第71話 リリィ、光の魔法使いになる
昼過ぎになると、興奮冷めやらぬ様子のリリィが勢い良くドアを開けて帰ってきた。
「ぱぱー! りりーひかりのまほーつかいなんだって!」
リリィはリビングのソファで寛いでいた俺の前に仁王立ちすると、手にしていたクリスタル・ドラゴンの杖をぶんぶんと振り回した。大切そうにしていた伝説の剣(という名のただの木の棒)はどうしたんだろうか。すっかり忘れてしまって教室に置きっぱなしになっていたりはしないか。
「リリィ、帰った時の挨拶は?」
「ただいま!」
「おかえり。それでどうしたって?」
「えっとね、りりーひかりのまほーつかいになった!」
ふふーん、と胸を張るリリィ。
どうも「適性がある」というのを「既に魔法使いになった」と勘違いしているらしい。まあこの時期の下級一年生は皆こんなもんだ。わくわくが胸を一杯にする時期。自分に闇の適性があると知らなかったあの頃の俺も、一人前に未来への希望に胸を膨らませていたような気がする。
…………あの頃思い描いていた景色とは少し違うかもしれないが、確かに俺の未来には希望があったよ。
「光の魔法使い? それは凄いな。光の魔法は俺も使えない貴重な魔法だぞ」
「くらすにもひかりのまほーつかいはりりーしかいなかったんだよ!」
ごにゃごにゃ、と何かを呟いて杖を振るリリィ。呪文詠唱のつもりだろうか……勿論何も出たりはしない。
このはしゃぎ振りを見るに、クラスで一人だけ光の適性を持っていたことが相当嬉しかったみたいだな。
……実はもう一つ適性を持っているんだ、と伝えたら一体どんな反応をするだろうか。勿論まだ教えたりはしないが。
「ところでリリィ、友達は出来たのか?」
魔法の事もいいが、どちらかといえば俺が気になるのはこっちだった。
帝都に来た理由の大部分は、リリィにしっかりとした魔法の基礎を身に付けて貰うことと、魔法省高官であるジークリンデにリリィを紹介することではあったんだが、その次くらいに『リリィに友達が出来る環境を用意してやりたい』というのがあった。
ゼニスではホロくらいしか友達がいなかったからな。別にホロが役者不足という訳ではないんだが、同年代の友達はやっぱり必要だろう。俺も昔を振り返ってみれば、ジークリンデがいたから楽しかった……と言えなくもない。
「ともだち?」
なにそれと言いたげに首を傾げるリリィ。今日の所は魔法の事で頭が一杯だったかな。
「ん~…………せんせー?」
「普通、先生の事は友達とは言わないな。同級生で誰かと仲良くなったりしなかったのか?」
俺がそう促すと、リリィはあっと声をあげる。
「あのね、りりーのけんあげた! なまえはまだおぼえれてないけど……」
「剣? リリィは剣を持ってたのか?」
「あさひろった! なんかね、ほしーっていわれたから、やだったけどあげたんだよ!」
「大切な剣を譲ってあげたのか? 良い事をしたじゃないか」
まさか俺が帰った後でそんな素晴らしい一幕が繰り広げられていたとは。剣は忘れた訳じゃなかったんだな。
頭を撫でてやると、リリィは嬉しそうに笑った。
「りりーえらい?」
「ああ。偉いぞリリィ」
「えへへ……りりー、やさしーまほーつかいになるんだー」
リラックスしてとろけきった表情で俺に抱き着いてくるリリィを、俺は暫くの間撫で続けていた。
◆
「────きろ。おい、何を昼間から気持ちよさそうに寝ているんだ」
「あン……?」
環境音として素通りしてしまうくらいには耳に馴染んだ声が、かろうじて俺を夢の世界から引き戻す。重たい瞼を開けてみれば、不満そうな表情で俺を見下ろすジークリンデが立っていた。
「ジークリンデ……?」
突然の来客に寝起きの頭が追いつかない。
…………確か、リリィとソファで寛いでいたらリリィが寝てしまったから、ベッドに運んで俺も昼寝することにしたんだ。窓に目を向ければまだ空は青い。そんなに時間は経っていないか……?
つーかコイツ、どうやって家に入ったんだ。リリィが鍵を開けっ放しにしていたのか?
「仕事のついでに寄ってみれば、まさかこんな昼間から昼寝とはな」
「……そりゃ昼寝は昼にするもんだろ」
「揚げ足を取るな。昔からお前の悪い癖だぞ」
俺の軽口をバッサリと切り捨て、何故かジークリンデはソファに座った。
「仕事中じゃなかったのか?」
「今丁度終わったんだ。文句あるか?」
「別にないが……」
前々から思っていたんだが、コイツはちゃんと仕事をしているんだろうか?
いや、別にコイツに限って仕事をサボっているなどということはあり得ないだろうが、それにしてもうちに来る頻度が高すぎる気がするんだが。
「…………」
そして最も謎なのは、コイツは特に用事がないということだ。毎度意味もなくうちに滞在し、ふらっと帰っていく。今も折角来たというのにぼーっと俺に視線を向けるだけ。もしかして実家に居辛い事情でもあるのか?
……名家中の名家であるフロイド家には俺の想像を遥かに超える事情が沢山存在してるだろうからな。避難場所としてうちを利用している可能性はある。
「…………あ」
ジークリンデといえば……先生に何か言われた気がするな。確かもっとジークリンデの事を見てやれ、とか何とか。その意図は分からないが、偶には素直に先生の言うことを聞くのも悪くない。
「ジークリンデ、仕事は終わったんだよな」
「当然だ……何だ、私を疑うのか?」
「違えよ。なら俺から一つ提案なんだが────今から俺とデートするか?」