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第73話 ヴァイス、想い出にふける

「……本なんて読んで何が面白いのかねえ」

「別に私だって面白くて読んでいる訳じゃないさ。ヴァイス、お前はもう少し真面目に勉強に取り組むべきだぞ」

「俺より成績が下の奴に言われてもなあ」

「……それはお前が異常に実技が得意なだけだろう。テストの成績は私の方が圧倒的に上だ」


 そう言ってジークリンデは分厚い魔法書がぎっしりと詰まった本棚に視線を戻した。そしてその中の一つを手に取り、開く。


 なになに……『魔法陣組成概論』……?


 また難しそうなものを読みだしたな……折角放課後になったというのに自主的に勉強したがるなんて、俺からすれば理解の外の生き物だ。まあこんな奴だからテストで満点を取れるのかもしれんが。


「ふむ……なるほど……」

「気になるなら買えばいいじゃねえか。たんまり持ってるんだろ?」

「…………」

「聞いてねえし」


 こいつはいいとこのお嬢様の癖に妙に財布の紐が固く、滅多に本を購入する事はない。店からすれば売り上げに貢献しない迷惑な立ち読み客だと思うんだが、店主の爺さんに気に入られているのか注意された所を見た所がない。商業通りの一等地にあるこの古ぼけた書店は煌びやかなブランドショップに囲まれてなお怪しげなオーラをビンビンに放っていて、正直得体が知れないんだよな。繁盛している所を見た事がないし。


 手持ち無沙汰になった俺は既に本の世界に入り込んでしまったジークリンデの横に並び立つと、適当に目の前の本棚から一冊抜き取る。『火魔法が世界にもたらす影響と未来への展望』とかいう小難しいタイトルだったが、内容はどうでもよかった。どうせ読む気なんてないしな。


「さてさて、俺も勉強しますかね」


 本を開いて読むフリをしつつ、目線だけでジークリンデを観察する。


「そういうことか……だが、これでは……」


 ジークリンデは俺に見られている事など全く気付く様子もなく本の世界にどっぷり浸かっていた。二人で出掛けている最中にそれはどうなんだ、と思うかもしれないが、俺もジークリンデもそういうことが気にならない質だった。元々目的もない散策だしな。


「…………」


 そんな訳で、俺がコイツに悪戯を仕掛けようと何の問題もない訳だ。何なら店主から感謝されてもいいくらいだと思わないか?


「……そこに繋がるのか……良く出来ている……」

「…………はあ」


 暫くの間その意外に整っている横顔をじっと眺めていたものの、ジークリンデは全く帰ってくる気配がない。俺は持っていた本を本棚に戻すと、今度は頭ごとジークリンデに向けて観察する事にした。いつになったら俺に見られている事に気が付くか確かめてやろうという訳だ。


「…………なるほどな……」

「じー」

「…………」


 結構な至近距離で見られているというのに、ジークリンデは驚異の集中力で全く微動だにしない。


 …………コイツのこういう所は見習わないといけないな。俺が授業中にじっとしていられなくなるのは、きっと集中力が欠けているせいだ。その点ジークリンデは彫像か何かのように眉一つ動かすことがない。爪の垢でも煎じて飲むべきだろうか?


「よいしょっと」


 それでもまだ気が付かないジークリンデに対し、俺は最終手段に出た。名付けて身体ごと向き直る作戦だ。何なら視界に入るように首を傾けてみる。よお、見えてるかー?


「…………これは……どういうことだ……?」

「…………マジかよ」


 確実に俺の顔は視界に入っているというのに、まるで見えてないかのように振舞うジークリンデに俺は強いショックを受けた。俺より魔法書の方が大事だとでもいうのかよ。コイツ、本当は俺がちょっかいをかけていることに気が付いた上で無視してるんじゃないだろうな?


「…………ま、いいけどな」


 別に親友って訳でもないし。そもそもまだ一年そこらの付き合いだ。問題児扱いされてる俺とつるんでくれているだけで感謝してるんだよ、本当はな。


「…………」


 俺は大人しくジークリンデを眺める作業に戻った。別に本気で勉強の邪魔をしようって訳じゃないからな。


 それにコイツは学校でこそダサいガリ勉みたいな扱いを受けちゃいるが、実は結構顔が整っていて目の保養にもなる。本人には全くその気がなさそうだが、このデカい眼鏡といかにもな三つ編みさえ止めれば男子から人気が出そうなもんだ。少なくとも俺はクラスで一番可愛いと思うね。この間俺に告白してきたメディチも中々可愛いが、俺はジークリンデ派だ。

 もし告白してきたのがメディチじゃなくてジークリンデだったら受けていたかもしれないくらいには。


「…………」

「…………」


 うーん……やっぱり勿体ないと思うんだよなあ。目はパッチリと大きいし、鼻はシュッとしていて確かな存在感がある。肌だって雪のように白く澄んでいるし、睫毛なんかうちの屋根くらい長い。少なくとも教室の隅っこで空気みたいな扱いを受けるような奴じゃないと思うんだよ。


「…………絶対可愛いよなあ」

「…………っ」


 その瞬間、雪原のように白いジークリンデの肌が真っ赤に染まる。


「何だよ、やっぱり気付いてたんじゃねえか」

「…………い、一体なんのつもりなんだお前は……!?」

「いや、別に。暇だったから眺めてただけだ」

「頼むから見ないでくれ! 集中出来ん!」

「へいへい」


 これ以上邪魔するのは悪いな。かといって真面目にくそ難しい魔法書を立ち読みするつもりもないし……


「俺は適当にぶらついとくわ」

「ああ、悪いな」

「お気になさらず」


 俺でも分かるような簡単で面白い魔法書でも探しますかね。こんだけ沢山の本があるんだ、一冊くらいそういうのもあるだろう。


「…………可愛い、か」


 背後でジークリンデが何かを呟いた。


「…………? ま、いいか」


 声色から俺に向けた言葉ではないと判断し、俺は店の奥へ歩を進めた。

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ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~

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