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かみかみ  作者: 明日駆
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第27話 “傀儡堕ち”

 二人の男女が向き合っている。


 男は端正な顔立ちの少年だ。遠目ではその性別は判断しづらく、胸の貧相な美少女のようにも見える。その少年は兄のような慈愛に満ちた目をしていた。

 女は可愛らしい顔立ちの少女だ。純白のワンピースに身を包み、両手を胸の前で組んで少年を見上げている。その目には熱いものが宿り、頬は僅かに赤く染まっている。


「いくぜ」

「……うん」


 少年が動いた。左手を少女に差し出す。その手の平には歪んだ星型の火傷がある。

 少女は少年を見上げたまま、差し出された手にそっと右手をのせた。重なった二人の手は、そのまま互いの手の平を探るように動き―――指を、絡ませる。

 二人の空いた片手が互いに向かって伸ばされる。少年の右手は少女の腰にまわされ、少女の左手は少年の首にまわされた。互いにまわした腕に力を込めて、相手を引き寄せるようにする。二人の身体は密着し、急速に接近した互いの顔がゆっくりと近づいて―――


「なぁにしとんじゃこらーーーっ!!!」


 突然飛んできた少女の足に蹴り飛ばされた。


「あだっ!」

「……きゃっ……」


 少年―――というか守哉は、一緒に蹴り飛ばされた七瀬を守るように抱きしめて地面を転がった。先ほど守哉と七瀬を蹴り飛ばした七美は地面に転がった二人を仁王立ちで見下ろしている。その目には嫉妬の炎が渦巻いていた。


「あんたらは何をしとるんじゃぁっ!!魔刃剣!!魔刃剣を出すんでしょうが!!」


 わめき始めた七美を無視して、守哉は七瀬を気遣いながら立ち上がった。


「いてて……大丈夫か?七瀬」


 守哉が伸ばした手を取って立ち上がった七瀬は、ぽふぽふとワンピースをはたきながら答えた。


「……うん……だいじょうぶ。ありがと、かみや」

「そっか。……おい七美さん、突然何すんだ。危ねぇだろ」

「あんたらがハレンチな事しようとするからよっ!!」


 その言葉に、守哉は思いっきりすっとぼけて言った。


「別に、破廉恥じゃないよなぁ?」

「……うん。このくらい、ふつう」

「な、七瀬まで……!あんた、いつから守哉の味方になったわけ!?」

「……わたしは最初からかみやの味方だよ?」

「なんでよ!」

「……なんでって言われても……よくわかんないよ」

「わかりなさいよ!」

「……おねえちゃん、言ってることよくわかんない」


 何やら怒りのあまり混乱しているらしい七美に、さすがの七瀬も困惑気味である。


「なぁ、七美さん。見てる分には構わないけど、邪魔するのはやめてくれよな」

「邪魔もなにも、訓練してないからおしおきしただけよ!」

「……訓練してたよ。ちゃんと」

「あれのどこが訓練よ!」

「……愛の訓練、かな?」

「訓練に愛なんていらないわよっ!!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる七美。その顔はトマトのように真っ赤である。


「いーかげんにせんかぁっ!!!!」


 トヨの怒鳴り声が庭中に響き渡った。

 びっくりして三人が振り向くと、トヨが鬼の形相でこちらを睨みつけていた。まぁ、今まで何も言わずに黙っていたのが奇跡だったのだが。

 トヨはしばらく守哉達を睨みつけると、はぁ、とため息をついて語りだした。


「七瀬、恋にうつつを抜かすのは……まぁ、多少は許してやらんでもないが、時と場所をわきまえんか。はしたないにもほどがある」

「……ごめんなさい」


 しょぼん、と七瀬はうな垂れて答えた。多少不満そうな顔に見えたが、気のせいだろうか。


「七美、確かにお前の家への出入りは認めたが、訓練への参加を認めたわけではないぞ。傍観するなら縁側で大人しくしておけぃ」

「ちぇっ……わかったわよ」


 ふん、と不満そうな顔で顔を逸らす七美。未だに怒りが収まらないのか、時折守哉を睨みつけている。


「それと百代目」

「なんだよ」

「調子に乗るでないぞ。七瀬をお前にくれてやった覚えはない。次に七瀬に手を出そうとしたら殺すからの。よいな」

「……肝に銘じとくよ」


 守哉はばつの悪そうな顔で謝った。守哉自身、少し状況に流されすぎたかな、と反省しているのだ。まぁ、誰だって七瀬みたいな可愛い女の子が目の前にいたら、そりゃあ理性の一つや二つ簡単に飛びそうなもんだが、そこは時と場所が悪かったという事で。

 三人が落ち着いたところで、トヨはゴホン、とせきをして仕切りなおした。


「とにかく、本日の訓練を始めるぞい。今日からは魔刃剣の使い方を伝授する。準備はいいか、百代目」

「ばっちしだ」


 そんなこんなで、今日の訓練は始まった。



 ☆ ☆ ☆



「ん……」


 無意識に息が漏れる。


 優衣子が目をゆっくりと開けると、目の前には寝室の床が広がっていた。

 どれほど眠っていたのかわからない。意識が朦朧とし、視界が揺れる。何かおかしな薬でも嗅がされたのだろうか。


「気がついたかい?優衣子」


 声のした方へ顔を向けると、そこには英司がいた。仏壇の前であぐらをかき、真っ直ぐにこちらを見つめている。


「……私、どれくらいの間眠っていたの」

「さあ?僕には時間の概念がないから、よくわからないな……。でも、あまり長い時間ではないと思うよ」


 そう言って、英司はにっこりと笑った。何がおかしいんだろう。寝起きでぼんやりとしている自分がそんなに面白いのか。いちいちムカつく男だ―――

 以前の自分ならばそう思っていたのだろうが、今は違った。今は、ただ英司の笑顔が愛おしい。それ以外の考えが思いつかない。いや、思いつかないのではない……別の思考に遮られて他の考えが思い浮かばないのだ。では、別の思考とは何だ?いや、今考えているのは自分だ。別の思考など……いや、そもそも思考とはなんだ?そうだ、考える事だ。かんがえること。そう、今は考えなければ。なにを?なにをだろう?

 思考が混濁する。頭がずきずきと痛んだ。少し吐き気もある。まるで二日酔いだった。

 優衣子が頭を押さえながらふらふらと立ち上がる様を見て、英司はぽつりと呟いた。


「どうやら、安定していないみたいだね……。無理もないか。顕現してすぐに使ったんじゃ、安定もしづらいだろう」

「……顕現?安定?どういう事?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ」


 その態度が、優衣子には不審に感じられた。ほんの少し芽生えた不信感が、優衣子に冷静な思考をもたらす。頭の中にかかっていたもやが晴れていき、優衣子の目に生気が宿り始める。

 そうだ。何故、今までぼんやりとしていた。早く、この男の正体を突き止めなければ―――


「気にするなと言った」


 英司の声が木霊する。その一言で、優衣子の思考は中断された。再び優衣子の目から生気が抜ける。脱力して床に膝をついた優衣子を見て、英司は舌打ちした。


「能力の対象者には服従の言魂が効くのか。忌々しい力だ、魔闘術は。生前はまともに使えなかったのに、荒霊の力を介せばこんなにも容易に使えるとは」

「な……に……」


 虚ろな目で英司を見上げる。英司の言った言葉がとても気になったが、今の優衣子には思考する気力が足りなかった。

 気にしてはいけない―――ただ、その言葉だけが頭に響いた。


「君には関係ないよ。それより、外に出よう。こんなところにずっと閉じこもっていては、身体が鈍ってしまうよ?」

「はい……」


 のろのろと立ち上がった優衣子は、ゆっくりと部屋の外へ出た。英司は不敵な笑みを浮かべると、目を閉じて呟いた。


「さぁ、行こうか。君の力を、皆に見せてあげよう」



 ☆ ☆ ☆



「……そろそろ、終わりにするかえ」


 荒い息をついていた守哉は、その言葉にほっと胸を撫で下ろした。全身から気が抜けて、思わず地面にへたりこんでしまう。

 訓練が始まってから、まず最初に前回の神さび戦での事を試す事になった。守哉から七瀬が魔刃剣を抜けるかどうか、である。


「終わりだってよ、七瀬」


 守哉は少し離れた位置で剣を握っている七瀬に声をかけた。同じく荒い息をついていた七瀬は、脱力して地面にへたりこんだ。剣の刃を垂直に立てて、うな垂れて息を整えている。

 守哉は七瀬の持つ剣をぼんやりと見つめた。その剣は、まさしく先日七瀬が守哉から引き抜いた魔刃剣であった。守哉の持つ魔刃剣とは対照的に、刀身がルビーのように赤く輝いている魔刃剣。

 訓練の最初に行った実験は成功したのである。七瀬は守哉から魔刃剣を引き抜き、守哉も問題なく魔刃剣を引き抜けた。最初はうまくいかず、何度やっても成功しなかったのだが、七瀬がある事をしたために引き抜く事ができたのだ。


 ふと、守哉の頭の上に何かが置かれた。手でそれに触ってみると、それはタオルだった。


「お疲れ様。お水用意してるわよ」


 振り向くと、そこには七美が立っていた。七美は七瀬にタオルを一つ放ると、守哉に片手を差し出す。守哉はその手を握って立ち上がり、にひっと笑った。


「気が利くじゃん、七美さん」

「……前から思ってたんだけどさぁ、その七美さんっていう呼び方、やめてくれない?なんか、他人行儀でやだ」

「でも、年上を呼び捨てにするのはちょっと……」

「そういう考え方が他人行儀なのよ。別に七美でいいわよ七美で」


 七美は本当に不満そうだった。守哉としては年上を呼び捨てにするのは気が引けるのだが、呼ばれる本人が嫌がっているのならば仕方がない。


「んじゃあ、七美」

「なによ」

「いや、呼んでみただけ」

「用もないのに呼ぶんじゃないわよっ!!」

「ぐほぉっ!?」


 七美のボディーブローが守哉に直撃した。訓練後の疲れもあってか、守哉は防御する事もできずに地面に倒れこむ。それを見た七瀬が慌てて駆け寄ってきた。


「……だ、だいじょうぶ?かみや…」

「あ、ああ。……つか、おい七美!いきなり何すんだよ!」

「う、うっさいわね。あんまり呼び捨てにしないでよね」

「そっちが呼び捨てでいいって言ったくせに」

「だからうっさい!とにかく、今のはあんたが悪いのよ!」


 七美はぷいっ、と顔をそむけると、足早に家の中へ入っていった。トヨも腰を叩きながら家の中へ入っていく。


「ちょっと呼び捨てにしただけなのに……。酷いぞ、あの女」

「……きっと、照れくさかったんだよ。かみやに呼び捨てにされて」

「なんで?」

「……なんでって……それが女心ってものなんだと思うよ」


 守哉はあたまをぽりぽりとかきながら立ち上がった。


「めんどくせぇなぁ……女心って。よくわかんねぇや」

「……仕方ないよ。かみやは男の子だもん」

「男でも女心がわかるヤツはいるぜ?つか、そういうやつはどこで教えてもらったんだろうなぁ。女心……」

「……そういう人も、本当の意味では女心を理解してないんだと思うよ。わたしは」

「そうなのか?」

「……きっと、そう。男の子は頭で考える生き物だけど、女の子は心で考える生き物なんだよ。思考回路が違うから、本当の意味ではわかりあえないんだと思う」

「難しい事言うなぁ。それより、早く家に入ろうぜ。腹減った」

「……そうだね。早くごはんの準備しなくっちゃ」


 そう言いながら、二人は家の中に入っていった。



 ☆ ☆ ☆



 守哉達が夕飯を食べている頃、優衣子は島をさ迷っていた。


 ふらふらと、おぼつかない足取りで歩く。目指すはとある人物の家。今まで自分を目の敵にしていた島民の中でも、一際自分を敵視していた人物の家。

 目的の家の前までたどり着くと、花壇に水を撒いている人間がいた。くすんだ紫色の髪をしたその男は、守哉のクラスメイト・高槻慎吾の父親、高槻浩平(たかつきこうへい)であった。

 目的の人物を見つけて、優衣子はにやりと笑った。


「な、なんだお前は……。こんな時間に、何か用か」


 優衣子のただならぬ気配を感じ取ったのか、浩平は少し怯えているようだった。その姿を見て、優衣子はたまらなくおかしくなった。普段自分を虐げている男が、自分を見て小動物のように怯えているのだ。笑い転げてしまいたかったが、それは後回しだ。今は、やるべき事がある。

 ゆっくりと、浩平に近づく。優衣子の身体から異質なオーラが立ち上り、それを見て浩平はさらに怯えた。


「ち、近寄るな!何だ、お前は!女狐め、私は脅しには屈しないぞ!」


 言いながら浩平は玄関の扉に飛びついた。がたがたと扉を動かすが、扉はぴくりともしない。当然だ。あらかじめ、自分が言魂で開かないようにしておいたのだから。


「な、何故開かない……!おい!慎吾、扉を開けろ!おい!」


 どんどんどん、と扉を叩いて浩平が叫ぶ。それがいかに無意味な行為なのかを知らず、浩平はただ助けを求め続ける。

 ゆっくりと右手を浩平に向ける。その首を睨みつけて、優衣子は呟いた。


「―――掌握」


 同時に、優衣子は右手の指を軽く曲げた。その動きに呼応して、浩平の首がきゅっと絞まる。ひっ、と浩平は小さな悲鳴を上げた。両手で首をまさぐるが、そこには何もない。ただ、細い指の跡が首筋に浮かび上がっているだけだ。

 優衣子はゆっくりと右手を上げた。その動きに合わせて浩平の身体が浮き上がる。浩平はジタバタともがき苦しんでいる。そのみっともない姿に、優衣子は噴出してしまいそうになった。

 右手をゆっくりと動かし、浩平の顔をこちらへ向けさせる。その顔は恐怖で歪んでいた。目尻には涙さえ浮かんでいる。正直、気持ち悪かった。


「な、何をするんだ……!俺は何もしていない!お前に何かした覚えはないぞ!」

「用があるのは僕だよ、おじさん」


 優衣子の後ろに突然英司が姿を現した。爽やかな笑顔を浮かべ、浩平を見つめている。

 英司の姿を見て、浩平の顔が驚きに変わる。口をあんぐりと開け、英司を指差して言った。


「お、お、お前は……!!藤原英司!!な、なななな何故お前がここに!?」

「さぁ、なんでだろうね?僕も不思議だ。優衣子が言うには、あれから3年もの月日が流れているというから、荒霊としても少しおかしいよね。そもそも、僕は神さびになったんだから、荒霊になれるのかも怪しいところだし」

「あ、あああ……!!ど、どうして……!」

「おいおい、驚きすぎじゃないか?そんなに僕にいてもらっちゃ困るっていうのかい?藤原家の長男である、この僕に」


 怯えきった浩平は、ふるふると首を左右に振りながら声を震わせて答えた。


「お、俺は悪くない……!!俺は悪くないぞ!!お前が死んだのはたまたまだ!!何も、何も悪い事はしていないぞ!!」


 その言葉に、英司の目つきが変わった。先ほどまでの爽やかな笑顔とはうって変わり、凶悪な目つきになって浩平を睨みつける。


「よく言う。僕が死んだ事で一番得をしたのはお前だろう。島民会副会長の座は楽しいか?ええ?」

「お、俺は関係ない……!!お前は勝手に死んだんだ!!」

「違うな。僕は知っているよ?あの日、校舎におかしな呪法が仕掛けられていた事を。その呪法が、何度も僕の修祓(しゅばつ)の妨げになった。お前が主犯格なんだろう?わかっているんだよ、全部」

「違う!!俺は関係ない!!呪法なんて知らない!!」

「あの呪法、暴走する神和ぎを止めるために使う、対神和ぎ用の呪法らしいね。魔闘術を使う者に反応するようにできてるから、あの後優衣子やトヨバアにも反応したらしいよ」

「あ、あああ……!!」

「なんにせよ、もうお前には関係ないか。お前は今から僕の手駒になるのだから」

「や、やめろ!!やめてくれぇ!!い、命だけはぁっ!!」

「安心しろ、命なんて取りはしないよ。―――今はね」


 英司の瞳が妖しく光る。瞬間、浩平は白目を剥き、力なくうな垂れた。優衣子が右手を下ろすと、脱力した浩平の身体は地面に落ちた。

 仰向けに倒れている浩平を見つめ、英司はぼそりと呟いた。


「……これで、一人目だ。さぁ、あと何人手駒にできるのか……楽しみだなぁ」


 酷薄な表情を浮かべ、英司は笑った。自分がした事が楽しくて仕方がないという風に。


 そんな英司を、優衣子は虚ろな瞳で見つめていた。

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