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外道巫女、神越ヒミコはなかなか死なない  作者: K. Soma


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28/41

28 神越ヒミコは苦渋の決断をする

「あら?」

 

 重い足取りで二四階へと来たヒミコを目にして、ミヅキは眉を上げた。

 

「あなた、もしかして少し年の離れたお兄様がいるのではなくて?」

 

「……いるよ。それがどーした」

 

「フフフ、やっぱりね。肌の色や目鼻立ちがそっくりですもの……あの人のおかげでね、気づいたのよ。あなたには仲間や守りたい人がいるんじゃないかってね」

 

「……っ」

 

 ヒミコは唇を噛み締めた。敵の物言いからするに、既にノリトは殺されている。

 

 そうではないかと薄々ヒミコも察していた。相変わらず鈴文の返事は来ないし、こんな状況であの兄が何もせぬはずがない。

 

 ノリトが――兄が、殺された。

 

 ヒミコはよく訓練された心の動力学(ダイナミクス)でその事実を意識の内から締め出す。

 

 死を(いた)むのは来週でもできることだ。

 

 もっとも――今の自分に来週(それ)がくるとは、到底思えぬ状況だが。

 

(さっきの炸霊石の爆発はここか)

 

 階段から離れた一画が滅茶苦茶に荒れていた。先ほどまでヒミコがいた二〇階と同じく、壁に大穴が開いている。

 

 その穴の近くに敵の二人が立っていた。

 

 そして、ミドリも。

 

(ミドリ……!)

 

 彼女は猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、手を拘束されている。先ほどからじたばたと必死にもがいているが、犬のように首に縄を掛けられ、押さえつけられていた。

 

「良い夜ね、無謀な巫女さん。私は夜代(やしろ)ミヅキ、こっちは黒麻(くろあさ)ヨウコ。あなたのお名前を教えてくれるかしら?」

 

「……神越(かみこし)ヒミコだ」

 

「カミコシ……? ああ、()()神越……なるほど、道理で――」

 

「……?」

 

 ミヅキは納得がいったように何度か頷く。

 

 どういうことだろう? 神越家は地方の一巫女に過ぎない。国家巫女局長の関心を引くとも思えぬが……。

 

「ということは、あなた個人巫女ね。確か外道巫女とかいう通り名がついている」

 

 ……単に悪名が広まっていただけらしい。

 

「……ああ、そうだよ」

 

「因果なことね……まあいいわ。それより本題に移りましょう。緋ノ目を返しなさい」

 

「待て。その前にミドリの解放が先だ」

 

「あなた、自分が交渉できる立場にあると思っているの?」

 

「こっちには()()()()こともできるんだぜ」

 

 ヒミコは手提鞄から緋ノ目が入った硝子(ガラス)瓶を取り出し、高々と掲げた。

 

「あら怖い。言う通りにしないとそのまま握り潰す、ということかしら?」

 

「お前らもそうされたら困るんだろ? ……(とき)(くさび)を制御できなくて、さ」

 

「……へぇ。あなた、そんなことまで知ってたの。じゃあ、私たちの目的もお見通しということ?」

 

「でなきゃこうまでするもんかよ」

 

 はったり(ブラフ)である。ヒミコは刻ノ楔について〝世界を揺るがすような力を持つ〟としか聞いてない。ミヅキらが何をするつもりかは皆目見当もつかなかった。

 

 それでも今は虚勢を張り、どうにか交渉を対等に持っていきたい。

 

 ヒミコはそう目論んでいた。

 

 しかし――ミヅキはまるで動じない。どころか、むしろ楽し気に目を細めた。

 

「フフフ……困ったわねえ。いったいどうしたらいいのかしら? ……ねえ神越さん、あなた〝右〟と〝左〟ならどちらが大事だと思う?」

 

「あ? なんの話だ」

 

()()()()()よ」

 

 ミヅキはおもむろに御幣(ごへい)を取り出す。

 

 そして幣串(へいぐし)の先で、ミドリの右手と左手に一度ずつポン、ポンと触れた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「~~っ!」

 

「あら、そんな怖い顔をしないで。()()()()()()()()()()。最近の義肢は異ノ国の技術提供もあってとても質が高いのだから。本物より高機能だし、少し工夫すればまるで見分けもつかないわ」

 

 無理だ、手札に差があり過ぎる――ヒミコは血が滲むほど唇を強く噛み締めた。

 

 こちらは緋ノ目を潰したが最後、残る武器は何もない。敵は確実にミドリを殺害するだろう。

 

 一方あちらにはいくらでも手の打ちようがあった。ミドリの命を奪わずにヒミコの心を折る無数の(すべ)が。

 

 現に先ほどから黙っているヨウコという女など、むしろそうしたいという本音が露骨に顔に出ていた。

 

「さあ、どうするの神越さん? あなたの希望を言って頂戴。私たちはそれを尊重するわ」

 

 ミヅキが柔らかな笑みを崩さず訊いてくる。

 

 ヒミコは葛藤した。

 

 兄の言葉を思い出す。ノリトは鈴文で〝絶対に緋ノ目を敵に渡すな〟と送ってきた。

 

 でなければ最悪、世界が滅びるとも。

 

「……っ」

 

 ヒミコの視線がミドリへと移る。彼女は目一杯に涙を溜め、必死に首を横に振っていた。

 

 ……かれこれ十数年も付き合いがある幼馴染である。ヒミコは彼女の目を見ただけで、何が言いたいかわかってしまった。

 

 こっちに構うな、気にするな――そう言っているのだ。あの友人は。自分のことなど一切(かえり)みずに。

 

 昔から、そういうヤツなのだ。

 

(んなこと――――――できるはずねえだろっ⁉)

 

 ヒミコは。

 

「……わかったよ。降参だ」

 

 緋ノ目をミヅキの方へ(ほう)った。

 

 優先順位(プライオリティ)は崩せない。それが彼女の答えである。

 

「フフ、フフフ、フフフフフフ……」

 

 緋ノ目を手にしたミヅキは(とろ)けるような顔つきをし、隣に立つヨウコを一瞥(いちべつ)する。

 

「じゃあ、私は刻ノ楔を打ちに行くわ……だから、後は好きにしていいわよ」

 

 思う存分、恨みを晴らしなさい――最後にそう言い残して。

 

 黒麻ヨウコは、にぃっと口が裂けたような笑みを浮かべた。

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