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外道巫女、神越ヒミコはなかなか死なない  作者: K. Soma


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12/41

12 神越ヒミコは決意した

 ――血の匂い。

 

 ヒミコは一瞬で頭を切り替えた。休憩所で紫煙を(くゆ)らせた(のち)、再び階段を下ってようやく三階まで着き、玄関階が見えてきた時のことである。

 

 血の匂い。誰かが殺された。しかも一人二人ではない。もっと沢山。

 

 そしてマズい。何者かが階段を駆け上がってきた。

 

 足音の速さ、鋭さは明らかに常人のものではない。

 

 緋ノ巫女だ。数はおそらく六……否、七人。

 

 ヒミコは咄嗟に身を隠した。幸い三階は土産物屋を含む物販店が立ち並ぶ煩雑とした造り。隠れる場所は無数にある。さらには慰霊会の貸し切りで休業中のため、明かりもない。

 

 暗闇に身を潜め、一方的にあちらを観察できた。

 

(あれは……⁉)

 

 先日取り逃した敵と同じである。黒装束の巫女。手には結界石や炸霊石(さくれいせき)を持ち、足早に階段を駆け上る。

 

(チッ……そういうことか)

 

 ヒミコは敵の思惑を一部察した。何が目的かは知らぬが、結界石は凌天閣の封鎖に使うのだろう。現に今、目だけを動かし窓の外を見た所、紫紺の色の障壁で取り囲まれていた。既に結界が一つ展開されている。これでこの塔は水平方向の如何なる干渉を受けつけない。今しがた見かけた集団は、おそらくここから上で何階かごとに新たな結界を展開するのだ。ただし今度は()()()()に。ヤツらが目指すは十中八九、慰霊会が行われている二五階。そこに辿り着くまでの障壁として、だ。炸霊石は道中の罠として設置するのだろう。徹底した防衛策だ。

 

 幾重にも張り巡らされた強固な結界と罠に加え、おそらくは慰霊会に参加中の上級層を人質に取る……これでは外部からの解決はほぼ絶望的だ。国家巫女が動員しても厳しいかもしれない。相手もまた緋ノ巫女なのだから。

 

 つまり今、事態解決に向けた機動性(モビリティ)を有するのは、結界中に居つつも自由に動ける自分のみ……。

 

 そこまでわかっていながら――ヒミコは何もできなかった。敵が上階へと進むのを見逃す他になかった。

 

 何故か? 至極単純である。あの人数の巫女を正面から相手取っても勝機はないからだ。

 

 統制の取れた動きである。あれは確実に半人前や退役し腕を鈍らせた巫女などではない。今なお現役で職務につく巫女だ。

 

 あれらと渡り合うには……どう考えても敵の分断や地の利の把握、心理戦の展開や罠の設置が必須になる。

 

(……下に行こう)

 

 そうするより他なかった。まずは情報を集めねばならない。それに万に一つだが、まだ息のある者がいるかもしれない(敵の手際を考えると極めて低い確率だが)。

 

 ――ヒミコは()えて、思考の動力学(ダイナミクス)から一つの展開を排除していた。

 

(ひでーな、こりゃ……)

 

 二階ギリギリまで階段を下り、中の様子を覗き見る。

 

〝血祭り〟というより他ない光景だった。壁や床の大理石が血や臓器の海で(おか)されている。

 

(まだ誰かいる……⁉)

 

 即座に身を隠し、相手の出方を伺った。幸いあちらはヒミコに気づいてないようだ。

 

 随分と小さい女子である。尋常小学校に通っている、と言われても頷けるかもしれない。 

 

 だがやはりあの黒装束を纏っていた。返り血をふんだんに吸い、重さと光沢を増した、あの黒装束を。

 

 敵だ。この惨劇に加担したに違いない。

 

 ヒミコには知る(よし)もなかったが、それは浮嶋(うきしま)姉妹の姉、コハクである。

 

 ミヅキから直々に指示を受けた彼女は、例の硝子瓶を手に床や壁を探っていた。

 

(何してんだ……? それにあの瓶は……何だ?)

 

 とその時、コハクがふと(おもて)を上げる。

 

 気づかれたか――⁉ ヒミコは鞄に突っ込んでいた手に僅かに力を籠める。

 

 だが違った。敵は容姿相応に幼い笑みを浮かべ、隅の一室へと入っていった。

 

(今だ!)

 

 好機。ヒミコは音を消しつつ速足で進み、二階から一階まで迅速に探る。

 

 いくつかの事柄が確かとなった。

 

 まず、生存者はいない。徹底的な殺戮が施されている。

 

 次に、敵は全員で一〇名。血でついた足跡から判断した。その内の二名は電動昇降機(エレヴェイタ)で直接二五階まで向かったようだ。

 

 最後に、この殺戮の実行者は二名。一人は効率を重視し、そしてもう一人は――()()()()()()。そういう(やから)だ。死体の損傷からそう判断できた。

 

「………。」

 

 ()は後者にやられたのだろう。

 

 彼。ほんの少し前まで休憩所で一緒に煙管(きせる)を楽しんでいた……あの警備員。気のいいおっちゃん。

 

「………………。」

 

 目には涙を流した跡があった。死相はやすらかとは程遠い。苦痛、恐怖、絶望……ありとあらゆる負の感情の重ね合わせが刻みついている。

 

「………………………。」

 

 こと切れる寸前、何を最後に思っただろう?

 

 会いに行くと言っていた娘か、今朝生まれたという初孫か、それとも変わりゆくと信じた今後か。

 

 それはもう誰にもわからない。可能性の断絶、未来の封鎖、選択の終焉。死とはそういうことだ。

 

「………。………………。………………………。」

 

 ヒミコは思考から湿っぽい展開を一切排除していた。

 

 眉一つ、唇一つさえ、動かさない。

 

 大きくも鋭く縁取られた眼は、ただ冷たく傷口に向けられ、そこから最大限敵の手の内を明かそうとするのみ。

 

 ……彼女は知っていた。

 

 怒りを表出させても状況は好転しない。どころかそれに触発された蛮勇は己を死に追いやる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()。そうして燃やし、燃やし尽くし、己の意志を焼き入れして鋼の如く強固にする。

 

 ――神越(かみこし)ヒミコは決意した。

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