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NHKなんて見ないONE

作者: 泉 羅卯
掲載日:2025/11/14

 新しいテレビが届いた。

 ヒデキは、うんしょうんしょと言って、段ボールからテレビを取り出した。ルナが仕事から帰ってくるまでに、設置を終えなくちゃ。そう思って、テレビをテレビ台へと運んだ。

 そうしていたら、後ろから気配がした。

 振り返ると、テレビが入っていた段ボールから、小さな人形が顔を覗かせていた。

 丸い頭の人形は、

「コンニチハ」

 と言って、段ボールから飛び出した。

 頭でっかちの体で、床に着地した途端、バランスを崩しそうになった。

「おっとっと」

 人形は何とか倒れまいと踏ん張った。そして、ヒデキの方へ真ん丸な目を向け、

「ぼく、エネーチ・ケイくんです」

 と名乗った。

「きみ、なんなの?」

 ヒデキは奇妙に思って、人形に尋ねた。

「テレビを買うと、ぼくが必ず、くっついてくるんです」エネーチ・ケイと名乗った人形が、言った。「法律で、そう決まってるんです」

「そうなの?」

「そうです」

「なんのために?」

 ヒデキが問うと、エネーチ・ケイくんは、「はあ?」と言った。そして、さも相手を馬鹿にしたように「君たちを教え導くためだよ」と言い、腰に手を当てて、偉そうな態度を取った。

 ヒデキはむっとした。頼んでもいないのに、勝手に他人の家に入り込み、教え導いてやろうと口にする、その傲慢さが許せなかった。

 それでヒデキは、冷たく言った。

「別に、君に教えてもらうことなんて、ないよ」

「そんなこと、ないでしょ?」

「そんなこと、あるよ」

「君はさあ……」そこで人形はふふっと笑い、「ルナちゃんと一緒のベッドに入りたいと願っても、何度も何度も拒絶されてるんでしょ? ぼくが教えてあげるよ。女性の扱い方を」

 人形にそんなことを言われ、ヒデキはかあっとなった。顔が真っ赤になったのが自分でもわかった。図星であっただけに、よけいに腹が立ち、

「なんでそんなことを……」と言いかけたが、言葉が続かず、あうあうと喘ぐしかできなかった。

 そんなヒデキに、エネーチ・ケイくんが言った。

「他にも、いろんなことを教えてあげるよ。政治のこと、経済のこと、芸能のこと、スポーツのこと……。どんなことだって、ぼくがいれば、最新の情報が手に入れられるよ。……あ、見逃し配信もあるから、それも利用しなよ。……もっとも、再放送を何度もするから、見逃し配信なんて、不要だけどね」

 エネーチ・ケイくんは、勝手なことを、言い続けた。演劇も見せてあげるよ、と言ってから、下手な一人芝居をヒデキに見せた。唾をいっぱい吐き出しながら演技し、こうして唾を吐くと、いかにも熱演っぽくなるだろ? などと訳の分からないことを言った。

 ヒデキはしばし、呆然とした。が、ようやく我に返り、エネーチ・ケイくんに言い返した。

「テレビで見られることばっかりじゃねえか」エネーチ・ケイくんの顔を睨み、「君なんて、ほんとにほんとにほんとに、いらないよ」

 ヒデキはエネーチ・ケイくんの頭を鷲掴みにした。そうして乱暴に持ち上げ、段ボールの中に放り込もうとした。

 そうしたら、エネーチ・ケイくんが、突然声色を変えた。それまでの子どもっぽい声が、ドスのきいた声に変わり、

「そういうわけにはいかねえんだよ」

 エネーチ・ケイくんはヒデキを脅すように言った。見ると、顔も恐ろしい形相に変わっていた。

「ひええっ」

 あまりの恐ろしさに、ヒデキはエネーチ・ケイくんから手を離した。

 手を離され、エネーチ・ケイくんが床に転がった。が、すぐに起き上がり、

「いてえじゃねえかっ!」

 と怒鳴った。

「ごめんなさい」

 ヒデキは一歩あとずさった。

「なめたことしやがると、おまえのお気に入りの女子アナを一人、イジメちゃうぞっ!」

「あ、それだけはやめてっ」

「あのなあ、さっきも言ったが、テレビを買ったらおれらの面倒をみなくちゃいけねえのよ。それが社会のルールなのよ。けじめ、つけてもらうぜ」

「……は、はい」

「わかったらよ、この契約書にサインしな」

「なんですか、これ?」

「契約書だって、言ってんだろ。エネーチ・ケイくん受信契約書だよ」

「サインすると、どうなるの?」

「受信料を毎月支払ってもらうぜ」

「いくら?」

「衛星受信料が2220円で、地上波受信料が1275円だっ!」

「た、高いっ!」ヒデキは目を丸くした。「スカパーの映画専門チャンネルなんて、ひと月に770円だよ。役にも立たない君に、そんなバカ高いお金、毎月払うの?」

「うるせえっ! 法律で決まってるんだ。払わねえと、訪問員に嫌がらせさせるぞ。これも合法じゃ」

「その法律、おかしいよ」

「そんなこと言ったって、後の祭りよ。なにしろ、俺らエネーチ・ケイくんは、政治家を抱き込んでおるんでな。どんな悪法だろうが、今更変えられねえよ」

 そう言うと、エネーチ・ケイくんは声高らかに笑った。この世に敵なんていねえんだよ、と笑いながら言い、ヒデキの肩に乗った。

 エネーチ・ケイくんはヒデキの肩にしがみついた。ヒデキが振り払おうとしても、けっして離れようとはしなかった。


「うあああっ」

 ヒデキは自分の叫び声を聞いた。

 その恐怖の声に恐怖し、目を覚ました。

「どうしたの?」

 ルナの声がした。

 見ると、ルナが目を丸くして、ヒデキを見つめていた。

 そこは、居間であった。ヒデキはソファで寝そべっていて、傍らにはルナが座っていた。

「悪夢でも、見たの?」ルナが訊いた。

「うん、そうみたい」ヒデキは答えた。首の汗を手で拭い、ふうっと、ため息をついた。

 ふと、テレビ画面を見ると、NHKの番組が映っていた。

 ヒデキは訊いた。

「その番組、面白いの?」

 すると、ルナが答えた。

「全然面白くない」

「じゃあ、なんでそんなの、見てるの?」

「だって」ルナが肩を竦めてみせた。「あんなバカ高い受信料を払ってるんだもん。何か見ないと、損でしょ」

 ルナの言葉に、ヒデキは拳を握り締めた。

「それじゃあ」そう言ってから、息を吸い込み、「いっそのこと、テレビなんて、捨てようよ」

 買ったばかりのテレビを、ヒデキは指さした。

 そこに悪魔が宿っている。お祓いをしなくてはいけない。そう思って、ヒデキはテレビを指さし続けた。

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