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第74話 ヴァイス、気付く

「……どうしたんだ?」


  店先で足を止めた俺を不審がって、ジークリンデが怪訝な表情で覗き込んでくる。あの時と全く変わらないダサい眼鏡越しに、澄んだ瞳が俺を射抜いた。


「いや、少し昔を思い出していただけだ」

「そうか。ここには何度も立ち寄ったからな」


 そう言ってジークリンデは慣れた足取りで店の奥に歩いていく。きっと俺が帝都を離れてからも訪れていたんだろうな。


 狭い店内はデカい本棚によってさらに窮屈になっていて、通路は大人がギリギリすれ違えるかどうかという幅しかなかったが、昔と変わらず誰も客がいなかったから困ることはなかった。


「そういや、お前がここで本を買ってるのを見たことがない気がするんだがな」

「そうだったか? 私が教室で読んでいた魔法書は大体ここで購入したものだったんだがな」

「嘘つけよ。いつも立ち読みばかりだったじゃねえか。店の迷惑になってないかとハラハラしてたんだぞ俺は」

「私は内容を吟味してから買う派だからな。ああ──確かにお前と一緒にいる時に買ったことはないかもしれないな。休日に一人で買いに来ていたことが多かったかもしれない」


 放課後だけでは飽き足らず休日まで来てたのかよ。きっと朝から晩まで魔法書を読み漁って、買うべきか否か考えてたんだろうな。金持ちなんだから気になったらとりあえず買っちまえばいいのに財布の紐が堅い奴だ。


 ジークリンデと一緒に店の奥まで歩いていくと、小さなカウンターの奥に爺が座っていた。恐らく店主だろう。学生時代何度も来ているのに、会ったのは初めてかもしれない。


「おお、ジークリンデちゃん。久しぶりだのう」

「お久しぶりです。最近は中々立ち寄れなくて申し訳ない」

「ええんじゃよ。年寄りの道楽じゃからな」


 ジークリンデと爺は親しげに言葉を交わす。何の気なしに二人を眺めていると、爺が俺に視線を合わせた。


「お前さんは…………見たことがあるのう。どこでじゃったか…………」

「気のせいじゃないか? 俺は爺さんに見覚えなんかないぞ」

「お前は元クラスメイトすら覚えていなかっただろうが」


 メディチのことか。仕方ねえだろ、十年も経ったら大抵のことは忘れちまう。


「…………ああ、思い出したぞい。お前さんあれじゃな? 昔ジークリンデちゃんと一緒によく来てた彼氏じゃろう?」

「がホッゴホッ……!?」


 爺の突拍子もない発言にジークリンデが咳き込む。


「彼氏だあ?」

「違うんか? 今も一緒におるじゃろうが」


 爺はにまにまと嫌な笑みを浮かべて俺とジークリンデを指で示した。


 俺とコイツが彼氏彼女だと?

 とんでもない勘違いもあるもんだな。


「店主、違うんだ。私とヴァイスは────」

「────夫婦だ」

「!?」


 ジークリンデが驚愕の表情を浮かべて俺を見る。俺は横目でジークリンデの様子を細かく観察することにした。


「…………」


 この反応は…………どっちなんだ?

 嫌がっているのか、そうでないのか。正直良く分からないな。


 固まったジークリンデを置いて、爺が見た目によらない高い声で歓喜の叫びを発した。


「ほほーっ! やはりそうじゃったか! 良かったのうジークリンデちゃん」


 爺はカウンターから身を乗り出してジークリンデの肩をバシバシと叩いた。ジークリンデは恥ずかしそうにぺこぺこと頭を下げている。


「良かった……?」

「や、いやいや何でもないんだ! よし、そろそろ次の場所に行こうじゃないか! 店主、私達はそろそろ失礼させて貰うぞ。ほらヴァイス、付いてこい!」


 ジークリンデは逃げるように店の外に走っていった。一体どうしたんだ……?


「…………ヴァイスといったかの?」


 遠ざかるジークリンデの背中から視線を外すと、爺が真剣な顔つきで俺を見ていた。


「そうだ。どうかしたか?」

「ジークリンデちゃんを悲しませるでないぞ。あの子はうちの売上に一番貢献してくれてるいい子じゃからな」

「ああ────」


 そんなことか。改まって言うから何かと思ったぜ。


「────当然だろ。夫婦っていうのは支え合って生きていくものだと思うからな」


 俺の言葉に、爺は満足そうに頷いた。


「いい言葉じゃ。若いのにしっかりしとるのう」

「おいヴァイス! 何を話してる!? 早く行くぞ!」


 店の外からジークリンデの叫び声が聞こえる。何をそんなに急いでるんだか。


「じゃあ爺さん、多分また来るよ」

「ああ、また二人で来るとよい。昔のように冷やかしでも構わんぞ」


 俺は爺に背を向け、ジークリンデの方へ歩き出した。


 ────夫婦は、支え合って生きていくもの。


 そう言ったものの、正直全く自覚はない。

 最近はリリィをちゃんと育てることに必死で、親になることに必死で、他のことを考える余裕が全くなかったからな。


 おまけにジークリンデからもはっきりと気持ちを聞いた訳ではない。リリィの親になるのはいいが、俺と夫婦になるのは嫌だと言われる可能性だってないとは言えないんだ。


「…………そもそもだ」


 気持ちというなら、俺はどうなんだ。


 あのジークリンデと夫婦になるんだぞ。夫婦になるというのは、つまり俺の両親みたいな関係になるということだ。家族になるということだ。


 ジークリンデと、家族になる。


「遅いぞヴァイス! ほら、さっさと次に行くぞ次に」

「…………」


 コイツと家族になる、か…………。

 無言で見つめ続ける俺に、ジークリンデは挙動不審な様子で自分の服を確認し始めた。 


「な、なんだ!? どこかおかしいのか!?」


 あたふたと服や髪を直し始めるジークリンデ。眺めていると、自分の気持ちがはっきりと分かってくる。


「…………不思議と、悪くないかもな」

「何か言ったか!?」

「何も。ほら、別の場所行こうぜ」


 歩きだすと、急いでジークリンデが横に並ぶ。

 …………思えば、コイツが横にいる時の妙な心地良さを、俺は学生時代から知っているはずだった。

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ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~

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