NHKなんて見ないONE
新しいテレビが届いた。
ヒデキは、うんしょうんしょと言って、段ボールからテレビを取り出した。ルナが仕事から帰ってくるまでに、設置を終えなくちゃ。そう思って、テレビをテレビ台へと運んだ。
そうしていたら、後ろから気配がした。
振り返ると、テレビが入っていた段ボールから、小さな人形が顔を覗かせていた。
丸い頭の人形は、
「コンニチハ」
と言って、段ボールから飛び出した。
頭でっかちの体で、床に着地した途端、バランスを崩しそうになった。
「おっとっと」
人形は何とか倒れまいと踏ん張った。そして、ヒデキの方へ真ん丸な目を向け、
「ぼく、エネーチ・ケイくんです」
と名乗った。
「きみ、なんなの?」
ヒデキは奇妙に思って、人形に尋ねた。
「テレビを買うと、ぼくが必ず、くっついてくるんです」エネーチ・ケイと名乗った人形が、言った。「法律で、そう決まってるんです」
「そうなの?」
「そうです」
「なんのために?」
ヒデキが問うと、エネーチ・ケイくんは、「はあ?」と言った。そして、さも相手を馬鹿にしたように「君たちを教え導くためだよ」と言い、腰に手を当てて、偉そうな態度を取った。
ヒデキはむっとした。頼んでもいないのに、勝手に他人の家に入り込み、教え導いてやろうと口にする、その傲慢さが許せなかった。
それでヒデキは、冷たく言った。
「別に、君に教えてもらうことなんて、ないよ」
「そんなこと、ないでしょ?」
「そんなこと、あるよ」
「君はさあ……」そこで人形はふふっと笑い、「ルナちゃんと一緒のベッドに入りたいと願っても、何度も何度も拒絶されてるんでしょ? ぼくが教えてあげるよ。女性の扱い方を」
人形にそんなことを言われ、ヒデキはかあっとなった。顔が真っ赤になったのが自分でもわかった。図星であっただけに、よけいに腹が立ち、
「なんでそんなことを……」と言いかけたが、言葉が続かず、あうあうと喘ぐしかできなかった。
そんなヒデキに、エネーチ・ケイくんが言った。
「他にも、いろんなことを教えてあげるよ。政治のこと、経済のこと、芸能のこと、スポーツのこと……。どんなことだって、ぼくがいれば、最新の情報が手に入れられるよ。……あ、見逃し配信もあるから、それも利用しなよ。……もっとも、再放送を何度もするから、見逃し配信なんて、不要だけどね」
エネーチ・ケイくんは、勝手なことを、言い続けた。演劇も見せてあげるよ、と言ってから、下手な一人芝居をヒデキに見せた。唾をいっぱい吐き出しながら演技し、こうして唾を吐くと、いかにも熱演っぽくなるだろ? などと訳の分からないことを言った。
ヒデキはしばし、呆然とした。が、ようやく我に返り、エネーチ・ケイくんに言い返した。
「テレビで見られることばっかりじゃねえか」エネーチ・ケイくんの顔を睨み、「君なんて、ほんとにほんとにほんとに、いらないよ」
ヒデキはエネーチ・ケイくんの頭を鷲掴みにした。そうして乱暴に持ち上げ、段ボールの中に放り込もうとした。
そうしたら、エネーチ・ケイくんが、突然声色を変えた。それまでの子どもっぽい声が、ドスのきいた声に変わり、
「そういうわけにはいかねえんだよ」
エネーチ・ケイくんはヒデキを脅すように言った。見ると、顔も恐ろしい形相に変わっていた。
「ひええっ」
あまりの恐ろしさに、ヒデキはエネーチ・ケイくんから手を離した。
手を離され、エネーチ・ケイくんが床に転がった。が、すぐに起き上がり、
「いてえじゃねえかっ!」
と怒鳴った。
「ごめんなさい」
ヒデキは一歩あとずさった。
「なめたことしやがると、おまえのお気に入りの女子アナを一人、イジメちゃうぞっ!」
「あ、それだけはやめてっ」
「あのなあ、さっきも言ったが、テレビを買ったらおれらの面倒をみなくちゃいけねえのよ。それが社会のルールなのよ。けじめ、つけてもらうぜ」
「……は、はい」
「わかったらよ、この契約書にサインしな」
「なんですか、これ?」
「契約書だって、言ってんだろ。エネーチ・ケイくん受信契約書だよ」
「サインすると、どうなるの?」
「受信料を毎月支払ってもらうぜ」
「いくら?」
「衛星受信料が2220円で、地上波受信料が1275円だっ!」
「た、高いっ!」ヒデキは目を丸くした。「スカパーの映画専門チャンネルなんて、ひと月に770円だよ。役にも立たない君に、そんなバカ高いお金、毎月払うの?」
「うるせえっ! 法律で決まってるんだ。払わねえと、訪問員に嫌がらせさせるぞ。これも合法じゃ」
「その法律、おかしいよ」
「そんなこと言ったって、後の祭りよ。なにしろ、俺らエネーチ・ケイくんは、政治家を抱き込んでおるんでな。どんな悪法だろうが、今更変えられねえよ」
そう言うと、エネーチ・ケイくんは声高らかに笑った。この世に敵なんていねえんだよ、と笑いながら言い、ヒデキの肩に乗った。
エネーチ・ケイくんはヒデキの肩にしがみついた。ヒデキが振り払おうとしても、けっして離れようとはしなかった。
「うあああっ」
ヒデキは自分の叫び声を聞いた。
その恐怖の声に恐怖し、目を覚ました。
「どうしたの?」
ルナの声がした。
見ると、ルナが目を丸くして、ヒデキを見つめていた。
そこは、居間であった。ヒデキはソファで寝そべっていて、傍らにはルナが座っていた。
「悪夢でも、見たの?」ルナが訊いた。
「うん、そうみたい」ヒデキは答えた。首の汗を手で拭い、ふうっと、ため息をついた。
ふと、テレビ画面を見ると、NHKの番組が映っていた。
ヒデキは訊いた。
「その番組、面白いの?」
すると、ルナが答えた。
「全然面白くない」
「じゃあ、なんでそんなの、見てるの?」
「だって」ルナが肩を竦めてみせた。「あんなバカ高い受信料を払ってるんだもん。何か見ないと、損でしょ」
ルナの言葉に、ヒデキは拳を握り締めた。
「それじゃあ」そう言ってから、息を吸い込み、「いっそのこと、テレビなんて、捨てようよ」
買ったばかりのテレビを、ヒデキは指さした。
そこに悪魔が宿っている。お祓いをしなくてはいけない。そう思って、ヒデキはテレビを指さし続けた。




