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テーブルの前で呆然とするサトルに声を掛けたのは執事の男だった。

「あの、勇者様?・・・別室にお食事の用意が出来ておりますが・・・」


軋む首を曲げ、執事を見上げるサトル。

「俺は勇者なのですかね?」

「神ナープは術式にて異世界から勇者を召喚すると宣託を下されました。勇者様も召喚でこの世界に呼ばれた事実に間違いは御座いません」

首がギギギと音をたてて、サトルの目線が水晶玉に戻る。未だ右手を翳したままの水晶玉の中心には、先ほどと変わらず淡い光で『吸収』と文字が浮かんでいる。

酷く弱弱しい光で、ふっと息をかけたら消えてしまいそうだ。それはまるでサトルの魂の灯のようにも思え、見れば見る程サトルを不安にさせる。


「先ほど何方かが「魔族」と言っていましたが、どういう事ですか?」

「あぁ、水晶玉を返して頂いても宜しいですか」


サトルが手を放すと執事は水晶玉を自身の手前に置き、右手の手袋を水晶玉に掲げた。

水晶玉が松明位の光を放つ。そして中心に文字が浮かび上がる。


スキル『歩』


歩ってなんだ?

歩くのがスキル?

情人より早く歩けるとか、それ競歩では。と心の中で一人突っ込む。


空を歩けるとか、水の上を歩けるとか。

出来たら凄いし夢は有るけど、だから何?

元になる戦闘力や隠密能力があり、その上での空歩や水歩なら有効と言えるが、水晶玉の光加減からしてサトルの能力はおそらくザコである。

蚊やアメンボに魔王討伐は誰も期待しまい。


一歩一歩、歩くたびに経験値が貯まっていくとかのチートなら、勇者として召喚された事も納得できるのだが・・・



「この水晶玉は各個人の生命力を輝度で表し、神からの祝福を文字で表現するものです。生命力は人族固有のもので生まれたばかりの赤子でも蝋燭程度の輝度を持ち、成長するにつれ輝きを増し、老いて光を減じ、死して失うのです。

恐れながら勇者さまの輝度は成人男性の平均からすると余りにも弱く、生きているのが不思議と呼べるものでした。故に遠くからではその輝きが分からず『魔族』と発した者がいたのでしょう。決して他意は御座いません、ご容赦下さい」

「という事は、魔族は水晶玉に手を翳しても光らないのですか?」

「左様でございます。生きる屍、故に我ら人族は魔族と相いれないのです」

「私は魔族ではないのですね?」

「左様に御座います。勇者様にも神ナープの恩寵は御座います。『歩』というスキルも頂いておりますので、間違いございません」

「『歩』というスキルはどのようなものですか?」

「さあ?私は存じません。初めてお聞きしたスキルでございます。そもそもスキルは10人に1人あればという珍しい物です。その中でも『剣技』『弓技』というメジャーなものから『癒し手』のような稀有な物まで様々な種類が存在します。マグス様でも存じ上げないとなると、私には皆目見当もつきません」

「そうですか・・・」


ザコ確定です。赤子よりも低い底辺の能力でした。


元の世界に、家に帰りたい。



「勇者様?」

「すみません、何方か休める部屋を貸していただけませんか」

「畏まりました、軽い食事もご用意いたします」


・・・


サトルは与えられた部屋で横になり天井を見上げる。

執事さんは、こんな俺にも分け隔てなく接してくれた。

ホテルのスイート並みの広さがある部屋は、一生に一度は泊まってみたいと思うほど豪華であったか、実際に部屋のなかに一人になると、現在の状況も相まって不安が押し寄せてくる。とても居心地が悪いことこの上ない。

離れたテーブルの上には執事さんが用意してくれた食事が置いてあるが、とても食べる気になれなかった。


水晶玉の輝度は生命力の発露と言っていた。分かりやす言葉に直すならレベル、若しくはアビリティの事だろう。

召喚された勇者が皆レベル1と考えるなら、4人がレベル1の時の各種アビリティの差が輝度に現れたという事か。

生まれたての赤子でも俺より輝度が高いという事は、俺ってどれだけ能力が低いのか。

成長するにつれ輝度は増すというのなら、レベルを上げればアビリティの強化もできると思うが、元々の土台が低い場合成長の度合いもたかが知れているのではないだろうか。

俺だけがレベル上昇にあわせて高成長するなどあるとは思えない。


「魔王を倒す?魔国との戦争に勝利する?俺には無理な相談だ」

一般人より弱い俺が戦場に出向いても、肉壁にすらならないだろう。


元の世界へ帰る方法もない。


拉致同然にこの世界へ連れ去られたのだとしても、王や魔導士にも俺の存在は想定外のはず。

なんの役に立たないのに、何時までも城にはいられないだろう。

早めに城よりでて町で生きていく術を探すしか道はない。

後は、彼らに世界の平和を託して。



翌朝、様子を見に来てくれた執事さんに今後の希望を相談したところ、王様に掛け合ってくれて金貨の小袋と共に城外へ送り出してくれた。


「一般的な平民が1年は暮らせるお金を用意いたしました。落ち着いたら居場所を教えてください、元の世界へ戻る方法が見つかりましたらお連絡いたします。勇者様に神ナープのお導きが有らんことを」

「勇者は辞めてください、俺はサトルと言います。短い間ですがお世話になりました」

「サトル様、ご達者で」


深々とさげる執事さんを背に、サトルは肩を落としトボトボと町へ向かって歩き出した。


「はぁ」

出てくるのはため息ばかり。



・・・


サトルが城から出たのは正門から遠く離れた通用門。

出入り業者の馬車が商品を納入するために並び、荷台を空にして町へ戻っていく。


オルスザンク城は北側に流れる大河より3キロ程離れた小高い丘の上に建っている。

城前からの眺望はとてもよく、視界を左右に横切る川より先は延々と平野が広がっていた。

見下ろす城下町は川の両端に広がっり、行きかう船から活況が伺える。

町に城壁はなく、町の中心から建物の密集度が薄れていき、自然と畑に置き換わっていた。


勇者召喚に頼るほど切羽詰まっているとは思えない長閑な景色だ。

長年平和を謳歌してきたこと、為政者である王の善政がわかる。


「おぉー!」

絶景なり。日本ではお目にかかることのなり地平線に感動しサトルは思わず声を漏らしてしまう。


「兄さんどうした?」

気が付くとサトルの横に空の荷馬車を止め御者席に座る40歳位のふっくらした男が声を掛けていた。

男は朝のチュニックとズボンをはき、頭には丸い帽子をかぶっている。場内で見かけた人々の着る服程華美ではないが、小ざっぱりした印象を受ける。城の出入り業者の店主、若しくは番頭というところか。


「あ、いえ。とても素晴らしい景色だなと、見とれていました」

「ここオルスザンクは自然に恵まれた豊かな土地だ。儂には見慣れた景色だが喜んでもらえたらな何よりだ。兄さん見慣れない格好だが外国の人か?何処からきたんだい」


日本とは言えない、異世界というのも避けた方が良いだろう。コンティネンス大陸オルスザンク王国と説明は受けたが、地理もさっぱり分からない。そもそも魔族との戦争状況が掴めていない。


「ちょっと遠い所からね。昨晩この町へ来たんだ。初めて住んでいる街を出たんだが、俺の住んでいた所ではこんな遠くまで見渡せる景色はなかったからね」

「そうなのか、船で来たのかい?川の上流で山の中ってとハイギーかい?」

「まあ、そんなところだ。俺はサトル。あなたは?」

「わしはケレスケード、町で店をやっている。良かったら町まで乗っていくかい?出会いに感謝して今ならタダで載せてあげるよ」

「それはありがたい、宜しくねがいます」

「その代わり、町に着くまでの間に話し相手になってくれ。ハイギーの話とかしてもらえると助かる」

「あぁ、そうだな。ハイギー育ちでないからハイギーの話は出来ないが、俺の育った町の話でよければ少しは・・・」


・・・


町までは馬車に揺られて凡そ15分。

城から町までは緩やかな下り坂で、道幅も広く石を敷き舗装もされていた。馬車の揺れは思ったより少なく乗り心地は悪くなかった。

歩いたとしても左程時間のかかる距離ではないが、荷台の縁に座り横向きに前を向いたサトルは、この気さくな商人に幾つか尋ねておく必要を感じていた。


「ケレスケードさん町の事で幾つか教えて欲しい事があるのですが」

「私に分かる事でしたら何でもお聞きください、サトルさん」

「先ほど話した通りこの町へは昨晩着いたばかりでして、お薦めの宿屋を紹介頂けないかと、あと物価なども教えていただけると助かります」

「宿屋ですと『三月亭』ですかね、大通りから少し入った分かりにくい所にあるのですが、その分お安く、食事も美味しいと評判です。開店当初は食堂として下町で人気のお店だったのですが、繁盛して建物を買い取り宿屋も営むようになったのです。ただ場所が分かりにくく、場所が分かりにくく部屋は空き気味だとか」

「それは良さそうですね、是非ご紹介を。生憎手持ちが金貨しか無いのですが、両替は必要ですかね?」

サトルは皮袋から金貨を一枚取り出す。


ケレスケードはその金貨を一目見て、驚き訝しむ。

「あー大金貨ですか。それなら両替が必要になりますね」

大金貨を金貨と言い、見たことも無いあつらえの服を着こむ異国人。表門ではないが城の通用門まで執事がお見送りにくるこの者は何者であろうか?

まず商人ではない。お金の価値の分からぬもが商人であるはずがない。

労働とは無縁の綺麗な手をしており、騎士や剣士、冒険者のように戦闘を生業としているわけでもなさそうだ。

服装から神官ではない。

残るは貴族か魔術師となるが、ケレスケードにはサトルの職業が皆目見当がつかなかった。


「三月亭の一泊のお代は銀貨3枚夕食付だったかと、お湯は別料金、水でよければ裏の井戸は自由に使ってよかったはずです。大金貨では33日分ですか、流石にお釣りが用意できないでしょうから、宜しければ両替いたしましょうか?」

「お願いできますか」

「ええ、喜んで」


苦い笑顔をふりまきながら、サトルは両替をお願いする。

執事よりもらった皮袋の中には金貨が10枚入っていた。手元にある金貨より小さい金貨がありその下位に銀貨があるようだ。

執事は大金貨10枚で一年分の生活費と言っていたので、仮に大金貨を10万円、金貨を1万円、銀貨を1千円とすると、宿代は夕食込みで3千円というところか。


「あとは、町の物価についてでしたな。残念ながら小麦に始まり全ての物が年々上がっています。特に食料品と鉄製品の値上がりが顕著ですな。もう戦が始まって10年も経ちます。特に3年前から始まったフェルジー王国の戦況は思わしくないようで」

「フェルジー王国?」

「フェルジー王国は南西、ピレン山脈を越えた先にある国でして、王も惜しみない支援を行っているようなのですが、王都の目前まで迫られているとか如何とか」

「この国は平和なように見えるのですが、戦争の近づいているのですね」

「ええ、魔族に支配された土地では、私たちは家畜のように働かされると聞きます。恐ろしい事です。神ナープのご慈悲をもって魔族が駆逐されますように」

「そうですね、神の導きがありますように」


魔王討伐は『導き手』である3勇者に期待して、サトルは自分の生活を考えなくてはいけない。手元にある資金は1年分、日本に帰れる見込みなし。余裕のある内に働き先を見つけ稼げるようにならなくてはいけない。


・・・


ケレスケードさんと別れ、教えてもらった「三月亭」へとやって来た。裏路地にあるこじんまりとした建物は外観上、左右に建つ一般住宅と変わりなく、内装を変えて宿屋としたようだ。三日月に三月亭と書かれた看板が、この建物が宿屋であることを主張していた。

左右の家同様に日に焼けた年季のある外壁だが、掃除は行き届、入り口の脇にはプランターに花が植えられている。


ケレスケードさんの言った通り、表通りにあるような外からの旅人が立ち寄る宿ではない。

外観からは何の店かも分からず、知らない人ならば素通りするだろう。


地元に愛される料理店。

隠れた名店という言葉がしっくりくる、その様な店構えだった。


サトルは扉をあけ店に入る。

中は食堂だった。

建物の大きさからして、1階の大半食堂のようだ。

随所に柱を残し居ぬきとなったおお部屋にテーブルと椅子が散りばめられていた。

入って右側に受付と思われるカウンターがあり、その奥に2階へ上る階段がある。


「こんにちわー」


「はーい」

暫くすると奥から、エプロンで手を拭きながらおばさんが出てきた。

頭には三角巾をまき髪を後ろに束ねている。少し眦の下がった目は愛想よく好印象である。


おばさんはサトルを見て少し申し訳なさそうに眦をさげる。

サトルに持ち物はない。見慣れない服装は着ているが、昼下がりに手ぶらでやって来た客が宿泊客とはとても思えない。

別の店と間違えたか、裏路地で迷った旅人か。


「すみません、お食事なら仕込み中でまだ用意できていないのですよ」

「いえ食事ではないです、いや夕食は欲しいのですが。ケレスケードさんの紹介で、此処が宿屋だと聞いて来ました」


おばさんの口角があがり、嬉しそうに目を細めながら手を胸の前で組む。

「あら、宿泊ですか。素泊まりだと一泊2銀貨5銅貨、夕食付で3銀貨です。朝食は前日に注文が必要で3銅貨、お湯は盥1杯で2銅貨です。裏庭に井戸があるのでそちらは無料ですよ」


にこにことしながらカウンターへ回り、帳面を取り出した。

「こちらへお名前をお願いします」

「では10日間でお願いします。夕食はつけてもらって、朝食とお湯は必要なら後で頼みます」

「はい、夕食込みで10日間の宿泊ですね。3金貨になります」


支払いを済ませたサトルに荷物の有無を確認すると、おばさんは「3-3」と書かれた鍵を渡してくれた。


「荷物が無いなら3階の一番奥がよいかね。一番奥の部屋だから2面に窓があって明るいし、風も通るよ。鍵は出かける時にできれば返しておくれ。なくすと弁償してもらうからね。あと昼間に掃除にはいるので、部屋の中に貴重品は置かないようにしておくれ。貴重品は私に言ってくれればこちらで預かるよ。っても限度があるからね、サトルは商人にはみえないけど、仕入れた商品を全て預かれとかは無理だからね。夕食は7の鐘から、用が有ったら厨房に声かけておくれ、この時間なら夕食の仕込みをしているのでね」

「わかりました」


サトルが階段を上がっていくのを見届けると、おばさんは厨房へ戻っていった。

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