第63話 ジークリンデ、完全にキャパオーバー
「ヴァイスは…………私のことが……す…………好きなんだ……!!!」
式前にはあまりに不釣り合いな、デカすぎるジークリンデの叫びが講堂中に響き渡る。さっきまでの喧騒が嘘のように周囲は静寂に包まれ、俺達は(正確に言えばジークリンデは)多くの注目を浴びていた。
「…………」
「…………」
「…………う」
俺とメディチの責めるような視線に気が付いたのか、ジークリンデは気まずそうに下を向く。
「…………すまん」
普段の堂々とした佇まいはどこへやら。きゅう……と小さくなるジークリンデは中々見れるものではないので、脳裏に焼き付けておくことにしよう。
「ぱぱ」
一瞬の静寂も溶け、再び周囲に喧騒が戻り始めた頃。リリィが不思議そうに首を傾げながら声を掛けてきた。
「ぱぱ、ままのこと、すき?」
────注目こそ解けたものの、周りの人間が俺たちの会話に耳をそばだてている事は気配で掴んでいる。
魔法省高官のジークリンデにまつわる事はどうしたって世間の注目の的であり、恐らく堅物に見えていたであろうジークリンデが実は結婚していて、子供までいるとなれば(と言っても種族的に実の娘ではない事は分かるだろうが)、事情を知りたくなるのが人のサガというものか。
ここにいるのは全員が同学年の親と生徒であり、つまりリリィと長い間関係していく奴らだ。リリィにマイナスになるようなイメージを持たれるのは絶対に避けなければならない。
──となれば、ここでの答えは一つしかない。
「勿論大好きだぞ? なんたって、ぱぱとままは夫婦だからな」
「〜〜〜〜っ」
俺の答えに、何故かリリィは興奮し椅子の上で跳ね出した。予想していなかった反応に呆気に取られる俺の横ではジークリンデが、
「…………きゅう」
と小さく鳴いていた。お前はいつからくまたんになったんだ。
メディチはそんな俺達を微妙な視線で眺めていたが、やがて小さく息を吐いて肩をすくめた。
「はいはい、ごちそうさま。ヴァイスくんとジークリンデ長官補佐の関係はよーく分かったわ。まさかこんな事になるとは思っていなかったけど、同学年の子を持つ親としてこれからよろしくね」
そう言って前を向くメディチに「こっちこそよろしくな」と声を掛けながら、俺はメディチの隣に座っている子供に目を向ける。
「…………」
俺たちが話している間も行儀よく前を向いていたその女の子が着ているローブは────どうみてもエンジェルベアの素材で作られていた。
「…………ジークリンデ」
俺の呼びかけに、下を向いて真っ赤になっていたジークリンデが恐る恐るこちらを見る。俺が顎でエンジェルベアのローブを示すと、ジークリンデは慌てて真剣な顔つきに戻り、小さく頷いた。
…………ジークリンデの話では、魔法省は相当無茶を言われてローブ作成を請け負っていた。個人的にメディチに悪い感情はないが、そんな事が可能な家柄は厄介でしかない。リリィと同じクラスにならなければいいんだがな。
◆
────何故か世界は嫌な予感に限ってよく当たるように出来ていて。だからメディチが教室にいるのを認めた時もそこまでの落胆はなかった。
「まさか同じクラスなんてね。改めてこれからよろしくね、ヴァイスくん?」
「…………ああ」
不敵に笑うメディチの視線を頬に感じながら、教室の前方で着席しているリリィに視線を送る。
周りの生徒も年相応の忙しなさを見せているが、リリィは輪にかけて落ち着きがなく常にきょろきょろと周囲を見渡していた。
頼むから落ち着いてくれ……と心の中で祈っていると、俺の心の声が聞こえたのかリリィはこちらを振り向いた。
「ぱぱー!」
ぶんぶんと俺に手を振るリリィ。俺が小さく手を振り返すと、満足したような表情で周囲きょろきょろの任務に戻っていく。どうやら俺の祈りは全く届いていなかったらしい。
「可愛らしい子ねえ」
「珍しい髪色のエルフね」
「あの子、ジークリンデさんのお子さんじゃない?」
リリィの行動に周囲の親達がひそひそと話し出す。噂話の中心にいるというのは存外居心地が悪いもので、ジークリンデは隅っこの方で虚空を見つめる石像のようになっていた。一刻も早くこの場から抜け出したそうだ。
講堂での入学式も無事に終わったし、後は教室で先生との顔合わせが終わり次第、任意参加の食事会があるだけ。慣れないことをして疲れているだろうし、さっさと終わりたいというのがアイツの本音だろう。
…………そういえば、食事会といえばカヤはどうなったんだろうか。自然な流れで校門に置いてきてしまったが無事に魔法省関係者だと認められただろうか。ジークリンデがここにいる以上カヤの言葉に力があるとも思えないが、不審者として魔法省に連行されていた場合は俺かジークリンデが引き取りに行かなければならない。
「面倒なことにならなければいいんだがな……」
俺はカヤの無事を祈った。今度の祈りは届いてくれるといいが。