第32話 “信じるということ”
逢う魔ヶ時。
磐境寮を前にトヨは立っていた。
最後にここを訪れたのはいつだっただろうか。再びここに訪れる日が来るとは、因果なものだとトヨは思った。
「―――風よ」
言魂を使い、自らの周囲に風の壁を展開する。現在、磐境寮は敵の手中に堕ちている。用心して進むべきだろう。
ロビーに足を踏み入れる。以前に見た時とまったく変わっていなかった。
慎重に周囲を見回す。既に異質な気配は感じていたが、気配が寮内に満ち溢れてしまっており、具体的にどこに敵がいるかは判断しづらい。
(寮内を自らの気配で満たすとは……小ざかしい事をする。じゃが、わしには通用せぬぞ、英司)
体中の肌で敵の気配を感じ取りながらほくそ笑む。
ロビーの中心に立ち、両手を前方で交差させる。薬指の裏に刻まれた歪な星型の火傷が光だし、トヨの両手に長刀の形をした魔刃剣―――紫電が握られた。両手を頭上に掲げ、ゆっくりと回転させていく。
「……散れィ、紫電!!」
刃の青白い光が一気に増した。刃から凄まじい電光が迸り、ロビーを満たしていた異質な気配を蹴散らしていく。
ロビーを満たしていた異質な気配の正体は英司の神力であった。荒霊は神力によって身体を構成しているため、常に神和ぎにその存在を察知されてしまう。それを防ぐには、具現化した神力である身体を一時的に消失させるか、このように一定空間に自身の神力を満たす必要があるのだ。こうすれば、神和ぎに自らの位置を悟られる事なく行動できる。ロビーを自身の神力で満たしつくすという事は、それほどまでに英司の神力は膨大だという事だろう。
そんなわけで、トヨはロビーに満ちていた神力を自身の神力で打ち消してしまった。荒霊と違い、逢う魔ヶ時では神和ぎや神和ぎもどきの神力は無限になる。神力をエネルギーとする魔刃剣は使いたい放題だ。
「……まいったね。こんな事もできるなんて、さすがはトヨバアだ」
ロビーに満ちていた異質な気配が消えた代わりに、ロビーの一角にもう一つ気配が現れた。僅かな驚きの表情を浮かべたその存在は、名を藤原英司という。
魔刃剣の切っ先を英司に向けながらトヨは答えた。
「現れたか、荒霊め。貴様の悪行をこれ以上見過ごすわけにはいかん。このわし自らが天誅を下してくれよう」
英司は薄く笑って答えた。
「ハハハ、何格好つけてるんだ?ガキっぽいなぁ。だからあんたは昔っから大人に舐められるんだよ」
「ぬかせ!」
トヨは魔刃剣の切っ先を大きく振り上げた。青白い光が宙で弧を描き、そこから噴出した雷撃の槍が英司を襲う。
瞬間、英司の姿が消えた。雷撃の槍は目標を失い、そのままロビーの壁に叩きつけられる。
英司の姿は消えたが、気配はまだ残っている。トヨは頭上で魔刃剣を振り回し、ここが室内である事などおかまいなしに雷撃を辺りに撒き散らした。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!」
雷撃の嵐がロビーに満ちる。雷撃はソファーを燃やしつくし、花瓶を破壊し、ガラスを破壊し、床や天井さえ砕いた。しかし、敵を捉える事はない。今のはただのけん制にすぎないからだ。
炎が辺りに燃え移り、ロビーに炎が溢れる。トヨはあらかじめ展開していた風の壁を散らした。風が拡大し続けていた炎を掠め取り鎮火させていく。
「っ!?」
瞬間、トヨはぞわりとした悪寒を感じてその場から飛び退いた。一瞬遅れて巨大な炎が出現し、一瞬前までトヨが立っていた場所を燃やし尽くして消えていく。
「しくじったか」
英司の声ではない。声の方を振り返ると、そこには見知った顔がいた。姑息で陰謀家を気取る小物、高槻浩平である。
これといって驚きもせずにトヨは言った。
「……操られておるのか。それがお主の能力というわけだな、英司」
「ふはは、会長。あんたの命も今夜で終わりだ。あんたが死ねば次の会長は俺に決まり。そうだ、そうに違いないのだ。うひひ」
頭のどこかがいかれているのか、浩平は狂っていた。膝がかくかくと動き、腰をくねくねと動かしている。トヨは本気でこの男に殺意を覚えた。単純に気持ち悪いからだ。
「ずいぶんとまぁ、えげつない事をするのぅ。心を壊して下僕としたか。それほどまでに強力な能力を持っているとは……やはり、野放しにしておくわけにはいかんわい」
言いながら魔刃剣を無作為に振るう。小さな雷撃が浩平を襲い、一撃で昏倒させた。汚いケツをこちらに向けて前のめりに倒れている浩平を一瞥し、不愉快そうに舌打ちする。
「ふん。こんな、呪法もまともに使えない人間を下僕としたところで、何の意味もないぞい?」
「そうでもないんじゃない!?」
また声。振り向くと、そこにいたのは木崎亮子だった。両手を腰溜めに構えて一気に突き出そうとしている。なんとも大げさなその動きに、トヨは半ば呆れながら左手を向けた。瞬間、亮子の放った水撃がトヨの目の前で弾け飛ぶ。
「なっ……!?」
「たわけが。数で攻めればどうにかなるとでも思っておったのか?」
言いながら左手を握る。その動作に呼応して、亮子の周囲に凄まじい烈風が吹き荒れた。烈風が亮子の周囲の空気を奪い去り、亮子は悲鳴を上げる暇もなく窒息し失神した。
「塵も積もれば……!」
更に声。今度は野島孝である。孝は果敢にも接近戦を挑もうと突撃してきた。その両手は怪しげな光に包まれている。
「ふん。塵がどんなに積もろうと、塵は塵じゃ」
トヨは右手の魔刃剣をくるりと回し、雷撃を孝の両足に放った。突然の衝撃に孝は前のめりに倒れようとするが、その前にトヨの回し蹴りがこめかみに炸裂した。言魂の力で一瞬だけ増大した脚力が孝を吹き飛ばし、ロビーの焼け焦げた壁に叩きつける。
これで行方不明者の居所は判明した。後はこいつらを操っているであろう元凶を討つだけだ。
姿の見えない英司に対し、トヨは不敵に笑いながら言った。
「どうした、この程度か?だとすれば、お主の評価を下げねばならんな。これではあの小僧の方がよっぽど手強いわい」
返事はない。代わりに天井から大量の水が降ってきた。トヨは魔刃剣を頭上に掲げて叫んだ。
「散れィ!!!」
瞬間、稲妻が迸る。大量の火花と衝撃波が発生し、頭上の水をなぎ払った。
更に廊下の奥から烈風が吹き荒れる。風の刃を孕んだその風は、トヨの前に展開された分厚い風の壁によって後ろへ流されてしまった。
「ふん、面倒な……。わしに小細工は通用せんという事を思い知らせてくれる」
トヨは魔刃剣を両手で持ち直し、振り回し始めた。舞を踊っているかの如く回転する魔刃剣は、トヨの周囲を青白い電光で満たしていく。
そして、電光が完全にトヨの姿を覆いつくしてしまった時、トヨは叫んだ。
「―――散れェェェェェェェェェィ!!!!!!」
瞬間、津波のような雷撃がロビーの奥へ襲い掛かった。トヨを包んでいた青白い電光が破裂し、ロビーを再び雷撃の嵐で包み込んでいく。トヨの憤怒が力となり、磐境寮の一階に張られていた呪法を破壊する。
雷撃の嵐が止んだ後には磐境寮のロビーはボロボロになっていた。その惨状を見て、トヨは不満そうに言った。
「ちとやりすぎたか。この建物を構成する言魂まで崩れていなければよいのじゃがのう……」
しかしその顔は少々物足りなさげである。実際、トヨは物足りなかった。最近、どこぞの新参者のせいで色々とストレスが溜まっていたのである。こういう時に発散させておかなければ、いつ発散するというのか。
もう一度やろうかと思ったが、さすがにこれ以上は建物が耐え切れない。英司の気配はない……どうやら逃げられたようだ。だが、僅かに気配の残滓が残っている。どうも実体化したまま寮内に逃げ込んだよらしい。トヨは慎重に周囲を見回すと、ロビーの奥にある廊下へと進んだ。先ほど雷撃で仕掛けられていた呪法は全て破壊したので、後は英司を見つけるだけである。
そう、磐境寮には呪法が仕掛けられていた。先ほど行方不明者達が魔法のような技を使えたのはそのためだ。まさか、昨夜からの短期間でこんな仕掛けを施すとは、なかなか侮れないと思っていたが、いかんせん使い手の質が悪かった。島民会の人間は、そのほとんどが呪法に関しては素人なのだ。最近呪法の勉強を始めた七美よりも弱いだろう。
僅かに漂う異質な気配を頼りにトヨは進んだ。
「ここか」
廊下の途中にあった焼け焦げた扉の前でトヨは立ち止まった。プレートは焼けただれてしまい読めなくなってしまっているが、恐らくここが管理人室だろう。入ろうとしてドアノブを探したが、なくなっていたので仕方なく蹴破る事にする。
ふと、蹴破る直前にトヨは思った。ロビーを満たすほどの神力を持ち、三人の大人を操り、神和ぎもどきさえその下僕とするほどの荒霊。先ほどの三人だけが罠とは思えない。何らかの罠がこの先に待ち構えている可能性もあるのではないか。
しかし、そこでトヨは考える事をやめた。
(ふん。どんな罠が待っていようとも、所詮は荒霊。できる事など限られておる。そんな輩がこのわしに敵うはずはない)
にやりと笑い、勢いよく足を焼け焦げた扉に叩きつける。そのままどすどすと倒れた扉を踏みながら侵入し―――
突如、トヨは下に落ちた。
「っ……!?」
何かの罠にかかったと判断したトヨは、肌の感覚だけを頼りに想像を組み上げ、言魂にした。現在、身体は下に落下している。という事は、見えない穴でも存在したに違いない。そこから抜け出すには、単純に身体の落下を止めるために風を纏うのが得策だろう。
一瞬でそう考え、トヨは言魂を発動した。
「―――風よ!!」
瞬間、トヨの周囲を風が包み込む。トヨのイメージどおりにいけばトヨの落下は止まり、浮上するはずだったのだが―――
今度は、上に向かってトヨの身体が急上昇した。
「ば、ばかな―――」
わけがわからない状況にトヨの頭が混乱する。おかしい。自分は落下していたはずではないのか―――
そして、身体にかかる凄まじいGに負け、トヨの意識は急激に遠のいていった。
☆ ☆ ☆
逢う魔ヶ時を20分ほど過ぎた頃。
守哉はぼんやりと客間の畳の上に寝転んでいた。
「………」
七瀬はトヨの見送りをした後、夕飯の準備をすると言って台所へ行ってしまった。そんなわけで、現在客間にいるのは守哉だけである。これといって何もする事がないので昼寝でもしようかと思ったが、目を閉じてもまったく眠気がこなかったのでぼんやりとしていたのだ。
(……ずっとそばにいてほしい、か……)
先ほどの七瀬との会話を思い出す。あれは七瀬の勝手な主張にすぎないと守哉の冷酷な部分が教えてくるが、守哉はそれを無視した。
七瀬の想い、自分の思い。どう考えても悪いのは自分だ。他人を信用できない自分……いや、今までだって表面上は他人を信用してきた。しかし、心の奥底ではまったく信用していなかった。だから、今のまま七瀬を受け入れる事はできない。
(いや……違うな。俺は、無意識の内に他人を信じていた……ただ、理性がそれを否定しているんだ)
七瀬の事は愛おしく想う。実際、本当に妹ができたみたいでとても嬉しい。しかしその一方で、七瀬はこの島の人間である。つまり、今現在どんなに自分を慕ってくれていても、いつかは他の島民のように自分に冷たい視線を投げかけるようになるかもしれない。それが、怖くて仕方がなかった。
(くそ……なんでだ。なんで、こんなに余計な事を考えるようになっちまったんだ……)
他人を当てにするようになった事を自覚してから、守哉の心の中には何か膿のようなものが湧き始めていた。他人に虐げられ生きてきた人生。その中で育まれた心が、いつの間にかこの島で生活する事を楽しく思うようになった自分に拒否反応を起こしているのだ。
こんな風に悩むくらいなら、気づかなければよかった。何故、気づいてしまったのだ。気づいてしまわなければ、今までどおり表面上だけでも他人を信じられたのに―――
「悩んでるみたいだニャあ」
驚いて守哉はばっと起き上がった。声のした方を見ると、そこには藤丸がいた。
「お、お前……生きてたのか」
「当たり前だニャ。俺を甘く見てもらっちゃ困るニャ」
ペロペロと前足を舐めながら藤丸はのん気に言った。
「お前……生きてるなら生きてるってちゃんと言えよ!心配しただろうが!」
「心配?ニャんでだニャ?」
「なんでって、それは……!」
途中で台詞が止まる。そうだ、自分はこんな猫さえも信用していた―――
「お前、それなりに荒霊と戦った事があるニャら、俺もあの程度で消えないってぐらいわかるだろニャ」
「わ……わかんねーよ!言ってくれなきゃ!大体、荒霊と和魂を一緒にできるか!」
「それはそれで正しい意見ニャが、少々違うニャ。荒霊と和魂は本質的には一緒のものだからニャあ」
ふにゃ~、と藤丸はあくびをした。いつも通りの藤丸の姿に安心しつつ、守哉は複雑な心境になった。
「妙な説明はいいんだよ。無事ってわかったから、もう帰っていいぞ」
「帰れって、どこにだニャ」
「どこにって……お前、鎮守の森に住んでるんじゃないのか?」
藤丸は心外そうな顔で答えた。
「違うニャ。俺はあくまでも守哉の傍にいるために寮の近くの林に住んでるだけで、別にあそこが俺の帰る場所ってわけじゃニャいニャ。しいて言うなら、守哉の傍が俺の帰る場所だニャ」
守哉の傍。その言葉に、守哉は妙な引っかかりを感じた。どうしても先ほどの七瀬の言葉を思い返してしまい、暗い顔になる。
「……俺の傍がそんなにいいのか」
「ニャに?」
「俺の傍がそんなにいいのかよ。俺には言魂しかない……なのに、なんでお前らは俺の近くに寄ってくるんだよ」
心の奥底に潜んでいた、冷酷な部分が浮かび上がる。黒い心の膿が滲み出てくるような感覚に守哉は襲われた。
「恩とか、もうどうでもいいだろ。恋とか、どうでもいいだろ。なんで俺なんだよ。俺は、お前らの事なんて……」
信じていないのに。
その言葉は七瀬の声よりもか細くなって守哉の口から吐き出た。これを聞いて、藤丸はどう思うだろうか。藤丸は、慕っている自分の本音を聞いて、一体どう思うのだろうか―――
「ニャに言ってるのかさっぱりわからニャいニャ」
守哉が深刻な顔をしているというのに、このバカ猫はそんな事を言った。
呆れ顔になって藤丸は続ける。
「脈絡がニャいにもほどがあるニャ。ニャんだ、俺の出るタイミングが悪かったのかニャ?それならすまニャんだ、ちょっと出直してくるニャ」
「ちょ、ちょっと待て!」
守哉は立ち上がってどこかへ行こうとする藤丸を尻尾を掴んで止めた。心底不快そうな顔で藤丸は振り返った。
「ニャんだ、まだニャんか言いたいのかニャ」
「お、お前な。俺が真面目な話してるんだから、お前も真面目に答えろよ」
「俺は真面目に答えたニャ。一言で言うと、お前はアホ。以上、終わりニャ」
再びきびすを返して去ろうとする藤丸を、更に強く尻尾を握って止める。
「痛いニャ。はニャせ、このアホ」
「あのな!何度も言うけど、俺は真面目な話してるんだぞ!?俺は悩んでるんだ!」
「だからニャんだ。お前のニャやみニャんていちいち聞いてられニャいニャ」
「んな事言って、お前、後で俺に悩みを聞いてほしいとか言ってきても知らないからな!?」
「俺にはニャやみニャんてニャいニャ。だからどうでもいいニャ」
「あのなぁ……!」
なおも何かを言おうとした守哉だが、途中で脱力してやめた。そもそも猫にこんな事を言う事自体間違っているのだ。自分が何で悩んでいるのかバカバカしくなってくる。
「はぁ……。もういいよ。お前にこんな事言う事自体が間違いだったよ」
「そうだニャ。本当、お前はアホだニャあ」
藤丸は守哉の前にちょこんと座って言った。
「大体、お前に信じられようが信じられまいが、俺には知った事ではニャいのニャ。どうでもいいニャ。些細すぎてゲロが出るニャ」
「……そこまで言わなくても」
ちょっぴり傷つかないでもない守哉であった。
「お前は思い違いをしているようだから言っておくニャが―――俺はお前を助けたいと思ったからお前の傍にいる事を願ったのニャ。別に、お前の事が好きニャわけじゃニャいんだから!ニャ」
「お前、それじゃ逆の意味になるぞ」
「気にすんニャ。つまり、お前が誰かを信じようと信じまいと、それがその誰かの信念を打ち砕く事にはニャらんのニャ」
「なんでだよ」
「ニャんでもニャにも、そういう事ニャ。ここまで言ってもわからニャいのか?」
「わかんねぇよ」
信頼関係とは、互いが互いを信頼してこそ成立する。それは、友達も恋人も家族も同じ事だ。友達や恋人、家族という信頼関係で結ばれた他人同士は互いに信頼してこそ成立しうるものなのだ。つまり、どちらか片方が相手を信頼しなくなった時点で、その関係は崩壊する。
少なくとも、守哉はそう考えている。昔、そう教えこまれたから。
「……今の今まで忘れてたけど、俺にとっては信頼関係なんてそんなもんだ。俺は、他人を表面上でしか信頼できない。心の奥底では信頼してない。だから、誰かと信頼関係を築くなんて無理なんだ……」
「でもお前、今までちゃんとこの島でやってきたじゃニャいか」
「そりゃそうだよ。表面上なら信頼できるんだから……」
守哉の力ない呟きに、藤丸は呆れ顔で言った。
「それが思い違いニャんだ。いいか、ここまで言ってわかってニャいようだからもう一度言ってやるニャ」
そこで藤丸は一度言葉を切った。力なく自分を見据える守哉に対し、後ろ足で立ち上がって前足を胸の前で組み、ふんぞり返って言った。
「お前がそういう人間だってわかってるから、俺達はお前の事が好きニャんだニャ」
守哉は咄嗟に言葉が出なかった。自分の事を……わかっている?
「ちょ、ちょっと待て。そんな……人の心情なんて、俺が皆を信用してなかったなんて、どうやってわかるっていうんだ」
「アホだニャあ。そんニャもん、お前の態度見てればわかるニャ。話しかけてもどこかそっけないし、いっつも他人を見る目は死んでる。そのくせ、諦めが悪くて妙に前向き。どんな苦境に立たされても、どんなに落ち込んでいても……決して瞳の奥に宿る生気は消えない」
藤丸は、親が子供を見るような―――慈愛に満ちた瞳で告げた。
「―――お前は、そういうやつニャんだよ」
自分の本質を見せつけられたような、そんな気がした。
呆然と目を見開いて、守哉は呟いた。
「……俺が勝手に、皆の事を怖がってただけなのか。俺が信じなくなったら、皆俺の事嫌いになるって思い込んでただけなのか」
「どう解釈するかはお前次第ニャ。ただし、これからどう解釈を変えようとも、お前は変わりようがニャいぞ」
「なんでだよ」
「だって、お前はそういう人間だからニャ。皆知ってるニャ。だから好きにニャったんだからニャ」
にっ、と藤丸は笑った。なんとも気持ち悪い猫の笑顔であったが―――不覚にも、守哉はつられて笑ってしまった。にひっ、という、相変わらず気持ち悪い笑顔で。
そして、妙にすっきりした顔になった守哉は、立ち上がって言った。
「……ありがとな。なんか、色々目が覚めた気分だよ」
「礼を言われる筋合いはニャいニャ。自分でもクサい事言ったニャあと後悔してるんだからニャ」
「そうかよ。ならいいや……そうだ、ついでだからお前の事、七瀬に紹介しといてやるよ」
「別にいいニャ。人間の女に興味はニャいニャ」
「遠慮すんなよ。さあ、行こうぜ」
嫌がる藤丸を抱え上げ、守哉は客間を出た。廊下を進み、台所まであと少し、というところで―――
ふと、異質な気配を感じて立ち止まった。
「……なんだ?」
何かがいる。この家の中に。しかも、台所がこんなにも近いというのに、七瀬が料理をする音が聞こえない。
嫌な予感に駆られて台所へ走る。そこに七瀬の姿はなかった。
「……っ!!」
咄嗟に声が出ない。急いで異質な気配を探る。すぐ近く、三つ隣の部屋から気配を感じる。確かそこは―――優衣子が寝ているはずの部屋だ。
急いで異質な気配の漂う部屋へ向かう。腕の中に居る藤丸はいつの間にか臨戦態勢を取っている。いつでも守哉から飛び降りられるように身体を緊張させていた。
部屋の前に立ち、勢いよく障子を開く。すぱん、という心地よい音が響いた矢先―――
「遅かったわね、未鏡君」
妖しげな雰囲気を漂わせる、優衣子の声が響いた。