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偽物の感情で恋したが、次の日その感情はすでになかった

作者: 上野 ハル

青年はごく一般的な大学を出たごく一般的な会社員だ。青年は今、上司の席に呼び出されていた。青年は上司をまっすぐに見つめて口を開く。


「来週の商談の件でしょうか」

「そうだ。あれはわが社にとってとても大事な商談だ。この製品が広がるかどうかの瀬戸際なんだ。失敗し

たらお前はもちろん、私の首も切られるだろう」

「なぜそんな商談に私を指名したのですか?」

「本部の指名だ。なにせお前、仕事はできるし顔も良いからな」


青年は何も言わず、先を促すように上司を見つめたままだ。上司は溜息をついた。


「お前はそれだから……どうにも商談に弱いんだ。感情がない、ロボットのようだ」

「よく言われます」


青年は悪びれもせず答えた。


「だが、それじゃあいけない。だから今回は『コン太』で感情を借りてきてもらう」


「こん太」は感情の「レンタル」サービス会社だ。一般から買い取られた様々な感情を、特別な機械を使って一定期間「借りる」ことができる。一年前に登場してから賛否両論あり激しく争っている、知名度は抜群の企業だ。感情を「借りる」ことに抵抗がある人も多いのだが、青年はそれを平然と受け入れた。


「経費はでますか?」

「ああ、もちろんだ。それに、今から行ってきてもらって構わない。これが交渉相手の写真とデータだから、彼女に合う感情を店で選んでもらえ」

「わかりました」


半ば投げやりな上司の指示を受け、青年は資料を持って「ぽん太」に向かった。




平日の昼間ということもあり店は比較的すいていた。青年は店員に資料を渡す。


「この人に合う感情を貸してください」

「了解いたしました」


店員は店内の機械で資料をスキャンする。すると、AIがそれに合う感情を見つけてくれる。


「『恋愛感情Ⅱ型』でよろしいでしょうか」

「はい」

「何日間にいたしますか?」

「商談の日までなので……三日後まででお願いします」

「了解しました、三日間ですね。期限がまいりますと、自動的に感情はなくなりますのでご注意ください。えー、お会計はこちらになります」


青年は代金を支払い、店員に言われるがままに機械帽のようなものをつけた。店員がスイッチを押して13秒が経つと、店員は青年から帽子を外した。


「お買い上げありがとうございました。新しい毎日をお過ごしください」


青年は軽く頭を下げて会社に戻った。


商談の日が訪れた。青年はすでに会議室についていた。遅れて、商談相手の女性もやってきた。


「あっ、もうついてたんですね。遅れてしまってすみません」

「い、いえ、こちらが製品を紹介させて頂く立場でございますし、そんな申し訳ない……」

「許して頂けたのかな? それなら良かったです」


女性は天使のように微笑んだ。青年の顔が真っ赤に染まった。




青年は終始、噛んだり早口になったり、かと思えば何も言えなくなったりとさんざんだったが、女性は笑って流していた。それどころか、楽しそうでさえあった。


「こ、この製品を買ってくださいますか!?」

「はい、もちろんですっ」


商談は大成功に終わった。そして青年はもたもたと帰り支度を始めた。ときおり女性のほうをチラリと見ては、お茶を勧めた。口をあけたのは女性のほうからだった。


「もしよかったら、この後カフェでもどうですか?」

「ええええ、喜んで!」




カフェでは、女性が主に会話をリードしていた。しかし青年も緊張がほぐれてくると、すすんで冗談や笑い話を話すようになった。


「あなたと話して、はじめて会話が楽しいなって思えました」

「はじめて!? それは今まで残念だったね……」

「いえいえ、そんなことはないんです! ただちょっと学校で浮いていたことが多かったりして……。というか、辛気臭い話はやめましょうよ。私の兄弟の話なんですが、弟がほんとにドジで――」


女性は時に拍手し、笑い、悲しみ、親身になって青年の話を聞いた。青年も女性に合わせて笑い、悲しみ、時にはドリンクをふきだした。


――


「好きです。その笑顔に惚れました」


切り出したのは青年だった。


「あはは、全身がゆでだこみたいだよっ」


そういう女性も顔が真っ赤だった。そして女性は首を縦に振った。


「私もあなたが、好きです」


二人はしばらくの間だまってお互いを見つめ合ったが、どちらからともなく笑い出した。そして永遠とも思える時間、二人して笑い合った。



青年と女性はラインを交換し、夜も遅い時間になってからカフェを後にした。


「会計は……夕食も食べちゃったし、結構するね」

「大丈夫です、私が払います」

「えっ、いいの!? じゃあ、ごちそうになっちゃおうかな。次は私が払うからね」


青年は女性に甘い笑みを向け、カフェの料金を全額払った。



家に帰ってからも、青年と女性はラインで語り合った。


「そうだ、明日もお茶どうですか? 土曜日ですよね」

「もちろん、よろこんで! 今日と同じカフェでいい?」

「もちろんです!」


青年は幸福に包まれて眠りについた。




次の日の朝、青年が借りた感情はきれいさっぱり消え去っていた。青年は新着で送られてきた女性からのメッセージを見る。


「ごめん、そういえば今日何時からか決めてなかったね。もう、今からでいい?」

それと、「急ぎます!」と書かれた走るペンギンのスタンプ。青年は予想返信で出されたままで返信する。

「OKだよ!」


青年と女性はカフェで再会した。ドリンクを一杯だけ頼み、席に座る。


「昨日の今日ってすごいね、めっちゃ嬉しいかも」

「そうですね」


青年はどこか上の空の調子で答えた。女性は口をとがらせる。

「また緊張してる感じに戻っちゃったー? 昨日みたいに弟のドジ話してもいいんだよ?」

「弟? 私に弟はいません」


青年は真顔で女性を見つめていた。女性は視線を泳がせる。

「え? 昨日話してたよね。嘘だったってこと? というか真顔やめてよ、怖いんだけどー。まさか昨日の記憶、消えちゃったー?」

「はい、昨日は弟のドジについて話しました。あれは嘘です。高校生のときに友達から聞いた話を真似しただけです。真顔は私の性格なのでこのままです。そして、昨日の記憶は残っています」


青年は女性の質問に感情のない声で答えていった。女性は顔に無理やり笑みを貼り付けて言う。


「ちょっと、そういう冗談やめて、ちょっと怖いよ……。そうだ、昨日の商談で買った製品が納品されたんだけどね、素晴らしい製品ですって会社の人みんなほめてたよ、良かったね!」

「はい、良かったです」


青年は真顔のまま答えた。女性の目からついに、涙があふれてまできた。

「昨日のあなたはどこに行ったのよ! 純粋で、笑ってて、面白い話してくれて! 本物のあなたに会いたいよ……」

「昨日の私は『コン太』で感情を借りた私です。感情の貸出期限が過ぎたので、昨日の私はもう存在しません。また昨日の私に戻したい場合は、もう一度『コン太』で『恋愛感情Ⅱ型』を借りる必要があります」


青年はそこでにっこりと微笑んで女性を見つめると、ちょうどドリンク一杯分の代金だけを置いてカフェから出ていった。


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