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かみかみ  作者: 明日駆
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第95話 “その名をもう一度”

 始めに思い出したのは、トヨおばあちゃんの怒声でした。


「冗談ではないわい!」


 それは3年前の事。わたしが11歳の時、神奈裸備島でお仕事をしていたお父さんとお母さんが、ある日突然家に帰ってきたのです。

 おばあちゃんはお父さんとお母さんが帰ってきた事を喜びはしませんでした。それどころか、家に宿泊していく事を禁止しました。おばあちゃんがなぜそこまでお父さんとお母さんを嫌っているのか……当時のわたしには理解できませんでした。


「七瀬を連れて行くなど!お前達はわしからどれだけのものを奪えば気が済むのじゃ!?」

「お母さん、人聞きの悪い事を言わないでください。私達は何も奪ってなどいません」


 答えたのは、わたしのお母さん―――神代四歩(くましろしほ)。わたしが物心がつく前から家を出ていたので、どんな人だったのかはよく覚えていません。

 お父さん―――神代三治(くましろさんじ)も、お母さんをフォローするように言いました。


「お義母さん。僕達は、この島の事を第一に考えて行動しているつもりなんです。そして、この島を救うための研究にどうしても七瀬が必要なんですよ」

「やかましい!何がこの島の事を第一に、じゃ!お前達は未鏡の連中に踊らされておる事に気づいておらんのか!?」

「未鏡家は神奈備島の未来を考えて依り代の研究をしているのですよ?」

「禁忌に手を出しておきながらよく未来などと言えるもんじゃ!」

「絶対輪廻は禁忌などではありません。もし禁忌の技ならば、天照大神があれの存在を許すわけがない……記録が残るわけがないでしょう?」

「天照大神はあらゆる呪法に干渉できるから放置しておるだけじゃ!その証拠に絶対輪廻は今まで一度として成功しておらんではないか!」

「それは研究が足りないだけですよ、お義母さん。これまでの実験の結果、絶対輪廻の発動成功率は被験者のDNAが関連している事がわかっています。この島の成り立ちに関わった神代家の者ならば、まず確実に成功する事もね。そして、神代家の人間特有の多量神力保有体質を持つ七瀬ならば、確実に依り代となる事が……」

「七瀬は既に最後の神和ぎとなる事が決まっておる!依り代になどするつもりはないわい!」

「それはお母さんが勝手に決めた事でしょう?第一、七瀬は私達の娘。自分の娘をどうしようと私達の勝手です」

「今まで育児を放棄しておいて、よくもぬけぬけと……!」

「七瀬達の育児に関してはお義母さんも承諾していた事ではないですか」

「お前達が育児を放棄する事など聞いておらん!大体、自分の腹を痛めて産んだ子供を捨て置く親がどこにいる!恥というものを知らんのか、このたわけどもが!」

「……話になりませんね。これ以上は時間の無駄のようですし、私達は帰らせて頂きます。さあ、行くわよ、七瀬」


 そう言って、お母さんはわたしの手を取りました。その手を、驚くほど冷たく感じたのをよく覚えています。

 立ち上がろうとしたお母さんに連れられて、わたしも立ち上がろうとした、まさにその時でした。


「待てい」

「何です、お母さ―――」


 一閃。薙ぎ払うように突如振られたおばあちゃんの長刀は、わたしの頭上を通り過ぎて―――


「ん」


 お母さんの首を。


 お母さんの体から、無造作に切り離したのです。


「……っ!!!ま、ままま魔刃け……!」


 驚くお父さん。そう、その時間は逢う魔ヶ時でした。おばあちゃんの魔刃剣を見て、次に呆然とするわたしと頭のなくなったお母さんを見て―――お父さんは立ち上がり、逃げ出そうとしました。


「臆病者め!それでも神代の婿かっ!」


 返す刀でおばあちゃんはお父さんの右手を切り落としました。そして、頭上で魔刃剣を振り回し―――


「待ってくれ!!七瀬ならもう諦めるから……!!」


 命乞いをするお父さんの首を刎ねたのです。


「……ふん。未鏡の犬め……子も家も島も捨てたお前達に墓はやらぬぞ」


 物言わぬ骸と化したお父さんとお母さんに、おばあちゃんはそう吐き捨てるように言いました。


 わたしはその時、何が起こったのか理解していませんでした。

 それ故にか、わたしはその後の事をまったく覚えていません。


 ただ、その時、わたしの目には。


 お父さんとお母さんの死体しか、映っていませんでした。



  ☆ ☆ ☆



「守哉ぁっ!!!」


 優衣子の悲痛な叫びが聞こえる。

 思わず、自分の腹を見る。自分のものではない、他者の腕―――七乃の器の腕が突き出たその光景は、自分の事だとわかっていてもシュールなものだと思ってしまった。

 ただ、痛みだけは冗談ではすまないが―――


「がはっ……!」

「痛いですか?治癒の言魂も使えない今、もうあなたは死ぬしかありません。ご愁傷様です」


 淡々と言う器。それに対し何も答えられない守哉に代わり、優衣子が回し蹴りで答える。

 それを避けるため、器の腕が引き抜かれる。ずじゅる、と生々しい音が耳に届いた。


「があああああっ……!!!!」

「守哉、守哉っ!!すぐに、すぐに手当を……!」


 優衣子が必死になって腹の穴を塞ごうとする。治癒の言魂を発動しようと試みているようだが、発動する気配はない。

 痛みで意識が遠のこうとする。そう長くはもたない事がすぐにわかった。


「その人は放っておいても死ぬので、次はあなたを殺します」

「……よくも……よくもぉぉぉぉぉっ!!!!」


 ダメだ、と制止しようと声を出すが、代わりに口から出たのは大量の血だった。我を忘れて器に特攻した優衣子は、器に蹴り飛ばされて木に激突した。

 身体強化の言魂が消えた今、神和ぎ達は無力だった。


「て……めぇ……」

「おや、まだ生きていたのですね。ですが、もうあなたの相手をする暇もありません」


 そう器が言ったかと思うと、木々の合間を縫って森の奥から何かが飛んできた。

 てんとう虫に似た巨大な虫だ。自分よりも大きな何かを運んで飛ぶそれは、器の前で制止すると掴んでいたものを無造作に地面に落とした。

 それは人間だった。それも、顔見知りの少女―――


「なな、お……!?」


 どうしてこんなところに。守哉が疑問に思う中、器は七緒の髪の毛を掴むと、自らの眼前まで持ち上げた。それで気が付いたのか、七緒の目がうっすらと開く。


「あう……」

「ようやく捕まえました。さぁ、帰りますよ」

「イヤ!ぜーったいに戻らないもん!」

「あなたのその我がままが私には理解できません。私達が一つにならなければ、私達は消えてしまうのですよ?」

「その方がずっといい!島の皆を困らせるよりずっとマシ!」

「分からず屋は嫌いですよ」


 器の会話から察するに、今の七緒は七緒ではないようだ。それに事情を知っているような態度……もしや、七緒の中に七乃の心が入っているのだろうか?

 だとしたら、まずい事になった。このまま七乃の心を奪われるわけにはいかない。かといって、ひん死状態の自分では七乃の心を助ける事ができない。そもそも、そろそろ意識がやばい。寒気がするし、何より腹の痛みがなくなった。視界もぼやけてきている……


「待ち……なさい……!」


 優衣子だ。先ほどの一撃で骨が折れたのか、苦しそうに横腹を押えて立ち上がり、器を睨み付けている。

 器は思い出したようにそちらを見ると、掴んでいた七緒を放り投げた。


「そちらも生きていましたか。人間は意外と頑丈ですね」

「伊達に神和ぎもどきやってないわ。それより、その子は渡さないわよ」

「そんな体裁で言われても迫力を感じませんね。第一、私が呪法で逃げたらどうするのです?」

「あなたの呪法は追いやすいからね。どこまででも追いかけてやるわ……」

「では、ストーキングされるのも面倒ですし、今のうちに始末する事にします」


 言うが早いか、器は優衣子との距離を一瞬で詰める。当然、優衣子が反応できるわけもなく、呆気なく首を掴まれてしまう。


「このまま首の骨を……」

「待ち、なさい……!私達を、殺し、たら……神さび、に……」

「そんなものは知りません。どうせ九十九代目のおばあさんが始末してくれますので」


 最後の脅しもきかなかったか。万事休すか、と思ったところで、不意に優衣子と目が合う。


「………!」


 その目が、七瀬を連れて逃げろと言っていた。すぐにここを離れて傷を癒せと。

 優衣子を見捨てたくはなかった。だが、優衣子が稼いだ時間を無駄にはできない。それに、ここを離れて応急処置を施し、すぐに戻れば助けられるかもしれない。

 守哉は必死の思いで意識をとどめ、大穴が開いた腹を押えながら体を起こした。地面に倒れ放心したまま動かない七瀬に手を伸ばそうとして―――


「何をしているのです?」


 声はすぐ後ろから聞こえた。次の瞬間、器の回し蹴りが頭に直撃する。凄まじい衝撃に体が浮き、地面を滑る。衝撃で一瞬意識が飛びそうになったが、なんとか持ちこたえる事ができた。

 自分がまだ死んでいない事に安心したのもつかの間、器に頭を踏みつけられた。


「ぐっ……!」

「あなたもしぶといですね。やっぱり、後顧の憂いのないように、さっさと殺しておきましょう」


 頭の上に置かれた足に力が込められる。このまま頭を潰すつもりか。

 意識が急速に遠のく。ぼやけた視界からは最早何の情報も得られず、周囲の声も聞こえない。

 

(死ぬのか……)


 いい加減諦めもついた。今までろくな人生じゃなかったが、この島で七瀬達と過ごした時間はとても楽しかった。最後に走馬灯としてその思い出を見られたのが唯一の救いか―――そう思った直後。

 

 死神の足音が聞こえたような気がした。


「……?」


 気づけば、頭にかかっていた重みが消えている。器が足をどけた―――いや、どかさざるを得なくなったのだ。

 ほんの少し周囲の音が聞こえるようになった。朦朧とする意識の中、頭を動かして周囲を見る。


「―――私の大切な友達を殺そうなどと……少しおしおきが必要みたいね、七乃?」


 堂々とした、自信に満ち溢れた少女の声。

 

 血のように赤い真紅の和服に身を包んだその少女を、守哉は知っていた。


「……な……な……か―――?」


 辛うじて漏れ出たその言葉に、少女が振り向いた瞬間。

 守哉は、意識を失った。 

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