第84話 リリィ、ショック
「さあ、かくごしなさい!」
「…………!」
一方、レインは森の奥で別のブルースライムを追い詰めていた。スライムは涙目で逃走を図るが、身体の端を踏まれている為びよーんと伸びては戻ってを繰り返す。絶体絶命の大ピンチだ。
「えっと、まずは魔法陣をイメージして……」
レインは家の図書室で読んだ魔法書の内容を思い出しながら、足元のスライムに手を伸ばす。集中して手に魔力を込めると、ぼわ……と淡い光を放ちながら黄色い魔法陣が現れた。魔法陣はゆらゆらと炎のように揺れ、なかなか安定しない。
「うーん…………やっぱり一回でうまくはいかないわね」
魔法陣を空間に固着させるには魔力を一定の強さで魔法陣に伝えなければならないのだが、レインの読んだ魔法書はただ魔法陣の内容が書いてあるだけで、そういったコツのようなものは書いていなかった。だから家で練習した時もなかなかうまくいかず、レインは何度もやり直してやっと魔法陣を浮かべることが出来たのだった。一発で魔法陣を出せるようにするのがレインの今の目標だ。
「なんかこんなかんじでやるとうまくいくのよね……」
レインはじーっと魔法陣を見つめ、じっくりと魔力を流していく。すると魔法陣の揺れは少しづつ収まりはじめ、やがて完全に停止した。魔法陣の向こう側ではスライムが滝のような涙を流してレインを見つめているが、レインは気付かない。悲しいくらい一方通行の命乞いだった。
「よし、あとは魔力をこめれば……!」
魔法陣が強い光を放つ。レインの魔力は魔法陣を通して雷に姿を変え、スライムに突き刺さった。
「…………!」
ぷすぷす、と煙をあげて地面に溶けていくスライム。レインの込めた魔力は決して多くはなかったが、雷魔法だったのが災いし水属性のブルースライムはその生命を儚く散らした。
「やったわ! 私、魔物をたおしちゃったわ!」
声をあげ喜ぶレイン。日々の勉強の成果を実感出来たレインは、スライムハンターにジョブチェンジし森の奥へと歩を進めるのだった。
◆
1年1組の生徒たちを乗せた魔法車は、行きより一匹だけ多く生き物を運んでいた。リリィの膝の上で眠るブルースライムだ。話し合いの結果、このスライムは1年1組の新しい仲間になったのだ。ニックネームは発見者のリリィ発案の「ぽよぽよ」。教室に戻ったら世話をする「ぽよぽよ係」を決める手はずになっている。
「ぽよぽよ〜ぷるぷるぽよぽよ〜」
さわさわとスライムの表面を撫でながらリリィは謎の歌を歌う。その隣ではお疲れモードのレインが寝息を立てていた。レインはあの後3匹のスライムを倒すことに成功していた。
「リリィちゃん、私にもぽよぽよさわらせて?」
「いーよー」
リリィは近くの女生徒にスライムを渡す。渡された女生徒はゆっくりとスライムを撫で、笑顔を零した。エスメラルダの授業は大成功を収めたと言っていいだろう。
その後もスライムを触りたい生徒たちによってスライムは車内を縦横無尽に回され、学校に戻った時には触られ過ぎてほかほかに温まったスライムが完成していた。
「…………?」
教室に放されたぽよぽよは訳も分からず飛び跳ねる。人間への恐怖心は既になくなっていたが、この急激な状況変化はスライムの頭では全く対応出来ないのだ。結局スライムは教室の隅まで移動すると、角を埋めるように身体を押し付けて眠りについた。
「……どうしてスライムが教室にいるのよ」
話の流れを理解していなかったレインは呆れたように呟く。エスメラルダがそれに気づき、言う。
「あのスライムはこれからこのクラスの新しい仲間だよ」
「なかま?」
「友達、ともいうかもねえ」
「友だち、ねえ……」
既にその友達とやらを4匹も倒したレインには、スライムを飼うことで盛り上がっているクラスメイトたちが物凄く子供に思えるのだった。なんだか自分だけ大人の階段を登ったような気持ちになり、それはそれで悪くはなかったが。
「ま、私はスライムの世話なんかしませんから。やりたい人でやってくださいね」
スライムなんかに興味ありません、とそっぽを向くレイン。その隣ではリリィが椅子から飛び降り、スライムの元に走っていた。
「ぽよぽよ、ごはんだよー」
机の中にしまっていたお菓子をぽよぽよの前に置くリリィ。それはお昼に自分で食べようと取っていたお気に入りのお菓子だったが、心優しいリリィはぽよぽよにあげることを選んだのだ。
「リリィちゃん、それは何だい?」
「りりーのおきにいりのおかし!」
「お菓子を持ってくるのは校則違反だよ」
「────ッ!?」
絶望に顔を染めるリリィ。その足元では、匂いに釣られ目を覚ましたぽよぽよが美味しそうにお菓子を食べ始めるのだった。