41 神越ヒミコは納得する
「僕の可愛い妹を一人残して行けるだろうか⁉ いやさ、行けやしない(反語法、本日二度目)!」
直後、ノリトが駆け込んできた。
「チッ、またうるせーのが来やがった……」
「アレ⁉ ミコちゃん、無事なのかね⁉ なんとぉ⁉ 勝負はもうついてしまった⁉ ……そんな馬鹿な! あの運の悪いミコちゃんのことだ! てっきりほんの僅かな差で敵を取り逃して絶体絶命の【ぴんち】に陥ってると思ったのに! 妹を愛する清らかなる兄の直感が確かにそう告げていたのに!」
「うるせー。黙れ。殺すぞ」
「はい」
「……おい、クソ兄」
「この愚兄めに何か御用でしょうか、妹様」
「覚えて……ないの?」
「ん……? いったい何の話だい?」
「……いや、なんでもねー。気にしないでくれ」
「おいおいミコちゃん――」
ノリトは気になって仕方がない様子だったが、ヒミコは話を打ち切った。
(なるほど、な……前の世界の記憶を持ってるのは、アタシとあのクソ女だけってことか)
考えてみればそうかもしれない。
月ノ扉の内部に入り、ヒミコも今の世界がどれだけ歪んでいるかに気づいた。逆に言えばそうでもしない限り世界は世界。そこに歪みがあると感じ取れる方がおかしいだろう。
おそらく過去に行われた世界改変でも、それを認知できたのは当時の緋ノ君だけなのだ。
……もしかしたらノリトは、そのことに薄々気づいていたのかもしれない。
だから彼は、最後にあの世界で本音を打ち明けてきたのだ。
もう、今のヒミコに会えることはないと知って――。
「………。………………。………………………。」
「どうしたのだね、ミコちゃん?」
つくづく色々なことを知り、そして頭の回る兄である。
ミヅキがより先に近い〝刻〟へ打ち込め、と提案してくれたのもノリトだ。
とはいえいくら近い〝刻〟でもぶっつけ本番の一発勝負に変わりはない。成功するかは未知数で、最後まで不安だったが……こうして首尾よく終えたのだ。よしとしよう。
「……いけないよ、ミコちゃん」
そのままヒミコが感慨に浸っていると、何やら急に兄が真剣な顔で言ってきた。
「あ? 何がだよ」
「気持ちは嬉しいけれども……」
「だから、何の話だ」
「それでも、やっぱり駄目だよ! 僕たちは兄妹なんだ! たとえどれだけお互いに愛し合おうとも、その愛は、胸に秘めておくより他にない――」
「死ね」
取り敢えず黒御幣で一発ぶん殴っておく。
ノリトは目にチカチカと星を巡らせながらも『ぅありがとうございますぅ!』と叫んでいた。
……やはりコイツは重度の変態だ。妹狂いだ。
今回の件で色々と見直したのは、すべて帳消しにしておこう。
「……おいクソ兄。それより肩貸せ。もう歩けねえ。てゆーか歩きたくねえ」
「勿論だともさ! ミコちゃんに貸すために、この肩は存在するのだからね!」
「うるせえ。黙れ」
ノリトがヒミコの半肩を担ぐ。
ほとんどしな垂れかかる形で、ヒミコは身体を預けた。
そうして二人で一歩ずつ進む。
途中、ヒミコが顔面蒼白になって呟いた。
「……わりぃ。ちょっと止まってくれ」
「む? どうしたのだねミコちゃん!」
「ゲロる」
ヒミコは壊れかけの義手を喉奥に突っ込んだ。
「ヒミちゃんっ!」
「ぐへぇあ⁉」
やっとの思いで凌天閣を出た途端、ミドリがほとんど体当たりさながらヒミコに突っ込んできた。
「ヒミちゃんヒミちゃんヒミちゃん! よかった、無事だったんだね⁉ うわぁぁああんっ!」
で、そのままぎゅっと抱き着きガシゴシと顔をこすりつける。
「ごぼ⁉ ぐほっ! ぬばぁ⁉ やべろミドリ! 死ぬ死んぢゃぅうう!」
当然ほとんど瀕死のヒミコだ。半ば本気で抗議するとようやくミドリは収まり、抱き着いたままヒミコの顔を見遣った。
そしてまた、ぶわぁっと涙をにじませる。
「心配したんだよぉ……! もぉ、本当にぃ……!」
「ああ、ありがとな……おかげでこうして戻ってこれたよ」
「いつもいっつも無茶ばっかりして……!」
「わりぃな、心配ばっかかけちまって……」
「ヒミちゃん……!」
ミドリがうるうるの瞳で熱くヒミコを見詰めてきた。
「……はぁ。ヒミちゃんが男の子だったらよかったのに……」
「そーだなー。アタシなんで、女なんだろーなー。アタシが男だったら、今ごろアンタにぶちゅーってしてめでたしめでたしなのになー……」
ヒミコは心底どうでもよさそうに……というかほとんど虚しそうに言い捨てる。
「あん……?」
ふと遠巻きに視線を感じた。
見れば何やら随分とコソコソ言われている。
それも主に慰霊会の冒頭で同席していた男連中を中心にだ。
(無理もねえか……こんなナリしてちゃな……)
何しろ酷い有様である。服はボロボロに破け、顔は赤黒く腫れ上がり、左腕が一本まるまるもげている上に右眼はからっぽときた。
しかもちょっとゲロ臭い。
ヒミコは黒い感情を覚えるも、しょうがないかと諦めた。
だが、次の瞬間。
「ッ!」
不躾な視線に気づいたミドリが鬼のような顔をしてそいつらの尻を蹴り出した。
「ざけてんじゃないよ、この【あすほーる】!」
あれは痛い。何しろ異海装に合わせた異海靴だ。先が尖っている。
何を思ったか、そのとんがった先っぽで執拗に男どもの尻穴を狙っているのだ。
ミドリも怒らすと中々に怖いヤツである。
ヒミコはつい笑ってしまった。
――そして思う。
(アタシには歩けねえとき肩を貸してくれる兄貴がいる。蹴りてえケツを蹴ってくれるダチもいる……ならそれで、十分さ)
外道巫女、神越ヒミコはなかなか死なない 了




