第86話 きのみ、たくさん
俺達は家の周りを散歩しながら街路樹を見て回ることにした。少し先の木の下でぴょこぴょこと上を見上げているリリィが俺に向かって叫ぶ。
「ぱぱー! このき、きのみないかもー!」
「そうか、じゃあ次だな」
「わかった~!」
リリィは次の木に向けて走り出した。そうして次の木に到着すると、同じように上を見上げて確認する。さて、今度はどうかな…………。
「あ! なんかある!」
「お」
リリィは上を指差すと木に抱き着いた。樹齢数十年はありそうな大きな樹木は、リリィに抱き着かれてもビクともしない。何をしているんだと思いながら歩いていると、リリィはその凸凹した木肌に足をかけ登ろうとし始めた。
「ちょっ、リリィ! 待て待て!」
リリィの足はなかなか引っかからず、ザリザリと木を蹴るような形になる。よしんば足が引っ掛かったとして手を掛けられる幹もないし、何より危なすぎる。俺は慌ててリリィに駆け寄った。
「~~っ、のぼれない~! ……およ?」
手足を精いっぱい広げて木に捕まろうとするリリィを後ろから持ち上げ、肩の上に乗せる。久しぶりの肩車にテンションが上がったのか、リリィは雄たけびをあげた。
「ぅぉ~! たかいたかい~!」
「リリィ、これで木の実取れないか?」
俺が思い切りジャンプすれば垂れ下がっている枝に手が届きそうだったから、高さ的には問題なさそうだが……。
「ほっ、やぁっ!」
ずん、ずん、という衝撃が肩に響く。肩車している関係で上の状況はよく分からないが、ざわざわと枝が揺れる音が聞こえるから枝に触ることが出来ていそうだ。
暫く天然の肩マッサージに寛いでいると、ぶちんっという音と共にリリィが後ろに大きく傾いた。咄嗟に足をぎゅっと掴んで支える。
「きのみとれた~! ぱぱ、みてみて!」
リリィが俺の顔の前に手を伸ばしてくる。その小さな手には細い枝が握られていて、端々には緑色の木の実がついていた。
「おお、大漁じゃないか。よくやったぞリリィ」
頭を撫でようと上に手を伸ばす。リリィは俺の意図を察したのか、俺の手に頭をくっつけてきた。遠慮なく撫でまわすと、リリィは気持ちよさそうに声を漏らした。
「えへへ…………ぱぱ、りりーえらい?」
「勿論だ。偉いぞリリィ」
「いひひひ……」
リリィは嬉しそうに枝を振り回す。わんぱくに育ってくれて何よりだ。
それからは同じようにいくつも木を回り、日が暮れるころにはリリィの両手とポケットは木の実でいっぱいになっていた。スライムがどれくらい食べるのかは分からないが、これだけあれば一週間は大丈夫だろう。
「きのみ~たくさん~~きのみたくさん~♪」
夕日を背にしながら家に向かう。沢山の木の実を抱えてリリィは肩の上で上機嫌だった。聞いたことも謎の音頭を歌っている。歌詞が『きのみ』と『たくさん』しかない謎の歌だ。
────そんな時。
「…………ヴァイス。それにリリィちゃんも。何をやってるんだ?」
偶然にも道端でジークリンデに遭遇する。両手に枝を持ったリリィを見て怪訝そうな表情を浮かべている。服装から察するに仕事終わりだろうか。ゴツい魔法省の制服は着ているだけで疲れそうだ。
「じーくりんでおねーちゃん!」
「ジークリンデ。そっちこそ何やってるんだ?」
訊いたものの、俺には察しがついていた。ジークリンデが歩いていた方向は俺達と同じだったからだ。それはフロイド家の本宅と逆方向であり、つまりは…………。
「私はあれだ、お前の家に行こうと思ってな」
「だろうな」
もう日課になりつつあるジークリンデの来訪。もううちに住んだ方が早いんじゃないかと思うが、厳しい家だから難しそうでもある。昔、一人暮らししようとしたら猛反対にあったらしいしな。
「それで、二人は何をやってたんだ? 随分ご機嫌そうだが」
「えっとね、きのみをしゅーかくしてたんだよ!」
「木の実……? 学校の課題か何かか?」
「似たようなもんだ。エスメラルダ先生が相変わらずだったらしいぜ」
「先生が? ……早速何かやったのか?」
瞳の奥で不安を滲ませるジークリンデ。魔法学校の職員は全員が魔法省の所属になる関係で、先生が何かやらかせば自分の責任に成りかねない。気が気じゃないんだろうな。
「安心しろ。お前が駆り出されるようなことじゃないさ────今の所はな」
「何だその不安を煽る言い方は…………」
「せ、せんせーはわるくないよ! りりーがね、かいたいっていったんだよ!」
リリィが頭の上で騒ぎだす。枝の先がぺしぺしと頭を叩いて少しチクっとした。
「かいたい……? とりあえず続きは家で詳しく聞かせて貰おうか」
丁度家に到着した俺達はそこで一旦会話を打ち切った。話を聞いたジークリンデがどんな反応をするか、楽しみだな。