第94話 リリィ、ぶっぱなす
(ついに、ついにこの時がきたわ……!)
皆がコーラル・クリスタルに目を奪われる中、修練室の隅っこでレインはほくそ笑んだ。
(ふふ、みんな私の優秀さにびっくりするわね……!)
既に魔法の基礎を習い終えているレインが退屈な座学の授業にも真面目に耐えてきたのは、全て自分の実力を見せびらかせるこの瞬間のため。まだ満足に魔法陣すら描けない生徒たちが殆どの中、既に基本属性全ての魔法を使える自分が最も優秀なのは火を見るよりも明らか。レインは早く自分の魔法を披露したくて仕方がなかったのだ。
そして────その予想は『ほぼ』当たっていた。
「てやっ! ……うーん、なかなかでない」
「まほーじんってどーやってだすんだっけ?」
そこかしこから聞こえるのは、魔法が出せず悪戦苦闘する子供たちの声。その一つ一つがレインの心の痒い所を的確に刺激していく。これから華麗に魔法を披露してみせたら、一体私はどんな羨望の眼差しを向けられるだろう────そう想像するだけで身体の芯が震えた。
レインは我慢出来ないとばかりに人の波をかき分け、クリスタルの正面に立つ。壮大な自然の息吹を感じさせる巨大なクリスタルも、今のレインには自らを引き立てる宝石のように感じられた。
「…………ふっ」
レインの手に握られているのは、S級素材『雷獣シルバー・ファングの頭骨』を使用した最高級の杖。レインは普段家で練習している時よりゆっくりと、わざとらしく手を正面に向ける。自信に満ちたその所作は、自然と教室中の目を惹き付けた。それは愛しの娘しか眼中になかったヴァイスですら、つい一瞬だけ娘から目を離してしまうほどだった。
(…………よし)
レインが杖をクリスタルに向けると、ぼわ……と魔法陣が出現する。それは小さな魔法陣ではあったが、まだ授業では習っていない『形状』の修飾も付与されていた。レインが近頃、夜通し練習していた『雷を槍の形状に変化させる』記述だ。それに気が付いたエスメラルダとヴァイスは僅かに目を見開いた。一年生のこの時期にそこまで出来る生徒は殆どいない。
(ああ…………何て気持ちがいいのかしら!)
にわかに周囲がざわついていく。その殆どが自分を称える言葉だと知り、レインはえも言われぬ快感に包まれた。
レインが魔力を魔法陣に伝えていく。
魔法陣はレインの魔力を受け薄っすらと光り輝き────やがて一本の小さな槍が出現した。雷で出来た槍に、子供たちは大いに沸き立つ。
「おおー!」
「かっけー!」
(ふふん、やっと私の実力が分かったみたい…………ねっ!)
無数の黄色い声を浴びて満足したレインは、その槍を思い切りクリスタルに打ち付けた。轟音をあげて槍はクリスタルに突撃していく。もしかしたら壊せるんじゃないか──なんて考えもしたレインだったが、魔力で出来た雷の槍は、エスメラルダの説明通りクリスタルに衝突するや否や消滅してしまった。流石にそこまで甘くなかったか、とレインは内心毒づく。
満足げにクリスタルを眺めているレインに、エスメラルダは声を掛ける。
「────レイン、凄いじゃないか。形状変化は自分で勉強したのかい?」
「ええ、先生。これくらいならずっと前から出来ます」
魔法の形状変化はつい昨晩会得したばかりで、それもまだ槍の形しか出来たことのないレインだったが、つい見栄を張ってそんなことを言ってしまう。
「そうなのかい。随分優秀じゃないか」
「ありがとうございます、先生」
帝都を代表する魔法使いであるエスメラルダから優秀だと言われ、心が充実するのを感じながらレインはクリスタルから離れた。
◆
(なかなかちかづけない…………)
すぐにでも魔法を使いたいリリィだったが、皆より体が小さいリリィはなかなかクリスタルに近づけずにいた。近付こうとしても、ぽんと体で押し出されてしまうし、皆の背が邪魔をしてクリスタル付近がどうなっているかも掴めない。結局リリィが魔法を使う番になったのは、一通り皆が魔法を試した後のことだった。良くも悪くも、目立ってしまうトリである。
(やっとりりーのばんになった……!)
リリィはとてとてとクリスタルに近寄ると、ぺた、と表面に触れてみる。ただ綺麗で触ってみたかっただけで特に理由はない行動だった。
一通り触って満足すると、リリィはクリスタルの正面に戻ることにした。くるっとクリスタルに向き直り、杖をびしっとクリスタルの方に向けた。
「きれーなつえ……!」
「あのつえ、すげーよな…………」
SSS級素材『クリスタル・ドラゴンの角』を使用したリリィの杖は、世界に二本とない幻の杖。授業で使ってからというもの子供たちの間でリリィの杖は話題だった。リリィも自分の杖が何だか凄いものらしいと理解してからはこの杖を誇らしく思っていたし、自分にこの杖をくれたヴァイスに感謝していた。
(よーし、やってやれリリィ。思いっきりだぞ)
ヴァイスは教室の隅から娘の晴れ姿を見守っている。その拳は硬く握られていて、珍しく表情には余裕がない。仕事で誰かを暗殺する時より緊張していた。
「んん~~、むずむず…………」
リリィは目を閉じ、ゆらゆらと小さく杖を彷徨わせる。頭の中でイメージするのは、身体の中を流れるむずむずを指先に集めること。
(…………よし、良い感じだ)
それはリリィの才能か、はたまたハイエルフの特徴か。イメージ通りにリリィの魔力が杖に集まっていく。杖の先に赤い魔法陣が出現し、ヴァイスは小さくガッツポーズした。今までで一番優秀だったレインの魔法陣より一回り大きい魔法陣だった。
(なんか……いいかんじかも…………)
リリィはこの上なく集中出来ていた。目を閉じているリリィには魔法陣が出ているか確認出来なかったが、不思議と上手くいっている確信があった。杖に溜めている魔力を魔法陣に伝え、魔法が出るまでが完璧にイメージ出来たし、なんならクリスタルを破壊していた。それは少し前にレインがしていた想像と全く同じものだった。
リリィは身体に流れるむずむずを思いっきり全て杖に集めると、目を見開きそれを一気に放出した。
「…………たぁーーーっ!!!!」