6話 分岐点。
そして、ついにやってきた剣術訓練当日!
今日でもう虐待も冷めた態度も気まずい空気とも全ておさらばだ!
何も始まっていないのに関わらず僕の心は天まで登るかのような気持ちだ。
普段父から直接訓練される事は滅多に無い様で兄たちも心なしか、そわそわしているように見える。
完全に調子に乗った僕は心の中で、これから僕にボコボコにされるとも知らずにプププ。
なんて届きもしない挑発をしていた。
「これから訓練を始める。簡単な基礎をしてから模擬戦を行いお前達の力量をみさしてもらう。リリックは初めての訓練だが容赦はしない。覚悟してかかりなさい。」
そう言った父の顔は先日の夕食の時より鋭い顔つきをしていた。
渡された木剣を握り素振りを始める。
原作では初めて握ってすぐ体が教えてくれたとあったが今のところ才能が表れているのかどうかよく分からない。
原作の通り進むと思っている呑気な僕は修学旅行で買った木刀より重いな…なんてしょうもない事を考えていた。
隣の兄たちは慣れた様子で素振りを始める。
剣は風を切り
ビュンッ… ビュンッ… ビュン…
と音をならせていた。
僕は横目で見ながら、木剣を適当に振り下ろす。
風を切る音は鳴らず振り下ろせば足元がふらつく。
「重心を下にまっすぐ振り下ろしなさい」
僕の素振りをみた父は僕に指導を始めた。
そんな父に対して適当に返事をして心の中で
(こんな事しなくても僕には才能がある!
今はまだ体に剣が馴染んでないだけですぐに出来るようになるさ!)
なんてことを思っていた。
ただ原作を読んだだけなのに、僕には出来るという自信しかなかった。
基礎的な訓練を一通り終えると父がカリオスと模擬戦を始めた。
「よろしくお願いします!」
昨晩のクールなカリオスとは違って真剣な眼差しで父に大きな声で挨拶してから剣を構える。
「準備ができたらかかってきなさい。」
父の言葉の後、カリオスは重心を低くし大きく飛び出し切り掛かる。
カンッ…!大きく出た一撃目は難なく父に弾かれてしまう。
体勢を整えもう一度切り掛かる。
カン…カンッ…カンッ…相手に隙を与えず何度も剣を振り下ろすも父は片手で全て跳ね除けた。
カリオスは息を整えもう一度切り掛かる。
今度はフェイントを入れて父のリズムを崩す作戦だろう。
だがそれも父には全て弾かれてしまった。
息を切らしたカリオスは焦りを感じ大きく踏み出し剣を振り下ろそうとした瞬間、カリオスのガードの浅い腹を父が木剣で殴る。
ドスッ!!
「カハッ…!ゲホッゲホッ…ッはぁ、、はぁ…」
「焦りすぎだ。戦場では冷静さを欠いたものから死んでいく。」
父と長男の模擬戦をみて少しだけ不安が過ぎる。
なんとなくでしか2人の動きを捉えることが出来なかった。
早すぎて剣先が見えなかったのだ。
「次!ケドリックとリリック!準備しなさい。」
僕の番だ。
確かに先ほどの2人には敵わないかもしれないが、僕が相手にするのは次男のケドリックだ。
僕には才能がある!だから大丈夫だ!
「兄上、お手柔らかによろしくお願いします!」
僕は元気よく挨拶をする。
兄と向かい合うの初めてだ。
「期待はするな。」
ケドリックはただ一言だけ発して剣を構えた。
「それでは、はじめ!」
父の合図で動き出したのはケドリックだ、
大きく一歩踏み出し真正面から剣を振り出す。
「うわあっ…!!!」カンッ!
情けない声を上げたのは僕だ。
僕は慌てて剣を上に構え防御の体制を取るがそのまま後ろに転んででしまった。
(なんだこれ手が痺れる…痛い)
「おい、早く立て。次はお前から来い」
僕は立ち上がりケドリックに向かって飛びかかる。
「ハッ!!!」カンッ!
勢いよく剣を振り下ろすがケドリックによって片手で剣を弾かれてしまった。
その衝撃で剣が手元を離れ剣が宙を舞う。
「おい、それ本気なのか?平民の見習いですらもう少しまともだぞ?」
(どういうことだ…?なぜ、体が教えてくれるんじゃなかったのか…絶対に出来るはずなんだ、アニメでみたリリックの動きを想像して動けば同じになるはず!)
慌てて剣を拾いもう一度、今度はアニメの動きを想像してその通りにケドリックに切り掛かる。
「おりゃぁっ!!」カンッ…!
またしても剣は弾かれる。
動きも鈍く、自分でも想像通りに出来ていないことがよく分かる。
(俺には剣の才能があるはずなんだ。ここで兄に勝利することが決まってるんだ!絶対!)
カンッ… !カンッ… !カン…ッ!
(待ってくれ。そんなはずはない。
今日勝って、虐待からもおさらばで、愛されて、勇者になるのが俺なんだよ!!そうじゃなきゃ…そうじゃなきゃダメなんだよ!!)
「おりゃぁぁぁぁあっ!!!」
カン…ッ!
どんなに剣を振り下ろしてもケドリックには届かない。
「もう。いいわ、お前。」
ケドリックは僕に距離を詰めて思いっきり腹を木剣で殴る。
「ぐッ…ガハッ…!!」
僕はそこで蹲り動けなくなってしまうまった。
「そこまで!」
父の言葉で模擬戦が終了する。
結果は完敗だ。
(まってくれ、まってくれ、なんでだ…なんでなんだ…!)
僕は蹲りながら地面を握る。
想定外の事態に僕の気持ちはもう追いつかなくなっていた。
憑依してから3日。
僕はここが【剣と光の勇者】の世界で僕が勇者リリックだと思っていた。
だからこそ、突然の異世界への招待に心を折ることなく居ることが出来たのに…
今度こそ変われるって、自分は勇者になれるって思ったのに…
蹲る僕に父が近づいてくる。
「お前には、才能や実力もない。エメラルド家に生まれたならば、それなりの剣の才能があり、初めて剣を握ったとしても先ほどの無様な姿などありえない。やはり貴様の目は濁っている。それ以前にお前は稽古に真摯に取り組まなかった。初めての訓練でいい加減な事をする奴は今後も変わることはない。お前はもう訓練にこなくていい。」
そう言って父と兄は僕の元から離れて行った。
たった一回の訓練。
それも初めての訓練で俺は家族に見切りをつけられたのだ。
確かにそうだ、訓練は真面目に受けなかった。
俺には才能があると思っていたからだ。
(あぁ、これのどこが変わったんだ。自分はすごい人間だと思い込んで現実から逃げ、原作やリリックの肉体に甘えて何一つ真剣に向き合わなかった。自分が勇者リリックになった気でいた。これじゃ自分だけの世界で生きていた頃と同じじゃないか)
真面目に訓練を受けていたら、才能がなくても見切りをつけられることはなかったのだろうか。
前世の死に際にあんだけ後悔していたのに、死んでも何も変わらない僕は、愚か者だ。