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8話 リリック・エメラルド

 ――――――――――――――――――――――

 ~リリック・エメラルド 3歳~


 パチンッ!

「うるさい!!」

 頬がズキズキと痛み熱を帯びる。


「いたいよ!おかーさまやめてよ!」

「お母様って呼ぶんじゃないよ!」

 僕の1番古い記憶は母に叩かれるところから始まる。


「ばあや、おかーさまはどうして僕のことをたたくの?」

「リリック様は何も悪くないのよ。ごめんね。守ってあげられなくてごめんなさい。」

 乳母のばあやは母に叩かれて帰ってくる僕を見ていつも泣いていた。

 ばあやは僕を大切にしてくれるたった1人の存在だった。


「カリオスおにいさま!ケドリックおにいさま!」

「着いてくるな。鬱陶しい。」

 兄たちは僕に見向きもしてくれない。

 話しかけても名前すら呼んでくれなかった。


「おとーさま!ぼくきょう1人で絵本をよみました!」

 父には僕が見えてなくて、いつも壁にしゃべっている様な気分にさせられた。


 だけど、ばあやはいつも僕が眠るまでそばにいてくれて、抱きしめて絵本を読んでくれる。 

 そんなばあやが大好きだった。


「悪魔を倒した勇者様は英雄と呼ばれてみんなに希望と平和を与えましたとさ、おしまい。」

「ねぇ、ゆうしゃさまってどうやったらなれるの?ぼくもなれるかな?」

「リリック様はとっても心がお優しいのでたくさん食べて、たくさん寝て、たくさん遊んだらすぐに勇者になれますよ。」


 ばあやは優しい笑顔でそう言ってくれた。

 文字の読み書きやテーブルマナーは全部ばあやが教えてくれた。

 そして4歳になった頃だった。


 突然ばあやは居なくなってしまった。



 いつも朝は優しい笑顔で起こしに来てくれるのに今日は来なくて、心配になって使用人にばあやがどこにいるのか聞きに行けば「辞めた」と一言だけ言われてしまいその日から僕は一人ぼっちになってしまった。


 乳母が居なくなって数日経った時だった。

 1人部屋でいるのも寂しくなって、誰かに構ってもらいたかったんだ。

 相手してくれそうな人を探していた時だった。


「アメリダさん良い人だったのに残念よね。」

「奥様にリリック様への暴力を止めるよう嘆願してクビにされちゃったのよね」

「辞める前にアメリダさんも酷い目にあったそうよ。リリック様の事は可哀想だと思うけど、奥様に楯突くことなんて出来ないわ」

 乳母の名前を聞いて嬉しくなって使用人の話を盗み聞きしてしまった。

 ずっと乳母に嫌われたと思っていた。

 僕のことが嫌になってしまったんだと。

 母によって追い出されたと聞いて少しホッとしてしまった。

 それと同時に僕はずっと1人で居なくちゃいけないんだとも思った。

 大切な人ができても母に追い出されるし、母を恐れて誰も僕に近づいてこない。


 その日からリリックは物語の世界に浸るようになっていった。

 英雄譚や大魔導師の話、王子様の冒険譚。

 乳母に教わった文字で沢山の物語を読み、リリックはその主人公を自分だと思う事で寂しさを埋めていった。

 現実逃避はやがて現実と物語の区別がつかなくなっていきリリックは自分を本当の勇者であると思うようになっていった。

 母に苦痛を強いられても、僕は勇者だから大丈夫だと。

 すぐに愛されるようになると何度も自分に言い聞かせてきた。

 今までの自分が本当にそうであったかのように、これからの自分を知っているかのように。

 リリックは自分を主人公にした物語を作り始めた。

 それが【剣と光の勇者】である。

 リリックは自分を勇者リリックであると思い込んでいた。

 本の世界にいれば寂しくもないし傷つかない。

 誰に何を言われても自分は強いと、本気を出せば母や兄を倒すことだって出来るんだと。

 そう思うことで自分の心を保っていたのだ。


 そんな日々を過ごして4年の月日が経ち、8歳の誕生日の日。


 毎年リリックは誰にも祝ってもらえないが、リリックにとっては大事な日だった。

 リリックは8歳で自分が勇者へと覚醒すると思い込んでいたからだ。

 父に剣を握らせて欲しいと頼みに執務室へ向かったが、執事長とどうやら話し込んでるのでまたにしようと振り返った時だった。


「リリックをやる。」

 父が僕の名前を呼んだのが聞こえた。

 初めて呼んでもらえたのが嬉しくて僕はそのまま会話を聞いてしまったのだ。


「よろしいのでしょうか?わざわざ公爵家から出さずともモルガナイト辺境伯閣下は分家の者でも良いと仰っているのでは?」

「アイツには大した魔力も剣術の才能も備わっていないだろう。下手すれば分家の子らの方が魔力が高い可能性がある。アイツの瞳は濁っている。エメラルド家では鮮やかでより透き通っているほど魔力も剣術の才も色濃く受け継ぐのだから。アイツの魔力ならモルガナイトの子を残すことができるだろう。一応テストはするが、準備しといてくれ」

「かしこまりました。」

 聞こえてきたのはリリックを追い出す話とリリックの知らない真実であった。

 瞳の色で力が決まっているなんて、思いもしなかったのだ。

 夢物語の主人公は一気に現実に引き戻されてしまったのだ。

 そして気がついてしまう。

 これからも家族に愛される事などない事、自分に力なんてものがない事を。


 一度現実に戻されたリリックが再び物語の中へ入り込む事は困難だろう。

 これ以上彼の心を保つ術はない。

 今まで失っていた痛みが一気に襲いかかり、それは恐怖に変わっていた。

 明日が来る恐怖に。


 真実に気づいたリリックは部屋に戻り願った。

 慈愛の女神アフロディーテ様に、月明かりが差す部屋で片膝をつき震える手を月に掲げ涙を流しながら何度も何度も願った。


「これ以上誰にも叩かれたくない。これ以上誰にも無視してほしくない。僕は何も悪い事なんてしていない。ただ生きているだけで嫌われ憎まれるなら…血の繋がった家族に捨てられるくらいなら…消えてなくなりたいと。」

 そして生まれ変わったら今度こそ両親に愛されてみたいと。


 それがリリック・エメラルドの最後の記憶だ。


 ――――――――――――――――――――――



「はっ! ハァ… ハァ… …」


 僕は床の上で目を覚ました。

 あの時そのまま眠ってしまったのだろう。

 僕は荒れた息を整えてゆっくりと起き上がる。

 涙の跡が皮膚を引っ張り目尻に小さな痛みを感じる。

 じわじわと涙は溢れて視界を歪ませぼやけていく。

 泣いているのは僕なのかリリックの体なのか。

 わからないけどただただ胸が痛い。

 心臓の奥が握りつぶされるように苦しい。


「今のは… リリックの過去 …?」


 目が覚めた僕はリリックの過去をいつでも思い返すことが出来るようになっていた。

 辛く悲しいリリックの過去は想像より悲惨で、それから僕にとって、絶望でしかなかった。


 僕が現実だと思った【剣と光の勇者】は存在しない。

 この世界でもただの架空の物語であること。

 そして僕は勇者リリックではない。

 僕はただ同族(厨二病)で落ちこぼれの原作者の中に入ってしまっただけだということに。


 なぜ、僕の居た世界にリリックの書いた本があったのか分からない。

 ずっと僕は勇者で、未来は輝かしいと思っていた。

 だけど現実は勇者になれなくて、覚えている原作もなんの役にも立たない。


 僕はなんのために、第2の人生を始めさせられたんだ。

 誰が僕をここに呼んだのか。

 もう何もわからない。






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