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土壇場ってのは突然訪れる

俺は微笑んで手を振るキルベ姫に見送られ、ジェレミア外交官と共に部屋を後にした。

ジェレミア外交官は俺を見上げ、なにかを勘違いしたらしくニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「いかがでしたかな、ゴロニア王子」

「有意義な時間でした。最初は驚きましたが、なんてことはない。所詮は森に閉じこもりきりの田舎姫だ。取り入るのは容易そうです」

「その割には随分と楽しそうでしたな」

「それはもう。政略結婚が上手くいきそうなのだから、嬉しいに決まっている」


なんとか冷静な態度を装うが、俺のポーカーフェイスなどジェレミアにはお見通しなのだろう。

だが、だからといって負けを認めてやるかどうかは別問題だった。

特にこれからの会談は俺が帝国のためにいかに働けるかを確かめる場面でもあるのだ。自分の矜持を取り戻すためには虚勢の一つでもは張らなければならなかった。


「ところで、これはどこに向かっているのだ?この家の広間とは方向が違うようだが」

「そうです。実はザクト殿がどうしてもゴロニア王子の武技を見たいとおっしゃっておりまして」

「なるほど、ブギか……ブギ……ブギ?武技だと!?」

「はい」

「ちょっと待て!」


俺は思わずその場に立ち止まってしまった。


「武技を見たいだと!?俺にオークと戦えということか!?」

「はい。既にザクト殿が闘技場でお待ちです。武器はゴロニア王子の剣を既に持ってきております。なにか問題でも?」

「……いや……しかし、武技か……武技……うむ……」


俺は士官学校で武技の訓練は積んできた。

だが、英才教育を受けてきた貴族連中には決闘で勝った試しはなかった。

そもそも、剣の腕前に関しては優秀と言える成績は残せなかったのだ。


「勝敗に関しては手加減無用と言われております。ザクト殿としては花婿、ひいては自分の義息子となる者の腕前が見たいのです。ですが、所詮オーク対人間。1対1の真っ向勝負で王子が勝てるとは誰も思うておりません。負けても婚約破棄に繋がることはないでしょう」

「そう言ってくれると助かる。なにせ剣はあまり自信がない」

「ですが、あまりに無様な負け方をされますと今後に差し支えますのでそれなりに観れる試合にしてくださいよ」

「……努力しよう」


俺はため息をつきたい気持ちを抑え込み、喉の奥で息を止めた。

そして、俺はジェレミア外交官に連れられ、屋敷を出てオークの集落の中を歩く。

集落の中にはポツポツとオークが仕事をしており、その日常がうかがえた。

洗濯を干す者、芋の下処理をする者、竃で鉄鍛治に励む者。

そのどれもが典型的なオークの姿をしており、キルベ姫のような容姿の者は誰一人いなかった。


本当にキルベ姫はこの集落の姫なのか?


俺は半ば現実逃避を兼ねてそんなことを考えていた。


だが、そんなことをしていても歩いていれば目的地にはいずれたどり着いてしまう。

そこは集落の少し端。闘技場とは名ばかりのただの広場だ。下草を刈り取り、踏み固められて土の地面が露出していることの他、特段変わったことのない場所だ。


そこが他の場所と違うとするなら、それは熱気に他ならない。


「ブォオオオオオオオオオ!」

「ガァアアアアアアアアア!」


野生の獣のような雄叫びをあげながら、8フィート(約250cm)を越える巨漢達が激しい重低音を響かせながら木製の訓練用の武器を振っている。オークは皮下脂肪の多い体系で誤解されがちだが、その贅肉の下には鋼鉄のような筋肉が隠れている。だからこそ、一撃で人間を木っ端のように吹き飛ばす腕力を持ちながら、その動きは素早く無駄がない。


「ブォオオオオオオオオオ!」

「ゴァアアアアアアアアア!」


だが、やはりオークはオークだ。


熱気も凄いが臭気も凄い。この場所には本来のオークの体臭に加えて汗の匂いが酷く染み込んでいる。それに加えて彼らが数人集まって取っ組み合いをしているのだからそのパワーはまさしく倍であった。

俺は鼻が曲がりそうなほどの臭いに思わず顔をしかめてしまった。

先に待機していた護衛の騎士達も闘技場の周りで、『この世の終わりだ』と叫び出しそうな顔をして立っている。


そんな中で、ジェレミアだけは酷い臭いも平気なようで、彼は涼しい顔をして闘技場の奥に佇む一際大きなオークを指差した。


「あの方です。あそこで大きな角の飾りをつけている方がザクト=バル殿になります」

「あれが……」


ザクト=バルはやはり生粋のオークであった。

禿げ上がった頭、豚のような鼻、臭気を帯びた汗だくの身体。

唯一の例外は肥満体系ではないことだった。彼の身体は筋肉がこれ見よがしに盛り上がり、鍛え上げられた肉体を衆目に晒していた。


まさしく、オークの中の王という出で立ちだ。


ただ、この男から本当にキルベ姫が産まれたというのは流石に信じがたかった。


ザクトはジェレミアが俺を連れてきたのに気づき、一声『ズンガァ!』と叫んだ。

それを合図に闘技場で訓練をしていたオーク達が手を止め、すぐさま場所を開けた。

先程まで闘争の騒音が絶えなかった森の中が唐突に静まりかえった。

ザクトは太い指でこちらを指差しながら、唸るように声をあげた。


「ヴェルガ、ヴェルガジェレミア。ドアダゴロディア」


『ジェレミア』と『ゴロディア』という固有名詞だけは聞き取ることができた。

当然、話しかけられたのはジェレミアの方だ。

ジェレミアが少しばかり前に立ち、ザクトと話し始める。


2人は最初は朗らかに話をしていたが、なぜか途中から真剣に熱を入れて語り合いはじめてしまった。


その間、俺はオーク達に取り囲まれた中で待たされることになった。俺は王族としての習慣でなんとか笑みを貼り付けることには成功した。だが、さっきから緊張しているせいか頰の痙攣が止まらない。それは、これからオークの首魁と1対1の勝負が控えていることもあるが、それ以上にこの場の状況が不味かった。なにせ、この円形の闘技場には巨大なオークが15体はおり、その誰もが訓練用の武器を片手にこちらを値踏みするような目で睨みつけているのだ。もし、仮に彼らに一斉に襲いかかってこられたら俺達はなす術もなく、ぐちゃぐちゃの肉塊になってしまう。

横目に随伴してきた騎士達を伺うと、やはり彼らも手にした斧槍ハルバートが震えていた。


自分達の命を容易に散らせることができる相手など誰しもが怖いに決まっている。

俺だって正直に言えば怖い。だが、俺はそんな恐怖を感じていることなど微塵も出さなかった。

オークという種族は良くも悪くも戦士だという噂だ。一歩でも敵から逃げれば臆病者の烙印を押されてしまう相手に情けない姿など見せられるはずもなかった。


それはこの場所で生きていく上で絶対に避けなければならないことだった。


そうやって気を張り詰めているうちにジェレミアと首魁との話し合いは終わったようだった。

ジェレミアは首魁に悠々とお辞儀をし、首魁も『気にするな』といったような具合に笑う。


そして、ジェレミアは騎士に命じ、俺の剣を運ばせてきた。


騎士達は俺の剣を薪か何かと思っているのか、無造作に掴んで俺に渡してきた。


俺は自分が王家の中の鼻つまみ者である自覚はある。そして、騎士達はそれぞれが由緒ある家柄を持つ貴族の産まれだ。


有り体にいえば、ここにいる3人の騎士は俺よりも高いキャリアを持っているのだ。


彼等はあくまで護衛として派遣された武官であり、一時的におれの指揮下に入っただけだ。

彼等は出世を約束される立場にあり、いずれ俺を上回る立場になるのは自明の理だった。


そういう騎士連中の俺に対する態度は時間を追うごとに悪いものになっていった。

帝都を出発したころはまだ取り繕うこともしていたのだが、特にこの土地についてからというもの露骨に俺を嫌悪するようになっていた。


そんな騎士に思うところがないわけではないが、彼等の『一刻も早くこの場から消えてしまいたい』という顔に文句も言えなくなってしまう。なにせ、キルベ姫に出会う前の俺も似たようなことをずっと考えていたのだから。


俺は自分の剣を受け取り、鞘から剣身をわずかに引き抜く。通常の剣よりも剣幅が広く、剣身の短い両刃の剣。士官学校から俺の中途半端な武技に付き合わされてきた愛すべき駄剣だ。その顔に映り込む自分の顔は少し憂鬱にそうに苦笑いをしていた。


そんな俺にジェレミアが小さな声で話しかけてきた。


「王子。先程言ったことをお忘れなきようお願いします」

「無様は晒すな……だろ。努力はする」

「努力はいりません。結果をください」

「……わかっているさ」


ジェレミアの真剣な目を見なくてもわかる。オーク族という種族が個人の武力にどれだけ重きをおいているかはキルベ姫の話からも推察できていた。

これからオーク族に婿入りする男があまりに弱ければ、それはそのまま帝国への悪印象を与えかねない。


『オークの首魁』と『帝国の王子』の大一番。


それは今後の同盟関係の優劣にすら直結する。


『政略結婚』において、キルベ姫との関係性では敗北した俺だ。

ここらで挽回しておかないと、何のためにここまで来たのかわからなくなってしまう。

俺は覚悟を決め、浮ついた気持ちを断ち切るかのように剣を鞘の中に押し込んだ。


俺が一歩進むと、それに応じるように1人のオークが闘技場に足を踏み入れた。


「ゴロディア、ヴァクトゥ!」


オークの首魁、ザクト=バル。


オーク族の中でも一際大きな巨体を揺らしながら、彼は木製の棍棒のような武器を持ち上げた。


「ヴァクトゥ!ヴァクトゥ!ヴァクトゥ!」


雄叫びを上げながら武器を振り回す首魁。

その直後、周囲で観戦していたオーク達も雄叫びを上げた。


「ヴァクトゥゥウウウウウウウ!!!」


オーク族の戦士達が放つ鼓舞の声。巨大な身体に見合う肺活量から放たれるその強烈な声量に鼓膜がひび割れるかと思った。巨大な音は衝撃となるという話を聞いたことがあるが、彼等の声はまさしくそれであった。オーク族が声だけで岩を割るという話は根も葉もない噂かと思っていたが、火のない所に煙は立たぬとはよく言ったものだ。これだけの声量を直接耳にすればそんな話を酒場でしたくなる。


騎士連中に至っては武器を手放してまで耳を塞いでいたが、俺は鞘に入った剣を両手でもっていたこともあって彼等の雄叫びを直に聞くしかなかった。あまりの音に頭の奥がガンガンと揺れる。その巨大な空気の振動に耳鳴りが酷く響く。

俺は反射で剣を手放して耳を塞ぎたくなる両手を必死に抑え込んだ。震えそうになる身体は筋肉を強張らせることで無理矢理止めた。


表面だけは平静を保ち続け、微笑を絶やさない。


それは俺の王族としての最低限の矜持だった。


彼等の雄叫びが続いたのはほんの数秒程度だったはずだが、まるで永遠にも感じられるような時間だった。彼等の声が止み、今度は歓声のように声があがる。先程に比べれば幾段か声量の落ちた雑音に俺は心の底から安堵しながら、鞘から剣を引き抜きジェレミアへと渡す。


「そういえば、俺は真剣でいいのか?ザクト殿はどうやら訓練用の武器のようだが」

「『俺に傷をつけられたらたいしたものだ』と、ザクト殿は笑っておいででしたよ。それに『本物の武器では王子が死んでしまう』とも」

「そうか。ならば、胸を借りるつもりでいくか」

「ええ。ザクト殿の胸であれば借りがいもありましょう」


確かにザクトの胸板は俺の3倍は分厚く、肩幅は2倍はあるだろう。


まったくもって、嫌になる。


闘技場の熱気は既に最高潮。ザクトは武器を手元でぐるぐると回して、人生最高の瞬間を楽しむかのように笑っている。俺は人生最悪の瞬間を嘲笑うかのように笑っていた。

俺はジェレミアが闘技場の外側まで退避したのを見届け、剣を構えた。

それと同時にザクトも棍棒を手の中に収め、中段に武器を構える。


「ズラァァル!!」


誰かが叫び、鐘をついた時のような音が鳴る。

俺とザクトが同時に動き出し、一合目がかち合う。

そのあまりのパワーに一発で筋肉と骨が悲鳴をあげた。


ただ、俺は心のどこかで安堵していた。


とりあえず、このオークのことを好意的に見ることはなさそうだ。

とりあえず、今日はここまで。

ここからは少しずつ投稿していく形になります。

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