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かみかみ  作者: 明日駆
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第97話 “責任の取り方”

 ゆっくりと、七瀬の部屋の障子が開いていく。


 七瀬は、放心したように目と口を力なく開いたまま、壁に寄りかかって座り込んでいた。

 まるで、死んでいるかのように。


「七瀬、守哉がきたわよ」


 七美のその言葉にも、七瀬は反応しない。それどころか、こちらを見向きもしなかった。

 七瀬の状態に、守哉は思わず絶句する。そんな守哉に、七美は同情するような眼差しを向けた。


「………」


 七瀬がトヨに言魂をかけられ、3年前から以前の記憶が曖昧になっている事は知っていた。

 そして、鎮守の森で七乃の器が発動した神域侵食が、七瀬にかけられた言魂を解除してしまったとすれば、どうして七瀬がおかしくなってしまったかの説明はつく。

 自分が七瀬を巻き込んだせいで、こうなってしまった。責任をとるとは言ったものの、今の守哉にはどう責任をとればよいのかがわからなかった。

 唾を飲み込み、七瀬の元へ歩み寄る。七瀬に顔を近づけ、守哉は囁くように話しかけた。


「七瀬。俺だ、守哉だ。わかるか?」


 返事はない。何も反応しない。あの七瀬が。

 根気強く何度か話しかけるも、一向に返事は来なかった。


「七瀬……」

「守哉、もういいわ。どうしようもないわよ」

「わかってる。でも、俺は―――」

「俺は、なんじゃ?」


 そのしわがれた声は、後ろから聞こえた。振り向くと、七美の横にトヨが立っていた。


「お主にできる事なんぞない。出て行くがいい」

「トヨバア今までどこに行ってたのよ!こんな大変な時に!」

「大変な時じゃからこそ、わしのやるべき事をやっておったんじゃ。百代目、お主にできぬ事をな」


 嘲笑するようにトヨは言う。癪に障ったが、守哉には言い返す言葉がなかった。

 トヨは押し黙る守哉を見て鼻を鳴らすと、近づいてきて守哉を押しやった。そのまま七瀬の額に触れ、言魂を発動する。

 それは七瀬を眠らせる言魂だったのだろう、すぐに七瀬は意識を失った。


「ババア、どうする気だ」

「決まっておる。もう一度服従の言魂をかけるんじゃ」

「ふざけんな、それじゃ何の解決にもならねぇだろ!」

「そう言うからには、お主には今の七瀬をどうこうできる術があるじゃろうな?」

「それは……」


 あるはずがない。唇を噛みしめて押し黙った守哉に、トヨは苛立ちをぶつけるように答えた。


「ないじゃろう。そもそも、お主が七瀬を巻き込んだが故にこうなったのじゃ。自分の行いがどういった結果を招くのか想像もできない若僧に、これ以上七瀬を任せるわけにはいかん。……もう七瀬には近づくな!」


 その言葉に、守哉は唇を強く噛む。口の端から血が垂れるほどに。


「さっさと出て行け。もう二度とこの家の敷地をまたぐでないぞ」


 守哉はそれに答えなかった。ただ、拳を握りしめて立ち上がり、部屋から出て行く。


「ちょっと、守哉!待ってよ!」


 去ろうとする守哉の手を慌てて七美が握る。焦りと苛立ち、そして心配する気持ちが入り混じった声で七美は言った。


「守哉、あんた責任とるって言ったでしょ!?こんな、言い負かされるばっかりでいいわけ!?」

「……言ったさ。だけど、今ここでできる事なんて……」

「できる事なんてなくても、七瀬はあんたに傍にいてほしいに決まってるでしょ!どうしてそれがわからないのよ!?」

「責任の取り方なんて他にもあるだろ。俺はできる事をやるしかねぇんだよ」

「他にできる事って何よ!?あんたは七瀬が心配じゃないの!?」

「……心配に決まってるだろっ!!」


 思わず七美の手を振り解いてしまう。七美は驚いたように顔を硬直させていた。

 守哉は顔をうつむかせると、


「ごめん……でも、どうしていいかわからなくなっちまったんだ。ぴくりとも動かない七瀬の顔を見て、どうしていいかわからなくなっちまったんだよ」

「そんなの……私だって同じよ」

「だったら、わかるだろ。ここにいてもできる事はないんだ。だったら、他の場所でできる事を探すしかねぇだろ」

「でも……でも!七瀬は、あんたに!」

「わかってる。本当に、すまないと思う。……せめて、今の状況をなんとかする事で責任をとりたいんだ。わかってくれ」


 そう言って、守哉はその場を離れた。

 七美は何も答えなかった。ただ、守哉の背中を見つめる事しかできないようだった。



  ☆ ☆ ☆



 鎮守の森で気を失ってから、丸一日が過ぎていたらしく、更にもう逢う魔ヶ時を過ぎていた。つまり今日は、神奈備島でいう週の始まり―――日曜日だ。

 神代家からの帰り際に眠っていた優衣子を担ぎ、守哉は磐境寮へと向かっていた。後で知った事だが、今日は神さびは来なかったらしい。来られても困るが。

 帰る途中で目を覚ましたのか、優衣子は守哉の背中で身じろぎした。


「ん……」

「起きたのか。中々目を覚まさないから心配したぜ」

「随分寝心地がいいと思ったら、あなたの背中だったのね。傷もあなたが治してくれたのかしら」

「大体はババアが治したみてぇだけどな。つっても、あのババア下手くそだから完治させたのは俺だ」

「そう。……もういいわ、ありがとう」


 立ち止まり、優衣子を降ろす。もう日は暮れて夜になっていた。

 優衣子は学校の奥―――鎮守の森の方向を見つめ、呟いた。


「私達、負けたのね」

「……ああ」

「七乃ちゃん、どうなったのかしら」

「さぁな。連れ去られたのかもしれねぇな……」

「随分、冷静なのね」

「色々あって混乱してるだけだ。一応、事情を説明しとくな」


 守哉は優衣子が寝てる間に起きた事を説明した。優衣子は、驚くわけでもなくただ淡々と守哉の話を聞いていた。


「……そう。七歌ちゃんが助けてくれたのね」

「驚かねぇんだな」

「驚いてるわよ。でも……あんまり気にしすぎると、期待しちゃうのよね」


 その言葉に、守哉は英司を思い出した。かつて、優衣子の夫だった男―――荒霊と化し、優衣子に鎮められた男の事を。七歌が守哉に鎮められて和魂になったのだとすれば、英司もまたそうなる可能性もあるのだ。


「なんか、ごめんな」

「どうして謝るのよ。あなたが気にする事じゃないわ」

「でもさ、なんか思い出させちゃったみたいで」

「別に悪い事じゃないでしょう。あの人の事は忘れていいのよ」

「いいのかよ、それで」

「いいのよ。あの人は私が幸せならそれでいいの。私も、あの人が幸せに逝ったのならそれで満足。むしろ、今更私の前に現れてもらっても迷惑だわ」


 それもそうだ、と守哉は思った。しかし、自分は七歌が再び自分の前に現れた時、嬉しく思った。もしかしたら、優衣子も実際にそうなった時にはそう思うのかもしれない。迷惑、というのは本心じゃないのかもしれない。

 でも、やはり期待はしたくないようだった。この島では死者が形を変えて蘇る。それは、島の外では普通はないのだ。それが島の外からきた自分達にはわかっている。

 黙り込んだ守哉の頭にぽんと手を置き、優衣子は言った。


「さ、帰りましょ。今日は色々ありすぎて疲れたわ。これからどうするかは明日考えましょう」

「……そうだな。それもそうだ」


 今、自分がやるべき事。巻き込んでしまった責任と、巻き込まれてしまった責任の取り方。

 それを考えるのは、後でもいい。事態が動き出してからでもいい―――しかし。


(いつも、受け身すぎるよな、俺達は。……どうにかなんねぇもんかな)


 どうしても、考えてしまう守哉であった。



  ☆ ☆ ☆



 磐座機関本社ビル。F60の墓場、そこに新たに作られた水槽の中に七乃はいた。


 目を覚ます気配はない。器と心は互いに溶け合い、自らの中で一つに戻ろうとしている。

 だが、それを邪魔する存在があった。


「……まったく、面倒をかけさせてくれるわね。失敗作の拠り代の分際で」


 右半分を眼帯で覆った女性―――宇美は、七乃の入った水槽を見ながら呟いた。

 その隣には白馬の姿もある。白馬は手元の情報端末を見ながら言った。


「順調のようだな」

「それ、皮肉で言ってんのかしら。だったらむかつくわね」

「皮肉ではない。事実だ」

「何が事実よ。どこがうまくいってるように見えんの」

「計画に支障をきたしていない。それどころか、モルモットを一匹増やしてくれた。これを順調と言わずなんと言う」

「結果的にそうなっただけじゃない。第一、あれ使い道あんの?」


 宇美の言うあれとは、七緒の事だった。七乃の心から切り離された七緒は、今は冷凍睡眠状態で保存してある。神代家の血を僅かでも引く以上、使い道があると思われた結果だった。

 白馬は七緒の生体情報を端末に表示させると、


「あるにはある。例の計画に使う」

「神さびのエサにすんの?なるのかしらね」

「なるさ。被験者二号―――今は拠り代一号か。あれを元に研究した結果、神代家特有の多量神力保有体質は子孫に確実に遺伝される事が判明した。更にその情報を表に引き出し、その者の神力内包量を増大させる事ができる事もな」

「ああ、あの研究一応結果出たのね。じゃあ、動くのね?」

「そのつもりだ。……輸送機を手配しておけ」

「了解。XC-4でいいわよね?」

「構わんが、それは試作機だろう。島まで持ってこれるのか?」

「実はもう防衛省には話通してあんのよね。航空自衛隊の説得には骨が折れたけど、天下の未鏡家だし最後は悔しそうに譲ってくれたわ」

「そうか。言わずとも動く気だったようだな」

「あら、お見通し?さすがは白馬先輩ね」

「……昔の事は言うな」


 吐き捨てるように言い、白馬はその場を後にした。

 一人残された宇美は、意地悪そうににやりと笑うと、


「あら、お気に召さなかったかしら。ま、わかってたけどね」


 そう言い、白衣のポケットから携帯電話を取り出すのだった。

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