2話 非現実的な現実。
「って、まだ死にたくねぇぇぇえ!!!ぇ?生きてる?」
聞き慣れない高い声に戸惑いつつも目を覚ますと、病院とは思えない色合いの天井に思わず「知らない、天井だ…」とまさか自分が使うとも思ってなかったセリフが口から漏れ出た。
ひどい事故だったはずなのに何故か体は前より軽くて、すぐにでも駆け回れそうなほど力が漲っていた。
「生きてるのか…?」
恐る恐る体を起こし自分の体を確認する……
(なんか小さくない?!)
僕の手は一袋五つ入り財布に優しいクリームパンのように小さくムチムチで足も短くなっていた。
(待ってくれ!!確かに車に潰された!…ギュッてなったのか?!車に潰されたら体って縮むのか?!)
パニックになりながらも自分の頬を強くつねり痛みを確認しては、夢でないことにまたパニックになった。
辺りを見渡せば西洋風の部屋で見慣れない家具ばかり置いてあった。
戸惑いつつ部屋の隅にある姿鏡で自分を確認する。
「こ、、こっ、これは…」
金髪で深い緑色の瞳の小学生くらいの少年が映し出されていたのだ。
「これが僕なのか?」
明らかに日本人顔では無い自分の姿に戸惑い今の状況を整理する。
「僕は車に轢かれて死んだはず…だって下半身は…ゥッ〝…オェッ…」
死の直前の自分の姿を思い返すとあまりにもグロテスクで気持ちが悪くなってしまった。
ここまで鮮明に覚えているのであれば死んだ事は間違いないはずなのに、何故今、僕はここに立っている事ができるんだろうか。
天国に来れるほど僕は善人でも偽善者でもなかった。
だって最後女の子を見捨てようとしたんだから…
何が何だかわからない僕は部屋の窓へ近づきカーテンを開け外を見た。
そこから分かったのはこの建物が馬鹿でかい。
それと、庭を整備しているであろう人が見えた。
注意深くその人物を観察していると、何も無い手のひらから水が出ている。
既視感があった。
(だけどそれは二次元の話で…でも、でも、でも…あれはどう見ても…)
「魔法?!」
思ったより大きな声が出てしまい慌てて口を塞ぐ、漫画やアニメでしか見たことのない風景をリアルで見てもこれが現実なのか分からない。
(だいたい!転生ものなら神様とか女神様に会ってからチート能力貰ったりするじゃん!!いやそれが無い作品とかもあったな…魔法なんてありえない。でもこれは現実で…)
「んんん〜〜ッ分からん!」
何度も頬をつねり目を擦ってみても痛みもあるし目の前の状況は変わらない。
流石にこれが夢だとも思えなくなってしまっていた。
少しずつ現在の状況を飲み込んでいるとコンコンと扉をノックされ、返事をする間もなく扉が開く音がした。
扉が開くのと同時に若いメイド服を着た女性は低くキツイ口調で「いつまで寝ているんですか?奥様がお呼びです」と言いため息を吐いた。
相手の態度などは気にも止めず、現れた人間を目の前にして、ようやくここが現実である事を真に理解した。
(異世界転生…と言うことになるのか…?だが僕はここで生まれてないし、ここで育った記憶もない…転移?憑依か…?)
女性の目の前で暫く考え込んでいると「早く用意してください。」と女性は腕を組んで催促をしてきた。
とりあえず僕はこの体の持ち主の名前を探るために、低いコミュニケーション能力を活用してみる。
「あ、ぁあの!!!っえと、その…あ…スーッ…貴方の名前ってなんでしたっけ…?」
声は裏返り挙動不審で突拍子のない質問をした。
気味の悪い子供だと思われただろう。
驚いた様子を見せつつも侍女は腕を組みながら
「1週間前よりリリック様の身の回りの世話を担当することになったアンジーでございます。」
またしても言葉遣いは丁寧にも関わらず強い口調で低く言い放った。
(気になるところは色々とあるが今"リリック"と言ったか?剣と光の勇者の主人公?!まさか、そんなことあるのか?死ぬ直前になりたいと願った人物に憑依?そんな都合のいいことがあるのだろうか…)
リリックと同じ緑色の瞳、そして赤みが一切ない綺麗な金色の髪の毛、少し垂れ目と釣り上がった眉毛の似た顔立ち…
自分の姿を見た時一瞬だけその可能性がよぎったが、そんな都合のいい事あるわけがないとすぐに反対してしまった。
鼓動が速くなる。
僕はどうしても確認しないと治らない衝動に駆られていた。
「僕はリリック・エメラルド」
違うければ僕は頭のおかしい子認定されるだろう。
本当は、もっとゆっくり探らなければいけなかったのに、どうしても…どうしても今知りたい。
「はぁ?」
またしても僕の突然の発言に侍女は冷たい視線を向けるが僕は続けて
「僕は!リリック・エメラルド!!エメラルド公爵家三男のリリック・エメラルド!!」
突然訳のわからない事を叫ぶ子供に呆れた侍女は、再びため息をつき「何当たり前のことを言ってるんですか?奥様がお呼びなので早く着替えてください。」と不可解な顔をして僕の着替えを用意し始めた。
(そんなまさか、本当に?!女神様との対談とか無かったけど僕は物語の中の人物に憑依した?僕が憧れ妬んだリリック・エメラルドに?)
この世界が【剣と光の勇者】の物語の中であること。
憑依した人物がその物語の主人公である事が判明した僕は用意をするメイドの後ろで高鳴る胸に手を当てゆるむ頬を抑えながら
『やはり僕は、神に愛されていた…ッ』
そう呟いた。
〔これが蔵三に与えられた2度目の人生の始まりである。だが彼はまだ知らない。世の中そんなに甘くないことを〕