1話 治らない病。治したくない病。
勇者〈魔王の力ってもんはこんなものなのか?もっと本気で来い!!僕を楽しませてくれ!いくぞ!みんな!!〉
「トドメの時しか攻撃しないくせに挑発するなよ」
勇者〈お前らのせいで何人が犠牲になったと思う!僕たちはお前の事を絶対に許さない!〉
「お前が色々やらかして代わりに死んだ奴の方がおおいけどな。」
勇者〈僕1人の力じゃお前を倒すことは出来なかっただろう。だけど僕たちは日々鍛錬したくさんの壁を乗り越えてきた。そしてお前を倒すために今我が国の人が一つになって戦っている。人間の力を、思いやる力をなめるなよ!〉
勇者〈これで終わりだ!!聖なる光の裁き!!〉
魔王神ルシファーラファエル『「本日も安定のいいとこ取りな勇者リリック!無能なくせに言葉だけは一丁前だなwww」』
アニメの視聴を終えると、すぐにスマートフォンを手に取り本日の感想を呟く。
このありがちなセリフばかり出てくる物語のタイトルは【剣と光の勇者】アニメ化までしている人気ラノベ作品だ。
僕はこの物語の主人公 リリック・エメラルドが、ものすごく大嫌いだ。
イケメンで人望も厚く、家柄もよく家族に愛されて育ったお坊ちゃん。
なぜこんな薄い内容の物語がアニメ化までされるのか僕には理解できない。
恵まれた環境で生まれ育った者の言葉など全て薄っぺらくて、どんな人だってこの環境や才能に恵まれ育てば悪に屈しないし、魔物にだって立ち向かって行けるに決まっている。
僕はこの作品の小説版・コミック版・アニメ版全て観て全力で勇者アンチをしている。
このアンチ小僧の名前は多田野 蔵三17歳高校2年生。
名前が書けて足し算が出来れば入学できるような高校に通っている少し頭のよろしくない青年だ。
彼曰く、
「俺は周りから見ればごく一般的だが、本当は隠された力がある。この姿は仮初で本来の俺は魔界で生まれ、神に寵愛を受けた魔王神ルシファーラファエルなのだ。魔界にいながら神の寵愛を受けてしまった俺は狙われやすく、幼く力が暴発してしまう恐れがあったので今は人間界に身を潜めて力を制御している。」
と言っているが全くの嘘である。
彼には妄想癖があり自分は特別な人間だと信じて言い張る可哀想な子だ。
学校でも、もちろん浮いている。
彼曰く、
「正体さえバレなきゃいいって適当に選んだ学校だったが、底辺高にはやはり底辺の奴らが集まってしまうようだ。奴らは俺のアシメントリーにカットした前髪をダサいだ、なんだのと罵ってきやがる。この隠された右目が魔眼で、見たモノを全て石にしてしまうというのに……人間とは本当に愚かな生き物だな。」
当たり前だが魔眼なんてものは無い。
なんなら髪型のせいで右目の視力が0.5落ちた。
それから彼はこのイジリですら他者に注目を浴びて本当は嬉しかったのだ。
この愚かな子供は今日もフォロワー0人の小さな鍵垢の世界で大きく威張る。
魔王神ルシファーラファエル『「吾輩が仮眠中にクラスメイトがぶつかってきやがった。大切な睡眠時間を邪魔されて封印されし力が溢れそうになってたら、俺がヤバい奴って分かったのがすぐ逃げてったぜwwwwこの世界で俺の正体がバレてはいけないのに人間演じるのも楽じゃねーなwwww」』
この発言。
全くの嘘である。
普通にずっと起きてたじゃねぇか。
(今日も行きたくもない学校に行ったのは部下たちが迎えに来る日まで俺の正体がバレるわけにはいかないからだ。不登校なんてなったら目立ってしまうからな。クラスの奴らが俺にちょっかいをかけるたび何度力が暴発しそうになったことか… 俺の忍耐力に感謝することだな。だが、俺の力が完全に制御でき身を隠さなくても良くなった日には……生まれてきた事を後悔させてやる。)
彼は1人でいる自分を誰よりも恥ながら、行動を起こす勇気もなくずっと1人言い訳を続けている。
そんな帰り道の時だった。
突然彼の目の前を幼い女の子が横切って車道に飛び出していったのだ。
鬼ごっこか何かをしていたのだろう。
とても楽しそうで周りが見えていないようだった。
その直後、猛スピードで女の子に向かって走ってくる車が見えた。
“危ない…!助けないと!”
彼はそう思い手を伸ばそうとするも体は恐怖で固まってしまっていた。
(“無理だ…怖い……僕が死んでしまう。
誰かが、きてくれる……僕以外の人が助けてくれるはず
………僕には助けることなんて出来ない。“)
女の子に1番近かったのは彼だった。
すぐに助けに向かえば余裕で間に合っただろう。
彼の後ろから女性の悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。
慌てて追ってきた母親だ。
自分は特別で、力がなんだと言っていた彼は目の前で恐怖に震える小さな女の子から目を逸らしたのだ…
キィィーーーッ!ドガーーーンッ!!!!
凄まじく大きな音と衝撃。
次の瞬間、彼の体は外壁と車の間に押しつぶされていた。
直前で女の子に気がついたドライバーが咄嗟に避けようとハンドルを切ったのだろう。
避けた先にも人が居たなんて思いもせずに。
体の胸から下は潰れてしまっている、彼は自分の体が潰れているのにも関わらず痛みを全く感じなかった。
彼が感じたのは、死ぬんだと言う事だけでそれに安堵したのか体の力が抜けていった。
彼は僅かに残った気力で考える、
(女の子を助けに行っていたらこうなっていなかっただろうか…本当に僕はどうしようもない奴だ。目の前の子を、助けれる子を自分可愛さに助けようとしなかった。その結果がこれだ。何の行動も起こせない小心者のくせして、何にもできない奴って思われるのが嫌で、でも構って欲しくて、プライドばかりが高くなっていった。)
彼は高すぎる理想と現実の自分の差を受け入れることができなくなって、これが本当の名前なんだと思うようになったのだ。
現実の自分からそうやってずっと逃げていた。
(心のどこかでずっとわかっていた。僕が何もできないことも、何もしてこなかったことも、僕が何者でもないただの人間だということも……だっておかしいだろ。魔王神ルシファーラファエルって… 神か悪魔どっちかにしろよってんだ。
本当は勇者に憧れていたんだ。破壊ばかりの一人ぼっちの魔王より誰からも尊敬されて愛される人間になりたかった。)
彼は自分の世界で勇者になろうとしたが、一人しかいない世界で勇者は出来なかったのだ。
だから現実でも妄想でもなれない勇者を妬んでいた。
(もし生まれ変われるなら、勇者になりたい。困ってる人を見捨てない。誰よりも優しく強く努力を諦めない人になりたい。
子供を守りたかった。
勇気を出したかった。
どうせ死ぬなら子供の盾になって死ねたら良かった。
……俺はリリックになりたかった。)
死の直前。
意識を失うほんの数秒の間、彼は人生で初めて自分と向き合ったのだ。