強い敵意が宿っている。この教師も自分を嫌っているらしい。


「……すみません」

「ふん、神和ぎだからといって調子に乗りやがって……。まぁいい。未鏡、暇なら教科書87ページの大問4、問い3の答えを言ってみろ」


 立ち上がり、ぱらぱらと教科書をめくる。指定された問題を見つけ、指でなぞる。すぐに答えられなかったからか、何人かの生徒がくすくすと小さな笑い声を漏らした。

 しばらくしかめっ面で立ち尽くしていると、焦れた教師が催促してきた。


「どうした?まさかわからないと言うんじゃないんだろうな。先週説明したところだぞ」


 うっせぇタコ、今暗算してんだよ少し黙ってろ―――と心の中で呟いたところで問題が解けた。


「x=4です」

「……正解だ」


 渋面で答える教師。守哉は席に座ろうと右足を曲げたところで―――凄まじい痛みが右足のふくらはぎに奔った。


「……っ!」


 がくっ、と右膝が折れてバランスを崩してしまう。椅子に右の尻がぶつかって大きな音をたてた。


「っう……」


 今までと違い、すぐに痛みが引かない。痛みで顔をしかめていると、隣の席に座っている忠幸が心配そうに小声で話しかけてきた。


「おい……守哉。大丈夫か?」

「あ、ああ……大丈夫だ。問題ない」

「そうか。どこか悪いんならすぐ言えよ。付き添ってやるから」


 小声で礼を言って黒板の方を向く。忠幸も授業に集中し始めた。痛みもいつの間にか引いてしまっていたので、守哉はまたぼんやりと授業を聞き流し始める。

 しばらくして、ベルが鳴った。授業はこれで終わりである。教師が授業の終わりを告げ、日直が起立、礼を言って生徒達は教科書とノートをしまい始めた。

 守哉も教科書とノートをしまおうとして、不意に右足の事が気になった。ズボンをめくり、右足のふくらはぎの裏側を見る。


 そこは。


「……っ」


 思わず息を呑んでしまうほど、黒ずんで腫れていた。

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