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16 開戦

(しゃあっ、一発カマしてやったぜ!)

 

 ヒミコは満面の笑みを浮かべガチャンと受話器を押しつけた。凌天閣(りょうてんかく)一階の公衆電話である。

 

 続けて何やら大きな荷物を抱えて階段を上りだした。緋ノ巫女の常人離れした脚力、目にも()まらぬ速さである。

 

 彼女にはやらねばならぬことが沢山あった。

 

 まずはこのまま、階段で行けるところまで行く。途中で敵の結界に阻まれるだろうが、構わない。そこから下の階のいずれかを戦場(いくさば)に定め、罠の設置や奇襲の準備をしよう。

 

 ――()()()()()()()()()()

 

 そう、それはヒミコにとって嬉しい誤算だった。あの後ミヅキとの通話でカマをかけ、確信したのである。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、と。

 

(にしても……こんなのがいったいなんだっつーのかねぇ)

 

 階段を急ぎつつ、手にした硝子(ガラス)瓶をちらりと見遣った。巫術研究所から奪われ、コハクへと渡っていた例の瓶である。

 

(うへぇ……気持ちわりぃ……)

 

 得体の知れぬドロリとした液体で満たされたその中には。

 

 薄い緋色の光を放つ()()がふわふわと(ただよ)っていた。

 

 

 

 

 

 

 先手を打たれた――夜代(やしろ)ミヅキはそう理解した。

 

 先の通話、彼女は敵の情報を探るべく引き延ばしを試みている。しかし、それが裏目に出た。

 

 相手の言葉の大半は狂人の如く支離滅裂だったが、それでもあの女は最後、こう言い放ったのである。

 

『【ひーはー】! お前らの愛しの【ふぁっきん】目ん玉は()()()()()()()()()()⁉ 返して欲しけりゃあ力ずくで奪ってみなっ! まー、無理だろうがなぁ! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! ……革命バンザーイ! 清く貧しい民草に慈愛の手をっ!』

 

()()()()()()()()

 

 それはマズい。最悪である。此度の作戦はあれあってこそだ。

 

 緋ノ目がなければ――目的の達成は不可能である。

 

 だからミヅキは瞬間、反射的に息を呑んでしまった。そして敵は、その僅かな沈黙で理解したようである。

 

 こちらが必ず緋ノ目を取り返しに打って出る、と。

 

「――ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 どうやら敵は相当に頭が回る奴らしい。ミヅキは姉の首を前に絶叫するメノウを見て舌打ちした。

 

 この残虐な行為の裏には幾重もの悪意と策略が編み込まれている。

 

 昇降機(エレヴェイタ)が階の中央にある関係上、コハクの亡骸は多くの目に晒された。隊の者は言うに及ばず、一部の人質にも目撃されている。幸い、事前に噛ませた猿轡(さるぐつわ)が功を奏し騒ぎにはなってないが。

 

 さすがにメノウを除く巫女は皆、己を上手く抑制できている。表面上では無感情を貫き、余計な発言をすることもない。

 

 だが――内心では(はらわた)が煮えくり返る思いだろう。ミヅキを除く彼女ら()()()は、少数精鋭な分、隊員間の結びつきが非常に強い。

 

 その仲間がこれほど無残な目に遭わされたのだ。如何に頭で冷静にあろうとしても、御し難い怒りは多かれ少なかれ綻びを生むだろう。

 

 怒り。そう、敵があれほど惨い仕打ちをした理由の一つがそれだ。実に効果的な心理攻撃である。

 

「ハク姉! ハク姉ぇええ! ……許さない! 誰が! 誰がこんなことをォオオオ! うわぁあああああっ!」

 

 現に今、メノウは使い物にならなくなっていた。

 

 無理もない。メノウは他の隊員と事情が異なる。無論、血を分けた肉親を亡くしたのもあるが、それ以上に彼女は特殊な事情で薬物投与が欠かせぬ身であり、副作用で元から精神が不安定なのだ。

 

 あれ程の激情を沈めるにはどれだけの時間を要するか……メノウの戦闘能力が高いだけに、その損失を思うとミヅキは歯噛みせずにいられない。

 

「いい加減にしろ、メノウ……!」

 

 狼狽を見かねたのか、ヨウコが声を押し殺し詰め寄る。

 

「だって御頭(おかしら)! ハク姉が! あんな風にされて! ……悔しくないの⁉ 悲しくないの、御頭は⁉」

 

「悔しくない訳ないだろっ‼」

 

 ヨウコはメノウの(えり)を掴み、小さな身体を壁へ押しつけた。

 

「こっちはアンタらが年端も行かない頃から育ててきたんだ……っ! そのコハクを殺されて! アタイが! そうでないと! アンタはこれっぽちでも思ってんのかい、ええ⁉」

 

「御頭……っ」

 

 メノウの四肢から力が抜ける。

 

 今が頃合いか。ミヅキは一歩前に出た。

 

「大丈夫よ、メノウ……私たちの目的を思い出しなさい……必ずや、()()()()()()()()()()()()()

 

「ミヅキさん……」

 

「……ほら、ミヅキもこう言ってくれてんだ。大丈夫なんだよ。……だからアンタはまず落ち着きな。外の風にあたって、心を休めてくるといい」

 

「うん、御頭……行ってくる……」

 

 メノウがお化け傘の方へ上がるのを見届けた後、ミヅキはヨウコに目配せをする。

 

 ヨウコは残った部下にいくつか指示を出した後、ミヅキと一緒に一つ下の階へと降りた。

 

 二四階。撞球場の他に喫茶店や甘味処(かんみどころ)が立ち並ぶが、今は灯かり一つない暗闇のため大した意味を持たない。密談にはもってこいである。

 

「ヨウコ……あなたは支障ない? やっていけるかしら」

 

「ああ、問題ない……そりゃ、本音を言えば今すぐ出ていって、コハクをあんな目に遭わせたヤツの首を掻っ切ってやりたいよ。……でも、わかってる。すべきことはそれじゃない。計画の成就だ。それが最優先だ」

 

「ええ、その通りよ。じゃあ、今後の計画の修正について話し合いましょう」

 

 二人は暗闇の中、淡々と言葉を交わした。

 

 幸い時間はある。ヨウコが部下に出した指示の一つは、各階に張られた結界の範囲修正だ。先までは階段だけだったのに対し、今度は昇降機まで含め封鎖される。本来はコハクの帰還後に予定していた作業だ。これにより凌天閣(りょうてんかく)は上下にも完全に断絶され、敵は下層のどこかで立ち往生するしかない。

 

「結界を展開したのは一五階と二〇階よね?」

 

「そうだよ。だから敵は、一五階から下のどこかで足を止めざるを得ない」

 

「……口惜しいわね。()()さえ奪われなければ、あんなの放っておけたのに」

 

「取り返しに行かなきゃな……」

 

 問題はそこだった。元々彼女らはたった一〇人で仕掛けてきている。だからこそコハクが欠けた今、穴埋めが必須で、その上でさらに緋ノ目の奪還に人員を割かねばならぬのだ。

 

 思った以上に分が悪い――ミヅキの正直な感想である。

 

「ヨウコ、念のために訊きたいのだけれど、あなたの部下の中でコハクの他に巫術暗号の解読が得意な者はいるかしら?」

 

「……いや、いない。他の子はアタイも含めて全員素人みたいなモンだ」

 

「そう……となると〝参ノ封〟の残りの巫術暗号は私がやるしかないわね」

 

「いけるのかい?」

 

「コハクよりかは多少手間取るけれど、現実的な時間内で終わると思うわ……それよりも問題なのは、予定していた私の役目をどうするか、よ」

 

 本来の〝参ノ封〟突破後の段取りはこうだった。コハクが残りの巫術暗号を解読し、その間ミヅキは外部との交渉、他の者はヨウコの指揮下で防備を固める。

 

 中でも重要なのがミヅキの交渉で、その目的は警察や(もしかしたら来るかも知れぬ)国家巫女の残党ないしは民間巫女の歩みを止めることだ。そのために政治犯の釈放や異ノ国々との直接交渉など、すぐには手を出せぬ(フェイク)の要求を掲げ時間を稼ぐ予定であり、人質を取ったのはその一環である。

 

「私の代わりが務まるのはヨウコ、あなたしかいないわ」

 

「わかった。じゃあそっちはアタイが担当しよう。でも……となると、動けるのはあと七人……いや、メノウはあの分じゃまだ時間が掛かるだろうから六人か」

 

「そうね。メノウの巫術は強力な分、制御が難しい……下手をすれば同士討ちになるわ」

 

「じゃあ六人に頼むか……緋ノ目の奪還と敵の始末を」

 

「ええ。そうするのが――――――――――――何奴⁉」

 

 突如ミヅキが撞球場に向け攻撃を放つ。弾丸のように飛翔する御札(おふだ)は、台を真っ二つにした。すぐさまヨウコも駆け寄り追撃を試みるが……途中で肩を(すく)める。

 

「なんだ、ただの鼠だよ。ほら」

 

 彼女が顎で示す通り、鼠が一匹キィキィと鳴きながら逃げていった。

 

「……そう、ならよかったわ。騒がせてごめんなさいね」

 

「気にすることはないさ。さあ、それより――」

 

 二人は話を再開する。

 

 壊れた撞球台のさらに向こう、甘味処の影に隠れていた()()()()は思わず胸を撫で下ろした。

 

 この鼠、何やら黒縁眼鏡をかけている。どうにも妹狂い(シスコン)くさい鼠だった。

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