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かみかみ  作者: 明日駆
25/102

第23話 “恋乙女”

 暖かい。


 ふわふわとした感覚が、全身を包み込んでいる。自分は一体どうなってしまったのだろう。

 朦朧とした意識の中で、七瀬は思った。夢の中にいるかのようで、不思議とそうではない、とわかってしまう。きっと、ここは現実と夢の境目。自分は半分眠っている状態なのだろう。


「……ホントにこれで大丈夫なわけ?」


 誰かの声が聞こえてくる。この声は……たぶん、七美だろう。怒りんぼだけど、とっても優しいおねえちゃん。


「たぶんな。なにせ、他人に治癒の言魂使うのは慣れてないから、本人に聞いてみないと本当に治ったかわかんねぇんだよ」


 七美の声に答える男の子の声。その声を聞いた時、胸の鼓動が少し速まったような、そんな気がした。この人は、未鏡守哉。島の外からやってきた、綺麗でかっこよくて優しい少年。

 なんでだろう。この人の事を考えると、とても心が暖かくなる。この人が傍にいるだけで、とても幸せな気分になれる。


 夢の中でも、自分は恋しているのだろうか。


「でも、外傷は全部治ってるみたい。ホント、神和ぎって凄いわね。あんな重傷を一瞬で治しちゃうなんて」


 また、姉の声が聞こえた。その声に、以前守哉と話していた時のような棘は含まれていない。

 よかった。きっと、仲良くなってくれたんだろう。


「まだ安心はできないけどな。まぁ、後はしばらく安静にしてれば大丈夫だろ。それじゃ、俺は帰るよ」


 誰かが立ち上がる気配がした。帰ってしまうのだろうか。それは、少し寂しい。


「もう帰っちゃうの?せめて七瀬の目が覚めるまでいてあげたら?」


 少し寂しげな声で七美が言った。そうだ。せめて、自分が目を覚ますまで傍にいてほしい。


「いや、ほら、七瀬をずっとこんな格好にしとくわけにはいかないだろ」


 こんな格好……?一体、自分はどんな格好をしているのだろう。守哉に恥ずかしい格好は見せたくない。守哉の前では、綺麗な自分でいたい。


「まぁ、それもそうね。あんたがいちゃ着替えさせられないもの」


 もしかして、自分は戦いの後からずっと着替えていないのだろうか?今まで眠っていたのだから着替えようもないのだが、そこは少し七美に期待してしまう七瀬であった。


「いい加減着替えさせてやらないと、その……色々と、汚れてるみたいだしな。そのワンピース」


 守哉が気まずそうにいった。汚れてる。まぁ、それもそうだろう。何せ、あれだけの大怪我を負ったのだから、大量に血が付着しているに違いない。


「まあね……。言っとくけど、あんた見なかった事にしなさいよ、これ」


 七美の声。見なかった事に……?もしかして、大事な部分が見えちゃってるのだろうか。とってもはしたない格好なのだろうか。それは困る。七美はともかく、守哉に見られるのはとても困る。


「わかってるよ。つか、これとか言うなよ……って、やめろって、広げるなって!」


 広げる。何を?


「あんた頑張ったからサービスよ。今のうちに目に焼きつけとけば?」

「いや、お前今、見なかった事にしろって言ったばっかじゃん」

「だから今だけよ。明日になったら忘れなさいよ」

「無茶言うな!」

「そう言いつつも、目を逸らさないのはなんでかな~?このスケベ、変態」


 なにやら七美は楽しげだ。対して守哉はとても困っているようだ。

 ……なんだか嫌な予感がしてきた。


「も、もういいよ。ほら、閉じてやれって。つか、早く着替えさせないと蒸れるぞ」

「それもそうね。じゃあ、早く出てってよ。さすがに中身までは見せられないわよ」


 何でだろう、今、自分は大変な事になっているような気がする。


「わかってるよ。それじゃあ、七瀬によろしくな」

「ええ。またね、守哉」


 誰かが立ち去っていく気配がする。という事は、守哉は帰ったのだろう。見送りがしたいけれど、身体の感覚が戻ってこない。それどころか、次第に意識が遠くなってきている気がする。


「眠っててよかったわね、七瀬。まあ、守哉はあんだけ頑張ったんだし、これくらいのサービスはしてあげてもいいと思うのよね。だから、許してちょうだいね。勝手ながら」


 申し訳なさそうな七美の声。その口ぶりからすれば、どうも七美は自分に何かしたらしい。一体何をしたのだろうか。


「ま、パンツくらいどってことないでしょ。ちょっと汚れてるけど」


 は?


「守哉もなんだかんだ言って喜んでたみたいだし。ちょっとむかつくけど」


 え?え?え?パンツ?もしかして、わたしのパンツを見せたの?


 それも汚れてたやつを!?


「ちょっと変態っぽかったかなー、これは。せめて、着替えさせた後の方がよかったかなー。でも、これはこれで変態っぽくてよかったかな。うーん、M字開脚だけじゃなくて、ポージングをさせとけばもっとよかったかも」


 ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっ!!!!!!!!


 な、なんて事するのぉ~!!!!!!!


「ま、寝てるから無理か。でも、機会があったらもっと色々してあげるからねー、七瀬ー」


 今すぐ飛び起きてこの姉に思いっきり説教してやりたい。でも、それは無理そうだ。思考が混濁してきた。もうそろそろ、何も考えられなくなる……


「そろそろ着替えさせてやりますか。ほーらバンザーイしましょうねー……」


 七美の声が遠くなっていく。やがて何も考えられなくなっていき、睡魔の海に七瀬は溺れた。


 そして、七瀬の意識はゆっくりと深い闇の中へ落ちていった。



 ☆ ☆ ☆



 翌朝。甲高い電話の音で目を覚ました守哉は、目をこすりながらゆっくりと身を起こした。


 受話器を取ろうと右手を伸ばすが、途中で断念する。右手は包帯が幾重にも巻かれていて、何かを掴める状態ではなかった。代わりに左手で受話器を取ると、なんともやる気のなさそうな声が聞こえてきた。


「……朝よー……起きなさ~い……」

「俺を起こす前にあんたが起きろよ……」


 呆れ顔で答えると、電話は唐突に切れた。力尽きたのだろうか。

 心配しても仕方ないので、守哉は寝巻きのまま廊下に出た。階段を降りて一階につくと、真っ直ぐに食堂へ向かう。

 食堂に入ると、いつも通りテーブルの一つに優衣子が突っ伏していた。カップラーメンが置いてある事を確認し、向かい側に座る。割り箸を割って、食事開始。左手で箸を持つのは地味にしんどかった。

 ずるずるとカップラーメンをすすっていると、優衣子がのっそりと顔を上げた。


「昨日は大変だったみたいねー」

「まぁな。でも一件落着してよかったよ」


 昨日の出来事を思い返しながら守哉は答えた。

 神さびを倒した後、気を失った七瀬を抱きかかえて校舎を出ると、目を覚ましていたトヨが七美の肩を支えにして校門に立っていた。ボロボロになった七瀬を見て、トヨは「まだ早かったか……」と心底残念そうに言った。守哉は思わずトヨをぶん殴ってやりたくなったが、疲れ果てていたので断念した。その後、神代家に七瀬を運び、治癒の言魂で七瀬をある程度治療して帰宅した。ボロボロになって帰ってきた守哉を見た優衣子は、いつもの3倍は俊敏な動きで救急箱を用意して治療してくれた。最初は治癒の言魂があるからと言って断ろうとした守哉だったが、優衣子は聞く耳を持たなかった。そんなわけで、守哉の身体はあちらこちらにガーゼが貼られ、酷いところには包帯が幾重にも巻かれる事になった。

 以上、回想終わり。

 守哉の右手をちらっと見て、優衣子は言った。


「それ、もう治癒の言魂で完治すると思うわよ」

「そうか?どれ、試してみるかな」


 意識を右手に集中する。痛いの痛いの飛んでけ~、と呟いて言魂を発動。すると、昨日とは違い右手の傷が熱を持ち始め、ゆっくりと癒えていった。

 守哉はそれに驚きながら言った。


「ホントに治った。昨日はどれだけ集中しても治らなかったのに、なんで今になって……」

「あなたの精神力が完全に回復したからでしょ。昨日治らなかったのは、その傷を治すだけの精神力がなかったからなのよ」

「ふーん……。精神力って、ほっとくだけで全部回復するわけじゃないんだ」

「当たり前でしょ。人間っていうのは、普段意識を保ってるだけで精神力を浪費しているものなのよ。戦闘中にはストレスでさらに精神力を浪費する。つまり、精神力っていうのは常にある程度減っている状態なわけ。確かにほっとけば回復するけど、それにも限界があるのよ」

「そうだったのか……」


 ゲームのスラスターゲージを想像していた守哉は、自分がちょっと恥ずかしくなった。さすがにそこまで単純ではないだろう。

 右手の包帯を解くと、すっかり回復した皮膚が見えた。右手を動かしてちゃんと反応するかどうかも確認する。守哉はほっと胸を撫で下ろした。


「いやー治ってよかったぜ。このまま左手だけで過ごさなきゃいけないのかと思ったよ」

「こんな怪我でそんな情けない事言ってたら、これから身が持たないわよ。つかそれ、ホントに神さびにつけられた怪我だったの?」


 そういえば優衣子には事情を話していなかった。優衣子に軽く事情を説明すると、優衣子は一言だけ呟いた。


「そう」


 その後、二人はこれといって会話もせず食事を食べ終えた。守哉はもう少し何か話したかったが、優衣子の雰囲気が少し変わったのを感じて何も切り出す事ができなかった。


 手早く学校へ行く準備を済ませて寮を出る。ぼんやりとしながら学校へ行くと、校門で七瀬と出くわした。一瞬七瀬の顔がぱぁっ、と輝き、次いで何かを思い出したのか顔を赤くして視線を逸らした。守哉も昨日の出来事を思い出し、思わず目を逸らしてしまう。

 気まずい雰囲気で校門の前に佇む二人は、新婚初夜を終えた翌日の新婚夫婦のようだった。


「あー……とりあえず、行こうぜ」


 そんな雰囲気を破るように、守哉は目を逸らしながら言った。七瀬はこくりとうなずき、校舎に向かって歩き出した守哉に小走りで近寄った。

 二人で並んで歩く。しかし、気まずくて互いに会話を切り出しにくい。

 仕方なしに守哉は言った。


「その、身体は大丈夫か?」

「……う、うん。もう、ぜんぜん大丈夫」


 うつむきながら七瀬は言った。時折もじもじと身体を揺らしている。

 ふと守哉はずっと気になっていた事を思い出した。


「ところで、継承の儀の件はどうなったんだ?」

「……その事なんだけど……」


 七瀬は顔をうつむかせながら語りだした。自分が条件を満たせなかったため、継承の儀は行えなくなってしまった事。自分の本格的な実戦投入は先延ばしにされた事。

 さらに、トヨは治癒の言魂で折れた骨を治癒するのに時間がかかるために養生する事になったという。 その介護のため、しばらく七美が七瀬を手伝いに神代家に来てくれるようになったんだとか。七瀬には悪いが、あのクソババアにはいい薬だ。


「……七美おねえちゃんにはわたしから無理を言って来てもらってるの。本当はわたし一人でもおばあちゃんの介護はできるんだけど、これを切欠におねえちゃんがおばあちゃんと仲良くなれたらいいなって思って」

「そっか。あの二人、喧嘩しなきゃいいんだけどなぁ」


 七美はトヨの事をかなり嫌っている。守哉が二人が顔をあわせているのを見たのは昨日が始めてだったが、その間七美はかなり険しい表情でトヨを睨んでいた。それこそ二人っきりになったらトヨに殴りかかっていきそうな雰囲気で。


「喧嘩するほど仲がいいとも言うしな。んじゃ、俺が治しに行くのは余計なお世話ってやつか」


 守哉がそう言うと、七瀬は慌てて言い出した。


「……そ、そんな事ないよ。早く治ってくれた方が、手間がかからなくていいし」

「でも、七美さんとババアを仲直りさせたいんだろ?」

「……それはそうだけど、でも、守哉が居た方が皆喜ぶと思うし……」


 それはない、と守哉は思った。昨日の時点で自分に対する七美の態度はずいぶんやわらかくなっていたが、喜ぶってほどではないだろう。トヨは論外だ。


「いや、皆喜ぶってほど俺は好かれてないしなぁ」


 自分で言って少し寂しくなった守哉であった。

 すると、七瀬はこれ以上ないほど顔を真っ赤にして、真っ直ぐに守哉の顔を見つめはっきりと言った。


「……わたしは、かみやのこと、好きだよ」


 それはもう、はっきりと。聞き間違えようがないほど、七瀬ははっきりとそう言った。


「…………え?」


 顔面を引きつらせて守哉は七瀬の顔を見つめた。七瀬は真っ赤な顔で口をぎゅっと引き締めて守哉を見つめている。

 こういう時、どういう顔をすればいいのかわからない。とてつもなく照れくさい。今まで他人に嫌われる人生を送ってきた守哉にとって、人に好かれるというのは複雑な気分だった。思わず、本当に七瀬は自分の事が好きなのだろうか、と疑ってしまう。もしかして、何か自分を利用するために嘘をついているのではなかろうか。これはトヨの陰謀なのではなかろうか。


「え、いや、嘘だろ?ぶっちゃけ」

「……嘘じゃないよ。ホントに好きだよ」

「どうせババアに言われてるんだろ?ほら、俺を篭絡しろ、とかさ」

「……おばあちゃんはそんな事言わないよ」

「でも、ほら」

「……そこまで疑うんなら、証拠を見せてあげる」


 そう言うと、七瀬は守哉の肩に両手を置いた。顔を少し傾けて、守哉の顔にすっと自分の顔を近づける。目を瞑った七瀬の顔が急に迫って守哉は思わず身構えてしまい、七瀬を避ける事ができなかった。


 瞬間、柔らかい何かが唇に触れた。暖かくて、ちょっぴり甘酸っぱいような、そんな何か。

 

 すっと七瀬は顔を離した。真っ赤な顔で守哉を見上げて、はっきりと言った。


「……好きでもない人に、こんなこと、しないから」


 そう言うと、七瀬は校舎に向かって駆け出した。守哉は何が起こったのかわからず、呆然として突っ立っている。しばらくそうしていると、次第に思考が明瞭になってきた。


 キス。ファーストキス。七瀬と。マジですか。


 いやさすがに誰かに言われたからってこんな事はできないだろ、いやあんだけトヨに従順な七瀬ならここまでやりかねん、いやでもあの七瀬が……

 守哉は頭を抱えて地面にうずくまった。そこでふと、誰かに見られていないかと思って周囲を見渡す。しかし、登校している生徒はまったくいなかった。考えてみれば、少し早く学校に来すぎた気がする。まともに時間を見ずに登校してしまったのだ。

 いや、一人いた。登校している生徒が。地面にうずくまっている守哉をしらけた顔で見つめている。


「……あんた、何やってんの」


 冷ややかな目でそう言ったのは、神代七美であった。守哉は恐る恐る七美を見上げて聞いてみた。


「み、見た?」

「何をよ」

「いや、さっきの」

「さっきって、私今登校してきたところなんだけど」


 どうやら七美は見ていなかったようだ。守哉はほっと胸を撫で下ろすと、立ち上がって快活に言った。


「いやぁ、見てないならいいんだ。いや、よかったよかった」

「何かあったわけ?凄い勢いで校舎に走ってった七瀬なら見たけど」

「う。いや、なんでもないんだ。ホントに」

「……怪しいわね。あんた、七瀬になんかしたの?」

「いや、してない!少なくとも、俺は何もしてないぞ!」

「怪しい……」


 慌てる守哉の様子を怪しむ七美。すると何を思ったのか、七美は突然目をつり上げて激昂した。


「あんたまさか……!!」

「いや、ホントに何もしてないからな!?つか、何を考えてるんだ、あんたは!」

「昨日私がいいもの見せてやったからって、なんて事を……!!!」

「何を考えてるのかは知らないけど、それはただの妄想だっ!!」

「神が許しても私が許さないわ!!覚悟しろ、この変態!!!」

「なんでこうなるんだーっ!!」


 拳を振り上げた七美を見て守哉は一目散に駆け出した。痛む右足を無視して一目散に逃げていく。そんんな守哉を七美は鬼のような形相で追いかけてきた。


「まぁてぇ~!!この女の敵めっ!!」

「誤解だーっ!!!」


 守哉の悲鳴が朝の校舎に木霊する。誰にも見られていなかったのは不幸中の幸いだろう。


 理不尽な仕打ちに嘆きながら、守哉は楽しそうに七美から逃げ回った。

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