無能と呼ばれた貴族少年は、魔族の少女に出会い世界を変える
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アステリア王国。魔法の才こそがすべてを決めるこの大国で、貴族とはすなわち魔力に恵まれた者たちのことを指した。
その中でも、アステラ公爵家は古来より王に仕える五大貴族のひとつであり、王家に次ぐ力を持つ名門と称されている。
しかし、その末弟として生まれた少年――ルシエル・アステラには、決定的な欠陥があった。
魔力が、限りなくゼロに近いのである。
兄たちは幼少期から火を操り、雷を落とし、時には風の刃を自在に呼び出した。だが、ルシエルはどんなに努力しても、ろうそくの火すら灯せなかった。
「なんで、俺にはできないんだ……っ!」
血を吐く思いで修行を重ねても、結果は変わらなかった。使用人たちは陰で彼を「無能坊ちゃん」とあざ笑い、教師も冷ややかな目を向ける。父はやがて息子の存在すら口に出さなくなった。
「ルシエル様、これ以上はおやめください。お身体が――!」
使用人の必死の制止も虚しく、ルシエルは魔導書を両手に抱え、夜の森へと飛び出した。
その日が、彼の十五歳の誕生日だった。
◇ ◇ ◇
「ちくしょう……なんで、俺だけ……!」
深い森の奥、ルシエルは倒木にもたれて座り込み、手にした魔導書を地面に叩きつけた。
その時だった。
空気が変わった。
漆黒の霧が森の奥から流れ出し、冷気と共に不穏な気配が迫る。思わず立ち上がるルシエルの前に、それは現れた。
黒い翼。紅い双眸。夜空のような黒髪が風に舞う、美しい少女。
「人間……? いや、違うな。お前、壊れてる」
「だ、誰だ……!?」
「私はリリシア。魔族の血を引く者。まあ、今は旅の途中ってとこ」
魔族――人間にとっては災厄の象徴、恐怖の存在。ルシエルは咄嗟に身構えた。が、リリシアは興味深そうに彼を見つめたまま、ふわりと浮いたまま笑う。
「で? なんで、そんなに泣きそうな顔してんの?」
「……関係ないだろ」
「あるよ。私はヒマだし、お前の顔、けっこう面白いし」
何かが弾けた。
ルシエルは今まで誰にも言えなかった想いを、まるで堰を切ったように口にした。自分の無力さ、家族の冷たい眼差し、必死に努力しても報われない現実――。
それを静かに聞いていたリリシアは、ぽつりと呟いた。
「……バカだなお前」
「……なんだと?」
「人間の魔法体系で生きようとしてるからだよ。お前、人間のくせに人間向きじゃないんだよ」
「は?」
「試してみるか? 魔族のやり方を」
◇ ◇ ◇
それからの日々、リリシアはルシエルに“魔族の魔法”を教え始めた。
それは、魔力を内から発するのではなく、外の存在――精霊や魔素、果ては自然そのものと共鳴する魔法だった。名を“感応魔法”という。
「魔力量のないお前に向いてる。魔力じゃなく、世界と繋がる力を鍛えるんだよ」
最初は感覚もつかめず失敗ばかりだった。しかし、リリシアの不器用ながらも根気強い指導により、ルシエルは徐々に感応魔法のコツを掴んでいく。
やがて――
「……来た!」
彼の周囲に、赤い火の精霊が舞い降りた。それは彼に導かれるように寄り添い、静かに炎の力を与えた。
「お前、……マジか。精霊と契約するなんて……人間で、しかも無能扱いだったやつが」
リリシアの声には、あきれと、少しの感動が混じっていた。
◇ ◇ ◇
数ヶ月後、王都の学院で年に一度の実技試験が開催された。
ルシエルは再び人前に姿を現した。彼を見た教師や生徒たちはざわめく。
「無能がまた来たぞ」 「恥さらしめ……」
試験は、各自が任意の魔法を披露する形だった。
「ルシエル・アステラ、準備はいいか?」
「……はい」
深呼吸一つ。ルシエルは手を掲げた。
「来い、焔の精霊よ。俺の声に応え、炎を纏え――《フレイム・セレス》!」
次の瞬間、天空から火の精霊が現れ、彼の身体を包み込む。赤い炎は竜のように舞い上がり、広場を焦がさずに渦を巻いた。
沈黙。
やがて、拍手も歓声もなく、ただ呆然と見つめる者ばかり。
「精霊魔法士……? そんな……」 「見間違いだ。彼には魔力が――!」
「違う。俺は魔力がない。でも、それでも世界と繋がれる」
それが、ルシエルの答えだった。
◇ ◇ ◇
その日を境に、彼の噂は瞬く間に広がった。
魔族の力を借りて強くなった裏切り者――
精霊と契約した救世主――
称賛も中傷も、彼の耳には届かなかった。彼の隣には、いつもリリシアがいたからだ。
「お前、もう完全に“世界の敵”扱いだな」
「そのうち“世界の希望”にもなるさ。お前が一緒にいてくれるならな」
リリシアは少しだけ、照れたように微笑んだ。
その先に待つのは、世界を巻き込む大戦か、理を覆す革命か。
だが、ルシエルには確信があった。
あの日、涙を見せた自分は、もういない。
これは、かつて無能と呼ばれた少年が、
魔族の少女と共に世界を変えていく、そんな物語の始まりである――。
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